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Recill  作者: 闇ヒツジ
4/4

仲直り

 イビーたちは屋外にある訓練場へと集合した。勿論ここにいるのは声を聞いた者のみで、全体の半数にも満たない。

「では、基本的な戦闘訓練を行う!ここで適正が見られなければ、マキナ機関を去ってもらう!」

 昨日まではたくさんの軍人が前方に立って説明をしていたが、今日は小隊指揮官兼教官のアルベルト・スレイしかいない。

 それにも関わらず、緩かった空気が懐かしく思える程、ここの空気は重かった。

 昨日まで一生懸命使いこなそうと皆で努力していた遺失機械ロストテクノロジーは全て名前入りの袋に入れられ、アルベルトに回収される。中には怪訝な表情を浮かべる者もいたが、アルベルトが目の前に立つと急に緊張した面持ちに変わる。

 アルベルトは端正な顔立ちと、スラッとした体躯を持っていた。軍服のよく似合う彼を見上げて少し顔を紅くする女子たちもいる。

「戦闘の中で必要なのは遺失機械ロストテクノロジーだけではない」

 拡声器を使ってもいないのに、遠くまでよく通る声だ。

「昨日まで遺失機械ロストテクノロジーの解放に力を入れてもらったが、今日から一ヶ月間は触ることも許さない」

 多くの落胆の声が聞こえたのか、アルベルトは睨みを利かしている。生徒たちは背筋を伸ばさざるを得なかった。

「では、戦闘訓練を始める」



「あんたまだ出来ないの?」

「え?」

 ミルカがふと顔を上げると、そこには茶髪をツインテールにした少女が嫌な顔でこちらを見ていた。彼女の手には人の命を今にも刈り取ってしまいそうな鎌が握られている。

「何それ?」

 彼女はいきなりミルカの額縁を奪い取った。

「あんた36番隊だっけ?あのちっちゃい奴が居るとこでしょ?」

「そういうこと、言うのはよくないですよ?」

 太い腕を伸ばして額縁に触ろうとすると、横から黒髪を長く伸ばした美女に叩かれた。

 ミルカが周りを見回すと、下級兵らしき人が3人しかおらず、皆眠そうにしている。

「うっざ」

 ツインテールの子が足を引っかけた為、ミルカは転倒してしまった。

「う」

「だいじょうぶー?」

 ケラケラと軽い笑い声がホールに響くが、兵士は見て見ぬふりをする。それをいいことに彼女たちは軽くミルカを蹴飛ばし始めた。

「痛っ」

 面倒くさそうな顔をしながら兵士たちが残酷な人々に近づいて、

「やめろやめろ」

 と言いながらなんとか引き離した。

 しかし、彼女たちは裏に連れて行かれることも無く、そこに留まることを許可された。

「ごめんねぇ?」

 嘘で塗り固められた笑顔で彼女たちは口々に言った。

「はい……」

 ここを去るわけにはいかないのだと自分に言い聞かせてミルカは言葉を押し殺した。

 心が乱されてしまったのかやらなければいけないことに集中出来ない。

 彼女たちを見やると、お喋りばかりしていて、遺失機械ロストテクノロジーは解放出来ていないようだった。


「今日はどうだった?」

 リリアは悪意の無い顔でミルカに尋ねたが、対するミルカは何歳か老け込んだような表情を浮かべるばかりだ。

「きょ、今日の晩御飯何かな?ここのご飯美味しいよね」

 レヴィが少し咳払いをした。リリアは押し黙る。

 少し沈黙が流れたが、リリアはまた口を開いた。

「きっと大丈夫だよ!まだ時間はあるし、ね?」

「そう、ですね」

 乾いた笑顔で返事をする。リリアは空気が読めていないのか、更に励ましてきた。

「うるさい」

 レヴィが呟くと、急に静かになる。

「よし!ちょっとおばちゃんのお手伝いしてくるねー」

 リリアは居心地が悪かったのか本気なのか、部屋を出て行った。

「訓練の後に、よくやるよ」

 レヴィは自分のベッドに横になりながら呟く。

「訓練どうでした?」

「アタシはまだ大丈夫だ。多分あのおじょーさまも見た目よりは実戦経験があるみたいだから、凹んでないみたいだけど、大体の奴は筋肉痛で動けないんじゃねぇかな」

 ウェルはまだ訓練に参加していないが、少し心配だ。

「何された?」

「えっ」

 ここからは横になるレヴィの背中しか見えない。

「ミルカに遺失機械ロストテクノロジーの聞こえないわけ無ぇだろ?何かされたか?」

 返事が出来なかった。なんとも言えない気分になってしまう。

「まあ、聞かなくても大体分かるけどな」

 そう言ってレヴィは起き上がると、足早に部屋を出て行ってしまった。

 ミルカは暫くの間呆然と座っていたが、急に嫌な予感がして立ち上がると、部屋のドアを思い切り開けて走り出した。


 部屋になんとか戻ることが出来たウェルはマキナ機関の建物からイビーに連れられて寮に戻る所だった。

「明日からハードだぞ」

 イビーは歩くのもやっとのようで、ふらふらとよろけている。

「お迎、え……よかっ、たの、に」

「何言ってんだ仲間だろーが」

 ウェルは照れながらこくりと頷く。

 そんな2人の元に言い争うような声が聞こえてきた。

「うわぁ。仲間割れかな」

 ウェルは瞳を大きく開いて頭を横に振る。

「え?なんだ?」

 怯えた様子の彼がその細い指で示している方向を見ると、レヴィが立っていた。

「あれ?あいつ何してんだ?」

 争う声が静かになって、そこにミルカが飛び出してくるのが見えた。寮の前には芝生があり、そこは木で囲まれているのだが、一番寮に近い木の辺りに何人か女の子が倒れているのが見える。

