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The Land of the Last Moon  一章  作者: しんまお
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一章 五十話

 休養日 -何をやっててもいい…そして限られたこの世界では特に何をするわけでもない- をそれぞれがなんとなく過ごしている中、ラルフは決まって城の部屋の探索を行っていた。

 昔からいるミノアやヒシリアなんかはとっくに行ってしまってていまさらすることもないだろう。

 でも巨大な迷路のような城の中にある数え切れないほどの部屋は十分ラルフの興味をかきたてた。

 その大半は書庫。

 本の内容、時代によって大まかに部屋ごとにわけられていることが多い。

 特にルドほど読書が好きではないけれど、開けたことの無い部屋の扉を開けるのはとても楽しみだった。

 コダ曰くは、扉が開いたのなら入って良いと。

 開かないのはその部屋が誰かの居住部屋である等何かしらの理由があるから、無理をしないのであれば好きに探索してよいと許しを得て、休養日が来るたびに城を歩き回った。

 

 巨大な城だけに、最初のころは迷って同じ部屋を2度3度開けることもよくあったが、それもまた一興とラルフは楽しんだ。


 …今日は最上階行ってみようかな。


 階段を上がり、暫く廊下を歩いて角を曲がり、また別の階段を上がる。

 何度か同じようなことを繰り返して、部屋のある城本館の最上階へとラルフはたどり着いた。

 最上階といえど、廊下にはいくつかの扉が並んでいた。


 一つ目の扉を開けると、少し粉くさいような、締め切った部屋独特の香りが鼻をつく。

 ほとんどの部屋に言える事だが滅多に人が入る事がないらしく、部屋内部はきちんと片付けられているにもかかわらず埃臭い香りが漂っていた。

 無理も無い、城内部に居る人数よりはるかに部屋の数が多い。


 大きな窓から『昼』の月光が部屋をほんわりと明るくしていた。


 …ここは物置?


 他の階の部屋より少し広めのその部屋には、机や椅子、棚などが詰め込まれていた。

 今は使われていない物が置かれているのだろう。

 特に珍しいものもないかな?と部屋を見回した後、ラルフは扉を閉めて、次の部屋へと向かった。


 ギィと少し錆付いたような鈍い音を立てて次の部屋の扉を開く。


 少し湿った空気と共にやはり独特のにおいがまず鼻を掠める。


 「あ…」


 月明かりに照らされたその部屋を見て、ラルフは中へと入った。

 先ほどの部屋よりは少し広い。

 部屋の中央に置かれて、ラルフの眼を奪ったのは大きなピアノとハープだった。


 部屋のあちらこちらに楽器と思われるものがぽつぽつと置かれている。

 

 …そういえばここに来てから音楽をきいていないな…


 そう思いながらラルフは中央のピアノの前まで歩み、鍵盤をぽん、と押す。


 ぽふ、と埃が舞い上がりながらその鍵盤は奇妙な音を出した。


 …相当長い間使われてないんだなぁ…


 誰にも長い間触られる事の無い楽器は、かつてラルフがいた国で聴いたような美しい音を発することは無かった。


 それでもその奇妙な音が面白くてぽん、ぽん、と鍵盤を押す。


 一体この城で誰がこの楽器を使っていたのだろう?

 なぜ今はこんな最上階に仕舞い込まれているのだろう…


 ラルフはそんな事を考えつつ、次は隣にあった大きなハープに手をかけた。

 彼の身長に近いくらいの大きさがある。

 埃をかぶっていて、ところどころ変色しているがそれは美しい細工が施されていて金に塗られていた。

 真ん中あたりの弦に指をかけ、どんな音がでるかと弾いてみると それはピキンとまた奇妙な音を出して弦は切れてしまった。


 …あーぁ…


 もったいない。自分は楽器を操って美しい音を奏でる術を知らないけれど、きっとここにある楽器が心を持っていたら悲しんでいるだろうに…


 そんな事を考えたあたりだった。


 ゆらり、と眩暈を感じた。


 …あれ…


 身にまとわりつく湿り気が増したような気がする。


 …なんだ…これ…


 今日の体調は至って普通だったはず。ルドと遅い朝食を取ってそのままここへ向かったけれど、いつもと何も変わらない筈だった。

 なのに今強烈な眩暈と重力を感じていた。


 …体が重い…


 目は開いているはずなのに、黒い霧が覆いかぶさるように視界が暗く感じる。


 何か真っ黒な水の中に飛び込んだような暗さと浮遊感を感じつつも、ラルフは意識を手放した。

      








 「イタ!イタヨ!…ラルフ!」


 遠くで声が聞こえた。

 知っている声…


 なんとなく気配を感じる。けれど体が動かない。


 暫くして荒い息遣いと共に自分を呼ぶ声が聞こえた。


 「ラルフ!どうした、大丈夫か?!」


 大好きな声。

 焦っているのかな、でもありきたりな言葉だなぁ…

 なんて他人事のように考えていると、ぐっと体を起こされた。

 あれ、抱きしめられてるのかな?


