一章 四十八話その2
細かい霧雨が舞う夜だった。
いつもの様にルドはベッドに座って本のページを捲っている。
とてもじゃないが見習えない。よくもまぁ、毎日毎日読めるもんだとヒシリアは関心する。
以前は目のせいにして本を読まなかった。
目のせいだと信じていた。が、実際活字を追うというのは性格的に苦手だったようだ。
そりゃ、中には面白い本もあるけれど。
それにしても、ルドの本の虫っぷりはすごいと思う。
努力して確実に呪文を覚え、モノにしていくルド。
だから失敗も少ないんだよな。
俺はというと、感でやってみる。
もちろん失敗は多い。っつーか、失敗だらけ。
でもやってるうちにマトモになってくるんだ、これが。
本だって、大事なところだけ太文字とか アンダーラインとかついてりゃまだ読む気になれるのにな。
だから自然と得意なもの、不得意なものができるわけで。
ロワにも出されたスペルロックの解除。
あれは絶対俺無理。
いくつものスペルをパズルのように繋げて何千何万通りっていうパターンが出来上がるけど、公式てきなものすら覚えられない。さすがにあれは当てずっぽうでできる魔法じゃないわけで。
まぁ、失敗してもロックが開かないってだけで怪我するわけじゃねぇけど。
それにしてもルドの努力っぷりは感心。
少しは見習えって言われそうだけど。なんでまた、食後のこんなまったりした時間とかにまで本を手にとるかな。
そりゃ毎日毎日ここに来たときから同じような日々を送ってきてるけどさ。
それでもやっぱり、毎日やってることは違うわけで、飽きた!ってこともないんだけど。
でも、毎日そりゃ違う本読んでるんだろうけど、飽きねぇのかな。
俺なら空いてる時間はミノアとかシグマとかとくっちゃべってるのがずっと暇つぶしになるんだが。
ミノアなんてシグマん部屋入りびたりだもんな。
あいつ等といるのは楽しい。
でも、なんか違う。
やっぱり自分の部屋が一番っつーか。
これまた、一人でこの部屋に残されてるとそうは思わないんだよな。
やっぱルドか。
ルドがいるから、居心地いいのか。
別にルドと喋らねぇわけじゃないけど、あいつが真剣に本読んでるときは邪魔したくなくて大人しくしといてんだが…別にルドとだと喋らなくても居心地悪いわけじゃないんだよな。
やっぱ最初っから一緒にいるからか。
空気みたいな存在。
気になんないけど、無いと困るってやつ?
でも最近なんかルド変わったよな。
なんつーか、真剣?焦ってる?苛ついてる?
わかんねーけど、不安定。
まぁ、触らぬ神に祟りなしって言葉どっかにあったよな。
ロワも黙ってりゃ美人なのにってことだよな(違)
ま、今日も寝とくか…
布団に包まりながらゴロゴロと何度か寝返りをうちつつ、浮かんでは消えてゆくいつもの自問自答を終えるとヒシリアは眠りに落ちた。
おそらく今のところでは1,2を争うくらいヒシリアの就寝時間は兄弟のなかで早いだろう。だからといって早起きというわけでもない。が、睡眠時間が減れば減るほどヒシリアの機嫌が悪くなるのは誰もが知っていた。
一度眠りにつくと朝までぐっすり、がヒシリアの合言葉のようなものだった。
だが。
このところ夜中に目が覚めることが増えた。
この日も、ぐっすり寝ていたはずなのだがふと目が覚めた。
部屋は暗い。明かりは落としてある。
むくり、と起き上がり対面の相方のベッドを見る。
ベッドは空だった。
そう。目が覚めるときに限って、ルドは居ない。
…またかよ…
のそり、と自分のベッドの上で胡坐をかき、ひとつ欠伸をする。
最初のうちは夜中に目が覚めても、また目を瞑って眠りに落ちた。
そのうちふと気になってルドのベッドをみたら、ルドは居なかった。
そして目が覚める度に、部屋にルドが居ないのに気づいたのはここ最近。
書庫に篭ってまた本を漁ってるのかとも思った。夜中にんなことしなくていいじゃねぇかって思ってた。
でもどうやら違ったようだ。
この前俺が再び寝かかった時に戻ってきたルドからは微かにピリピリとした力の余波を感じた。
…あいつ、こんな夜中に練習してやがるんだ。
ヒシリアはふと思いついて、自分のベッドから降りると対面のルドのベッドへと潜り込んだ。
ほんのりとまだ暖かさが残っている。
ルドが出て行ってからまだあまり時間が経っていないのだろう。
…ルドの匂いがする…
ちくしょぅ…
目の介護をしてもらっていたときもそうだった。
ルドの近くにいると落ち着く。
ルドに触れているその暖かさが気持ちよくて忘れられなかった。
んなこと絶対言えねぇけど。
思い出して頬が少し火照るのを感じる。
ガキじゃあるまいし…ったく何で俺こんなんなんだ…
思わず自分に情けなくなる。
なんであいつは、俺が寝た後に出てくんだ?