「あいつ!」

 イビーは察して走り出そうとしたが、思っていた以上に動けず、その場に転んでしまった。

 代わりに走り出したのはウェルだ。

「あ?やっと帰ってきたのか」

 レヴィは挑発的な視線でウェルを品定めするように眺めた。ウェルは真っ赤になりながらミルカの方に近寄る。

「こ、これは……ど、どうしたのか、な……」

「レヴィ。これはやってはいけないことです」

 今にも泣き出しそうな声が美女を窘める。

「こいつ捕まえてよ!」

 ボロボロの女の内の1人がそう叫んだ。

「何してんだレヴィ。んなことしたら戦争出れなくなるだろ?」

「気に食わないから殴っただけだ。服の下だから痣も見えねぇだろ」

 そう言って立ち去ろうとする彼女の腕をイビーが掴む。

「そういうことじゃねぇんだって」

「アンタらチクったら後悔することになるから覚えてなよ」

 手を振りほどくと、彼女はその場からいなくなってしまった。

「そういうことでもねぇんだよな……」

「だ、だ、だいじょ、うぶ?」

 3人の倒れている女の子たちに手を伸ばすと、1人がウェルの手を払った。

「そういうのめちゃくちゃウザいんだよね」

 彼女たちはなんとか立ち上がると、ミルカを睨みつけて去って行った。

「何があったんだ?」

「……私のせいです」

 ミルカは瞳に溢れんばかりの涙を貯めてそう言う。ウェルはそんな彼女を優しく撫でた。

「ぼ、僕には、何があった……か。教えて、く、く、くれ、るかな?」

 イビーはそれを聞くと、ウェルの肩を叩いてから彼を置いて寮に戻った。何が起きたのかは後からでも聞ける。今はミルカが落ち着いてくれないとどうにも出来ないから。


 部屋に戻ると、そこにはレヴィだけが居た。金髪の髪を撫でつけながらリリアは自分のベッドの縁に腰掛ける。

「ミルカはどこに行ったの?」

「……」

 当たり前のように返事は無い。

「喧嘩した?ダメだよー」

「……」

 レヴィは何か本を読んでいるみたいだ。あまりの意外性にリリアは驚いてしまう。

「その本私読んだことあるよ」

「……ちょっと静かに出来ない?」

 かなり苛ついたような声が返ってきて、いつもならここで押し黙るところだ。しかし、さすがの彼女も今回は言い返すことにした。

「もうそういうのやめようよ。私もミルカもレヴィと仲良くしたいって思ってるの」

「うるせぇなっ!!」

 先程まで静かに怒っていた彼女がいきなり大声を出して本を床に叩きつけた。

「壁作ってるアタシが全部悪いって言いてぇんだろ?なんだ?自分らしくいるのがそんなに悪ぃか!?」

「待って!落ち着いて!どうしたの?なんかいつもと違うよ?」

 レヴィは拳をリリアに振りかぶろうとしたが、なんとか耐えた。

