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探索者  作者: 柑橘ルイ
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探索者一

 凹凸が殆ど無い壁に施された、幾何学模様の赤い線が縦横無尽に光る。それにより壁や床があることが分かるが、それ以外は漆黒の闇に閉ざされていた。

 一人の少年が立っていたがその様子はどこかおかしい、その表情は眼の位置にある、後頭部まで一周する機械で覆われて分かりにくい。

 身長は高く白い肌と少し猫背の体勢、そして肩まで伸びた髪の所為でとても暗い印象を受ける。そんな彼の足元には膝ほどの高さで繋ぎ目の無い、立方体の鈍い輝きを持った鉛色の物体があった。

 その立方体は一部分を一本の針に変えて伸ばし、その先端は力なく座り込んでいる男性の頭部につきささている。激しい戦闘があったのだろうか、辺りに機械の部品が散乱しており、そして座っている男性の身体は傷だらけで一つも動かない様子から既に事切れているようだった。

 先端が淡く光る棒を暗い少年が軽く振ると針が抜け、ゆっくりと短くなり立方体に戻っていく、それはまるで液体の如く滑らかに変化し球体に変わった。周囲の部品の上を通るとそこには何も残っておらず、鉛色の物体が体内に取り入れている結果であった。数秒後には全て取り込み立方体に戻り待機していた。

 暗い少年は遺体に両手を合わせた後、弱弱しい足取りで歩いていく、初めて人を殺したのだろう、少し歩いた先で吐いていた。その後ろには鉛色の物体が球体になりついていっている、そして残されたのは事切れた男性のみであった。


 閑散とした印象を受ける学生寮の一室に、簡素なベッドで寝ている少年がいた。その少年が枕にしているのは鉛色の立方体で見た目以上に柔らかいのだろう、微妙に凹み頭部を優しく受け止めていた。

 静かな一室に突如電子音が鳴り響く、しかし素早く少年は手を伸ばし手を叩きつけて止める、もぞもぞと布団が動いた後又動きが止まった。どうやら二度寝をし始めたらしい。

 しばしの静寂が続くと、先ほどの枕にしていた立方体が薄く形を変えて移動していた。腰辺りで集まると今度は三角形になり少年を押し上げていく、徐々に反り返る体勢になるが、それでも止まらずますます高くなっていく。

「お、起きる」

 当然そんな体勢で寝ていられるはずも無く、少年は身体を起こし大きなあくびとともに背伸びを一つした。

 年は十七ぐらいだろう、しかし眼にかかる前髪や、血行が悪そうな白い肌で若い少年の溌剌さは無く、暗い雰囲気を纏っていた。

「ありがと」

 礼を一つ述べて軽く鉛色を撫でると、鉛色が喜ぶかのように波打った。

 少年は寝巻きの上から半纏をはおり、洗面所へ直行し顔を洗ってようやく眼が覚めるのであった。

「今日は何しようか」

 独り言を呟きながら廊下へ出た少年の目標は、寮内にある紙コップの自販機である。ちなみにその後ろには鉛色の物体が追従している。

「霜、おっはよー! 相変わらず寒いね」

 部屋へ戻る途中で暗い少年である日ノひのもと そうに声がかかる、振り返るとそこには小柄な少女がいた。

 明るい茶色の前髪を後ろに流してカチューシャで止めており、いつも潤んでいるように見えるつぶらな瞳で見上げていた。

「おはよう、将」

 大きめの寝巻きを着た少女は実はれっきとした男であり、名前は(正倉院 将 しょうそういん しょう)、何とも名前負けしているが将にとって男らしく、名前は気に入っていたりする。

「ほら、そんな小さな声じゃなくて、大きな声で! ね!」

 向日葵のような笑顔を将は向けるが、霜の前髪に隠れぎみの瞳は無理と訴えていた。

水練すいれんもおはよう」

 将が鉛色に向かって小さく手を振る、すると鉛色の一部が盛り上がり先端を振って答えていた。

「いいよねー、僕の大きいから寮長から許可おりないんだもん」

「ご飯食べて迎えにいく」

 落ち込む将の頭に手を置いて霜は慰める。

「そうだね、早くご飯食べて迎えに行こう! そして今日も探索がんばろー!」

「その前に授業」

 拳を上げる将だったが、霜の言葉で肩を落とす。

「ああ、サボりたい」

「俺達は学生」

「ぶー、わかっているよ。まあ、三年になれば授業もほとんどなくなるから、それまで我慢だね」

 ふてくされる将である。

「じゃあ、また食堂でねー」

 二人とも自販機で買い、元気良く手を振る将に小さく手を挙げる霜だった。

 一旦部屋に戻り一服した後学生服に着替える。白を基調とした軍服に似た詰襟であるが、それでも白い肌と高い身長、そして眼を隠す前髪により霜の暗い雰囲気はぬぐえない。

 別に落ち込んでいるわけではなくこれで通常なのだ、そして隣の部屋にいる将を呼び二人で食堂へむかった。

 食堂は広く大きなテーブルが三つ並んでいる。喋りながら食べる者、一人もくもくと食べる者と様々な様相を呈していた。テーブルの下や椅子の下には金属で構成された動物が大人しく臥せっている。

 ここは全寮制であり、学校を挟み西側は男子寮、東側は女子寮と別れており、ここは男子寮なので当然座っているのは当然全て男子である。

黒卵こくらんか……あれって結局何だろうね?」

 将は窓から見える、巨大で黒い楕円の物体に視線を向ける。

「謎極まりない」

「だよねー」

 黒卵と呼ばれた物は突如日本のど真ん中に出現した。高さ百メートルほどの大きさで周囲を調査すると卵型と判明し、しかも中には入れることが分かったのだ。その内部はとてもそれだけでは納まらない広さがあった。

