探索者 五
念のためR15です
被害者は皮膚が着衣ごと溶かされ、混じっていた。
髪も全て失い、足の指も手の指もすべて解けた皮膚でつながり、顔も既に無く未だ残った口で呼吸をしていることから、辛うじて生きているのだろう。
「は、早く、外に、ああ、き、救急車呼ばないと」
壮絶な姿に直は自身の身体を抱きしめ、震えながらも必死に考えているようであった。
「必要ない」
霜の言葉に直は困惑を浮かべながら振り向く、それを無視しながら霜は男性の傍にしゃがみ声をかけた。
「声は出せるか?」
「あ……ぐ……」
霜の問いかけに男性は僅かに身体を動かし、小さな声で答える。
「言い残すことはあるか?」
霜が発した言葉に直は眼を見開き、どういうことか問い詰めようとした。しかし、霜は睨みつけて手を突き出し黙まらせる。
「う……あ……こ……殺して……くれ……楽に……」
声をだす男性だったが、それは非常に弱くか細かった。それでも顔を近づけ、一言一句聞き漏らさないようにした霜に届く。
「わかった」
元から安楽死させるつもりだった霜は立ち上がり、指示を出した。水練の針が延び男性の頭部を貫く、直が止めようとする暇の無いほどであった。
二人とも沈黙し重苦しい空気に包まれる。耐え切れなくなったのか直が口を開いた。
「なんで、なんで殺したんだよ!」
「……」
「外に連れ出して病院にいけば、助かったかもしれないじゃないか!」
「……」
「黙ってないでなんとか言えよ!」
直は霜の胸倉を掴み叫んでいた。その瞳には涙を蓄え、今にも零れ落ちそうであった。
「……俺は」
胸倉をつかまれながらも霜は気落ちもせず、睨みもしないで自然体で話しだす。
「俺はこの事に関して、弁解も反論も言い訳もするつもりは無い」
「……あの時あたしが見たのも」
直の脳裏には、霜を知る切欠となった殺人現場が思い浮かんでいるのだろう、現状と酷似しているのだ。
「やるのは二度目だ」
直が思い出していることが予想できた霜は答えた。
「認めるのか?」
霜の言葉に、ショックを受けた直の手から力が抜ける。
「ああ、理由はどうあれ俺は人を殺した」
霜の頬に衝撃が走る、直が思い切り殴ったのだ。
「違うって思いたかったのに……」
走り去っていく直の頬に、一筋の涙が流れていた。
あれから数日たっていた。探索から戻ってきた霜と将は探索センターのテーブルで座っているが、そこに最近傍にいた女子二人の姿は無い。
「静かだねー」
身体を解しながら将は周囲を見回す、隣では霜がお茶を飲んでいるだけである。
「何をしたの?」
テーブルに片肘を乗せ、顎に手を当てる将の眼はジト目だ。
「別に」
霜は視線をもろともせず、お茶を飲み干しコップをテーブルに置く、そして深いため息を吐いていた。
黒卵を探索していたが、それ程進まず引き返すことになった。気の抜けた霜は初めのうちは問題なかったが、徐々にミスが目立ち始めてきたのだ。途中で水練が成長したが余り関心を抱かず、将に言われて詳細を調べたぐらいであった。原因は直に無視されたことが、思っていた以上に効いていた結果である、このままでは危険と将が判断して、強引にひきかえしたのであった。
直があれから一度もこちらへ来ないうえ霜は不調である、二人に何かあったと将は感づいているのだろう。
「行くぞ」
霜が一旦紙コップを捨てた後、将を促した。
「はーい」
喋る様子が無いとわかったのか、詮索を諦めた将は肩をすくめながら返事をする。
出入り口へ向かう霜の歩みが止まる。何事かと将が視線を辿ると、向かいから直と姫が歩いている姿が見えた。霜達に気が付いたのだろう、同じく立ち止まる直であったが、それも一瞬で顔をしかめながら挨拶もせず、視線も向けずに足早にすれ違っていく。
「直……すみません、失礼します」
その後を姫も歩いていく、理由が分からないのだろう、困惑しながら頭を軽く下げ、直を追いかけていった。
「思いのほかキツイな」
胸元に手を当て、傍から見ても気落ちしているのが分かるほどに、肩を落とす霜であった。あの出来事から一度も顔を合わせることが無く、先ほど久々に出会ったのだ。しかしあのような態度をされ、避けるだろうと分かっていながらも、実際目にすると辛いのであった。
