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探索者  作者: 柑橘ルイ
3/6

探索者 三

 学校の鐘がなりこれからどうするかと教室が一段と騒がしくなる。そんな中で一番後ろの席に座っている霜は机に突っ伏しており、足元には水練が待機している。

「おつかれー」

 机に腰掛け将は手を振るのに対し霜も同じく振って答えた。

「どうしたの? 何だか眠そうだね?」

「実は――」

 途端バシーンと壊れそうな音と共に教室の扉が開け放たれる。

「霜いるか!?」

 仁王立ちの直と息の荒い猛火である。それに答えるように小さく手を上げる霜の隣では、盛大に将がため息をついている。

「初めて来た時から大分経ったね?」

「周囲もなれたもの」

 大きな音と共に入ってきた他クラスの直に周囲は一瞬目を向けるものの、何事も無かったように各々雑談等に戻っていく。

「ほら、食堂行くぞ!」

 直は堂々と入り霜の引っ張っていき、その後ろから猛火が突付いていく。

 毎回直が教室へ来るようになったのだ。そしてそのまま霜を監視と言う名目のもと引っ張りまわしている。

「良く続くね」

「ふん、放っておくと何するか分からないからな」

「まだ言っているの!?」

 途端始まる口喧嘩であった。

(楽しそうでなにより)

 霜は止めようとせず、むしろ優しく見守っていた。二人の口喧嘩はほぼ毎回始まるがそれほど険悪にはならないのだ。そんなことをしている間に食堂へ到着し、入り口では三人に気が付いた姫が肩に飛燕を乗せ小さく手を振る。

