探索者二
食事を終えて探索センターに向かう途中で、姫が手を合わせながら申し出た。
「すこしコンビニ寄って来て良いですか?」
「うん、いいよ」
将が笑顔で快く了承し、霜と直も頷く。
「ありがとうございます、いってきますね」
手を振りながら進む姫を見る直は不満顔であった。
「姫だと愛想いいな」
「そりゃあ姫さんだからね」
将の返答に直は視線を鋭くする。
「姫を狙っているのか? お前達に渡さんぞ!」
取られてなるものかとばかりに、声を低くしながら直が威嚇した。
それをみた霜達は眼を見開き後ろへ下がっていた。情けない姿に直は鼻で笑う。
「アレなんだね」
「初めて見る」
なんだか様子がおかしいと理解したのか、首を傾げる直を二人は指を差し同時に言い放った。
「「百合だ」」
「親友を渡さないという意味だ! 同性愛じゃねー!」
直は素早く近づいて霜の胸倉を掴み吼えた。
「アーハイハイ、ソウダネ、ソノトオリダネ」
「おまえ馬鹿にしているうえに信じてないだろ!」
棒読みの将を直はさながら猛獣のように睨み唸る。
そんな馬鹿なことをしている時に小さな悲鳴が三人の耳に届く、振り向いた先には尻餅をついている姫の姿があった。
「姫!?」
直が駆け寄り、後ろに霜達も追っていく。
「なに? こいつの連れー?」
何とも不快な喋り声だった。直が見上げると、そこにはよく分からない女子高校生達が居た。
直達と同じ白の学生服だったが、まるでペンキを塗りたくった黄色い髪、アイラインなどを付け過ぎてギョロリとした眼、魔女を髣髴とさせる付け爪していた。足元には中型の不気味な蜘蛛の獣機がおり、他の二人も髪の色が鼠色とくすんだ赤色以外似たり寄ったりである。
「キモ!」
思わず仰け反る直達である。良く見ると周囲の人達も若干引いていた。
「アレって綺麗なのか? それとも流行っているのか?」
黄色髪達を指差す直の眉間に皺が寄っていた。
「俺はそうは思わないな、流行って欲しくも無い」
「だよなー」
霜の意見に直も頷く。
「これの良さが分からないなんて、ありえなくねー」
見下した視線の黄色に同意するかのように、灰色と赤色も下品な笑いを浮かべている。
「分かりたくも無いね」
吐き捨てながら、直は姫の手を引っ張って起こす。
「大丈夫?」
将が心配そうに声をかける。
「大丈夫です、怪我はしていませんよ」
無傷だと証明するように姫は笑顔であった。
「どうした?」
現状を把握するために霜は問いかける。
「店に入ろうと思ったのですけど、入り口塞いでいましたから注意したのです。そしたら押されて――」
「違うしー、アタシ等ただ座っていただけだしー」
突き飛ばされたという姫の言葉を遮り、黄色が喋りだす。
「ウチ等何も悪いことしてないし」
「だよねー」
便乗する鼠と赤も口を開きながら、侮蔑の視線を送り品の無い笑い声を上げた。
「座っていた場所がここだと邪魔にもなるわな」
直達がいるのは丁度店の入り口ど真ん中である。そんな場所に座っていたら客は入りづらいことうけあいであった。
「そんなことないしー、開けているじゃん」
鼠色が指差す。たしかに開いているがとても人一人通れそうに無い。とんでもない言い分に霜達はあきれ果てるばかりであった。
「とりあえずこっち来い、ここだと邪魔だ」
直は眉間を押さえながら移動する。
「はあ? やだー」
面倒くさいと赤色が気だるげ手を振った。
「こ! こいつら!」
ぶっ飛ばすといわんばかりに、直は手を振るわせる。
「顔真っ赤にしてダサー」
口元を隠さず大口開けて笑う三人に、直の堪忍袋の緒が切れたのだろう、掴みかかろうとするが後ろから霜が腕を掴み止める。
「離せ!」
「落ち着け」
落ち着いた霜の言葉に、直はなんとか気持ちを抑えようとしているようだが、今にも噛み付きそうである。
「やらないの? なにあんた、怖いの?」
指揮棒を取り出した黄色は自信があるのか、霜を見ながら侮蔑な笑いを浮かべた。
「そうだよねー、そんなもの連れているようじゃ駄目だよねー」