「怒らせるようなことをしたのなら、謝ってきたら?」
将は腰に手を当て言い聞かせたが、霜は首を振るだけである。
(何に対して謝ればいいのだろう、期待を裏切ったことに対してか? はたまた人を殺したことに対してか? 裏切った形になったが、殺した事が事実であることに変わりはしない)
安楽死させた事も苦しみを長引かせないためである。
罪に問われれば素直に答え、それにより罰せられるのなら罰をうけるつもりであり、人の命を奪うという事は、悪行だと認識しての行動である。謝罪するとその悪行から逃げ、安楽死させた人達に対し不誠実と考え、霜はこの事に関し、謝るということはしたくなかったのであった。
「早く仲直りしてね」
何かしら感じ取ったのか、将は話を打ち切って歩きだす。
「ありがと」
霜にとって余り気軽に話せることではなく、追求しない将に感謝していた。
「待って!」
追いかける姫の声が聞こえないのか、直は黙々と歩いていく。
「直!」
「なんだよ……」
姫に肩を掴まれ、振り返る直の表情は厳しかった。
「なんだよじゃないよ、どうしたの?」
「どうしたって、なにが?」
「日ノ本さんにした態度だよ」
「…………」
答えに窮する直は痛ましげであった。
「話してくれる?」
「別になんでもない」
「直!」
「なんでもないって言っているだろ!」
直は怒鳴り散らすがハッとしたあと、すぐさま申し訳なさそうに顔を伏せた。
「御免……もう少しまって……いつか話す」
歩き出した直の背中を見る姫は辛かった。初めの頃は霜を敵視していた直であったが、近頃は二人が一緒に居る様子は楽しそうであった。それを見ていた姫も嬉しかったのである、しかし以前に、いやそれ以上に二人の仲が悪くなったのである。
「なにー? うるさいんだけどー」
落ち込む二人に不快な声がかかり、思わず振り向いた直がその人物を見た瞬間に、物凄く嫌な顔をし、同じく姫のまた激しく後悔をしていた。これで三度目の邂逅を果たす、ド派手な三人組である。
「何叫んでるの、ダサー」
黄色は馬鹿にした言いぐさをして、三人組みは侮蔑の笑みを浮かべた。
「そっちこそうるせえ、今虫の居所が悪いんだ消えろ」
片手で頭を抱えながら、直は手を振って追い払う。
「ヒュー、おチビちゃんカッコいいねぇ」
「ああん? やろうってのか?」
明らかに賞賛ではない鼠色の台詞に、直は食って掛かる。
「直、やめよ」
「嫌だね、こいつ等からちょっかい出して来たんだ、ストレス解消にぶっ飛ばす」
後ろから引き止めようとする姫であったが、直は聞き入れなかった。
「アタシ等ぶっ飛ばすだってさー」
「アハハ無茶言ってさ」
「ダサー」
三人が大笑いするのを見た直が、指揮棒を取り出した。
「こんな所でやんの?」
くすんだ赤色が周囲を顎で指す、此処は施設の中であり、獣機を暴れさせたら警察沙汰であった。そのことに気が付いた直は、歯を軋ませながら指揮棒を下げる。
「こっちもあんたとあの暗い男が気に食わないんだ、相手してやるよ」
「どこでだ?」
「勿論獣機が使える黒卵さ」
鼻で笑いながら黄色は直を促して受付へ行く、左右を鼠色と赤色がニタニタと笑いながら付いていき、その後ろを直と姫が付いていく。
「あんたとアタシが同時に入って、どっちが多く害獣を倒せるかで勝負するよ」
「計算は?」
「スライム十機とそれ以外一機は同じ」
「わかった」
十一番の門の前で三人に囲まれながら説明を受ける直は頷く、その様子に姫は嫌な予感がしていた。
「私も行きます」
「ダメだね」
「引っ込んでいろ」
直の傍に居たほうがいいと判断した姫が名乗りでる、しかし鼠色と赤色に遮られた。
「それじゃあ行くよー」
「ふん」
気だるげな黄色と苛立つ直が黒卵へ入っていく。
沈黙が数十分続いた後、門から人の姿が出てきた。そこにはたった一人のみで、黄色だけが戻ってきたのだった。
「直は!?」
後ろには直の姿はなく、出てくる様子は無い。
「あははは!」
突如笑いだした黄色は、姫に表示装置を見せびらかす。
