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Recill  作者: 闇ヒツジ
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遺失機械《ロストテクノロジー》

 小隊員は寮での生活を強いられる。

 同じ隊内の人物と同室になるのだが、男女は勿論別なので、イビーとウェルの2人とリリアとレヴィとミルカの3人が一緒の部屋になった。

「これからよろしくなー」

「は、は、は、はい」

 イビーは極力優しく彼に話しかけるよう努力することにした。ウェル自身にまったく悪気があるわけではなく、レヴィの破綻的な性格を思えば彼がいつか壊れてしまうかもしれないという恐怖の方が勝った。それを思えばとても優しく出来る。

「や、優しいん、です……ね」

「レヴィの態度が気に食わなかったから誤魔化しただけ。黙ってれば美人なのになー」

「そ、そ、そうなの、かな」

 ウェルはそういう会話に耐性が無いのか、白い肌を紅く火照らせた。

「小隊内の関係がこじれたら全員で責任取らされるんだぜ?そんなの嫌じゃん」

「う、うん。そ、そうだよ、ね」

「で、気になる子はいたか?」

 綺麗な灰色の目を元々大きいのに更に大きく開かせた彼はますます紅くなった。

「む、む、昔から知ってる子が……」

 ずっと言葉を待っていても続きが無い為、声にならなかったのだろう。

「リリアとか?」

 首を横に振っている為、違うのだろう。

「み、み、ミルカ……が」

 その言葉にイビーは驚いた。

 ウェルは顔を真っ赤にして、あの肥った女の子のことを語っている。確かに可愛らしい笑顔の持ち主だったが。

「ミルカは、と、とっても優しい……です」

 見た目で判断するのは良くないな。とボサボサ頭を掻いて自嘲するしかなかった。


 訓練初日、各人が遺失機械ロストテクノロジーを手渡される。

 イビーは特にこの日を楽しみにしていた。


 遺失機械ロストテクノロジーは人の個性によって形や使い方が変化する。

 自分に向いていることや物は一体なんなのか、存在理由はなんなのか。そんなことを期待して遺失機械ロストテクノロジーを手にしたがる者は多いらしい。


 また200人近くの隊員たちの前で昨日の指揮官が大声を上げている。

 機械の受け渡しを小隊ごとに行うらしい。小隊長たちが順に呼ばれ、前に出る。

 すぐにまた小隊内でのミーティングタイムになった。

 昨日の騒がしさで辺りを見る余裕が無かったが、この集会に使われるホールの壁では静かに歯車が動いている。天井が非常に高く、部屋も収容人数を多めに見ても広いくらいだ。

「これが遺失機械ロストテクノロジーなんだって」

 リリアが満面の笑みで歩み寄ってきた。

「なんだよ。これただの球体じゃねぇか」

 レヴィが5個ある内のひとつを握った。

「あっ、うん。そんな感じで皆握ってみて」

 天使のような笑顔に乗せられて全員戸惑いながら球体を掴んだ。

 最初に握ったレヴィの球体から形が変形する。グニャリと形を変えた球体は拳銃と同じ姿に変形した。しかもそれはふたつに分裂し、歯車が表面に付いた。

「これがアタシの相棒ってわけね」

 両方の拳銃に軽くキスして、レヴィはポケットにそれらを仕舞った。

 次に変化したのはリリアの球体だった。細くて長いレイピアの形になったそれは白く発光している。

「綺麗……」

ウェルが珍しくつっかえずに言った。

