一章 二話
キン、という金属音と共に女が現れた。
沸いた、というほうが適切かもしれない。
「なんだてめぇ?」
突如現れた女を睨み付け、体格の良い男が構える。
むっとする湿気と熱に覆われた密林で二人は暫く目を合わせ、微動だにしない。
女は余裕のある表情でその男の観察を終えると くすっと笑った。
「いい男がそんな怖い顔しちゃもったいないねぇ」
「褒められても譲る気はないぜ。お前の狙ってるのもコレなんだろうけど、生憎先にみつけたのは俺様」
男は突然女が沸いた事には驚いてはいないようだ。
威嚇なのか構えた手の中に、パチパチと音を鳴らす雷の球が現れた。
男の背後にあるコレとは…密林の木々の合間にできた巨大な『繭』だった。得体の知れない物質で覆われ、さらに蔦がソレを守るかのように絡み付いている。
「あんたはソレが何だかわかって『俺の物』なんていってるのかぃ?」
女には余裕があった。男の威嚇にも動じない。
男も、その女の持つ見えない力と気迫を計っていた。
自分と同じかそれ以上。
この女は精霊を統べるだけの力はある。
「知らねぇけど、むんむんと感じるんだよ、すげぇ力をこン中にな」
「で、ソレが出てきたらあんたはどうするんだい」
「俺のものにするか、抵抗されたらこの世界壊される前に殺っちゃうかもなぁ」
「殺られちゃ困る。ソレは私の大事な子だからねぇ」
子供だぁ?
目を細めて男はさらに女を見入る。
ここ、デスパムには数は少ないが『魔法使い』が存在する。一生自分の能力に目覚めない『魔法使い』もいれば、力を欲するばかりに妖力に囚われ化け物へと変わってしまうものもいる。
そんな器の小さい魔法使いは記憶にないが、自分の力と対を張るほど強い魔法使いはすべて調べ上げているはずだ、と 男は記憶をめぐる。
しかしどんなに考えても思い当たらない。
「じゃぁ、力づくで奪うと?」
男がふん、と笑う。力には自信がある。魔力にも自信がある。この際余計なことだが、女にもてる自信もある。しかしこの女の前ではなぜかその『自信』は色あせた。むしろあるのは 未知なる物への不安。精一杯の返答が、自嘲ぎみな笑みでしかなかった。
『本気でやったら、俺死ぬかもな…』
しかしデスパム一と自他共に認める魔法使いが相手の力を見ずに引くというのも癪だ。
「『軽く』お手合わせ願いますかっ」
言うが早いか、手に貯めていた雷の球を女へと放った。
瞬時に閃光が走り球は幾つもに分かれ女を捕らえようと弾ける。
と同時に男はすばやく2、3の呪文と共に空高く宙へ浮く。
木々が焼ける臭いと煙の中、案の定女は地上へはいなく、彼と同じ高さで前方に浮遊していた。
「『軽く』っていうか、手が熱くなっただけでしょう?」
ふふん、と軽く笑った女はわざと男に聞こえるように呪文を唱えた。
『--!ばかな…』
魔法にはいくつかの種類がある。世界によっては違うのかもしれないが、デスパムでは気まぐれで気難しい精霊と契約をし、その力を己の力に上乗せする精霊魔法はかなりの上級魔法だ。
さらに難しいのが古代魔法。そして王家直属の高位魔法使い4人しか知りえないはずの禁呪。並大抵の体力と精神力ではその魔力に勝てず、詠唱を中断せざるをえなかったり誤爆してしまう。詠唱を中断してしまえば半端に呼び出された精霊達が行き場を失くし暴走する可能性がある。街がひとつ吹き飛ぶほどの威力があるその魔法を誤爆してしまったら、詠唱者自信も巻き込まれること必須であろう。
そんな禁呪を女は詠唱しはじめたのだ。
それも難易度の高い雷の精霊を使役するものを。
空気が震えはじめ、ピシッ パシッ と空中に電気が走り始める。
「お前…そんなんぶっ放したらあの繭まで消し飛んじゃうじゃねぇか…」
にっ、と笑って詠唱を続ける女。
禁呪の詠唱はとても長い。その詠唱中に割り込んで邪魔をすればいいのだが、気迫に体が動かない。
禁呪には反対属性の禁呪をぶつけてその威力を半減させる、という方法もあるらしい。が、古くから禁とされた魔法であり威力も大きなため試したことがない。
しかし考えてる余裕はない。
わざとなのか、ゆっくりと詠唱を続ける女に間に合うように男も詠唱をはじめた。
至近距離で相性の悪い精霊が呼び出され、ビシン バリンッと大気の摩擦が不安定になりはじめる。
『この女…俺が詠唱終るの待ってやがる…』
争いの耐えないこの世界で魔法は頻繁に使っているものの、禁呪を実際に唱えるのはこれが二度目。一度目は同じ高位魔法使いの幼馴染との喧嘩で使おうとしてお互いに暴発。互いに命は取り留めたものの、暫く動けないダメージを受けたのを思い出す。