「これって!?」
姫は目を見開く、未だ笑っている黄色の顔には表示装置がある、つまり黄色が出てきた時には二つ持っていたのだ。
「アイツって馬鹿だよねー」
装置を後ろへ放り投げながら笑う
「マジでこんなに上手くいくなんてありえねー」
「今頃ピーピー泣いているんだろうね」
三人組みは大口開けて盛大に笑っている。
「直になにをしたのですか!?」
睨みつける姫だったが、黄色は侮蔑の笑みを浮かべながら答えた。
「べつにー、スライム以外が出る所でそれ取り上げて放置しただけー」
「そんな!」
「外した瞬間あわてる姿は爆笑ものだったよ」
姫が走り出し第二の門へ向かったが、黄色の傍を走り抜けようとした瞬間に三人に掴まれる。
「離して!」
「だめだよ」
「行かせる訳無いじゃん」
「大人しくしてろ」
姫が暴れるが、一対三では不利であった。
「お願い通して!」
涙を浮かべながら懇願するが、三人組は笑うだけで一向に退く様子は無かった。
「まあまあ落ちついて」
聞き覚えのある声に、全員ピタリと止まり振り向く。
「正倉院さん……」
そこには竜牙を連れた将の姿があった。
「直が!」
状況を思い出し、姫は説明しようとするが将は手で遮り頷く。
「分かっているよ、さっき霜が行ったからね、だから安心して」
笑みを浮かべる将から余裕が感じられた。
「はあ? あんなスライム連れている奴が役に立つのかっつーの」
黄色が眉を顰める。
「それはどうかな? 水練は思ったよりも強いよ、それにここ出てくる前に成長もしたしね」
「成長してもなんにもなんねえじゃん」
鼠色の侮蔑に将はクスリと笑う。
「スライムしか知らない奴が何言っての、霜と水練あまり舐めない方がいいよ」
将の態度は、助け出せると霜を信頼しているのが見て取れた。それにより姫は安堵のため息をつく。
「まあそのことは霜に任せて、こっちをやろうか」
将は笑みを消し、怒りの炎を灯した瞳で三人組みを睨みつける。竜牙も口を開き襲い掛かる体勢になっている。
「な、なんだよ」
「アイツはどうでもいいって言っていたじゃん!」
「そーだそーだ」
三人組みは怯みながらあとずさる。
「確かにどうでもいいね、直さんは霜の管轄だから、でもね、君達に合うたび苛立たせる態度、そして今回の直さんにやった行動が腹立たしいね、一度懲らしめておかないと気がすまない」
筈かに走る赤い光によってギリギリ壁や床が分かるが、それでも殆ど暗闇の中で直は壁伝いに歩いていた。
「何なんだよあいつ……いきなり後ろから装置取りやがって……」
害獣が多数いないとはいえ、いつ害獣に襲われるか分からない、直は恐怖で声が震え小さくなっていた。震える身体を抑え無理やり気丈に振舞おうとするその姿は非常に弱弱しい。
足元には猛火が常に周囲に視線を回し、警戒している。
「なんで……あいつの顔が思い浮かぶんだろうな……」
死を感じながらも僅かに笑う、脳裏にある人物が浮かび上がり、ほんの少しだが恐怖が和らぐためだった。
「霜……」
あれほど無視してなおかつ殴りもした。そんな奴を助けに来ないだろう、そもそもここに居ること自体分からないだろう、頭で理解しているが、それでも直の心には霜が来てくれる、その思いだけで戻ろうと必死だった。
直が一歩踏み出した足に何かが当たる、息を呑んだ直は視線を下げて目を凝らした。殆ど何も見えない中、発する音と目の光から猛火だと判断しため息をつく、しかし、何かを威嚇するように一方を向いて唸り声を上げている。
「ひ!」
悲鳴を上げる直は腰を抜かしそうであった。揺れ動く赤い光の球が二つ浮いており、直にはそれしか見えなかったが害獣であることは分かった。
指揮棒を構えるが手が振るうえ、真っ暗なうえ現状を理解できないため指示が出せなかったが、猛火が害獣へ突撃する。直を助けるため自身で判断したのだろう。害獣が一機しか居ないため対処できているが、もし複数居た場合はやられていた可能性が高い。
猛火の突撃を喰らい火花が散り、一瞬だけ明るくなる、その一瞬に写ったのは芋虫が仰け反った姿であった。猛火は素早く後ろへ下がり、直の元へ戻るが警戒を解いていない、普段ならそこで追撃するが、側を離れるのは危険と判断してのことであった。