 ミルカの球体が変化し始めた。彼女のそれは黒い額縁の形に変形した。

「え?なんですかね?これ……」

「俗に言う、使ってみないと分からない物ってやつだろー」

 その場の全員が首を傾げていた。

 次に変わったのはウェルが握っていた球体だった。それはみるみるうちに長細く変形し、東国のカタナと呼ばれる物になった。刀身に蔦のような美しい模様が掘られている。

「ぼぼぼ、僕、この形状の物、は……」

「ガーネット家じゃ両手剣ばっか使わされてるらしいしなあ。こりゃ困ったんじゃねぇの?お坊ちゃんん?」

 リリアがレヴィとウェルの間に立った。

「いい加減にしないと本気で怒るわよ」

「罰則が怖いのはそっちだろ?」

「あ、あ、ぼ、僕大丈夫、です、から」

 ブロンドの髪がため息と同時に揺れた。

「使い方、だけ、は……聞いてるか、ら」

「ハッ」

 そんな埒のあかないやりとりを見ている間にイビーのそれも変形してきた。歯車が指の付け根付近を動くように出来たナックルだ。

「おー。俺っぽいかも!」

 そう言ったのを聞いていた人はおらず、みんなレヴィとリリアの睨み合いの方を気にしていた。


「アンタらさ、正直ここに遊びに来てんだろ?」

 レヴィは相変わらずの嫌な笑顔で全員を見た。壁に寄りかかって脚を組み、腕を組み、完全に挑発している。

「アタシはさ。早く魔女狩りに行きたいんだ。殺して殺して殺してコロシテ……早くそんな生活をしてぇんだ。だからさ、足引っ張られるとメーワクなんだよねえ」

 狂気の黒い瞳がリリアをずっと睨んでいた。言葉を聞いた全員が息を飲んでいた。

 そうだ。自分たちはこれから殺し合いの世界に身を投じるんだ。

「おじょーちゃん、アンタ生まれも育ちも貴族様って感じだよねえ。なんでこんな血生臭いとこに来た?」

「わ、私は幼い頃に姉を……」

 イビーはそれを聞いた瞬間に動いていた。彼女の肩を掴んで、先を言わせなかった。

「私たちは真面目です」

 ミルカはふっくらとした頬をさらにぷっくり膨らませて言った。

「私は魔女が何なのか知りたいです。知った上で魔女狩り出来るのであれば、優位に立てるんじゃないでしょうか?」

 彼女は見た目に合わずハッキリと自分の意思を示す。

「アンタ意外と言うじゃないか。今までマキナ機関が調べてきた情報を上回るモノを、そのぷっくりしたおててで、手に入れられるとでも思ってんの?笑えるね」

「笑ってもいいです。でも、ここにいる他の小隊の方にもそれぞれ理由があると思うんです」

 ウェルは2人の顔を交互に見ながらミルカを強く心配しているようだ。

「そうよ!あなたみたいに平気で人殺したいとか言っちゃうのは良くないと思うけど」

「リリアさん‼︎」

 ミルカはリリアにもその膨れた頬を見せつけた。

「レヴィさんにだって、ちゃんとした理由があって、それを隠したいのかもしれないですよ?だからそんなに邪険にするのはよくないと思います」

 頬は正常に戻る。

「皆さんお互い寛容にならないとダメです!」

 彼女の言うことは完全なる正論で、誰も反論出来なかった。


 暫くすると、自分たちの遺失機械ロストテクノロジーがどのような力を持っているのかを調べる時間が設けられた。

 とはいえ簡単に分かるようなわけでもなく、殆どの人が色んな角度から自分の武器を眺めるくらいしか出来ていない。

 特にミルカは装飾の美しい額縁のあちこちに触れたりしているのだが、まったく使い勝手が分からないようで、刀を握ったウェルと仲良く小声で話しながら試行錯誤しているようだ。