 調査を開始して大分時が流れているが、未だ最奥にたどり着いていない。

「調べるために探索者がいる」

「未知なる世界を探索し、新たな物質、貴重な素材を回収する黒卵の探検家! それらを行う者たちの総称が探索者、かっこいいよね! だからこそ探索者専門学校の国立稲葉学園に入ったんだけどね!」

 眼を輝かせる将の意見に同意するように、周囲の男子生徒もうんうんと頷く。

「かっこいいけど公務員」

「やめようよ! その言い方!」

 将自身も思っていたのか、涙目になりながら霜の肩を掴み振りまくる。

「いま、食べた、ばかり、も、もど」

「確かに政府の管理下だけど! 登録も必要だけど! それでも探索者は現代の冒険家なんだよ! ロマンだよ! そんな小学校の作業員みたいなこと言うなよバカヤロー!」

「しょ、小、学校、の、作業員、に、失礼」

 振られまくって真っ青になっていく霜であった。


 その施設には様々な動物がいた。通路に面した部分がガラス張りになっており、部屋の中に昆虫、爬虫類、哺乳類、鳥類と様々な動物がいる。

 その動物達は全て機械で構成されているが完全な機械ではない、生物のように小さな傷も治り、また成長するのである。それらは獣機(じゅうき)といわれ、探索者達にとってはなくてはならない存在であった。

「おはようございます。獣機を受け取りに来ました」

 入り口にあるカウンターで挨拶する将の後ろで霜も頭を下げる。

「はい、おはようございます。確認のため学生証預を預からせてくれますか?」

 将がカードを渡すとカウンターの男性は機械に通した。

「二年一組、正倉院将さんですね、ありがとうございました」

 男性がパソコンを操作してカードを返す。通路に並んでいるガラス扉の一つから空気が抜ける音と共に扉が開き、一機の獣機が出てきた。

竜牙りゅうが、会いたかったよー!」

 将が駆け寄り抱きつき竜牙も嬉しそうに身体をすりつける。それは人間より一回り大きな恐竜であった。大地踏みしめる後ろ足、太く長い尾、大きな顎に鋭利な歯がいくつも並んでいる、三本指の前足は頑強な体つきに似合わず小さく細いが、鋭利な爪が付いていた。

「よし、じゃあ学校行こっか」

 存分に堪能した将は離れ気合と共に歩きだし、そのあとを霜と水練はついていくのだった。

「んーいい天気だね」

「ん」

 学生服と同じく、白い指定のコートを着て道を二人は歩く。

「竜牙に乗って先に行っていても構わない」

「ふ、幼馴染置いて先に行くなんて男らしくないね。それに歩いて十分ぐらいの距離だよ、これぐらい歩かないと!」

 グッと両手を握る将は少女のような容姿も相まって、何とも可愛かったりする。

「そういえば……」

 霜の前に回りジッと見詰める将を、首をかしげながら無言で霜は見詰め返す。

「うん! 悩みは大分解決したみたいだね。此処最近凄く落ち込んでいたもん」

「心配かけた」

「本当だよ、探索から帰ってきたらいつも異常に凄く暗い雰囲気だしまくりだったもん、それに聴いてもなんでも無いの一点張り」

 将は腰に手を当て怒った振りをする。

「自分自身でしか解決できない心理的なもの、そっとしてくれてありがたかった。ありがとう」

 霜が礼を述べる姿を見て頷き、将は前を向く、しかし程なくして首を傾げ始めた。

「あれ何しているんだろ?」

 のんびり二人で歩いていると、校門のど真ん中で仁王立ちしている人物が居た。

 鳥の巣のようなベリーショートで、小柄な身体と八重歯が活発な印象を与える少女であった。

 霜と同じ白のコートを羽織っているが前が開いており、中は白を基調とした詰襟にスカートの制服である。傍らには猪の獣機がいた。

 そんな女子を後ろからオロオロと話しかけている女子がもう一人いた。腰まである長い大きなみつあみを揺らし、眼鏡の奥にある垂れ眼は若干潤んでいる。必要な所にしか脂肪が無い魅力的な身体をゆすり、小柄な少女を説得しているようだが効果はないようであった。

 周りは何事かと視線を向けるが、面倒ごとは御免とばかりに通り過ぎていく。

 そんな中霜は落ちつけないでいた、少女が一直線に睨んでいるのだ。霜自身としては何か彼女にした覚えも無く、またそれといって接点は無かった。だが彼女に視線はやたら熱い、色恋沙汰の熱ではなく明らかに敵意に似た熱さであった。