損傷が激しかったのか芋虫は目の光を強め雄たけびと共に立ち上がる、そしてゆっくりと猛火へ歩き出した。もう一度突撃する猛火だったが芋虫は放電を起こしながらも耐え切り、頭を上から叩き付ける、耳障りな金属が擦れる音と火花が散り、猛火は転がるがすぐさま立ち上がり再度突撃する、最初の攻撃で損傷した、脆い部分に当たったのだろう、芋虫は金属片を撒き散らしながら弾け跳び、そのまま分解が始まった。
「ありがと……」
殆ど見えない直の足に、猛火が擦り寄ったことで終わったことを理解し、そしてそのまま未だ震える手でなでた。
未だ怖いがなんとか気力を振り絞り、直はゆっくりと確実に歩いていった。
昇降機のスイッチを叩きつけるように押す、下降する独特の力を感じながら霜は息を整えていた。
「はぁ! はぁ! 意地でも、突っ切る」
霜は黒卵に入ったあと全力疾走してきたのだ。すべてのスライムを無視し、出来る限り早くと走り続け、疲労が溜まってきているが、その瞳は決意に燃えている。
「ふー……スライムは何とか行けるが……速い奴は厄介だな」
霜は先ほどの状況を思い出し思わず愚痴る、スライムは移動速度も攻撃も遅いため、ほぼ一直線に走り抜けられたが、奥へ進めば小型の素早い害獣がいるのである。
「それでも出来るだけ早く、無視してでも行かないとな」
水練も同意しているのか既に球体で待機していた。
「しかし、奇跡的な偶然だった」
施設から出てきた二人は寮へ戻ろうとした時に、直達を見つけたのだ。まだ会えないと霜が足早に移動しようとしたが、将に言われて良く見ると不快な三人も居た。嫌な予感を覚えた二人は後を遠くから着いていく、そして様子を見ていると笑い声が耳に入ってきたのだ。、そして黄色が喋っていることが聞こえ、駆け出そうとする将だったが霜は止めに入る、直が何処に居るかも分からない状態で、闇雲に探したら余計に時間がかかるためである、将と同じく早く行きたい霜自身も、歯を食いしばり耐えた。
三人組から情報引き出そうとしたが、近づく途中で勝手にベラベラ喋っていたためあっさり居場所がわかった。、止められる姫をみて、将が注意を引き付け、その間に霜が黒卵へ入ることになったのである。
「絶対に間に合わせる」
昇降機が停止するのを感じた霜の手には、もう一つの表示装置が握られていた。
金属同士が擦れる独特の音と共に放電を起こす、猛火に小型の害獣が噛み付いているのだ。身体を振り、なんとか引き剥がすがかなりの痛手を負ったようだった。
「くそ、やばいな……」
壁にもたれる直の放つ言葉には、焦りが見える。殆ど暗闇でよく見えなかったが、ダメージを受けた際の猛火の悲鳴により、大まかだが損傷が激しくなっているのが分かった。
懸命に守ろうと猛火は撃退していくが、指示も無く守りながらのため無傷でいられない、そのうえ赤い球が俊敏に移動していることから、今相手にしているのは苦手な素早い害獣であろう。
「どうする?」
直は何かいい方法が無いが模索するが、焦るばかりで一向に出ず、そればかりか別の想像ばかりしていた。
「あたしもああなるのか?」
直は首を振って思い浮かんだ映像を無理やり追い出そうとするが、脳裏にこびり付いたように離れなかった。その映像は霜が安楽死させた人達であった。スライムに取り付かれゆっくり溶かされていくか、全身を噛み千切られていくのか、どちらにしても地獄を味わうことは間違いなかった。
「あ、あはは、霜のやった事、正しかったのかもな……」
明確に自分の末路を想像してしまった直は力なく笑い、ついには動けなくなっていた。
「もう終わりか……」
直が周囲の様子を窺うと幾分静かになっていた。猛火は懸命に起きようとしていたようだが損傷が激しく上手く立ち上がれないのだろう。
「あ、ああ……」
直へ徐々に近づく二つの小さな赤い球、昆虫独特の羽音を鳴らしている、それを認識した直はへたり込み、絶望に捕らわれ、力なく声を出し脅えきっていた。