 初めの頃は姫も直と共に教室へ来ていたのだが、毎回息も絶え絶えになっていたので途中から霜の意見により、先に食堂で待っていることになった。

「おまたせ!」

 直が口喧嘩を中断して姫に走りより、後ろから霜と将が合流する。

「じゃあ食券買いにいこう」

「提案がある」

 将が進もうとしたところで霜は口を開く。

「全員で並ぶよりも食券買って食べ物取りに行くのと、座席を取っておくのとで分かれたらどうだろう?」

「それもそうですね」

 霜の案に姫は手を叩いて賛同した。

「ならどう分かれるんだ?」

「二人づつ別れたほうがいいかな?」

「武野原と水無瀬は席取り、俺と将で持ってくる」

「ちょっとまった! それじゃ駄目だ!」

 霜の意見に直は反対する。

「じゃあ、私と日ノ本さんで席取りですか?」

「では、水無瀬と将で食券」

 首を傾げる姫と頷く霜に直は思わずつっこむ。

「なんでだよ! 霜とあたしで食券買いにいくんだよ! 眼を離さないようにな!」

「あーハイハイ、わかったよ」

 直の言葉に将はおざなりに返事をする。

「反対しないんだな?」

 直は訝しげな顔をむける。将は毎日監視の名目で霜から離れない直に呆れているのだろう。

「ふん、行くぞ」

 呆れ顔の将を不愉快と直は感じたのか、鼻息荒く二人と別れて霜の袖を掴み引っ張っていく、しかし霜は動かなかった。

「どうした霜?」

「重要なことを忘れている」

「重要な……こと?」

 真剣な眼差しの霜に引きずられるように、直も同じく真剣になる。

「それは」

「それは……?」

 直はゴクリと喉を鳴らす。

「二人は何が食べたいか」

「さっさと聞きに行って来い!」


「長いな……」

「仕方が無い」

 お昼時の学食であるため、食券の自販機では長蛇の列が出来上がっている。学生の傍には各自の獣機も傍におり、見た目には凄い事になっていた。

「霜は何にするんだ?」

 霜の後ろに並んだ直が問いかける。

「うどん」

「又麺類かよ!」

「安いし上手い」

「いやそうだけどよ、もっと別物も食ったらどうなんだ? 丼とか肉関係とか」

 似たような注文する霜に直は呆れ顔である。

「肉は余り食べる気が起きない」

「そんなのだから細いんだ、もっと太れよ」

「……」

 そんな直を霜はジッと見詰める。

「な、なんだよ」

 視線を受け直は隠すように体を抱いた。

「いや、肉食べてる割には細いなと」

「寂しい体と言いたいってか? ああん!?」

「個人的にはそれはそれで良い」

「セ、セクハラだこのやろう!」

 話に集中していたため霜の前が少し離れる。

「む」

 その開いた場所に女子三人が当然の様に入り込み並んだ。一瞬顔を顰める霜であるが、面倒ごとを避けようと無視を決め込む、しかし次には小さくため息をつくことになる。

「おい! 割り込みするな!」

 直が苛立ちながら声をかけたのだ。

「はあ? 誰?」

 割り込み三人組のリーダーなのだろう、先頭が振り返る、

「げ!」

 振り返った人物は、黄色い髪のよく分からない女子高生であった。店の前でたむろしていた三人組の黄色である、同時に前回の出来事を思い出したのか直が声を上げた。

「うわー最悪ー」

 黄色は顔を歪ませて吐き捨てる。同じく振り返った鼠色と赤色も汚い物を見るようである。

「それはこっちの台詞だ」

 前回の面倒くさい遣り取りを思い出し、げんなりした直の声にも疲れが見えた。

 隣に立っている霜も面倒くさい相手だと米神を抑え盛大にため息をつく。

「何なの? アタシ等にイチャモン付けに来たの?」

 見下した態度の黄色に霜は首を傾げすぐ理解した。この場に将が居ないのである、それにより弱いと判断し態度がでかいのであった。

「正直かかわりたくもないね」

 肩をすくませる直を見た鼠色が口角を上げる。

「ウチ等が怖いんだろー? あのチビが居ないからじゃ仕様が無いねー」

 三人同時に笑い声を上げる。

 怖いのはお前達だったろうといいたげに、直は脱力しながらため息を大きく付いた。

「まあいいや、それよりも割り込みするな」

 面倒なのだろう、頭を抱えながら直は親指で後ろを差す。

「はー? 割り込みなんてしてないし」

「自覚あるから振り向いたんだろ」

「何言ってんの? こいつがアタシらの為に空けたんじゃない」

 黄色が霜を指差す。

「話をして前が進んだのに気が付かなかった」

 霜は無視したかったが、直に色々言われそうだったので確りと告げる。