鼠色が水練を指差して馬鹿にし、それに同意する黄色と赤色も大口開けて笑う。
「じゃあこっちが相手してやろうか?」
怒りが込められた声を響かせる将が指揮棒を取り出し、後ろに控えていた竜牙が牙を煌めかせて一歩前に出る。
おちょくることに集中していたのか、竜牙に今気が付いたように黄色達は驚いていた。
「あ、あんた関係ないじゃない!」
竜牙の威圧感に圧倒される赤色、黄色と鼠色もそうだと騒ぎ立てる。
「入り口にいて邪魔だし知り合いを突き飛ばした。直さん……はいいとして」
「いいのか?」
直を押さえる霜は思わずツッコんでしまう。
「なにより友人の霜と水練を侮辱した。関係ないとは言えないね」
先ほどからの三人が取っている態度も合わさり、余程頭にきているだろう、将は抑揚無く言葉を発する。
黄色達は威嚇する竜牙の姿と将の鋭い視線に後ずさりした。
「チッ……退けば良いんでしょ」
馬鹿らしいとばかりに、黄色は舌打ちをしながら二人を連れて歩き出す。
「そいつが居るからって威張ってんじゃねーよ!」
「居なけりゃ何も出来ないんだろー!」
赤色と鼠色が遠くで叫んでいた。竜牙から大分離れていたため何とも情けない姿である。
「周りの迷惑考えられないのだろうか?」
「あんな奴らは考えられないんだろ」
店の入り口から少し離れた場所まで霜達は移動する。三人の相手に疲労を感じた霜と直はため息と共に吐き出し、姫と将も肩を落とすのであった。
「それにしても水無瀬さん」
「なんだよ?」
霜は視線を合わす。
「気が短すぎ」
「短気で悪かったな!」
自覚があるのか指摘されて直は掴みかかった。
「落ち着いてー」
宥める姫だったが、ドウドウと言っているあたり扱いが動物のようである。
「武野原さんは買い物いいの?」
直の怒りが治まったところで霜が声をかける。
「あ! そうでした!」
先ほどの出来事で目的を忘れていた姫は手を叩いた。
「直ぐ戻ってきますから」
姫は手を振りながら店へ入ってく。
「誰も大した怪我しなくて良かったね」
将の言葉に霜は頷く。
「あいつ等の相手ほど疲れたことは無かったぜ」
三人組との遣り取りを思い出し直は肩を落とした。
「どっかで又会いそうな気がする」
「「やめてくれ!」」
同じ学生服だった三人組と出会う確立が高いと予想した霜の意見に、必死な形相で否定したい直と将であった。
探索センターにたどり着いた霜達は、真っ先に電光掲示板へ向かう。
「全体に値下がりしているね」
「昨日攻防戦があったからな、満遍なく提供があったんだろう」
素材の値が下がっていることに二人は眉を顰める。
色んなものを少量含んでいるスライムを大量に取り込んだ者が多く、それに関係して提供も多くなり価値が下がったのだ。
「受け付け終わったぞ」
霜達がいる丸いテーブルに姫と直が着く。
「久しぶりに共同戦でいくか?」
「いいね! 水練は攻撃距離長いから組むと凄く助かるよ!」
霜と将は知り合ってから一緒に探索することが多かった。その際竜牙が前に出て、後ろから水練が補助するという行動が最良だとわかったのだ。
強力な竜牙だがやはり数には手こずる、しかし水練が竜牙の隙を埋めるように体当たりをするようになると、すこぶる調子が良かったのである。針を伸ばすことが出来るようになると益々都合がよくなったのだ。
「結局今日はどうするんだ?」
「初めの方は俺と水練で行くけど、ある程度進んだら将と組んで行く」
買ってきた紅茶に、霜は手をつけながら直に視線を合わせた。
「水無瀬さん達は暇になる。別で探索したほうが効率いい」
「そういって引き離そうたってそうはいかねえぞ」
ポケットに入っていたカメラを取り出し、直は眼を細め口だけ笑う。
「俺と水練は進むのが遅い、後半は将と竜牙で戦うけどその間鍛えられないから、素材も入手できないそれでも着いて来る?」
逃げるつもりも無い霜は、困惑顔をしながら二人に視線を送る。
「当然だ!」
「皆で行くのは楽しいですよね」
憮然とした直と笑顔の姫は答えた。