「これでもな……」

 そこまで言って口ごもる。

「なんでもねぇ」

 またいつもの態度に戻って彼女は自分のベッドに横になった。

「私はミルカみたいに誰にでも優しくしたり、ちゃんと怒れたり出来ないから、イライラしてるんでしょ?」

 返事は無い。

「私だってこれから隊をまとめていくの不安で、ギリギリなんだよ。怒りたいのはレヴィだけじゃないよ」

 リリアも横になった。

 そこからはずっと沈黙だった。ふたりはいつの間にか寝てしまった。


 朝起きて、ミルカは部屋にいなかった。

 誰にも会いたくないのか、先に行ったらしい。

 リリアもいないが、別に遅刻というわけでは無さそうだ。時計を改めて見ても壊れている様子はない。

「アタシとしたことが」

 そこで一旦区切って、

「らしくないことしちまった」

 そう続けた。

 ため息が狭い部屋に響く。着替える為に自分のクローゼットを開ける。ミルカに時間が無いことを考えると、何故か心が締めつけられるような感覚に陥る。

 あいつらさえいなければ聞こえるはずだ。

 そう気が急いでいた。自分には関係の無いことなのに。

「あ、そっか」

 目を見開く。

「アタシ今までトモダチいなかったんだ」

 理由を思い出して彼女は少し落ち着いた。

「はは……トモダチなんていらねぇと思ってた矢先にこれかよ」

 ジャケットを着て、クローゼットが閉まった。

 ハムブレッドでも頼んで作ってもらうか。

 レヴィは初日に食堂の手伝いを行ったことで、そこで働いている女性と少し仲良くなっていた。余り物でなんとかなるだろう、と部屋を出る。


 昨日の件でミルカの周辺は更に悪化していた。彼女を笑う者たちは更に増え、逆に見守る兵士の数は減っていた。

「昨日はよくもやってくれたね!」

 ミルカはもう何も言わない。髪を思い切り掴まれる。

「なんとか言えよ!」

 その光景を横目で見て避ける者や笑う者がいる。

「悲しい人ですね」

 本当に哀れんだような目で彼女はそれだけ言った。

「言っとくけど、昨日私たちを殴った女はいなくなるよ」

 それを聞いたミルカは険しい表情になった。

「私のお父さんマキナ機関の幹部なんだよね」

 ツインテールの女が不気味な笑顔でそう言う。

「私はここで遺失機械ロストテクノロジーの声を聞こうが聞かまいが関係ないのよ。戦争で死ぬのなんて御免だしね」

 他のメンバーもそう考えているのか、ケラケラと笑い声を挙げている。

「じゃあどうしてここに来たんですか……?」

「馬鹿なの?遺失機械ロストテクノロジーの適性が無いって分かれば将来国民全員に徴兵制度が課せられたとしても、私たちは審査無しで、戦争に参加しなくて済むようになるじゃない」