「ほらみろ、さっさと最後尾に回れよ」

 苛立ちを隠さぬまま直は後方を指差した。

「えー、めんどくさいしー」

「此処は譲るのが優しさじゃね?」

「どうでも良いいしー」

 黄色達がダラダラと気だるげに話し出し、全く動くつもりはないようであった。

「こ、このやろう」

 身体を振るわせる直は今にも爆発しそうであったが、落ち着かせるため霜は肩に手を置く。

「つかえているからさっさと後ろへ頼む」

 直の肩に手を置きながら霜は告げる。

「だから面倒く――」

「後ろがつかえている、と言ったが?」

 言葉を遮られ睨みながら霜の後ろに視線を黄色が送る。そこにはいい加減にしろと無言の圧力をかけた並んでいる方々がいるだろう。

 並んでいるほうからすれば割り込んだ奴に腹が立つのは当然であった。

「チッ」

 流石にその威圧に下がらざるおえないのか、三人は切欠となった直と霜を睨みつつ後ろへと移動した。

「まったく、うっとうしいな」

 盛大なため息と共に直は吐き捨てる。

「分からなくはない」

 眉を顰める霜の耳には、遠くで品も無く話す割り込み三人組みの声が入ってきていた。


「へい、おまちー」

「ありがと」

 直が出前のように盆を置く、将と姫が隣り合って座っていたため、将の隣に霜、姫の隣に直が座る。

「さっき直の声が聞こえてきましたけど、どうしたのですか?」

「おう! 聴いてくれよ!」

 心配そうな姫に良くぞ聞いてくれたと直は机を響かせ、先ほどの鬱憤を晴らすかのように説明しはじめた。

「少し気になる分部もあった」

「気になる部分?」

 思案顔の霜に問いかける将の声と共に視線が集中する。

「最後に水無瀬を睨んでいた」

「お前のことも睨んでいたけどな、別にどうっていう事は無いぜ」

 意にも介さぬと直は肩をすくめていた。

「周りの迷惑を考えないような人達だ、何か仕出かすかも知れない」

「流石に考えすぎじゃない?」

「そうですよ」

 将と姫が否定する言葉を聞きつつも、霜の懸念は拭えないでいた。

「その時はその時で真っ向勝負してやるよ」

 気にも留めず直の箸は軽快に動いていく。

「自信過剰か、はたまた能天気なのか」

 小さく息を吐きながらポツリと呟き、霜はうどんへと意識をもって行った。手を伸ばす先には備え付けの一味唐辛子である。

「「「……」」」

「なに?」

 三人の視線は真っ赤に染まったうどんであった。二、三回振るならまだしも霜はガンガンに振りまくる。

「毎回思うがかけ過ぎだろう」

 なんだかんだと直と一緒に食べており、その光景を良く見かけているのである。霜は大概香辛料を多くかける食べ方の感想に同意する将と姫も頷く。

「そうか? これぐらいが俺は良い」

 見ているほうが辛くなりそうなのだろう、うどんをすする霜から視線を外し、食べ始める三人であった。

「ごちそうさま」

 両手を合わせる霜が言い終わると共に、大きなあくびがでた。

「腹が膨れてきたから、また眠気がぶり返してきた……」

 眠たげに霜は眼を細める、かなり眠く言葉に覇気が無かった。

「大丈夫ですか?」

「教室で一旦寝る」

 心配そうに声をかける姫に答え、椅子に座りつつも頭がふらついている霜であった。

「そんなにも眠いの? 心配だけどこれから職員室へ行かないといけないんだよ……」

 どうしようかと将は顎に手を当てる。

「直が様子を見てれば良いんじゃないかな?」

 名案とばかりに姫は手を叩く。

「何であたしが!」

 直は声を荒げ、お前が行けば良いだろと姫へ食ってかかった。

「ごめんね。私も用事で今から行かないと行けないから」

 姫は申し訳なさそうに、手を合わせたままである。

「えー、大丈夫?」

 将は不安だと視線を向ける。未だ霜を悪者扱いしている直に任せるのは心配のようであった。

「それぐらい出来ないとでも言うつもりか!?」

「うん」

 直球な将の返答に、直は開いた口が塞がらなかった。しかし直ぐに体を震わせながら思いっきり吼えた。

「舐めんな! 教室運んで様子見るぐらいあたしにも出来るわ!」

「じゃあ、お願いしますね」

 笑顔と共に立ち上がる姫をみて、自分が何を口走ったか直は思い出したようである。

「いまのは――」

「霜に何かあったら、様子見ることも出来ない無能者?」

 言葉を遮る将の顔に、うまくいったことがありありと浮かび、反論できない直は唸るばかりであった。

「お願いねー」

 食器を置きに行く将は、手を振りながら歩いていく。