 「あ…れ…?」


 重い瞼を上げると、心配そうにこちらを見ている犬…いや、ミノアの顔と、その背後で丁度部屋に入ってきたコダの姿が見えた。


 「気がついたか?」


 低くて、でも優しい声が耳元でした。


 「う…ん。ごめん…メノア…」


 ぎゅっと一度少し力をいれて抱きしめられると、メノアはラルフの体を放した。


 「立てるか?」


 「うん…」


 「どうしたんですか…?」


 幾分苦しそうな息遣いで入ってきたコダが問う。


 「シグマもメノアもものすごい速さで駆けていくからびっくりしたのですが…」


 「昼時間過ぎてもどこにも居ないから探してたら…」


 「ラルフ、倒れててびっくりした…」


 メノアの言葉にかぶるようにミノアが言った。


 「ラルフってちゃんと時間守るのにおかしいな、って思ったんだ。まさか城で迷子なってるんかもって思って嗅ぎ回ってたらこんなとこにいるんだもん…」


 最上階への最後の階段は見つけづらい場所にあって、一階下の階が最上だと思われても仕方が無いような城のつくりとなっていた。

 さらに広い城の中を手分けして探すのも大変で、ミノアの嗅覚に頼ったということだろう。


 「さすが犬だ」


 「犬っていうなよ!」


 不服そうな目で見るミノアを無視して、メノアは何があった?と問った。


 「…コダ、マイラって誰ですか…?」


 少し驚いた顔をして、コダは どうしてその名を?と逆にラルフへと訊く。


 「何が起こったのかわかりません…いつもの様に、部屋を巡っていてこの部屋にたどり着いて…。楽器を触っていたら眩暈がして…」


 ガッキって?と言葉を知らないミノアが言ったのは聞こえなかったのか、コダは そうですか…と呟いた。


 「いえ、マイラ様は怪しい者じゃありませんよ。マイラ様はロワの使徒のお一人で…以前この城に住み、この部屋を使ってました…」


 「そうなんだ…」


 「私がこの城に来て、入れ替わるように彼女はヴェドレンヌ様のもとへと向かいましたが…」


 どうしてそれを?と訊かれなくてもコダの目はそう言っていた。


 「ヴェドレンヌって…あの女神ですか?」


 「えぇ、ラルフの居たところで信仰もされてましたよね?歌と魅了の女神です。彼女と一緒によく描かれている美しい馬の姿をしているのが、マイラ様です」


 そういえば聞いたことがある。正直目の前に姿を現せ、自分を救ってくれるロワ以外の神に興味はなかったのだが・・・


 真っ暗の空間を浮遊しているような感覚。その中でラルフはマイラに会った。

 不思議な感覚だった。


 彼女がここに残していった念だったのかもしれない。


 「永遠と言える時をこの暗くて寂しい世界で住まうハデス様を思って、度々ヴェドレンヌ様はマイラ様と共にこちらへ来て束の間の安らぎをハデス様へ与えようとしてくださったようです。そのうちにマイラ様はここへ住まうようになったと伺ってますが…私も詳しい事は伺ってなく…。私がここへ来て数日のうちにマイラさまは去ってしまわれました」


 「ハデス様をよろしくって」


 ラルフはまっすぐコダをみて言った。


 「ハデス様に安らぎを与えられるのは私じゃできなかったって。どんなに美しい音を奏でようとも、私には無理だったって…」


 コダは少し驚いた顔をして、ラルフを見た。


 「僕、きっとコダと間違われたのかな。あなたを見るハデス様のあんな顔は見た事ないって言ってた…」


 「そうですか…」


 少し沈黙が落ちたあと、コダは続けた。


 「…少し嫉妬してたんですよね。正直に言うと…今まですっかり忘れていましたが…はじめてこの城へハデス様に連れてこられて、でもまさかそこに女性…女神様がいるとは思わず…。この部屋も開けたことはありませんでした。きっと…ラルフが受けたのは、私宛のマイラ様の思いだったのですね…」


 苦笑するコダの顔は、初めて見る彼の表情だった。

 困惑と後悔。そしてはにかみ。


 「なんか…よくわからないけど、ラルフ無事でよかったー!」


 尻尾を振りながら見上げるミノアに、すみませんでした、とラルフは謝った。


 「だってさ、うつ伏せで倒れてるし、ほっぺ舐めても起きないし!」


 …え?


 「…舐めた?」


 「うん、だって起こすにはどうしたらいいかなって…いっでえええええええ」


 無言でばしっとメノアはミノアの頭を叩くと、飯食いにいくぞ、と部屋を出て行ってしまった。

 苦笑してコダもそうですね、と他の二人を促す。


 なんで叩くんだよ!と吼えるミノアに、ごめんね、とラルフは申し訳無さそうに謝るのであった。

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