「日ノ本霜だな」

 視線も逸らせぬまま近づいた時、少女の問いに霜は頷き肯定する。

水無瀬みなせ なおとあたしの獣機の猛火もうかだ」

 直は腕を組みいまだ霜を睨む。

「えっと武野原たけのはら ひめです、それと飛燕ひえんです」

 先ほど説得していた女子は諦めたのか姿勢を正し、肩に燕型の獣機を肩に乗せ頭を下げた。

「お前、人を殺したな」

 朝の爽やかな空気が一変する。殺人を犯したなどと朝の学校で言うものではない、周囲の学生も殺人と聞こえ、流石に何事かとおもったのか立ち止まり、直に視線を向けた。

「な、直……」

 姫は余りに直球過ぎる質問に、相手が怒るかと脅えているようであった。

 長い沈黙、そして霜が口を開いた瞬間。

「君は何を言っているの?」

 将が問いかける、しかしその視線には怒気が含まれていた。

「お前は関係ないだろ、黙っていろ!」

「黙っていろ? そうはいかないよ、霜とは幼馴染なんだよ! 出来ないよ!」

 お互いに睨みあう、その中間点で火花が散っている気のせいであろうか。

「そもそもね! 霜がそんなことするわけないよ!」

「いいやしたね、この眼で見たんだ!」

「大方誰かと見間違えたんじゃないの!」

「絶対こいつだ! 黒卵の中でやったんだ! その獣機と学生服姿だったんだ、間違いない!」

「巨大なこの学園で学生がどれだけいると思っているの!? 同じ獣機と学生服なら他にもいるんじゃないの!? そんなので良く霜だって言えるね!」

「うるさいガキが! 黙りやがれ!」

「ガ、ガキ!? 同じ背丈のくせに良く人の事言えるね!」

「身長は関係ないだろ!」

「ふーん! そっちこそ全て小さくて寂しい体型だね!」

「な!? 女みたいな奴に言われたかねえよ!」

「なんだと!」

 喧々囂々と言い合っている傍で霜と姫は止めようとするが、白熱する二人には敵わなかった。

 ついには諦めて傍観しはじめた霜はため息をつき、ふと視線を感じそちらを向くと、そこには脅えた様子の姫が居た。

 暗い雰囲気と高い身長が相まって霜には変な威圧感があり、おかげで手をこまねいるようであった。しかし大きく頷き気合を込めると口を開く。

「あ! あの!」

「ん?」

「その……ごめんなさい、直が迷惑かけてしまって」

「気にしない」

 姫が頭を下げるが霜は首を振る。

「直は一度決めたら一直線ですから……」

 肩を落とす姫に毎度のことなのかと口にしてしまう。

「いつもこんな感じ? 大変だな」

「あはは……」

 口喧嘩の傍らで穏やかに話す二人であった。

 将と直の口喧嘩に終止符が打たれるような学校の鐘が響き渡り、言いあっていた二人が同時に時計を見る。

「やば! 霜行くよ! 遅刻する!」

「あ! おい!」

 呼び止めようとする直を無視して、二人は全力で教室へと向うのであった。


「今日の授業おわりー」

 ぐったりとする将の後ろは霜であり、足元には水練が待機していている。ちなみに竜牙は大きいため外で伏せていたりする。

「なんで普通の授業があるんだよー」

「養成学校、高校でもある」

「うう、わかっているよ、ほかの専門高校みたいに一般教養があるんでしょ?」

 余程授業が苦手なのか突っ伏して将は話す。それにたいして霜は多少疲れがある程度で、膝の上に乗ってきた水練を撫でて癒しを得ていた。

「代わりに午後の授業が無い」

「うん、授業の変わりに探索して来いってことだよね」

 一年は授業として探索があった。その頃は先生の引率が付いていたが、二年以降は独力で探索をしなければならないのである。

「よし! 学食いこう!」

 上体を勢い良く起こした将は促すが、霜は顔を顰めていた。

「今朝の事があるから待ち構えているか?」

「ありえるかも……」

 今度は学食で同じことが起こると想像したのか将は閉口する。

「じゃあ午後から探索する予定だし、途中何処か食べていこう!」

「牛丼」

「えー、ハンバーガーにしようよ」

 雑談しながら揃って教室を出て行くであった。

「竜牙、いこっか」

 玄関の近くで伏せていた竜牙が立ち上がり擦り寄り、将は頭を撫でてから歩き出した。

「うう、ここでも竜牙の大きさが仇に……」

 竜牙の大きさは創立十年になる学園初であった。

 獣機の大きさは人間より大きい大型、人間から小型犬までの中型、中型以下の小型と分かれており、その大きさには個体差がある。

 中型と小型が多いが、成長し大型になるものもいれば、初めから小型でずっとそのまま、というのもいる。初めから人を乗せられる大型というのは珍しいのである。

「探索には優秀」

 泣きまねをする将を、微笑ましく思いながら霜はフォローする。

「そう? そうだよねー! えへへ、さてと探索がんばろう!」

「ん」

 片腕を上げて張り切る将に頷く霜であった。

 大分たったあと何処からか、なぜ来ないー! という叫び声が聞こえた気がしたが、霜は気のせいだとするのであった。


 探索センターは探索者や黒卵に関する情報を管理する施設で、二階立ての近代建築である。一階は大きなガラスが壁にはめ込まれ、太陽の光を取り込みとても明るく、スタイリッシュなデザインのテーブルと椅子が程よく設置されている。