「はぁぁぁ……」

 ため息と共に直は霜を見る、その眼は面倒くさそうであるが無能者呼ばわりがいやなのだろう、再度直は大きくため息をつくと霜に近づいた。

「ほら、行くぞ」

 直が促されのっそりと霜は立ち上がる、しかし足元がおぼつかずフラついている。

「まったく、貸せ!」

 片手に自分の盆ともう片方に霜の盆を持ち、直は手早く返しに行く。そして戻ってくると突っ立っている霜の袖を掴み引っ張った。

「ごめん、結構眠い、図書室近いからそっち行こう」

 霜の言葉に従い直は図書室へ変更する。

 ブスッとした顔で霜を引っ張っているが、無理やりではなく軽く引いている様子は優しげであった。

「ほら、着いたぞ」

「ありがと」

 図書室の隅にある、人気の無い場所の机に直は連れてきた。重たげに頭を下げる霜が椅子に座ると、足元に居た水練が机に飛び乗り少し細長く形を変えた。

 隣に立ち首を傾げる直をよそに、霜はハンカチを取り出し水練に掛ける、そしておもむろに頭を乗せるのであった。

「……」

 直はとんでもない光景に絶句していた。

「水無瀬も使っていい」

 霜は薄っすら瞳を開ける、視線を感じて使いたいのかと思ったのだ。

「いや、使えって……」

 どうしようかと足元の猛火と視線を送るが、猛火も何処と無く困惑しているようである。

 直はためしに水練を突付いてみた。

「おお?」

 直は変な声をあげるのも無理はなく、独特の柔らかさが返ってくるのだ。

 今度は掌全体で押してみる。

「低反発枕?」

 直は首を傾げ、似た感触の物を上げて楽しげに触る。そんな直を霜は夢うつつになりながら眺め、そして寝息を立てるのだった。


「暖かい」

 水練を触る手からは、見た目に反して人と同じぐらいの暖かさがあった。同じ獣機である猛火に視線を送り試しに触ってみる。

「へえ……」

 金属質なさわり心地だったが温度は確かに感じていた。日ごろ触って別段気にも留めていなかったが、改めて認識すると不思議と新しい発見に感じ、直は感嘆の声を上げた。そして椅子に座って恐る恐る水練に頭を乗せる。

「う……」

 視線の先には霜の寝顔があり、想像以上に近かったため驚き声が出そうになるが、なんとか押し留めたためしばし無言になる。

「お前は何なんだろうな」

 会ってから二週間たっており、ずっと付きまとっていたが特に悪さをするわけでもなく、極々平凡に生活をしていた。

「悪者じゃないんだろうけど」

 直の脳裏に浮かぶのは人の命を奪う場面である。霜と会ってからも暇さえあればずっと人物の特定をしていたのだ。最初は確証を得るためだったが、ふと気がついたころには違うことを証明するためになっていた。

 残念ながら探せば探すほど霜であるということが確実になっている。

「探索許可を取った時間に学生服を着ているスライムを扱う探索者、全部当てはまるのはお前だけなんだぜ」

 囁く直の声に元気は無かった。

 スライムを連れている学生は極少数で、あそこまで成長したスライムは霜のみであった。入学時に獣機を持たされるが、大概はしっかりした獣機であり、スライムが出たとしても予備の核を渡され、新たな獣機を従わせることが多いのだ。もちろんスライムはお払い箱である。

「くそ、なんかムカツク」

 吐き捨てる直は落ち着くために、眼を閉じ大きく深呼吸をした。そして再びジッと霜の顔を見詰めるとでなぜだか心が暖かくなり落ち着いていく。

「不思議……だ……な……」

 直は徐々に瞼が下がっていき、そして完全に閉じた後は小さな寝息を立てるのだった。


 フッと意識が覚醒していく感覚を覚え、霜は目を開ける。夕日の光と寝起きで視界が濁り、しっかり認識できないでいたが時間と共に光になれ焦点が定まる。

「ッ!」

 かなりの至近距離にある直の寝顔に思わず声を上げそうになるが、霜は起こしてはまずいと判断してなんとか音を立てずにすんだ。

「なんで?」

 音を立てないようにそっと身体を起こし、水練に現状維持と指示をだして腕を組みながら思い出す。

「使えって言ったな」

 理解した霜は失礼かなと思いつつも改めて直の寝顔を見た。

「黙っていれば、結構美人さんだな」

 いつも叫んでいる直であったが、静かにしていると大分印象も変わった。癖が強いが風が吹けば髪は柔らかくそよぎ、健康的な肌は荒れている様子も無くきめ細やかであった。小さく覗く八重歯は人によっては評価が下がるかもしれないが、霜には可愛く見え、窓から差し込む光に照らされ幻想的な雰囲気になっていた。

