一章 六話
コダの『勉強会』はとても面白かった。
ルドもヒシリアもそれほど時間をかけず声が出るようになり、色々な言葉を覚え、様々な知識を得た。
ルドは特に本を読むのが面白いらしく、別の書庫にまで出向いていつも本を読むようになった。
ヒシリアは少しづつ初等の炎系魔法を使えるようになり、日々中庭で練習するようになった。それに飽きると、ミノアと共に武術担当の先生になってくれたゼッカに剣術を教わった。
ゼッカは女性で、魅力的な容姿をしていたがこの城で彼女を超える武術の持ち主はいないとコダが言ってた。様々な武具を使いこなす彼女はヒシリアとミノアにも色々な武器を持たせた。
「最初は器用貧乏でいいのよ。色々な武器を持って、一通り使えるようになってみて。それから、どれが一番自分に合っているかみつけて、それを極めていくの」
ミノアは大きな両手剣にあこがれていたようだが、まだ小さい彼にソレは重すぎて、構えるとふらふらとしてしまうから諦めたようだった。
ヒシリアというと、彼も両手鎌に興味を持ったようだが…一振りするたびに、遠心力に負けて自分が転びそうになる。
「ふふふ…憧れを持つのはとても良いこと。でも、できる事からはじめないとね(笑)」
二人の一生懸命な姿を見て微笑みながらゼッカは見守った。
結局、もう少し大きくなってからそれらの武器を使ってみることにして、二人は一番持ちやすい片手剣から始めることにしたのだった。
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毎日が同じような繰り返し。しかし明らかに彼らの知識も能力も成長していった。
毎日が夜の世界。どれだけの時間が経ったであろうか。
彼らの姿も小さな少年ではなく、青年になりかけの少年…くらいまで成長した。
ある日、3人がコダと共にいつものように『勉強』をしていると、ふとミノアが問いかけた。
「あのさ、この世界には死んだ魂がやってくるって言ってたじゃん。で、生きているのは神格をもった僕らとか、(未だ会えていない)ハデス様とかだって。コダとかゼッカとか…食堂のオバチャンとかはどうなの?おれ、そのやってくる魂ってのもみたことないや」
えぇと…、とコダは少し考えた。思えば当たり前な疑問である。
「ここは冥界ですから、確かに生きた命が入ることは神格を持っているあなた達のような者しか許されません。城門を出て右に…遥かに東にいくと、川があるのです。川を渡ってしばらくいくと、そこに冥界にやってきた魂が『湧く』場所があります。ありとあらゆる命が、転生するために冥界に戻ってくるのです。それは川を渡り、この城ではなく、直接地獄界のほうへ向かうんです。あそこまでいくと、綺麗な魂の行進が見られるんですが…もう少し大きくなってから行きましょう。
魂達は獄界につくと、その魂達は己の生前の罪を浄化した後に転生を待つために眠ることになるんです。
ただ…稀に獄界に行くまでに逸れてしまう魂もいるんですが…ケルベロスが巡回しているときに見つけると列に戻してくれるんですが、大抵はソウルイーターやサンドワームに食べられてしまいますね」
「なにそれ?」
間髪いれずにヒシリアが問う。
「この冥界にできてしまった種です。まぁ、やつらもここでは『生きている』ものなのかもしれません。おそらく現世から誤って迷い込んだモンスターが独自に進化してしまったのでしょう…食された魂はもちろん転生することなくそこで消滅してしまいます」
「そんなん、ハデス様とかロワとかがやっつけちゃえばいいんじゃねぇの?」
ヒシリアがそう言った時だった。
「なんでハデスは『様』で、私にはついてないんだ?」
背後の扉のところから声がする。
コダが苦笑してヒシリアの顔を見る。
「ロワ様は神出鬼没ですから…おひさしぶりです、ロワ様」
ロワは少し前へ進むとヒシリアの頭をポンポン叩いて顔を覗き込む。