女の詠唱が終った。彼女の前には溜められた雷のエネルギーとさらにそこへ力を注ぎ込もうとする精霊達が群がるように飛翔している。
2、3秒遅れて男の詠唱が終る。男が唱えたのは…本来雷と相性悪いとされるのは土属性の精霊なのだが…闘争心の高い炎の精霊が飛翔していた。
「あんた、ばっかじゃないの?」
詠唱を終え、そのエネルギーを保持したまま余裕の表情で女は言う。
通常では詠唱直後にそのエネルギーを放出させずに保持しておくことも難しく、しかも違うことをしゃべって集中を欠くとなったら暴発の原因となりうるのに。
男は詠唱を終えてその力を保持しておくので精一杯な様子。女の放出先を見据えて放とうと構えているが限界が近いようだ。
「ぐっ…」
溜め込まれたエネルギーが放出させろと言わんばかりに男の手を熱くする。
「だぁぁぁあああああああ…・・・・・・!!!」
極限まで耐えた。耐える努力はした。が、これ以上保持すると自身が危ない。この女なら直撃することはない。むしろ楽しんでいるとしか思えない…
真っ赤に燃えさかるそのエネルギー球は精霊を引き連れて一直線に女へ向かう。
男が放ったところを見て、女は自身の目の前に舞い踊る精霊を進ませた。
「・・・・・・あ?!」
精霊だけが進み出たのだ。
彼女に溜められた禁呪のエネルギーはいまだ保持されている。
素早く飛来した数々の雷の精霊は男の放った炎の巨大な球体にぶつかると砕け散るように焼かれ消え、その衝撃が炎の球体の軌道を変えた。
炎の球体が若干下方に軌道を移したのを見て女は雷の球体を押し出し、それに当てた。
一瞬の出来事だった。
閃光が飛び散り、勢いをつけて下方へ向かうぶつかり合ったエネルギーは… 大きな湖へと落ちた。
直後に激しい地響きの轟音と煙、何ともいえない焦げた臭いが立ち込める。
かろうじて男は浮遊を続けていた。が、全身を脱力感が支配しているのは誰が見ても明かだった。
「あんたねぇ…」
そんな男を呆れたように見て女は言った。
「いくらなんでも炎じゃないでしょ、今の場合…」
「生憎地味な土の魔法は好きじゃないんでね」
「あの子の繭のせいでここら一体生き物があまり寄り付いてないからいいものの…今のが直下におちてたら大惨事よ?」
自分で詠唱しておいて、ここら一体破壊できるだけの禁呪を使おうとしておいて、こいつは何をいってるんだ?と男も呆れた。
「あんたが土属性の詠唱してたら相殺できるくらいのに押さえておこうと思ったのに。炎属性だもの、水のあるところに落とさないと大変なことになるでしょ。ましてや負けず嫌いな炎の精霊でしょ?あー、んもう余計な力使っちゃったわよ」
そういいながら女はちらりと男をみると繭のほうへと降りていった。
それを目でおいつつ、男もゆっくりと高度を下げる。
地上は先ほど以上にむせ返る湿気と焦げた臭いで充満していた。
「湖一個蒸発しちゃったくらいじゃ、貴方の炎の球収まらなかったみたいだけど、まぁ、火事にはならなくてよかったわ」
白煙とも黒煙ともいえない煙のなかにうっすらみえたのはさきほどまであった湖ではなく、えぐられた大地と焦げた木々だった。
「と、いうわけで。私の子は連れて帰るわね」
そういうと女は繭にそっと触る。
悔しいがその繭が何だったのかを見ようと男が地に降り立つと同時に、見えない壁が目の前から勢い良くぶつかってきたような衝撃を感じ、後ろへ吹き飛ぶ。
「なっ…」
何だ今のは・・・?!
体勢を整え繭をみると、そこには小さな純白の子馬のような生き物がいた。
不釣合いな大きな繭の上部ははじけ飛ばされたようになくなり、柔らかな寝床のようなその中央に獣は座ってこちらを見ている。
女はその床にあがると、獣を抱きかかえようと手を差し伸べる。
その瞬間、また見えない大気の壁が男をはじけとばす。
「なんだよ… いってぇ…」
「この子の能力ね。『気』を使うことができるみたい」
見るとその繭を中心に木々や草々がなぎ倒されている。
風の精霊は見たことがあるが…こんな大気の使い方みたことねぇ…
男は何か、自分がかかわってはいけなかったような物に手を出したような気がしてきた。
「大丈夫。わたしの子。怖がらないで」
落ち着けるように女は語りかけ、獣をそっと抱き寄せた。
「久しぶりの禁呪は面白かったわ。ま、焼け焦げた大地はそのうちまた密林にもどるはずよ」
「お前…ナニモノなんだ…?」
「この子の母親…?そうそう、あなたの名前くらい聞いておかないとね」
「ファオル」
「覚えておくわ。私はロワ。いつかまた、お邪魔するわね」
そういうと女はひらひらと片手をふって、獣を抱いたまま鋭い金属音と共に消えた。