「そういえば将に連絡」

 暫く観賞していた霜であったが、図書室に移動したことを将達に伝えていないことを思い出し、携帯を取りだし繋げる。

「霜だ、いま図書室にいる……ごめん、伝えるの忘れていた……うん、またあとで」

 図書室ということで出来るだけ霜は小さく話す。図書室から出ればよかったが、動くと椅子の音で直が起きそうだったので椅子に座ったままで電話をしていた。

「どうするか」

 霜は固まった身体を伸ばして解しながら周囲を見渡す。

 一番奥の机に居るので特に何も無く、また本を読もうにも椅子を動かさなければならず、移動は無理であった。

「うーん」

 霜が悩んでいるがその視線は自然と滅多に見られない物へ、直の寝顔へと又も移動していた。

「~~」

「うん?」

 直の口が僅かに動き何かを口走ったため、気になった霜は耳を近づける。

「一撃必殺?」

 辛うじて聞き取れた言葉である。

「夢の中でも探索しているのか? いや戦闘している?」

 戦闘狂なのかと疑問を抱き、聞き取り易いよう耳をもう少し近づけた。

「あはははははは」

 突然発した笑いに霜は身体を逸らす。

「起きているのか?」

 狙ったような寝言に再度顔を近づける、正直不気味であったが怖いもの見たさに続きを聞くのだった。

「~そう」

「俺か?」

 疑問符が浮かび上がり、息を潜め聞き取ろうと耳を澄ましたとき、直の眉間に皺が寄る。

「死ね」

 続いて出た言葉に机に突っ伏した。

「俺はそこまで嫌われているのか」

 結構ショックだと頭を抱え、ふと好奇心から思ったことを実行する。

 寝言という、ということは夢を見ているのは当然であり、夢を見ているのはレム睡眠、つまり眠りが浅いとうことである。そこへこちらから何かしら吹き込めば夢に影響が出るかもしれない、という知的探究心であった。