目の前に赤い光の球が漂う、直は終わったと思った瞬間に、脳裏に浮かんだ人物の名を叫んだ。
「霜!」
「水練! いけー!」
注意を自身に引き付け、また助けに来たことを伝えるために大声を出す、それと共に少しでも早く直へ近づけるため、霜は水練を思いっきり投げ飛ばしていた。
着地した瞬間に水練は猛回転をして、一気に射程圏内に近づく、瞬時に四角い立方体に変化しそのまま針を伸ばした。直を食おうと油断していたのか、はたまた余裕だったのか、ホバリングしながらその場でゆっくりと回転していた中型の蜂を、真横から横から一本の針で貫いていた。
「直! 無事か!」
息を荒げて霜は直に近づいた。
「そう?」
直は声で誰か判断しているのだろう、しかし先ほどの恐怖と見えないことで半ば呆然としているようである。
「ああ俺だ」
近づいた霜は見た目には怪我が無いことを確認し、息を整えながら直の頭に手を置き優しく撫でる、しかしすぐさま離れ腹部に直が当たるのを感じていた。
「直……無事でよかった」
直が霜に抱きついたのだ。震える肩を霜は抱きしめ、背中を慰めるように優しく叩いていた。
「もう少しこのままで居たいけどな」
言いながら霜は直を優しく離し、表示装置を手渡す、直は泣き顔を見られたくないのか、目の辺りを拭い素早く装置を付ける。途端息を呑むのが聞こえた、猛火の状態を見たのだろう。
「猛火……ありがとう」
大破とはいかないもののそれは酷い有様であった。所々穴が開き、装甲も部分的にはがれている、移動は可能だが戦闘は無理に近かった。
「すまないが急ぐぞ」
「ん、どうしたんだ?」
鼻を若干すすっているが、声は元気になってきていた。
「実は此処まで全速力で走ってきてな」
振り返り霜は後ろを指差した。
そこには十機ほどの害獣が迫って来ている。全体的に足が鈍い者ばかりだったが、しつこく追いかけてきたのだ。霜が急ぐため殆ど無視して走ってきた結果である
「そんな……どうするんだよ」
あまりの状況に直が弱弱しい声を出すが、霜にはまだ一手残っていた。
「これを使え」
直は首を傾げながらも手渡された乾電池を使用する。
「さて、何処までいけるか?」
霜が指示を送ると水練が跳ねる、行き着く先は猛火であった。
「な、なんだ!?」
直が驚くのも無理は無い、猛火に接触した瞬間に、水練は小さな核を残し幕の形に変化したのだ。その後猛火にまとわり付いていく、外装の損傷部分を埋め、残りは全て部分的に覆っていく、残った核は下へ回り込み張り付く。
「……」
言葉が無い直をよそに、猛火の状態を見て霜は上手くいったと確信した。猛火の損傷部分は全て修復されており、なおかつ猛火の姿は一変していた。両脇から長めの白刃が飛び出しおり、前面部には巨大な銀色の錐がついている。先端にいくにつれ尖っていく形で、根元の太い部分は猛火の胴回りと同じぐらいである。
「直」
霜が声をかけると。直は意識を取り戻したかのように振り返った。
「何だよこれ! こんなの今まで見たこと無いぞ!」
「此処に来る前に成長した、そのとき付いた機能だ、いけるか?」
表示装置で視界も戻り、戦える状態になったせいか直は威勢よく頷く。
大分近づいてきた害獣達に向かい直は指示を出した。今までの鬱憤を晴らすためか最初からブースターを使用していた。
ボーリングのピンの如く、弾け飛ぶかと思われたが、前後に二機まとめてくり貫かれたように大きな穴が一つ開く、よく見ると穴をから左右にも切れ込みがあり各一機ずつ、計四機始末していた。
「戻してくれ」
予想外の出来事に声が出ないのか、無言のまま直は呼び戻す。突進しながら戻ってくる猛火はそのまま害獣達を背後から襲い、逃げ遅れた二機ほどを刈り取っていた。
足も覆われている効果か殆ど滑らずその場で急停止をし、猛火は守るように霜達の前で威嚇している。先ほどの威力を目の前にして物怖じしているのだろう、害獣は微妙に後ずさりしていた。
「とり付いた獣機によって形状も変わるのか」
霜は観察しながら感心する。
「霜もよくわらないのか?」
「ああ、成長した時に将が居た。竜牙にとり付かせてみたら尾が倍に、顎も凶悪になったな」