「それに前回みたいに戻る時にあたし達に任せれば良いだろう、そうすれば大分奥まで進めるよな? それに安全に戻れるぞ」
直は様々な理由を述べながら霜に詰め寄っていく。
「……わかった。また戻る時は頼む」
「こっちが迷惑かけていますから頭上げてください」
頭を下げる霜に姫は小さく手を振る。
「よーし! 今回も限界まで頑張るぞー!」
戻りの心配が無くなった将は拳を突き上げ、気合を入れるのであった。
施設から出た霜達が黒卵を目指して歩いている歩道は広く、竜牙を連れて歩いてもまだまだ余裕がある。これは探索者の街が故に大型獣機をつれて歩く探索者を考慮されているのだ。
「竜牙は乗れないのですか?」
人を乗せて車道を走る獣機の姿を見た姫は、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「乗れるけど攻防戦の時とか緊急時以外は余り乗らないね。乗るのに慣れるとそれが普通になりそうだし、それが嫌だというのが主な理由だけどね」
将は手を伸ばして撫で、竜牙は気持ちよさそうに眼を細めていた。
「自分は楽だけど猛火達の一番活躍するのが探索時の戦闘だしな、それまでに電力消費は抑えておきたいな」
将に同意する直は頷き、それにと続ける。
「施設から少し遠いぐらいで歩いていける距離だ。それぐらい歩かないでどうする!」
直は胸を張る。
「交通ルールを覚えるのが面倒くさい?」
当てずっぽうだが霜が小さく口にする。耳に入ったのだろう途端直は黙り込み眼が泳ぎだした。
「当たりか」
「べ、別にいいじゃねえか! 乗らないんだからさ!」
直は耳と顔を真っ赤に染めながら唸る。
「そのうち自動車にも乗るだろう、その時どうする?」
霜の素朴な疑問に、直は言葉を詰まらせた。
「ふーん、車運転しねえもん」
顔を背ける直の姿は完全に開き直りである。
「無理だな、この都市は結構広いから端から端まで行くのには歩きではかなりきつい、それに壁に囲まれた都市から出たら獣機は預けないといけない、都市の外では自動車は必須」
黒卵を中心に発展したこの都市ではなんらかの理由で害獣が都市に溢れ、駆除できなくなった場合に備えて都市の周囲を壁で覆っているのだ。
一つしかない出入り口を閉じ、都市ごと爆破するのである。獣機に使われている技術はかなり高く、また新しい機構だったりするので持ち出し禁止となっている。また都市外部の人間が都市に入るには、厳重な審査を受けて身分証明証代わりのカードを発行してもらわないといけない、日本が黒卵の技術や未知の素材を独占するためだが、勿論それは公然の秘密となっている。
ちなみに都市上空を許可無く飛行した場合や、鳥類の獣機で外に出ようものなら、最先端技術を詰め込んだ壁の撃墜機能で容赦無く打ち落とされる。
「く!」
霜の指摘に直は言葉を詰まらせた。
「勉強すれば間に合うよ、私も手伝いますよ」
姫の言葉に直は苦笑いを浮かべていた。
「あれ? もう着いたの?」
黒卵の第一の門へ思った以上に早く着いたことに多少驚く将であった。話しながら移動すると早く着いた気がするものである。
「お疲れ様です」
門の入り口に立っている自衛隊員に姫は挨拶する。
「お疲れさん、気をつけていって来い」
片手を上げる隊員は、笑顔もつけて返答する何とも気さくな人である。
「あ! それって最近配備された自動小銃!? カッコイイなー」
自衛隊員が持つ自動小銃に、将は立ち止まって熱い視線を送る。
「よくわかったな、防弾チョッキも貫通するアサルトライフルだぞ。害獣は一歩たりとも街へは通さん!」
隊員が自慢げに掲げる
「だが黒卵内では全く無意味になるのが惜しい」
肩をおとす姿は非常に残念そうであった。
「というか獣機以外の攻撃効かないぜ」
意味ないよなと言いたげに直は肩をすくめる。
「黒卵から出た害獣なら効き目はあるよ!」
眼を輝かせる将の頭の中では、自動小銃の一斉掃射されているのだろう。
「黒卵の中に居る害獣は特殊な磁場で覆われいる、でしたよね?」