 そのほか自販機やら電光掲示板など電子機器も大きなものが置かれていた。二階は事務所になっているのだろう煉瓦タイルのコンクリート造である。

 非常に広い一階を、様々な探索者と獣機がテーブルで雑談したり、電子掲示板で素材のレートを確認したりしている。そんな中カウンターに霜は居た。

「探索許可取りにきました」

「はい、身分証をお預かりします」

 霜が渡した学生証を受付嬢は機械に通す。

「ありがとうございました、気をつけて行ってらっしゃい」

 受付嬢の言葉に霜は頭を垂れる。

「受付終わったよ」

 別の場所で許可を受けていた将が手を振り近づく、その傍らには竜牙もいた。

 施設は一般の探索者も利用するので大型獣機も入れるぐらい広いのである、そして二人で掲示板に眼を通す。

「銅が良い」

「うん、相変わらず高めだね」

「アルミも」

「あ、本当だ」

「銅とアルミを提供、他は吸収で」

「だね」

 探索者は黒卵の内部調査の他に、内部に存在する害獣と呼ばれる獣機と同じ金属生命体の残骸集めもある。

 その残骸は入って直ぐなら通常ある鉄やニッケルなどだが、奥に行けば行くほどレアメタルや未知の金属が使用されているのだ。

 また害獣や獣機は構造も複雑で、そこから新たなシステムや機械工学に使用されたりもする。

 ちなみに害獣と獣機の差は人間に友好か敵意があるかといったぐらいである。

 二人が方針を決めたとき周囲がざわめいた。なにごとかと周りの視線を辿ると、人よりもだいぶ大きいカブト虫型の獣機を引き連れた探索者が入ってきた。

「あ! あれって」

「最深部を探索している、探索者と獣機」

 二人の視線の先では探索者がカードを差し込み、その隣ではカブト虫が奥にある四角い穴に何かを吐いている。

「うわー、あれってどんな素材なんだろうね? しかも凄い量」

「ここに居る人達も、見たこと無い物」

「だろうね、僕達はまだまだ黒卵の浅いとこにしか行けないし、素材も普通の物ばかりだもんね」

「未知の素材を獣機にも吸収して、性能も凄く高そう」

 探索者はカードを引き抜くと、周囲の視線も気にせず獣機を連れて堂々と出て行った。

「あそこまで進みたい」

 霜は改めて決意を胸にし、同意するかのように将も頷くのであった。

 その時重低音が辺りを駆け巡る。そして素早く反応した探索者達が一斉に外へと走っていき、将と霜も同じく駆け出した。

「攻防戦」

「霜! 乗って!」

 施設から飛び出した将は騎乗用の縄を竜牙にかませ跨っていた。その後ろに霜が乗り、水練を将との間に入れて掴まる。

「攻防戦時でも道路を走る!」

「分かっているよ!」

 竜牙は頭部から尻尾まで水平にして道路を加速する。そこかしこから騎乗可能な獣機に乗り、同じく駆け出す探索者が散見できる。自動車は道の脇に止まっており、邪魔にならないようになっていた。

「指揮棒! 動く!?」

「大丈夫!」

 霜に答え、将は片手で取り出した棒のスイッチを押すと先端が淡く赤色に光る。

「表示装置!」

「正常!」

 霜は鞄から取り出した円形を折曲げた形の機械を頭部につけ、頭上にきた部分を目元まで下ろす。眼の辺りを後頭部まで一周する形になると同時に、装置の前面に三つほど小さな青い光が灯った。周囲を見回して画面表示、所持獣機の状態、簡易レーダー等が正常に機能していることを確認する。

 将はヘッドホン型を取り付けていた、それは最も普及されているもので目の前に光の膜が張られる形になっていた。

 ちなみに霜が付けているのは旧型で性能は少し落ちるが頑丈が取り得のものである。

 互いに声を張り上げるのは風で聞き取り難いからである、なにぶん防風もなにもないので風が直接当たるのだ。

「第一の門もう直ぐ潜るよ!」

「了解!」

 霜達が門を潜るとそこには既に戦闘がおこなわれていた。門から黒卵までの何も無い広場には様々な探索者と獣機、そして黒卵――正確には黒卵に設置されたいくつもある第二の門――から、水練と良く似た液体金属で、大きさは半分ほどの立方体がこれでもかと湧き出て居た。

「何時見ても凄まじいスライムの量だな、気をつけて」

「お互いにね! いくぞー!」

 停止した竜牙から霜と将は降り、そして将と竜牙はそのまま最前線に突進していき、スライムを蹴散らし始めた。その後ろでは霜と水練が取りこぼしを始末していった。


 探索者は指揮棒を機敏に動かし獣機に指示をだす。目を覆う表示装置には獣機の電力や損傷率、周囲の敵及び同業者の位置など様々な情報が表示され、目まぐるしく変化していく、それらを見ながら己が身を守るために、移動も心がけなければならないのである。

「相変わらずスライムばかり、数が多い」

 霜が愚痴を零した瞬間の隙をついて、スライムが立方体そのままで飛び掛かる。しかし当たる前に鉛色の針がスライムを貫いた、水練が体の一部を針状に伸ばしスライムを串刺しにしたのだ。

「ありがと」

 霜は簡単に礼を述べると気を引き締め、水練に指示を送る。水練は指示に的確に答え、次々に串刺しにしていった。水練は複雑な形に変化できないので、一本一本伸ばしては戻しを繰り返しているが、伸ばす時の速度が速く、また立方体の何処からでも伸ばせるため、確実に一機ずつ仕留めていた。

 しかし周囲の探索者と比べるとまだまだ少ないほうである。かなり奥まで進んだ探索者が連れる獣機にもなると、突進するだけで何体も仕留めたりするので数え切れないほどであった。

 それでも取りこぼすのは黒卵から湧き出るスライムの数が異常なのだ。

「そろそろ終わり?」

 霜は慌しさが収まってきたのを感じ、終わってきた事を予想する。事実スライムの数が減っており、場所によっては周囲へ手助けに行っている探索者も見受けられた。

(ん? どこかで感じた視線が……見られている?)

 ジリジリと焼けるような視線を感じて霜は周囲に眼を配る。残念ながら周りには人が多く居るため特定できないでいた。

 そうこうしている内に霜の周囲も掃討し、最前線も少しあとで終了した。

『おつかれー』

 霜の表示装置の回線から将の声が聴こえ視線を送る。竜牙にスライムの残骸を取り込ませている将が手を振っていた。

「ん、おつかれ」

 淡い青色に先端を光らせた指揮棒を動かし、通信を繋げて霜は返答する。

『コレも一機の分量は少ないけど、これだけになると結構稼げるね』

「スライムだけ様々な素材が含まれている」

 普段は採取できる素材が少なすぎて、見向きもされないスライムの残骸だが、このときばかりは全員取り込みにいそしんでいる。もっとも最奥を進む探索者は見向きもしていない。