「あの竜牙が凶悪化か……恐ろしいな」
竜牙の暴れる姿を思い出し、霜は直の意見に大きく頷く。
「とりあえず、残っている害獣を手早く始末しておこう」
「任せろ!」
前足を引っかく猛火と、腹を括ったのか唸り声をあげる害獣が正対する。害獣が一斉に襲い掛かった瞬間、炸裂音同時に穴が開き切り裂かれ、穴の向こうでは急制動をかけて反転する猛火の姿があった。
「よっしゃ!」
余程爽快なのだろう、直はガッツポーズをしていた。
昇降機独特の加重を全身に感じながら霜は口を開く。
「姫が心配していた」
「そう……か……謝らないとな」
心配掛けた事が申し訳ないのだろう、直が俯き肩を震わせる。
「直……」
慰めようと霜が頭を撫でようと手を伸ばした。
「それと」
ポツリと呻いた直の雰囲気に霜の手が止まる。
「あの三人には、お礼をタップリとしないと……な」
そこには鬼が居た、いや悪魔かもしれない、それほどまでに怒りに染まった直の声に重さがあった。手は獲物をいたぶる様子が分かるぐらい、ワキワキと握ったり開いたりしている。霜は触らぬ神に祟り無しと、ゆっくりと手をもとに戻した。
「それはともかく、早く戻って姫を安心させないとな」
顔を上げる直は先ほどの声が嘘であったように、華やかな笑みを浮かべていた。釣られて霜も暖かな微笑を浮かべる。
「大分直らしくなってきた」
「そうか? へへ、なんだかあたしの事分かっているみたいで、くすぐったいな」
直は頬を掻きながら返答していたが、動作一つ取っても嬉しさが出ており、非常に軽やかである。
昇降機が停止し、再び歩き出すが隅にスライムの塊が蠢いていた。
「あ」
直は身体を一瞬震わして立ち止まり、霜を見るその瞳は困惑と悲しみを帯びていた。おそらく喧嘩の原因となった出来事を思い出しているのだろう。
「とりあえず水練を分離させて、一体仕留めてみる」
指揮棒をを振るって指示を出す、分離する水練だったが一部分残していった。猛火の損傷部分をいくつか補修したままにしておくためである、その分水練も損傷するが戦闘は出来た。
水練をゆっくり近づかせ、射程ギリギリでスライムを一機仕留める、途端一斉に水練へ飛び掛ってきた。
「直頼む!」
「了解!」
霜は水練を呼び戻し、入れ替わるように猛火が突撃する。幾分損傷しているとはいえ、威力は申し分なく一撃で大半は葬っていった。周りに散ったスライムを水練が針で仕留めていき、あっという間に全て始末した。
「何も無くてよかった」
前回は一瞬身体の一部が見え、捕食されていると霜には分かったが、見えないと捕食か単なる塊か判断出来ないのである。そして今回は単なるスライムの塊であった。
「……なあ」
直が遠慮しがちに声をかけた。
「あのときは悪か――」
「直」
霜は全てを言わせないために直の言葉を遮る。
「あれは俺が勝手に言っているだけだ、その価値観を押し付けるつもりは無いし、完全に正しいとは言わない、直は自身の思う通りに行動すればいい」
霜は相対して視線を合わせる
「でも」
「俺は助からない可能性が高いと殺すことを選んだ。しかし直が言ったように、外に連れ出せたらもしかして助かったかもしれない、直にはその気持ちを出来れば持っていて欲しいと思っている……どうするかは直しだいだけどな……」
「……わかった」
真剣に直が頷くのを見て霜は歩き出した。
暫く歩いていると直は顎に手を当てたまに頷いていた。
「どうした?」
霜は隣を歩き、直に問いかける。
「今回の出来事は色々と実感できた事が多かったな」
「実感?」
「表示装置が無いとまるで分からん! 真っ暗で何処へ進んでいるのか、獣機の状態も周囲の情報も無いから指示が出せない! そのうえ余計損傷して状況悪くなるし、何時何処から害獣に襲われるかっていう不安と暗闇で物凄く怖いんだよ!」
怖がっていたことを吹き飛ばすためか、直は吼えまくる。
「でも……」
とたん静かになり霜を見ながら直は首を傾げる。
「その、なんだ? 上手く言葉に出来ないんだが……お前の顔が浮かんだら少し落ち着くんだ」
「普通の顔だと思うが」