「黒卵と核が共鳴して発生しているらしい。同じ核を持つ獣機も発生して害獣の磁場に干渉し打ち消している、と授業でやっていたな」
姫の説明に霜は補足する。
「良く勉強しているな、探索者養成学校なだけはある」
隊員が感心していたがすぐに顔を顰めた。
「どうしたんですか?」
将に促され隊員が口を開いた。
「最近黒卵を舐めた輩が多くてな。多分学生を見た奴が、子供に出来て自分が出来ないわけがないと思うらしい」
「獣機も無しに潜る人が居るのですか?」
霜の推察に隊員は苦笑いを浮かべながら頷く。
「大概逃げ帰ってくる者が多いが中には帰って来ない者も居る。お前達を見ていると学校行ったほうがいいのだなとつくづく思うよ」
納得するように頷く隊員である。
「そろそろ行こう、お仕事の最中すいませんでした」
霜が頭を下げる。
「気にするな、こっちも平和な時は結構暇だからな楽しかったぞ」
隊員は闊達に笑いながらじゃあなと手を振っていた。
第一の門を潜る霜達は駅の改札口のような場所を通る、その時に身分証を翳し通行した。
「今日は何処から入る?」
将が差しているのは黒卵の入り口である第二の門は、真っ暗な楕円――本当は卵型で半分土に埋まっている――の黒卵へ入る位置により別の通路に繋がるのだ。それらを分かりやすく区切ったのが第二の門でありそれを潜っていく。
一番弱い水練を鍛えるため、スライム相手に孤軍奮闘しながら進み、昇降機で小休止を取っていた。
「水練というかスライムって結局何だろうな?」
水練の姿を見ながら直は疑問を口にする。
「たしかに不思議ですよね? 害獣や獣機は皆地上にいる生物の形をしていますけど、スライムだけは違いますよ?」
姫も顎に指をあて首を傾げていた。
「一番多く最奥でも出てくるらしい、一説には原始的な多細胞生物の姿をとっていると言われているな。不可思議な存在といわれているが面白い。最初は攻撃手段も体当たりしかなかった。成長して針を伸ばせるようになったときは凄く嬉しかった」
饒舌に話す霜は胸を張って自慢げであった。
「そういうもんか?」
直は理解できないという顔つきである。
「これからどう成長するか楽しみでもある。針の速度が上がるか、螺旋状になって貫通力が増すか、はたまた剣山みたいになるのか想像は尽きない」
答える霜の声に喜びが混じる。
暫く進むと両開きの扉があり、一行は立ち止まっていた。
「どうする?」
霜が振り返る。表示装置についているレーダーには、途轍もない数の害獣が扉の向こうに居ることか表示されていた。
「どうするもこうするも行くしかないよな?」
「思い切って引き返すという手もある」
霜の提案に直は不満なのか眉を顰める。
「まだ着たばかりだぜ?」
「そうですけど……凄い数ですよね……」
すこし無茶ではないかと姫は苦笑いを浮かべていた。
「そういえば」
ふと霜の頭の片隅にあることが浮かぶ。
「授業で獣箱があると習ったな」
「獣箱ですか? たしか異常なまでに害獣が集まった部屋のことでしたよね?」
眉を顰め不安げになりながらも姫は答える。
「此処がそうなのかな?」
首を傾げる将。
「違うかもしれない」
「あいまいだな」
霜のいい分に直は不安げである。
霜があいまいに言うのも仕方が無かった。浅い部分は多くの探索者によりマッピングされており、地図も配布されている。しかしまれに地図にも載っていない場所もあるのだ。報告を怠って乗っていない場合もあるが、いつの間にか変化している場合も存在していた。
それにより地図に記載されていない場所は、全く未知数なのである。
「霜も僕も今まで入ったこと無いからね」
「私たちも経験ありませんよ。どうなっているのか分からないです」
暫く一行は悩んでいたが直が口を開いた。
「何事も経験だ! 行ってみようぜ!」
「そうだね、まだ浅いからスライムしか居ないだろうし」
将も同意したため霜は不安に思いながらも扉を開いた。
しかしそこは何も無い広大な部屋であった。