「水無瀬」

 まずは起きているのか確認するため霜は耳にそっと囁く、反応が無いため寝ているのだろう。

「ん、メロン」

「さすが夢だな、俺の殺害から一気に果物に変化」

 霜は再び顔を近づけ、そっと囁いた。

「水無瀬、そこにあったメロン熟れていない」

 直の耳へ吹き込むと、すぐさま直は嫌な顔して口を動かし何かを吐き出す仕草をした。

「なんで……はや……ない」

 直の行動に、霜は口を覆って噴出すのを堪えて次は何を吹き込むか思案する。

「う~ん、面白い反応が返るもの……」

 いい案が浮かんだ霜は眼を見開き手を打つ。

「こんな所でなにをしている?」

「こんな……所……」

 ばれたら殺される? 一瞬嫌なことがよぎったが、こんな楽しいことは先にないだろうとごくりと喉を動かしながらも続けた。

「ここは脱衣所」

「ん」

 直の眉間に皺がよる、良く見ると若干赤くなっていた。

「そんなにも上を脱いだ俺をじっくり見て、面白いか?」

「違……う」

「今からズボンを脱ぐ、見るな」

「ん」

「顔隠しても指の間から見ているだろ」

「見て……無い……」

「まあいい」

「いいの……か」

「ズボン脱いで」

「……うあ」

 見ているのだろうか、真っ赤な顔した直の反応見た霜はニタリと笑い、とどめの一言を発する。

「さて、下着も脱――」

「ひゃ!」

 直が眼を見開くと同時に霜は強烈な打撃を顔面に食らう、同時に直も側頭部からの衝撃を味わったようである。

 顔を横に向け寝ている直の耳元で囁くため、霜は上から耳に近づけた体勢である。そこへ直が勢い良く身体を起こしたため、霜の顔と直の側頭部が激突したのだ。

「いってー、なんなんだ?」

 現状を把握しようと直が辺りを見回す、そして鼻を押さえて座っている霜と眼が合った。

「……」

「……」

 霜はばれたかと冷や汗を流し、直は上手く回らない頭でなにかを思い出しそうとしていて、互いに無言になる。

「あ」

 直が声を上げたことに反応し、霜は殴られる衝撃にそなえ身体に力を入れる。

「あ、あたしは、な、なんつう夢を」

 様子がおかしいと霜が眼を開けるとそこには、直が耳を真っ赤に染めながら頭を抱える姿があった。

「水無瀬?」

「べ、べべ、別になんでもないぞ! そうだ! なんでもない、お、おおお、お前が出るはず無いんだ! あ、あんな、あんな姿……」

 霜が声をかけた瞬間、弾かれるように喋りだす直であったが、それは自分に言い聞かせる様である。最後の方は声が小さくなっていく。

「ここは図書室、大きな声をださない」

 霜に言われ直は言葉に詰まり、冷静になっていく。

「で? あんな姿とは?」

 首を傾げる霜だったが、内心では上手くいったのかとほくそえんでいた。

「う! 五月蝿いだまれ」

 直が思い出し叫びそうになったが、今度は押さえることに成功していた。その顔は真っ赤で目は泳ぎまくっている。

「可愛いな」

 自然に出た己が言葉に霜は驚いたが、同時に素直に受け止める気持ちも存在していた。

 そんな霜を他所に直は小さく唸り、夢の映像を消そうとしてか頭を振っているのであった。


 長く頭を抱えていた直は突如頬を叩く、気合と共に映像を無理やり追い出すためであろう。

「そういえば、此処で寝ていたこと伝えてないけど大丈夫か?」

 映像の追い出しに成功したのだろう、冷静になった直は姫達の事を思い出していた。

「携帯で伝えたが、将達遅いな……」

 霜が入り口に視線を向ける。

「いたのか……」

 視線の先には、本を読んでいる将と姫の姿があった。

「終わった?」

 近づいてきた霜達の気配を感じたのだろう、本から顔をあげる将だったがその視線はやたら生暖かい。

「なにが?」

 将の視線からなぜか霜は不穏な気配を感じていた。

「なにがって……」

「「ねー」」

 意味深げに将と姫は向き合い同調する。

「ねーってわかんねえよ」

 おちょくられた気分なのだろう、直は眼を細めた。

「直は寝ていましたから分からないですよね」

