一章 十三話
夕飯の後はきまってミノアが風呂にいこー、と部屋に迎えに来るのがあたりまえだと思っていた。が、今日はいつもの時間になっても部屋に来ない。
ヒシリアはベッドに横になってぼーっと天井ををみつめている。
「あいつさぁ、一人部屋で喋る相手もなくて、なにやってるんだろう?」
ヒシリアが呟くように言う。
「メノアか?ミノアか?」
「あ…や、両方だけど。メノアは一人に慣れてそうだけどさ、ミノアいっつも俺達と一緒にいるじゃん?でもあいつなりに気遣ってるみたいでさ」
簡単に食事のときにミノアが言ってたことをルドに話すと、じゃぁお前が行ってやれよ、とルドがそっけなく答える。
我ながら少し気のない返答だったろうか?
ルドも言ってしまった後、本からは目を離さずに考える。
「しゃぁねぇ、行ってみるか。余計なことで変にあいつ気にするからなー。ルド、じゃ風呂いこうぜー」
「あ、いや。俺は今日後ではいる」
「あぁ?何でだよ。んなことしたらまたミノア変に考えて面倒くせぇよ」
ミノアも俺が一度本を読み出したら区切りのいいところまでいくか、読み終えないと次の行動に出ないのを良く知っているはずだ、と片手をあげてお前だけいってこい、とヒシリアに言う。
「すまんな、ロワに言われてから気になってしかたないんだ。少し自習させてくれ」
しゃーねぇなぁ、と部屋を出て行くヒシリアの背に目をむけ、言う。
もしも俺が落ち込んでたら同じようにヒシリアは心配してくれるのだろうか?
ふと考える。
そして面白いほど次々とヒシリアが言いそうなことが頭に浮かぶ。
すぐに思い浮かぶあたり、よほどヒシリアを観察してるんだな、自分ながらに驚く。
ヒシリアは短気で気性が荒く見えても、すごく面倒見が良い。まぁ、今のところミノアに限ってだが。
ルドとしては面倒をかけさせるつもりもないし、それを期待しているわけでもない。が、そんなミノアが少しうらやましく思ってしまうところも否めない。
あぁ、囚われてるなぁ、とひとつ溜息をつくと本にまた目をおとし、治癒系魔法の基本を学ぶ。
しばらくすると風呂からあがったヒシリアが帰ってきた。案の定、ミノアはぽつんと部屋にとじこもってて、ヒシリアが迎えにいくと少し戸惑っていたが、またがっつり説教してやった!とにっと笑ってヒシリアが教えてくれる。
「ま、また明日からはもとにもどってくれるだろ。これから一生一緒にいる奴に気を使うのいやだしな。はやくあいつの相棒くりゃいいのになー」
ヒシリアの本心だろう。
でも、相棒がきてヒシリアに構わなくなったらお前は寂しく思うんじゃないのか?
まぁ、その時は俺がヒシリアに構ってやろう、などと思わず考えてしまっている自分に苦笑する。
「なーに考えてるんだよ、ルド」
「あ…いや。ヒシリアが風呂で転んで怪我でもしてくれりゃ治癒魔法の良い実験台になってくれたんだがと思ってな」
「ころばねぇよ」
けっ、とルドを見てどかっとベッドに腰をおろす。部屋には机と椅子もあるのだが二人はあまりそれをつかってはいなかった。
「あぁ、お前明日から中庭きたら?武器使ってっとさ、やっぱちょこちょこ傷できんだよ。全部ゼッカが治してくれるんだけど、あそこで練習すりゃいいんじゃね?」
あぁ、確かに。
「ルドも武器持ってさー、練習とかしねぇ?」
何度か前にもヒシリアに言われている。武器の『格好よさ』を彼はよく力説する。
「俺は興味ない」
「ちぇー。お前は『能力』持ってるし、魔法も使えるしいいよなー」
ヒシリアは自分が独特の『能力』を持っていないことに引け目を感じている。それはここに来てからずっとわかっていた。新しく来たメノアにも独自の能力がある。自分にはなぜないのか、ときっと劣等感を抱いているのだろう。それを『能力』をもってるルドが慰めるのは難しい。
「興味がない、ってだけで あんなもん練習すりゃ使えるようになるしさ。あーぁ、俺しかできねぇことなんかねぇかなー」
ぼふっとベッドに伏せて本音をもらすヒシリアにルドは本を閉じて言う。
「生まれ持ったものだけが『能力』じゃない。開花させるものもある。お前の場合ただそれがまだわからないだけだろうが。まぁ武術も魔法も何でもそつなくこなすのがお前の能力のひとつだと 俺は思っているが?」
あ、本を閉じた。とパタンという音をきいてヒシリアは思った。本を閉じて話す時はルドはいたって真剣だ。しおりを挟まずに閉じるなんて珍しい。あぁ、おれの戯言を真剣に聞いてくれてるんだなぁ、と少しヒシリアはうれしかった。
「ま、精進しますよ」
そういうと ぐぐっとヒシリアは伸びをして姿を獣に変えた。そろそろ寝ようと思っているらしい。最近ヒシリアは獣の姿で寝ることが多かった。
艶やかな黒い毛皮がランプの光をあびて美しく光る。黒豹のようなしなやかな体を丸め、背にある蝙蝠のような翼を器用にたたみこむ。
ルドはあの翼がいつも寝るとき邪魔だろうなぁと思うのだが、本人はさほど気にしている様子はなかった。
「あぁ、それだ。今のところ空飛べるのお前だけだ」
翼をみて思い出したようにルドがいう。
「飛べるっていうかなー。浮けるだけだしな」
たしかに体が小さい頃はそこそこ飛べた。しかし体が重くなると飛翔というよりは、浮上。
城で生活ではあまり獣の姿にはなることが少なく、浮くことすらめったにしない。まぁ、ミノアだけは獣の姿で廊下をよく走っているが。
「体が鈍ってるってことだ。ま、いつか俺も飛翔の魔法をつかってみたいがな」
「ちぇ、やっぱり俺だけの能力じゃねぇじゃん」
「翼はない」
「飛べるってことには変わりねぇよ」
もう寝る、とふてくさったように頭を自分の前足に置いて丸くなるヒシリアをみて、つくづく可愛い奴だ、とルドは思う。
「さて、俺は風呂に行ってくる」
返事はない。
ルドは静かに立ち上がると気にせずに部屋をでた。