 イビーはその微笑ましい光景を、笑顔になってしまうのを出来るだけ抑えながら見ていた。

「イビー使い方分かった?」

「んー。ナックルっていうのはわかるけど、遺失機械ロストテクノロジーって確かそれぞれに特有の能力があるんだろ?リリアのも分からないか?」

 少し悔しそうな表情を浮かべた少女は小さく頷いた。

「実戦しないと分からないのかも。私の場合装飾がスイッチになってるわけじゃなさそうだし。相手に刺さないと分からないのかもしれない」

 物騒なことを平気で口にする辺り、彼女もレヴィと少し近いところがあるのかもしれない。

「あ、あれ使っても良いんじゃね?」

 いつからか沢山の人型人形がホールの中心を囲むようにして並んでいて、何人かは集まって武器を使っているようだ。

「ねー。私たちもちょっと行ってみない?」

 辺りを見回すとレヴィだけがいない。

「あれ?レヴィは?」

 軽く不機嫌そうなリリアがウェルたちに尋ね、2人は一番遠くにある人形を指差した。

 そこではレヴィが体術と同時に拳銃の扱い方を練習していて、4人はその光景を唖然として見つめる。

 先程までの挑発的なイメージはそこに無く、彼女は既に武器を使いこなしているように見えた。2丁の拳銃からはワイヤーと鋭利な刃物が放たれ、それが真っ直ぐに人形を貫く。

 人形自体が遺失機械ロストテクノロジーなのだろう。蒸気を帯びながらそれは正常な形へと戻り続けていたが、どの人形を見ても霧が晴れないのはその人形だけだった。

 レヴィは身体を捻ってワイヤーが戻るのを利用して人形を蹴飛ばし、離れた人形へ飛びかかる。そちらにも片方の拳銃の銃口を向けた。金属音と共にワイヤーが放たれ、それは人形を貫き、同時に稲妻を帯びる。人形は一瞬だけ焼け焦げ、元に戻った。

「蜘蛛みたい……」

 糸を自由自在に操って舞う彼女を見て呟いたのはリリアだった。

「口だけじゃなく、ほんとに強いんだね」

 嫌味を嫌味で返してしまったことを後悔しているようだ。

「私謝ってくる。で、色々教えてもらいたいの」

 根が純粋な彼女は素直に彼女の戦闘能力の高さに感動したのだろう。どちらにせよここに留まって使い勝手がまったく分からない玩具を振り回しているよりはいい。全員でレヴィの所に行くことになった。


「レヴィ」

「なんだ見てたのか?」

 彼女は銃を撫でている。その愛しそうな瞳は黒々と妖しく光っていた。

「レディーは大切に扱わなきゃいけねえからなあ。変な目で見んなよ」

「そういうつもりじゃないの。私リーダー失格だなって」

 顎を少し上げて蜘蛛は蝶を怪訝そうに見る。

「私あんまり酷いこと言われたことが無くて……姉がいなくなったの小さい頃だったから、ひとりっ子みたいに可愛がられ過ぎたんだと思うの。私の方がよっぽど世間知らずだったわ。ごめんなさい」

「アタシさあ、アンタのこと嫌いだわ」

 蜘蛛は蝶を食べなかった。しかし、浮かび上がる感情は同情などではなく、単なる嫌悪だ。

「自分はとーっても両親に可愛がられてるけど、大好きなおねぇちゃんがいなくなっちゃってとっても不幸なんですぅ」

 金の睫毛の距離がどんどん開いていく。下睫毛が濡れ始める。

「アンタだけが不幸じゃねぇんだよ。姉ちゃんを言い訳にして自分を正当化しようとしてるだけだろ。あと、戦い方くらい自分で考えろよ。バレバレなんだよ」

 レヴィはホールの扉を開けて外に出た。指揮官がその後を追いかけていく。

「私、本当に謝りたかっただけなの。でも、レヴィの言うとおりだね……」

 彼女なりに必死に涙を堪えているようだが、今にも溢れ出しそうだ。

「私これからは言い訳しない。レヴィにも食ってかかったりしないよう努力する。短気なのも治す!リーダーだからしっかりしなくちゃいけないって思うの」

「無理すんなよ?」

 イビーが肩を叩く。もう涙はそこに無かった。

「あの。私も協力したいです。レヴィさんと仲良くなりたいんです」

 ミルカがはっきりと笑いながら言った。

「な、な、何か感じるの?」

「どうかなー?」

 ウェルに対してはフランクな態度を取るらしく、悪戯っ子のような顔で彼女はそう答えた。

「ぼ、僕もおて、て、手伝い、します」

「俺も勿論手伝うよ。仲間同士で喧嘩するのは良くねぇもんな」

 リリアはそれらの言葉を聞いて深々とお辞儀した。

「ありがとう!」

 雫がぼたぼたと床を濡らしていた。


 その後個人で武器の使い方を模索していたが、リリアの武器に関しては人形に傷を付けることすら出来なかったり、イビーの武器を使ってもイマイチ何が起きているのか分からなかったり、ミルカは額縁で人形を殴ったり、くぐらせてみても何の変化も無かったり、ウェルの刀も普通のそれと変わらない斬れ味だったりで、武器の本来の力を把握することは出来なかった。