「うるせぇ、お…おまえがロワって呼べって前にいったじゃねぇかっ」
「あぁ…まぁ 言ったかもしれないわねぇ」
さらに頭をわしゃわしゃ撫ぜてロワはさらりと流した。
彼女はコダが言ったように神出鬼没で、突然ルドやヒシリアのところに現れては彼らの成長をすこしみて、たまには2,3、会話してまたどこかへ行ってしまうというのをよく繰り返していた。
コダの苦笑が耐えない。
それに気をかけず、ロワは言った。
「いくら私でもね、一度できてしまった種は意図的に絶滅に追いやることは禁じられているのよ。それが『カミサマ』のルールってやつかしら」
ま、私の目の前に現れて邪魔だったら倒しちゃうけど、と付け加えた。
ふ~ん、とミノアが相槌をする。
「で、コダ。おそらく2,3日後にヴィギアがメノアを連れて来るから、よろしくね。これを伝えに来たのよ」
「わかりました。こちらも準備しておきます」
「じゃ、そゆことで。あ、ルド。本の虫になってるのもいいけど、自分の力を制御する練習もしてね」
そういうとロワは扉から出て行った。
「本当に、お忙しいお方だ…もう少しゆっくりされていけばいいのに」
「いつも突然でてきてさ、俺の剣構えがおかしいだの、へたくそだのいって消えるんだぜ。たまには褒めろっつうの!」
面白くなさそうにヒシリアがつぶやく。
「で…さっきの話の続きだが…コダは『生きている者』ではないのか?」
ルドが問う。
「えぇと…難しいですね。言ってしまえばソウルイーター等と同じようなものかもしれません。冥界に囚われた者、とでもいうのでしょうか…」
ミノアは少し困った顔のコダを覗き込んだ。
「囚われた?コダって捕まっちゃった人なの?」
「いえ、そうではなく…私も意図せずに現世から生きたまま、この世界へ迷い込んでしまった人間なんです」
遥か昔…私は現世から『扉』をくぐって冥界に迷い込んだんです。
残念ながら現世にいたときの記録はありません。
ただ、迷い込んだときに…漆黒の馬グラニに乗ったハデス様が私を見つけてくださって。現世へ戻るか、この世界でハデス様に永久に仕えるか、と問われたんです。そこで…
「ハデス様は私が『欲しい』と言ってくださいましたから…私はすべての現世のものを代償に、この世界で永久に生きることになったんです」
少し間をおいて、コダは照れくさそうに ハデス様に一目惚れしたんですよ、と付け加えた。
「ゼッカも生きたまま迷い込んだようですが、彼女がここに生きる理由は私とは違うようで、彼女はここで『待っている』んだそうです。詳しい話は聞かせてもらえませんでしたが。 まぁ、ここへ私のように迷い込んで、というのは特殊なほうで、大抵は命を失ってこの世界に湧いた魂がソウルイーター等に襲われることなくこの城にたどり着いてしまった、というところでしょうか。その魂の幸運を買って、ハデス様がこの城で仕わせているのですが、彼らはハデス様に申し出れば次の転生にむかうことができるんです」
「コダは…もう転生しないんだ?」
ミノアが問う。
「えぇ。私はハデス様にお仕えすると誓いましたから。もし私が扉をくぐって現世へ逃げようものなら、出たとたんに砕け散りますよ。」
「こえぇ…」
ヒシリアがつぶやく。
「ふ~ん。まだ会えたことないけど、ハデス様ってそんなかっこいいんだ」
「ええ、とても」
にこりとわらって コダが頷く。
「あなた達がハデス様に会えるのはそう遠くないですよ、きっと。さきほどロワ様がおっしゃったように、もうじき次のご兄弟がやってきそうですから」
「お、まじで!」(ヒ)
「たのしみですね。まぁ、そういうわけで。さて、勉強の続きいたしますよ」
終止がつかなくなってはこまる、と先手をうってコダはさらりと話題を変えた。
もうすぐ増える仲間のことを考えて浮き足立っている3人をどう集中させるか悩みながら、その日の課題を出すのであった。