俺、そんなに邪魔してんかな…
あいつ努力してるの見せたがらねぇもんな…
ちくしょぅ……
たまにあいつが見えなくなる。
いるのに。すぐ傍にいるのに。
見えねぇとこで努力しやがって…きっと俺なんかより強い力手にいれてるんじゃねぇのか…?
負けたくねぇけど、もう少し一緒に手合わせとか…少し見せてくれたっていいじゃねぇかよな…
あー、もう、ちくしょう…むかつく。
むかつくのに!
なんでこの匂いでほっとしてんだよ、俺。
なっさけねぇな…
甘えっ子とか言われたら立ち直れねぇな…
あれだ。きっとあれだ。
もう長いこと一緒にいるから、習慣だし。あいついねぇと熟睡できねぇんだよ。
やっぱ空気なんだな。
必要不可欠。
そゆことだ。
今度から俺の熟睡妨げたらこっちのベッドに潜ってやりゃいいか。
いねぇんだから、拒否権無し。
よし。
そうしよう。
うん。ここだと気持ちよく寝つけれそうだ…
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…ん…?
匂いが濃くなった。なんか煙たい匂いも混ざってる。
…なんだこれ?
重い瞼をゆっくりと開くと…そこには途方にくれたルドの顔があった。
じっとこちらを見つめている。
…あ、そうだ、俺あいつのベッドに潜り込んでたんだった…
驚きのあまりなのか、飽きれてなのかルドは言葉を発しない。
それどころか動こうとしない。
…んなとこに突っ立ってんじゃねぇよ…ちくしょぅ眠いんだって…
夜中に2度も起こされ(?)直ぐにでも眠りにまた落ちたいヒシリアは無言でゆっくりと腕を伸ばしルドの腕を引いた。
「…なんでお前がここで寝てんだ…」
ルドの言葉に含まれていたのは焦りか、呆れか。
理由を答えるのも面倒。俺は眠い。
「いいから寝ろよ、眠いんだって…」
有無を言わせずルドの腕をさらに引く。
「…っ…手…離せ。俺はあっちで…」
ルドは俺のベッドで寝ろうと思ったんだろう。が、オレサマの安眠を妨害しといてそんなことはさせねぇ(何か違う?)
「いぃからここで寝ろ」
驚きのあまり呆然としているようだが、そんなの気にしねぇ。
手を離してごろり、と反対側に寝返りをして様子を伺う。
それでもあっちのベッドに行くならそれでいい。部屋にルドがいるってことはこれで安眠できるだろう。
そんな事を考えていたら 諦めて仕方がなさそうにルドが布団へ潜り込んでくるのを背面に感じた。
濡れた髪が冷たい。
「…おまぇ、外行ってたのかよ…」
喋るたびに眠気が覚めるのは判っていたが、思わずつぶやく。
返事はない。
静かに感じる吐息に 安心するような、どきどきするような。
野郎二人で寝るには窮屈なベッドだよな…
つか、傍から見たら滑稽かもな。
でも、直ぐ傍にいるルドの気配が心地よくて。
これでよく眠れる筈だ。
ルドを自分の言いなりにさせたという満足感か達成感か。それとも安心感か。
まぁ、なんでもいいや。
「お前さ…空気みたいなもんだから…」
眠い頭で精一杯言えた文句がこれだ。
言ってから俺でも訳わかんねぇ、って思ったよ。
言われたルドだって は?って顔してんに違いねぇけど一緒に寝てる奴の顔見れるほど勇気は無かった。
それに素直にお前のベッドが寝心地良かったなんて言えねぇしな。
相変わらず返事もない。
ちっくしょう。
俺やっぱりルドには勝てねぇのかな。
別に謝られたくは無いけどさ。
ま、どうでもいいや、言うことは言った。
寝よ寝よ。
睡魔に抵抗するつもりもなく、ヒシリアはものの数分で再びスヤスヤと眠りに落ちたのであった…