『しかし水練も成長したね』

「初めは大変だった」

『だろうね、今出てきたスライムだもんね』

「性能低い、でも苦労したから愛着もわく」

 取り込んでいる水練を優しく見つめる霜であった。


 取り込み作業が終了した後、二人は合流し黒卵の探索に行くこととなった。外に居るので表示装置は上げている。

「獣機、指揮棒、表示装置があれば最低限大丈夫だね」

「あとは、食料、水、簡易テントとかあれば長く入れる」

「そうだけど僕達はそれほど深く入れないしね、直ぐ戻っちゃうから、よし! 探索開始だよ!」

「三番の門から入ろう」

「おー!」

 握りこぶしを作り、気合と共に三と書かれた黒卵の門を潜る。将と竜牙の後を霜と水練も続いて入っていく。

 一瞬の真っ暗のなったあとSF的な壁の広い通路に出る。壁から発している光では明るさが足らず暗いが、表示装置を下ろした二人の視界は、外に居るのと変わりなかった。

「暫くは俺が先行する」

「わかった」

 水練を先頭に霜、その後を将と竜牙が続く、暫く進むとスライムが一体鎮座していていた。

 霜が指揮棒を振るい、その指示に従い水練が球体で近づいていく。途中でスライムも気が付いたのか、ゆっくりと立方体のまま動いているのが分かる。

 ある程度近づいた瞬間に水練が素早く立方体へ変化し、針でスライムを貫くとスライムが小さく弾けるように崩れる。残ったのは針に貫かれた球体の部品であった。

 球体の部品は核とよばれ、獣機にもありいわば心臓兼脳である。

「おー、相変わらずの精密さだね、核を一撃だよ」

「そうでないとなかなか倒せない」

 将に褒められ、胸を張る霜だった。

「でも核って傷無しだと少しいい値段になったよね?」

「スライムだから」

 核は無傷のままだと特殊な装置で再構築され、獣機へと変わる。よって施設に引き取られたあと販売されるのである。

「ここはまだ最弱のスライムで、しかも一機しか出ないからまだ安心だね」

「油断は禁物」

「分かっているよ」

 雑談をしながらも二人は進んでいく。

「ところでさ……」

「なに?」

 将はとても言いづらそうしていた。

「気付いているよね?」

「後をつけて来ている人?」

「そう、学校で撒いたと思ったんだけどなー、攻防戦の時に見つかったかな?」

 攻防戦の参加は探索者の義務の一つであった。その時には探索者が一堂に会する事になり、人によってはお祭りである。

「攻防戦の時視線を感じた。たしか名前は水無瀬さん」

「そうなんだけど……」

 又も言いよどむ将。

「あれで隠れているつもりなのかな?」

「多分」

「余りにも分かりすぎ」

 ほろりと流れる涙を拭う将である。

 霜が後ろを振り返ると柱の影から光の膜が見える、むしろ光どころか顔が見えた。本人は気付かれていないと思っているのか、じっと霜達を見ている。

 霜は直を拡大して通信番号を確認したのち、回線を繋げる。

「丸分かり」

 ビクッと震える直は恥ずかしいのか怒りからか、顔を赤らめて柱から出てくる。その後ろには猛火と頭を下げる姫と飛燕がいる

「なんでわかった」

「ごめんなさい」

 不服な顔しながら直はぶっきらぼうに言い放ち、姫は申し訳なさそうに頭を下げる。

「いや、最初から分かっていたんだけど……」

「ばかな! 完璧だったはずだ!」

 将の返答に直は驚きながら仰け反る。

「ええ!?」

「あれで完璧!?」

「ありえない」

 完璧と言う直に驚愕する三人であった。

「まあいい、何をしている?」

「何を? ふん! お前の悪事を撮るためだ!」

 直は懐から取り出したインスタントカメラを高々に掲げる。ちなみに携帯やデジカメではないのは、映像加工されたと言われないためである。

「撮る?」

 低い声で将が睨みながら聞き返す。いまだ霜が悪と決め付けているのが気に食わないのだ。

「そうだ! 確かに黒卵内だと顔も分かりづらいし、探索者が死んでも証拠がないと全て事故として処理されるからな。だがお前は絶対何処かで又人を殺すはずだ! そこを撮影して、警察に突き出してやる!」

 霜を指差し直は宣言する。

「撮影されると分かって、殺しをする人はいない」

「……しまったー!」

 霜の指摘に頭を抱える直である。

「あははははは! 確かにその通りだね、ぷ、あはははは!」

「ぐぬぬぬぬ!」

 直を指差し将が大笑いする姿に、直は言い返してやりたいが出来ず、睨んで唸るばかりである。

「抑止効果はあると思うよ?」

 姫が二人が喧嘩をしないように宥める。

「お! そうだ抑止効果だ! 防犯だ! 姫良い事言うな!」

「あう」

 直は新たな理由を得て気が大きくなり、姫の背を叩いた。

「いや、自分で気が付かないで、どうする」

 思わず突っ込む霜である。 


「暫くは俺が先頭、間に水無瀬、武野原、最後尾将で」

「ちょっと待った! なんであたし達も一緒に行かないといけないんだ!」

 気を引き締めた霜が陣形を説明したところで直が声を上げる、将も声には出していないが不満そうである。

「では俺達の後を追跡しながら、かつ周囲に気を配る事が水無瀬に出来ると?」

「ぐ!」

 霜の言葉に直が詰まるもしかたがなかった。意識を霜に集中していると害獣に襲われ、かといって周囲に気を配っていると霜を見失ってしまう、いまはまだスライムだから良いものの、奥に進むにつれ種類も数も多く出てくるのだ。