 ここにいる腐った連中はみんなそれを肯定するように頷いたり笑ったりしていた。

 管理している兵士を見る。それが当たり前のことであるように、欠伸を繰り返している。

「なん……で」

 それが信じられなかった。自分はこんな人たちに貶められていたのか。

「だったら直ぐにでも出て行って下さいよ!私には目的があるんです!」

「昨日のことが無ければそうしてあげても良かったんだけどねー」

 女たちはまだ笑っている。ミルカの瞳から涙が落ちた。

「あんたは私たちの道連れだよ!」

 恰好いいヒーローが助けてくれるわけではない。ミルカは自分の遺失機械ロストテクノロジーをギュッと握って座り込んだ。

「何してんの?」

 黒髪の女がミルカの肩に触れる。すると。

「貴女、お父様に愛されてないのね」

 そう呟いた太った少女の目にはまるで生気が無かった。

 嫌な女のひとりがビクッと肩を震わせる。

「ここに来たのも目を引きたかったからなんでしょう?」

「レイ?それマジなの?」

 ツインテールの女が聞くと、青ざめた女は首を横に振る。

「貴女の方は、昔友だちに裏切られたのね。可哀想に」

「なっ」

 今度はそのツインテールの女が青ざめる番だった。

「自分がその友だちからいじめられていたから、代わりに自分がそうなってしまったんでしょう?」

「黙りなさいよ!!」

 ミルカは強い力で叩こうとした腕を掴む。

「私の遺失機械ロストテクノロジーが教えてくれました」

「はあ?それ使えないんじゃ……」

「貴方は幼少期に親から……」

 ミルカはひとりずつ指差しながらトラウマを述べていく。それを全員が後ろに下がりながら聞いている。

「もうやめて!」

 レイと呼ばれていた少女が叫ぶ。

「私もこういう使い方は間違いだと思うので、やめようと思います。さあ、代償は何を支払っていただけますか?」

「え?」

「私の詩人双鴉フギン・ムニンに何を支払って下さいますか?」

 額縁型の遺失機械ロストテクノロジーを持ち上げた彼女は優しい笑顔を浮かべていた。


 額縁の形をした遺失機械ロストテクノロジー詩人双鴉フギン・ムニンの内側には絵画のような物がいつの間にかはめ込まれていた。

 その絵画には自分を脅す少女たちの名前や記憶が浮かび上がっては消えていく。

「ごめんなさい。あんな使い方をして」

 周囲に群がっていた人々はもういない。みんな離れて彼女を恐れるような目で見ているだけだった。

「もう、間違えないから許してね」

 絵画はいつの間にか消え、元の額縁だけの姿に戻っていた。


「なんていうか、そこまでするとはね」

 レヴィが大笑いしながらミルカを眺める。

「笑わないでくださいよ!詩人双鴉フギン・ムニンのお陰で貴女が追い出されるのを阻止出来たんですからー」

 ミルカはぷくっと頬を膨らませてレヴィを見る。それをリリアが少し寂しげに眺めていた。

「昼飯終わったら訓練に参加出来るのか?」

「そういう風に言われました」

 リリアの隣に座りながらイビーが尋ねると、そう返ってきた。

「本当によかった」

 ブロンドの髪を後ろで結いながらリリアが微笑む。

「ありがとうございます」

 その返事の後にウェルが食堂に入ってきた。

「み、み、みんなもうき、来てたんだね」

「おう!早く座れよ!」

 イビーは楽しそうな表情のまま隣の席を手で叩いた。

 ウェルは言う通り、その席に座る。

「今日は何かな」

「今朝農家からたくさん卵貰ったらしいから、オムレツだと思うよ」

 リリアが答える。

「オムレツ大好きです!」

 何でも好きそうなミルカがそんなことを笑顔で言う。

 ウェルがその横顔を幸せそうな表情で見ているのがイビーにはたまらなかった。

「レヴィ。昨日はごめん。気が立ってたみたいで」

 リリアがそう言うのを全員驚いた表情で見た。

「らしくねぇな」

「謝りたいって思ってたの。でも話しかけるタイミングすらなかなか与えてもらえないから」

 レヴィは不機嫌そうにリリアを眺める。

「それ喧嘩売ってる?」

「え?いや、全然そんなことないんだけど」

 天然は命取りだっての、とレヴィは舌打ちした。

「アンタと仲良しごっこするつもりは一切無ぇけど、このままっつーのも癪だからな」

 その言葉のあと彼女は押し黙ったが、リリアは微笑んだ。

「レヴィ。ありがとね」

 言われた本人は完全に無視を決め込むが、これは照れ隠しだろう。

 ウェルもニコニコと微笑んで彼女を見ている。

「何食おうかな!」

 イビーはその空気を締めるようにそう言った。

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