 レヴィは連れ戻され、ホールの隅で寝ていたが、指揮官に見つかってまた叱られていた。

「私、どうやって力を引き出したのか今夜レヴィさんに聞いてみようと思うんです」

「それすごく難しいんじゃないかな?」

 リリアが眉間に皺を寄せる。

「友だちになりたいんですもん!努力します!」

「リリアは今日はあんまり話しかけない方がいいぞ。挨拶ぐらいにしとけ」

「関係が悪化したらよくないもんね……」

 何処かさみしそうに彼女は返事した。

「し、し、小隊指揮官がよ、呼んでる」

 レヴィは強制的に36番隊の位置に立たされていて、リリアはその前に、残りは後ろに並んだ。

「1日で武器の特性を理解し、使いこなした物はひとりしかいなかったようだ。お前たちは遺失機械ロストテクノロジーの声を聞けていない」

 小隊指揮官は新人たちの前を往復するように歩いている。

 周囲から緊張感が伝わってきた。

「明日も同様に遺失機械ロストテクノロジーの声を聞く作業を行う。今日は寮に戻り、成果を報告書にし、明日提出するように!」

 新人たちの敬礼の後、解散の号令がかかった。

「報告書かー」

「これから先報告書を書く機会が増えると思います。だからこれは多分練習なんじゃないでしょうか?」

 真面目な声でちょこちょこと全身の肉を揺らしながら付いてくる彼女はさながらマスコットキャラクターのようだ。そういう意味では可愛らしい。

「ねぇねぇ話変わるんだけどさ、ミルカってすごい話しやすいっていうか、説得力とかあるよね」

「昔から周囲の大人の顔色伺って生きてましたから、なんとなく相手の気持ちとか分かっちゃうんです」

 見る限りリリアとミルカの距離は少し縮まったようで、彼女たちはウェルとイビーを置いて先に歩いていってしまった。

「俺座学系は苦手でさ。報告書とか嫌いなんだよなー」

「僕も、報告書……に、に、苦手だけ、ど、がんばる……よ」

 少し微笑むウェルの、聞き取りにくい言葉が返ってきた。

 ホールの外に出ると、新人たちの会話で廊下はやけにうるさく感じた。どの人も報告書のことを話しているみたいだ。

 廊下の壁にレヴィが寄りかかって腕と脚を組んでいる。多分それが癖になってるんだろう。

「ウェル。先に行ってていいぞ」

 自分より少し背の高い少年はコクリと頷いて先に進んだ。

「よ!」

「ああ、チビか」

 茶色のボサボサ頭を掻いてニッコリ笑うと、レヴィも少し笑った。

「アンタ変だな。腹立つんじゃないか?気になる女のこと罵倒されて」

「え?なんのことだよ?」

 レヴィは口元を隠したが、笑っているのはすぐに分かった。

「あのブロンドお嬢さまはやめとけ」

 蜘蛛女はそう言い残すと黒髪をたなびかせて颯爽と過ぎ去ってしまった。

「復讐なんかするもんじゃねえ」

 その言葉は誰にも聞こえていなかった。


「なあ」

「はい?」

 ミルカは意外そうに聞き返す。

 先程までリリアが居た時には一切口を開かず無言で窓の外を眺めていたレヴィが急に話しかけてきたからだ。

「アンタさ。アタシの気持ち読んじゃったの?」

「何のことです?」

 厚くて色っぽい唇を少し噛みながらミルカを見ると、誰にでもするように彼女は優しく微笑んでいる。

「気が抜けるね」

「そういうの嫌いです?」

 敬語なのに嫌味がなく、彼女が聖母のように見えて、それが少し怖かった。

「別に」

 嘘は何も言わなかった。そして彼女もそれに気づいている。それでもこの殺人衝動を真っ向から否定しない人間に初めて出会った。

 レヴィはミルカに恐怖を感じていた。得体の知れない感情が自分を支配していく。

「アンタも殺されたくなかったらあんまり関わるなよ」

「それは出来かねますね」

 そう言い終わったところでリリアが帰ってきて、2人の会話は終わった。


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