「こんな奴放っておいて――」

「そういうこと言わない」

 霜は将の言葉を遮り、ちょっとした戒め代わりにデコピン一発。

「だって……」

 おデコを押さえ頬を膨らます将に霜は言い聞かせるように話す。

「気に食わないのはわかる、でも探索中は出来るだけ助け合って行くのが最良」

「け! お前が言うのかよ」

「直!」

 悪態をつく直を姫は咎めるが、霜は気にしないと直に視線を合わせる。

「悪事を撮るならかまわない、けど安全に戻るために協力して欲しい」

「そうですよ、皆で一緒に行きましょう」

 じっと見詰める霜と姫の二人に抵抗する直はしばらくの沈黙したが、諦めたように嘆息する。

「死んだら元も子もないからな、だけど前線に出るつもりは無いからな」

「かまわない」

 直は渋々了承する。霜も今回は自身と水練を鍛えるために入ったので、身を守るためだけでも良かったりする。

 沈黙が続く中で順調に進むと視線の先に、白い円と幾何学模様が地面に描かれていた。白い円に躊躇することなく全員入っていき、乗ったことを確認しスイッチを押すと無音で白い円部分のみ下がていった。

「分かっていると思うけど、進めば数が増えるから気をつけて」

「うん」

「はい」

「ふん」

 昇降機内で霜の忠告に頷く将と姫、そして直は不機嫌にこたえる。

 二階に到着後しばらく進むと同じくスライムが居た、しかし今度は五機と増えていた。近づいた水練は先ほどと同じように針で貫き一機始末するが、今度は周囲の四機が一斉に襲い掛かる、だが球体になり素早く後退したのち、素早く立方体になると最も近いスライムに突き刺した。

「攻防戦は周りに散るから楽」

「探索となると集中砲火受けるからね」

 話しながらも戦闘を行う霜だったが、視界の隅に入った直の様子がおかしかった。

「直?」

 身体を震わせる直の様子に姫が心配しながら声をかけていた。

「あんな程度で梃子摺ってどうするんだよ!」

 顔をあげ、やおら叫ぶ直が指を差す。先にはスライム二機と奮闘している水練である、その周囲に残骸があり既に四機ほど始末している。

「いつもこんな感じ」

 指示を出しながらも答える霜の視線は水練へと向けている、残り二機とはいえ戦闘中なのだ。

「いつもなのか!? ああもう! もっとこう、一気に蹴散らせるようにしたらどうだ!」

 イライラと直は髪をかき回す、元が鳥の巣みたいなので余り変わらなかったりする。

「蹴散らす、ね」

 顎に手をやる霜の足元には、既に全て仕留めた水練が待機していた。

「見ていろ! 次はあたしがやる!」

 先行しだす直に驚きながら霜と将は付いていく。しばらく進むとそこには六機ほどスライムが集まっている。

「丁度いいな、行け!」

 直が指示を出すと猪の姿のとおり猛火は猛然と走りだした。その速度はかなり速く、スライムの塊に突進すると一撃で三機、通り過ぎた後戻る際に残りを始末した。

「ふふん、どうよ」

 胸を張る直と戻ってきた猛火の立ち姿も凄いだろ? という雰囲気がある。

「獣機にも得意不得意があるよね」

 冷めた視線を向ける将であった。

「ああん? お前に言ってねえよ!」

「なに?」

「……!」

「……!」

 将と直はお互いに睨みあう。

「そこまで、いまは探索中だ無駄な危険を増やさない」

「そうですよ、協力しましょう、ね?」

 霜が手を叩き、二人の意識を自分に向けて忠告し姫も同意する。

 二人は勢い良く顔を背け同じ位置へ戻った。

「たしかに時間は掛かるけど、確実に仕留めることが出来るから安全で、しかもこのやり方が合っている。自然にこんな感じに成長したというのもあるけど……」

「ふん」

 顔を合わせない直だが、とりあえず反応は返るので無視はしていないのだろう。

「ほらほら、機嫌直して直」

「むー、何だか姫は妙にあいつらの肩持つな」

「ええ!? そんなつもりは無いよー」

 姫は心外とばかりに手を振る。その時霜が立ち止まった。視線の先には大きな蟷螂型の害獣が目を光らせている。

「どうする? 僕が出ようか?」

「一機ならいける、周囲からスライムが襲ってくるかもしれない、気をつけて」

 頷く一同を確認した霜が水練に指示を出す。

(既に見つかっている、真正面から行くか)

 即座に攻撃できるよう、立方体のまま水練は真正面から近づく。

(こっちの射程距離が長い)

 蟷螂が一歩踏み出した瞬間に水練が針を伸ばす、しかし小さく火花が散るのみでほぼ無傷であった。

「やっぱりか」

 そこそこ成長もしているので貫けると思ったが無理であった。最大射程での攻撃のため威力が下がったのもあるだろう、だがそのことに霜は分かっていたため、表情はかげることは無かった。

 全ての足を使い距離を詰める蟷螂に合わせ、針を再度伸ばした。目標は足の関節部である。

 今度は深々と突き刺さり放電が起きた。足を負傷し蟷螂がフラつくが、残りの脚を使いさらに近づいてくる。水練は徐々に後退しながらも次々に関節を攻めた。

「すごいねー」

「比較的脆い関節部分を狙っているな」

 感嘆の声を上げる姫に直は同意していた。

「高い精度で攻撃できる、水練ならではの攻撃方法だよね」

 水練と霜が褒められ、将は自分の事のように嬉しそうである。

「威力が弱いからな、強固な装甲に覆われた核を直接狙えない」

 指示を送る霜はいまだ手こずることに、悔く思っているのだった。

 足の関節をすべて潰し、歩けない蟷螂の複眼を貫くと大きく震えたあと停止し、関節を始めとした接続部分が次々離れていく。

 獣機も害獣も一定以上の破損を招くと身体が維持できず、バラバラに分解されていくのだ。その際核も分解してしまうがまれに残ることもある。

「まだまだ、もっと素早く仕留めないと」

 一息つく霜は分解された蟷螂を水練へ取り込ませていく。

 分解した害獣は獣機の成長する糧や、素材として施設へ提供することが出来る。まだ深くは無いのでありきたりの物質であるが、奥へ進むほど未知の素材や希少金属など珍しい物質が多くなっていくのだ。