 笑顔で手を合わせる姫はとても楽しそうである。

「寝ているとき……」

 先ほどの悪戯をみられたのか気付いた瞬間に、霜の背中には大量の汗が吹き出ていた。

「霜が寝ている直さんに――」

「将」

 霜はおもむろに胸倉を掴み引っ張っていく。

「お前は何も見なかった」

 いいなと霜の瞳には強い意志が込められていた。

「なんで?」

 突然引っ張られた将は首を傾げるばかりである。

「俺が殺される」

 ボコボコにされるのを想像し、霜は掴んでいる手が恐怖で震えていた。

「り、了解」

 必死すぎる霜の懇願に将は了承する。それを確認した霜は安堵のため息をついた。

「でも」

 将は指を差しながら言葉を続ける。

「もう手遅れかも?」

「何!?」

 霜が勢い良く振り向く先には、直に耳打ちする姫の姿があった。

「――」

 声無き悲鳴を上げる霜の顔は青を通り越して真っ白である。

 その間に耳打ちされている直の顔が瞬時に赤く、そして全身へと伝わっていった。

「お! おま! 頬に」

 上手く口が回らない直は頬を押さえ。

「………………キス」

 小さく口にする。

「キス?」

 聞こえた霜は何のことかと首を傾げ、生暖かい笑顔を向ける姫達に、なにを言ったのかと視線で問う。

「ふふふ、寝ている直に被さって頬にキスしていましたよね」

 にこやかな姫の説明に霜は納得した。

 耳元で囁いている状態が姫達から見ると、寝ている直の頬に口付けしているように見えたのだろう。

「うわああああああああああああああ!」

 改めて認識したのか、直が唐突に叫びながら全力疾走で図書室を出て行った。

「えーと?」

 直の行動に霜は頭が着いていけず困惑していた。傍では将と姫がよいもの見たとニヤニヤしている。

「行って来なよ」

「そうですよ」

 二人の表情から勘違いされていると疑問に思いながらも、霜はとりあえず直を追いかける事にした。

 図書室から出た瞬間に直が廊下を曲がる姿を捉え、夕暮れ時の生徒が殆ど居ない廊下を駆けた。

 一瞬見失うが響き渡る足音と、直の少し後ろを走っている猛火を頼りに全力で追いかける。そしてたどり着いたのが屋上であり、直はフェンスに片手を突いていた。

「水無瀬?」

 霜は呼吸を整えながら近づき声を掛ける。

「そ、霜!?」

 追いかけて来たことが予想外だったのか、直は勢い良く振り向く。

「な、なんだよ!」

「……」

 直の質問に沈黙で答えたつもりは霜には無く。

(本当に何で追いかけたのだろう? 別に追いかけなくてもよかったのでは? まあ場の雰囲気に流されたというか、なんというか……)

 などと自問自答しているのだった。自分の行動に疑問を持つ霜はとりあえず、頬にキスは勘違いと教えようとした。しかし、教えたらなぜその体勢だったのかと理由を聞かれる、つまり悪戯がばれるのだ、再び冷や汗を流す霜は開きかけた口を再び閉じる。

「……」

「……」

 結果無言になりお互いに見詰め合う形となっていた。

 未だ顔を真っ赤に染める直は心音が大きいのか胸元に手を当てる、全速力で走って体が火照り赤い顔の霜、沈みかけた夕日に照らされた赤い世界で見詰める、正に告白か何かしそうな雰囲気であった。

「ちょ……あ……ないよ……」

「ごめ……とま……す」

 小さな話し声が聞こえ、霜は何事かと後ろを振り返った。

 霜の視線が外れた直は、先ほどの雰囲気はなんなんだと頭を抱えていたりする。

「「わ!」」

 扉が勢い良く開かれ倒れこんできたのは将と姫であった。二人の後ろでは竜牙とその頭に止まっている飛燕が心配そうにしていた。

「えーと……」

 顔を上げた将と霜の眼が合う、何とも気まずそうな表情の将からの言葉はなく、風が吹き抜けるのみであった。

「あははははは……ごめん!」

「ま、まってください」

 口頭で謝りながら、将は上に乗っかっている姫を諸共せず立ち上がり、その場から退避していく、置いていかれても困るのだろう、姫も素早く立ち上がり、あとを追いかけていく。