霜は言われていつも鏡で見ている自分の顔を思い浮かべるが、よくわからなかった。
「そうなんだよ、今見ても平凡だけど嫌じゃないし」
直の視線を感じ、霜は思わず目を合わせた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「あ、あんまりこっち見るな、落ち着かねぇ」
両手で霜は押し返された。
「今さっき落ち着くと言ったが?」
「しらねえよ! あたし自身も分からないんだから!」
顔を赤らめた直に顔を強く押され、耐え切れなくなった霜は前を向く。
「ほら! 行くぞ!」
「了解」
霜は背中を押されながら直と出口へ向かうのであった。
霜は念のために水練を再度とり付かせてさらに戻っていく、通常の猛火でさえ余裕があったが、とり付き状態だと無双状態であった。急停止が出来るため戻ってくる際も鋭い角度ですぐさま戻ってくる、霜と直と二人だttが守ることもたやすかった。
「なんだ?」
大分戻ったとき直が声を上げる。顔を近づける動作をして、目を凝らしているようだった。
霜も同じように凝視すると、遠くで数人何かしているのが見えたのだ。
「姫?」
「それと将、あの三人組もいるな」
入り口近くに戻っていたのだろう、霜に将達の姿が見えた。
「何か重苦しい雰囲気だな」
「そうだけど、とりあえずあたし達が無事だった事伝えようぜ」
そう言うと直は手を振り姫に近づき、霜も追いかけていく。
「姫ー!」
「直!?」
直の声に反応した姫は勢いよく振り返った。そして走りよる直を強く抱きしめていた。
「直……良かった……」
「……」
泣いているのだろう、姫の声が震えている。慰めるように直は背中に手を回し抱きついていた。
「おつかれ」
「おう」
将が手を掲げ霜はその手を景気良く叩く。
「なにしているんだ?」
霜は壁側に視線を向けると、そこには頬を真っ赤に晴らした三人組が居たのである。一言も発せず大人しく正座していた。
「三人組の獣機は竜牙が粉砕吸収したよ、弱かったね」
クスリと笑う将から三人組は顔を青くして。視線をあわせないようにしていた。
「頬の腫れは?」
「ああ……あれね……」
将が気の毒そうに話すのは気のせいであろうか。
「姫さんがやったの」
「なにをしたらこうなるんだ……」
姫の名前が出た途端、三人組が一瞬震えたのを霜は見たのだ。
「頬に一発引っ叩いた」
「一発だけか?」
「うん、でもその一撃は凄かったね……人間の錐揉み回転なんてはじめて見たよ」
将はどこか遠いところを見ながら話していた。
「錐揉み……相当怒が篭っていたんだろうな」
「いや、結構普段から力あるみたいだよ?」
将が指した方に霜は顔を向ける。
「むぐ! むぐぐー!」
「本当に良かった……」
姫の大きな胸に、顔をうずめる直が離れようと手で押し返しているが、びくともしないようである。姫が全く気付いていないので、余程強い力で抱きしめられているのが分かる。
「武野原」
霜は見かねて姫に声をかける。
「直……」
聞こえていないのか無視され、仕方なく霜はため息一つつくと、気付けに姫にデコピンをかました。
「痛!? なにするんですか」
姫はおでこを赤くしてながら、抗議の視線を霜に向ける。
「直がやばい」
「え? きゃー!」
霜はぐったりし始めた直を指差した。そのことで直の状態に気が付いた姫は、急いで引き離していた。
「死ぬかと思ったぜ……」
「ごめんなさい! ごめんなさい」
若干ふらついている直に向かって、姫はコメツキバッタのごとく頭を何度も下げていた。
「霜達はこいつらどうするの?」
服を引っ張られた霜が振り向くと、将が三人組を指差していた。
「どうもしない」
「え?」
「正確にはどうでもいいな、直も無事だったから、こいつらなんぞしったことではない」
三人組に時間や手間を割きたくない霜は冷たく言い放つ。
「あたしは施設に連絡しておくが……正直姫達と再会したらどうでも良い、それに姫と将からきついの貰ったみたいだからな」
錐揉み回転するほどの一撃と竜牙の凶暴さが、かなりの激痛と恐怖を植え込んだのだろう、三人組は震えるばかりであった。