オーバーロードの憂鬱
前に一度、地球の幼年期を読んだことを思い出しながら書きました。
どうにもオチが気に入らなかったのですが、皆さんは如何ですか?
26XX年。地球は宇宙でも指導的な立場を占める星として繁栄していた。
その地球の東京には遅滞文明支援局という公的機関がある。
宇宙に幾つもある地球より遅れた文明の人々の生活を支援し、より良い宇宙の一員となる為の手伝いをする機関だ。
そこに務める三村は予備校時代の友人である前田と居酒屋に来ていた。
いい年をした男二人が集まると、始まるのは決まって仕事の話題である。
「うぅ……俺には向いていなかったんだ。文明後進惑星への支援だなんて……」
「またその愚痴かい先輩。あ、お姉さんビール一つ」
「あ、俺も……ああいや、お姉さん。今日はビールじゃなくて日本酒にしてくれよ」
「日本酒ですか?」
「珍しいか? 今日は良いのを仕入れてもらっていてな」
「それは良いですね。じゃあそれにしましょう」
前田は三村のことを先輩と呼んだ。
これは予備校で三村が彼の先輩だった為である。
二人が同じ大学に同時に入ってからも、三村はこの不名誉な綽名で呼ばれ続けていた。
お代わりのビールをまた飲んでから三村は愚痴を続ける。
「お前は良いよな……東京で研究職だろ? 外宇宙をどさ回りし続ける俺とは違う……」
三村はそう言って胃薬の箱を開けて、中に入っていた散剤をビールと一緒に飲み込む。
「なに言っているんですか。確かにテレポートも量子コンピュータも無い星ってのは大変かもしれませんが……」
「アニメも無いんだよ! ネット環境も本当に不安定だし!」
「それにアニメはどうせ外宇宙でも配信されるでしょう? それどころかムービーディスクはそちらの方が安いとか」
「確かにそうなんだが、基本的に一クール以上前の奴だから微妙に話題に乗り遅れる」
「あー、辛いっすね」
「だろ? ネット掲示板とか見ると知らないアニメの話ばかりよ。でもそこで俺は考えた」
「なんですか?」
「まず外宇宙に仕事に出てる人と異星人の方々だけで掲示板を作って」
「はい」
「そこでアニメの話をするようになった」
「……はい」
「今や管理人である」
「仕事しなさいよ」
「してるよ。異星人の皆様にネチケット叩き込んだりとか」
「先輩が仕事してる……!」
「ネット文化の夜明けを目にしたよ」
「偉業達成……!」
「分かり合えたんだよ、俺達人類と彼らは……」
三村は感慨深げに瞳を閉じる。
そう、アク禁やIPアドレス表示だけじゃ終わらない問題もある。
三村は確かにそれを終わらせたのだ。
これは三村の遅滞文明支援局における数少ない成果の内の一つである。
「ところで先輩。僕の話も聞いてくださいよ。最近一つ研究を終わらせましてね」
「聞かせてみろ」
「植物娘を作ることができるようになったんです」
「……お、おぅ?」
この時代における人間への遺伝子操作技術は確立されており、おおむね何処をどういじれば何が起きるかの予測は立つようになっていた。
そして積極的な宇宙への進出の為に、人類は進化を求めていた。
結果、様々な『新しい人間の形』が開発・提案されるに至っている。
勿論実際に生産されることは多くないが、前田の居る研究所にはそういった人間を作り出すための遺伝子データが保管されている。
「猫耳娘とか犬耳娘はマズルの有無まで含めて今まで自在だったんですが、植物の遺伝子を人間に組み込んで双方を機能させるのは非常に難しかったんですよ」
「性癖としてもニッチだしな」
「はい、スポンサーが中々つかないので公的機関の研究職に滑り込んだ訳で……」
「良く付いたね、研究費」
「光合成が可能な人類を目指すというのが一応の名目です」
「変態と技術が結びつくと手におえんな、神にでもなったつもりか」
「過去にタイムスリップして教えてあげれば神扱いでしょうね」
「まあ間違いなく邪神の類だけどな」
「辛く厳しい研究を耐え抜いたのにあんまりです……」
「辛いってなんだ。何が大変だったの?」
「問題は面積でした」
「面積というと?」
「人間の体は日光を受けるには小さすぎるんですよ」
「十分に光合成ができないってこと?」
「その通りです。単位面積あたりの光合成効率を上げるか、それとも形をいじるかで我々は非常に悩みました。最終的には外付けの光合成用ドレスを着せて、その栄養を本体で処理させることにしましたけど」
「成る程な……今更だけどその研究ってべらべらしゃべって良いのか?」
こういった研究を白眼視する人々は当然居る。
それだけならまだしも、彼らは研究者に対して襲撃事件を起こす場合も有るのだ。
この居酒屋ではもちろん防音フィールドが設置されているのだが、それが完璧である保証はない。
「ま、良くないですね」