「何も無い? ということは……上?」
声が拡散して反射もないほどの部屋に、困惑する霜は天井を見上げ、釣られて直達も見上げる。
そこにはギッシリと寄り集まったスライムの大群が天井に張り付いていた。
「退却!」
声を張り上げる霜に反応し、弾かれるように全員部屋から飛び出す。直後スライムが豪雨のごとく降り始めた。
「な!? なんだあの数!?」
全力で逃げ、ある程度離れ一息ついたところである。
「わからないけど、あそこが獣箱なのはたしか」
嫌な予感がする霜はジッと先ほどの空間を見据えていた。
「あんなにもいるんですね」
「本当驚きだよ」
姫の意見に将は同意する。
「嘘だろ!?」
見据えていた霜が大声を上げる。
視線の先には迫り来るスライムの大群であった。一体一体攻撃時のように飛び跳ねており、後ろから次々に飛び掛っている。それらが連続して大量に動いているため、その姿はさながら津波の様であった。
「走れ!」
霜の掛け声と共に全員全力疾走を開始する。幸か不幸かスライムの津波は微妙に遅いぐらいの速度である。
「何処へ逃げる!?」
「昇降機!」
走りながら直の問いに霜は全員に聞こえるよう大声で伝える。
「了解!」
「わかりました!」
暫く逃げまくっていると直が声を張り上げた。
「姫!」
直が手を伸ばす、姫が遅れ始めのだ。
「将! 竜牙に武野原と二人で乗って先に行け!」
「霜達は!?」
「いいから行け!」
有無も言わせぬ霜の言葉に将は悔しげに頷き、そして武野原を乗せ走りだす。
「猛火は人乗せられるか!?」
「乗って先に行けというつもりか!? お前一人にして逃げるきか!? 逃がさんぞ!」
「まだ言ってるのか馬鹿野郎!」
「うるせえ!」
金属音が聞こえ、霜と直は足元を見るとそこにはスライムがいた。二人が冷や汗を流し後ろを振り返ると、まじかに迫ったスライムの津波が来ていた。言い合いをしている内に速度が落ちていたのだ。
「「~~!」」
無言で全力疾走をする。人間死が目前に迫るととんでもない力を発揮するものであり、少しずつだが距離を離していく、そして二人は走り続け昇降機の目の前にたどり着く。
「あと、上がる、だけ」
「お、う」
霜は息を荒げながら振りかえり、同じ状態の直も答えた。
昇降機につく直前に気が緩んだのだろう、その瞬間に直がバランスを崩す。
霜の眼には色をなくし全ての動きが遅く写っていた。大きく眼を見開く直が体勢を崩す様子が良く分かる。
「させるかー!」
霜は素早く直の手を取り強引に引っ張り抱き寄せる。そしてそのまま昇降機に飛び乗りスイッチを叩いたのだった。
激しく呼吸をしながら二人は脱力する。霜は最後に無茶な行動をとった所為か、仰向けで寝そべっていた。
それでも周囲を見回し、直と猛火そして水練がいることを確認する。誰も欠けていないと分かると完全に脱力し昇降機が停止するまで脱力していた。
(かなり危なかった)
思い起こすのは乗る直前の様子である。もうすこし離れていたら、あの時振り返らなかったら、直は巻き込まれていた。そう思うと何とも奇跡的だったと言わざるを得ない、結果全員無事であった事に感謝していた。
腕の中にいる直の無事を実感していると、複雑な表情を浮かべる直にジッと見詰められるのだった。
たどり着いたのだろう昇降機が停止する。
「あー……着いたのか」
呼吸が整った霜が頭だけ起こし、周囲を見回すとそこには絶句した将と、赤らめた顔を両手で覆う姫の姿があった。
「な、何してるの?」
「何とは?」
将が指を差し、それを辿るとそこには霜の腕の中に直がいた。
「「……」」
互いの視線が絡み合い、思わぬ至近距離に硬直する。
「うわー」
指の間から覗く姫の声を聞いて、二人は現状を理解した。
「は、離せ!」
霜は素早く腕を解くと、開放された直は勢い良く立ち上がり、自分の身体を抱きしめながら離れる、さながら痴漢にでもあったようである。
「その態度は……まあいい」
緊急だったとはいえ、嫌っている奴に抱きしめられるのは嫌だったのだろう。霜は直の態度に追求しなかった。