 霜は水練の状態に不備が無いこと確認し歩き出す。

「ここでスライム以外が出るのは珍しい」

「そうだね、でも進めば色んな害獣が出るから途中までスライムしか出ない、というのがおかしいとも言えるけどね」

 いくつかスライムを始末していくと開けた場所にたどり着き、周囲に何も居ないのを確認すると小休止を入れた。

「暫くはこのまま進む」

「了解、途中から僕が先頭に出るね」

 霜と将が軽く打ち合わせをして進むのだった。

 

 確実に仕留めていく霜と水練だが、一機にかかる時間が長くなっていく、そうなると自然に破損率が増えていく。

「そろそろ交代するよ」

「頼む」

 蟻型の害獣を仕留めたあと、水練が球体になり素早く後退する。そこを狙い蜘蛛型が襲い掛かるが、連なる金属製の尾に粉砕され弾き飛ばされた。

「よーし! 竜牙やるよー!」

 複数まとめて相手をする竜牙は将の指示のもと、太く長い尾を振り強靭な顎で噛み砕き、盛大に暴れていく。たまに引っかかれたりするが、表面に傷が付くぐらいでほぼ損傷はなかった。

「わ! 凄いです」

「おー気分爽快だな」

「水練、お疲れ様」

 将と竜牙の奮闘振りに女性二人は感嘆の声を上げ、その脇では霜は水練をやさしくなでていた。それを聞きながら将と竜牙はあっと間に仕留めるのであった。

「竜牙、よくやった」

 将は笑みを浮かべながら頭をなで、竜牙も気持ちよさそうにしていた。

「どんどん行くよ!」

 害獣を仕留める速度が上がり、軽快に奥へと進むのであった。

「相変わらず竜牙と将は強い、俺達ももっと早く仕留められるようにならないとな」

 霜に同意したのか、前半分持ち上げ上下に振る水練である。

「こんなやつで出来るのか?」

 直は馬鹿にした視線を向ける。

「が、頑張れば出来ますよ」

 両手を握り姫はフォローするが、自信なさげな声であった。

「スライム以外の害獣仕留められるまで成長した。時間がかかるけど無理じゃない、それに奥を進む探索者にスライム使っている人も居る」

「ふん」

 当然のように受け止め、向上を目指す霜の態度に負けた気分なのか直は思わず顔を背けてた。

「また昇降機を見つけたけど、どうする?」

 探索の丁度良い区切りなのだろう、将が振り返り霜達に意見を聞く、

「損傷は?」

「殆ど無いよ、もっと行けるけど帰りを考えるとそろそろ戻ったほうが良いかな?」

 予定外の二人を将は見る。

「帰りは私たちがやりますので進んでは?」

 視線を受けた姫は申しでるが霜は首を振った。

「戻ろう」

「あたし達の実力疑っているのか?」

 不満から直の目つきが鋭くなる。

「間違いなく俺より強いのはわかるけど、攻防戦で入った時間が遅かったから予想以上に時間も掛かっている。戻る時のかかる時間も考えると戻ると判断した」

「もうこんな時間なんですね」

 姫の表示装置の時間は結構な時間をさしていた。黒卵に入った時間を考えると結構長居した事になる。

「君達の力を疑っていない、証明になるか分からないけど帰りは君達に任せようと思っている」

「そうだね、それに黒卵に入って何もしないことほど不毛なことはないね」

 霜の意見に将は頷く。

「わかりました! 頑張ります!」

 守られている状況に申し訳なかったのか、姫は握りこぶしを作る。

「チッ」

 不満げな直もここで嫌だといえば、自分は弱いと言っているようなものだと気付いたのだろう、仕方なく了承するのであった。


「ふー、お疲れ様―」

 暗い室内である黒卵からでた将は開放感から身体を伸ばす。戻りは飛燕と猛火、二機の連携でスムーズであった。猛火が突撃し止めを翼の端から刃を出した飛燕が切り裂く、時には飛燕がかく乱、誘導し、まとめた所を猛火が仕留める、互いの隙を埋める息のあった連携であった。

「帰りは思ったより早かったな、換金してくる」

「僕も行くよ」

「あ、私も行きます」

「ふん、お前が行くならあたしも行く、そこで何をするか分からないからな」

 霜達は施設に入るり、一旦別れて換金しに行った。

 霜は一番奥にある四角い枠の前に立ち、学生証を差し込む、そして枠の中に水練は次々と銅やアルミを吐き出した。先ほどの探索で取り込んだ害獣の残骸である。

「何?」

「ふん」

 霜が視線を感じ顔を横に向けると、そこには直の姿があった。同じように猛火が吐き出しており、それは多種多様な金属片である。

「お前そんな安い素材でいいのか? 攻防戦の分もあるだろう?」

 水練が吐き出している素材をみて直が疑問を口にした。

「攻防戦の分は、全部吸収させた」

「ええ!? 全部!? 金いらないのか!?」

 眼を見開く直に霜は頷く。

「出す時は必要最低限しか出さない」

「必要最低限って獣機用電池の分か?」

「それと生活雑貨」

 霜が言い終わるとほぼ同時に、水練も吐き終わり換金終了する。

「……」

「……」

 互いに話題が見つからず沈黙する中で猛火が吐いている音がする。

「何でいかないんだ?」

「あとで大きな声で追いかけるのだろう? 大声で追いかけられる俺も恥ずかしい、だから待っている」

「恥ずかしいってなんだよ!」

「そんな感じで叫ばれると視線が集まる」

 言われ直は周りに視線をやると、何事かと此方を見ている人たちと眼が合う。

「だから?」

「だからって、なんとも思わないのか?」

 思わないのだろう直は首を傾げるだけである。そんな様子を見る霜は小さなため息を吐くのだった。

「全く知らない奴の視線なんていちいち気にしていられないな!」

 直は胸を張る姿を見て、こりゃ駄目だと肩をすくめる霜であった。


 ベッドで横になっている霜が居るのは学生寮の自室である。

 水練を枕代わりにして物思いにふける。

(今日はまた一段と疲れた)

 思い起こすのは朝に出会った八重歯の少女だ。

(殺しをした……か……)

 思い出した霜は若干青くなる。察したのか水練がゆっくりと上下に霜の頭を揺らし慰める、礼も込めて霜は優しく水練を撫でた。

(明日も来るのか、あいつ)

 女子二人と別れる際、直はまた来ることを大きな声で予告したのだ。

(逃げるなよ、か……ん? 食堂で待てばいいのか? それとも教室で待っていればいいのか?)