「……」

「……」

「戻ろうか?」

 しばしの沈黙が続いたが霜が提案する。

「……そうだな」

 疲労感を漂わせながら直は同意した。

 霜は携帯を取り出し将に連絡を取る。

「将? 気にしなくていい、うん……武野原さんも居る? うん……じゃあ下駄箱で」

「姫も居るって?」

「下駄箱に二人とも居る」

「はいよー」

 直は返事と共にため息をつき、歩きながら大きく腕を伸ばした。

「寝たはずなのに疲れたな」

「分からなくも無い」

 後ろを着いていく霜も頷く。

「でも猛火達に体温っていうのか? 暖かいのは面白かったな!」

 水練の枕を思い出したのか、手を叩く直は楽しそうであった。

「気が付いたのは最初の頃か? 水練が柔らかそうだったから、枕にしたら気持ち良いのかと疑問に思った」

「うーん、確かにじっと見ていると気持ちよさそうだもんな」

「枕にしてみたら柔らかくて暖かかった。それから気に入ってしてもらっている」

 霜はしゃがみこんで、労をねぎらうように水練を軽く撫でる。

「なるほどな、じゃああのハンカチは何の意味があるんだ?」

 水練にハンカチを被せるのを思い出した直は首を傾げていた。

「涎防止」

「よ、涎!?」

 素っ頓狂な声を上げる直は、はっと何かに気が付き口元を拭う。

「水無瀬は垂らしていない」

 子供っぽい直の姿に霜は顔を綻ばす、それに対し恥ずかしさを紛らわすためか直は睨んでいた。

「小さい頃枕に涎を垂らしていたり、垂れそうなのを枕で拭いたりしてな、数日後枕が臭かった」

 そのときの臭いを思い出し、霜の目はどこか遠くを見てしまう。

「それから考えた末にハンドタオルを挟んで、毎日変えればいいと分かってからは枕にはタオルを挟むことが習慣になった」

「だからタオルの代わりにハンカチか」

 直の答え霜は頷く。

「最近は少なくなったがやっぱり心配になる」

「そういうものか?」

 直は首を傾げる、丁度その時に下駄箱に二人はたどり着いた。

「御免!」

「御免なさい!」

 唐突に頭を下げる将と姫に二人は面食らう。

「さっきは邪魔したから……」

 少し顔をあげ上目遣いの将と霜の眼が合った。

「気にしなくて良い、別にどうということは無かったから」

 怒っていないことを証明するように浮かべた霜の笑顔に、将と姫はホッと息を漏らす。

「?」

 その横では直が首を傾げながら胸元を押さえていた。

「直? どうしたの?」

「なんでもねえよ」

 直の様子に気が付いた姫が心配そうに覗き込むが、直は首を振るだけであった。

「すまない、今日の探索は無し」

 校門へ歩き出した霜が軽く頭を下げるのも無理はない、既に日が沈み夕闇に染まりつつあった。寮に門限があるわけではないが、やはり夜遅くに出歩くと警察に注意されたりするのである。

「まあ仕方が無いよ、そういえばなんで眠かったの?」

 将が理由を尋ねてくる。

「ああ、実は昨日小説買った。それが面白くてな」

「なかなか寝付けなかったと?」

 直の続いた言葉に、霜は縦に首を振る。

「徹夜した、しかも完徹」

「夜通しですか!?」

 姫は驚きながらも、眠そうだった事に納得しているようであった。

「そんなにも面白いのか?」

 気になったのか直の問いに、頷きながら霜はごそごそと鞄をあさる。

「読んでみる?」

 取り出した一冊の本をそのまま直に差し出した。

「……ラブコメかよ!」

 受け取った直は呆れながらも表紙をめくる、そこには可愛い絵柄の男女が描かれていた。そしてどんな物かとそのまま読み始める。

「面白い?」

 姫に声をかけられてようやく直は本から眼を離した。

「やべぇ、面白そう」

 直は驚愕の眼差しで持っている本へ視線を送る。

「貸す」

「本当か!?」

 眼を輝かせる直は非常に嬉しそうである。頷く霜をみるとすぐさま鞄の中に入れ、歩行速度が速くなった。

「そんなにも面白そうなのか……次僕に貸してね」

「あの、その次は私も」

「ああ」

 直の態度から将と姫はかなり気になったようである。そして丁度そのときに校門に着いた。

「じゃあ又明日な!」

「まってください、では失礼します」

 片手を上げて足早に寮へと帰る直に遅れないよう姫は走っていく。それでも別れの際に礼儀正しく頭を下げていた。

「そういえば」

「?」

「俺と水無瀬がいい雰囲気とかどうの言っているが……」

 霜は視線を合わせると、将は屋上の風景を思い出しのかニタリと笑う。

「やっぱり二人はそういう――」

「武野原とはどうなんだ?」

 質問がすんなり頭に入って来てないのかしばし沈黙が流れた。

「えーと、どうとは?」

 いまいち質問が理解できていないのか将は困惑顔である。

「俺は水無瀬と二人きりになる事がある、向こうがこっちに来ていることが多いが……その間将と武野原は二人だけのはず」

 真面目な顔をしているが、よく直との間柄を邪推されている霜は仕返す気満々であった。

「特にこれと言ってないなー」

 悩んでいた将だがあっけらかんと言い放つ、霜が真意を探るが嘘をついている様子は無かった。

「はぁ……つまらん」

「つまらんって」

 霜の一言に肩を落とす将であった。


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