「話題を変えよう。というか今日話したかったことは単純な雑談じゃなくてな。お前と一つ議論をしたかったんだよ」
「なんですか?」
「俺は仕事で未開の星へ行く。そこで俺たちのような人間は天使か……あるいは神のように扱われる時がある」
「そのせいで社会性を喪失する人も居るそうですね」
「その通り。そしてだ」
一応面接でそういった状態にならない人間を選んでいる筈なのだが効果は薄い。
三村が遅滞文明支援局を長く勤めていられるのは、彼が決して自分を神だと思い違わないからだ。
「お前は生命を自在に操作する造物主の如き知識と技術を手に入れている」
「あ、僕理論派なので実際の遺伝子操作人類の作成には関わっていませんよ」
「そうなの?」
「だって人間なんて作ったって何時か裏切るでしょ? その点理論は裏切らない。僕の愛する草花と一緒ですよ。撒けばそれは実を結ぶ」
「成る程な。ともかくだ。俺達人類は未だに神の存在を証明できていない。この時代になってもだ。今日はお前に神が居ると思うか聞きたかったんだよ」
「今更神の存在について話すのですか? 大学時代に散々話したでしょうに」
「だからだよ。今俺達は成長した。成長して、仕事で様々な経験をしたからこそ考えも変わった筈だよ」
「理解しました。じゃあ言わせてもらいます。神は居ると思いますよ、僕」
「何故?」
「だってほら、この世界はこんなにも素敵だ。僕の知識欲を満たすステージと僕を高めてくれる共演者。夢のようじゃないですか」
「世界が素敵なら神が居ると?」
「おっと、情緒的過ぎましたね。じゃあ真面目に話しましょう」
「聞かせてほしいな」
「この世界の科学技術の発展は遅すぎるんですよ。何者かが介在しているとしか思えない」
「遅すぎる?」
「僕が最初に気づいたのは大学生の時です。西暦1800年から西暦2100年の間の科学史の文献を読んでいました。そこで私は知った。この三百年間の間に現代文明の根幹はすでに発明されているのです。遺伝子工学、情報化社会、エトセトラ……」
「成る程、それの何がおかしいんだ?」
「おかしいですよ。今の社会は2100年の人間に想像しうる未来でしかない。1950年の人間が2000年の状況を正確に予想できなかったのに」
「……成る程」
「変でしょう? だから神は居ます。そして我々を見守っている。人間が行き過ぎた知識を得ないように、ね」
「お前はその範囲で踊っているに過ぎないと?」
「そういうことになりますかね」
前田は細い目を更に細めて嬉しそうに笑う。
いたずら好きの猫に似ていた。
「そうか、お前はそう思うのか」
対照的に三村は笑わない。
真剣そのものな表情だ。
「じゃあ前田。その神は誰が作った?」
「さあ? それよりも貴方は神の存在についてどう考えているんですか?」
「俺は居たら良いな、と思う」
「はぁ? なんですかそれ」
「だってほらお前を騙していたことを懺悔する相手が居なくなるかもしれないからな」
前田の細く開いた目が完全に閉ざされる。
彼は居酒屋のテーブルに突っ伏してぐっすりと眠りこんでしまった。
三村は先ほど飲んだ解毒薬が自分に効いていると分かってほっと一息つく。
胃薬の箱に入れてあったものだから正直効き目が不安だったのだ。
「お前はこの地球の人間が知ってはいけないところまで進みそうになっていたんだよ」
三村はため息をついてから前田を軽々と担ぎ上げる。
友人が酔いつぶれたという体で会計を終わらせて、居酒屋の前に停まっていた車へと連れ込んだ。
「出してくれ。前田憲明は『進みすぎる』可能性のある優秀な科学者だと判断された」
三村の部下は無言で車を出す。
「君は地上に慣れていないのか? この星の人間とはもっと会話を楽しむものだ。その調子ではこの星に溶け込めないぞ? 特に君のような美しい女性の姿をしていれば声をかけられることも多い。不審に思われないことだ」
「は、はい……あの」
部下の女はオドオドとした様子で三村に尋ねる。
「なんだ?」
「前田さんとはご友人……だったんですよね?」
「だから連れていくんだろう。彼ら人間が言うところの神の身元に。でなきゃ始末していたさ」
「良いのですか?」
「構わない。選択肢は奴にある。記憶を消されるか、我々の母星で研究を続けるか。きっとあいつはノリノリで研究を続ける。俺は神は信じないが、友達が研究馬鹿なことを信じている」
「そういうものなんですか?」
「それにしても……」
三村は確かに遅滞文明支援局に所属している。
だが彼は地球上の人間ではない。
その機関には人間と人間に人間という名前を与えた存在が所属していた。
かつて人間は彼らを天使と呼んだ。
「向いてないな、この仕事」
三村は腹の底の憂鬱を静かに吐き出し、座席に転がしあった緑茶を使って今度こそ胃薬を飲んだ。
短編投げつけるのが楽しくなってきている今日この頃です。
感想などお待ちしております。