 ふと疑問が浮き上がり首を傾げる。

(逃げると全力で探しまわるのだろうな)

 霜の頭の中に、大声を上げながら学園内を走り回る直の姿が浮かんだ。

(いままであんなにも激しい性格の奴にはあったことが無いな)

 散々直に言われてきた霜であったが表情は楽しそうである。そのことに本人は全く気が付いていない。

(明日も騒がしい一日になりそう……でも少し、楽しそうではあるかな……)


「どうする?」

「どうしようね?」

 霜と将は悪役のごとく机を挟み唸っていた。直がくるまでに逃げるか、此処で待つかと相談しているのだ。

「早く決めないと来るよ」

「わかっている、けど……」

 逃げれば確実に追いかけてくる、しかも大声つきで。

「僕は無視すればいいと思うけどね」

 将は煮え切らない霜の態度にため息をつく。

「うん?」

「なんだろ?」

 霜と将は声を上げる、何処からか廊下を走る音が聞こえてきたのだ。

 盛大に扉が開かれると同時に女子生徒が顔を突っ込んできた。

「どこだ!?」

 直であった。教室を見回し、霜と眼が合うと他クラスにも関わらず平然と入っていく。

「ふふん、よく逃げ無かったな」

「逃げると大声で学校中探しまわるだろ」

 既に周囲から注目されているが、まだ教室内なので幾分ましであった。

「迷惑だよね」

 将はため息と共に吐き捨てる。

「は! 悪者に遠慮なんざしねえよ」

 直は肩をすくめて霜を見据えた。

「悪者だって? だれが?」

 将は剣呑な視線を向ける。

「霜だよ」

 直が指を差した瞬間、椅子を倒しながら将は立ち上がった。

「いい加減にしなよ! 勘違いだって言っているよね!」

「いいや! 絶対こいつだ!」

「二人とも落ち着け」

 かなり険悪な雰囲気になった二人を見て、やばいと思った霜は強引に間に身体を入れ中断させる。なんとなく予想は付いていたので止めること出来て少しホッとしていた。そのまま無理やり直を少し遠ざけ、将を座らせる。

「俺は気にしていない、俺の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、もう少し穏便に行こう、それと水無瀬も昨日も言ったが悪者扱いはかまわない、だけど周りに迷惑かかるから落ち着いてくれ」

「チッ……」

 将の肩に手を置いたまま懇願する霜の姿に、少し冷静になったのか直は渋々ながら了承する。

「はぁぁぁぁぁ……分かったよ、そろそろ食堂いこうか」

 将が諦めた声で促し立ち上がった。

 三人で教室を出て行こうとしたが、廊下を出てすぐに将が立ち止まる。

「どうした?」

「いや、姫さんが……」

 将の言葉に霜は首をかしげ廊下に出た。

「直、速い、ですよ」

「……大丈夫か?」

 心配そうに直は声をかける。廊下で息を荒くして、壁に片手を突いている姫の姿があった。

「だ、大丈夫です」

 息を整えながら姫は答えた。

「そういえば水無瀬達のクラス何処?」

 霜がふと思い問いかける。

「二十だけど?」

「「二十!?」」

 霜と将が驚くもの無理は無かった。国内に一つしかない学校で、探索者を目指す学生を一括で受け持つ故に、巨大になった稲葉学園である。霜達が居る一クラスと直達の二十クラスではかなり遠い、一クラスと二十クラスの中には全く顔を合わさない者も居るぐらいである。

「そこから、全力疾走?」

「当然」

 来た時から平然としている直に、呆れを通り越して霜は感心する。その傍で将は姫をねぎらっていた。

「少し休憩していこうか?」

「す、すみません」

 成長真っ盛りの学生が大挙して食堂に押し寄せていた。巨大さゆえに食堂は二ヵ所に別れて設置されており、学園の両端に分かれているため近いほうへ人は流れていく、丁度中間あたりはどちらへ行くかはまちまちであったがほぼ半分に別れるが多い、それでも生徒が多いため混んでいた。食堂に入って直ぐの場所に食券の販売機が設置され、その列が後ろへ続いる。

「そういえば昨日何処にいたんだ? ここで待ち構えていたけど来なかっただろ」

 直は昨日のことを思い出していた。授業が終わり、全速力で霜達のクラスから近い食堂へ着て待ち構えていたのだが、結局霜達は来なかったのであった。

「外で食った」

「いつもそうなんですか?」

 簡潔に述べる霜の答えに姫は首を傾げる。学食のほうが同じ値段でも量が多くまた旨いと評判なので外食はかなり少ないのである。

「違うよ、直さんが待ち構えていると予想して外で食べようって事になったの」

「なん……だと……!」

 自分の行動が予測されたことに驚愕を禁じえないようすの直である。

「会った時から猪突猛進な感じだった、だから先回りしているかと……」

「その通りだったみたいだけどね」

 言われたとおりだった直は悔しげに両手両膝を付くしか出来なかった。


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