「申し訳ないけどこれで終了しよう、酷く疲れた」
呼吸は整ったものの、足の疲労が激しかった霜は提案する
「そうだね、帰りはどうしようか?」
大分戻ったとはいえまだスライムは出るのだ。帰りは誰が戦うかと将は問いかけた。
「私がやります」
「あたしも」
二人が名乗り出るが、姫は振り返り直の肩に手を乗せる。
「直も疲れたよね、だから休んでいて」
竜牙に途中から乗った姫は申し訳ない気分なのだろう、瞳に写る意思は強かった。
「はぁ……わかった、頼むよ」
意志の強さに諦めたのかため息と共に直は了承する。
将と竜牙も戦闘に混じり、順調に戻っているが霜はどうにも落ち着かない。
「なに?」
「うぇ!」
先ほどから直がチラチラと霜を見ているのだ。見た瞬間に眼を合わせると、直は変な声と共に仰け反った。
「な! なんでもない……」
真っ赤な顔を背け、言葉が小さくなっていく直の姿に霜は首を傾げる。
「俺に惚れたか?」
「そんなわけあるかボケー!」
「ど、どうしたの!?」
荒げた直の声に、驚いた姫が後ろを振り返った。
「別に! こいつが馬鹿なこと言っただけだ!」
直は肩を怒らせながら歩く。
「なに言ったの?」
面白い事かと察知したのか、将はニヤニヤとした顔をしながら速度を落として霜へ耳打ちする。
「顔を赤らめながら何度も見たりしていた」
霜の説明を聞き、なにか閃いたのか将は手を叩いた。
「惚れたんだね!?」
「お前もかよ!」
将の声が聞こえた直は振る向きざまに叫んでいた。そんなやり取りを聞いていた姫は肩を震わせるのであった。
無事黒卵から戻った霜達はセンターへ直行し、獣箱の報告へ行く。高深度の探索者なら大丈夫だが、まだまだ浅い所にしかいけない学生や初心者には死活問題である。
「獣箱があんなものだとは思わなかった」
報告と共に換金も済ませた霜は、疲労感もたっぷりと篭った声で肩を落とすのであった。
「正直生きて戻れたことが幸運だと思うよ」
安堵の吐息と共に、吐き出された将の言葉に全員頷く。
「もしあれがスライムじゃなくて、他の害獣だったら……」
想像した恐ろしさに姫は身体が震える。
「誰も大怪我も無く悲惨な事にならなかったからな、よしとしようぜ!」
暗くなった雰囲気を吹き飛ばす直の言葉に、姫は笑顔を浮かべた。
暫く雑談しながら歩き、分かれ道に差し掛かる。
「今日は此処までだな、お疲れ様」
おつかれーと全員が口にし、直達と別れるところで霜が足を止めた。
「買ってくるものがあったな……」
必死な出来ことにすっかり忘れていた霜は踵を返した。
「将は先帰っていて」
「はーい」
了解とばかりに、手を振り返す将を確認し歩き出す。
目的の書物を買い、本屋から出てきた霜は目を凝らしていた。そこにはいるはずの無い人物がいたのだ。
「何買ってきたんだ?」
仁王立ちの直であった。意表を付かれた霜は驚きで言葉が出ない。
「なんだよ」
ジッと見詰める霜に居心地が悪く感じるのか、直は一歩下がる。
「いや、居るとは思わなかった」
気を取り直した霜は歩き出した。その横を歩く直は何か言いたげである。
「何?」
霜は顔を向けて促す、とたんに直は挙動不振になった。
「えっと、その……」
口を開けたり閉じたりする直を、霜はジッと待ち続ける。
「あ、ありがと!」
直は握りこぶしを作り気合と共に叫ぶ、しかし霜は首を傾げるだけある。
「重箱のことだよ! その……お前助けてくれたよな」
「ああ」
霜の脳裏に昇降機で抱きかかえたことが思い浮かぶ。
「相手が悪人でも、助けてくれた事に礼を言うのは当たり前だろ? 正直悔しいのもあるけど……」
声が小さくなっていく直を見ながら霜は、初めて見る直の態度が微笑ましく思いながら、丁度いい位置にある頭に手を置き撫でた。
「なんだよ……」
子ども扱いされたと思ったのか直が睨む、しかし手を払うことはしなかった。
「なんとなく?」
頭から手を離し、帰宅の途に着く霜のあとをついて行く直であった。