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恋愛時差



好き。

好きなものも嫌いなものも、世界に溢れている。

嫌いなものは全て排除できたらいいのに。なんて思うのはあたしだけ?

それは無理かもしれないけれど、好きなものはそばにおくことはできるでしょ。

あたしは好きな人のそばにいつもいるタイプ。好きになったら一直線。周りがわかるくらい好き好きオーラを出す。

最近恋愛なんてしてなかったからどうすればいいかわからない。ちょっと怖くもある。大した恋愛経験なんてしなかったしね。

そんな不安も過ったけど、あたしはそんな不安より浮かれるので忙しかった。

恋する相手が相手なので。

ただ。

そばにいるだけでよかったので満足なんで。

もしも彼に恋人が出来たならおもいっきり嫉妬しようとか。

平凡に想像して。

今日も好きな人のそばにいる。


「狐月さん、狐月さん」


 あたしは楽しげに彼を呼ぶ。

狐月さんの部屋に寝そべりながら、自分の部屋より快適に寛いでいた。

呼ばれた狐月さんは優しく微笑むわけでもなく、パソコンと向き合った身体をあたしに向ける。


「どうしたの?」

「どこか出掛けません?ちょっと退屈です」

「そうか…。どこに行きたい?」


楽しげにニコニコと笑っているのに、狐月さんはツッコミもせず期待に答えてくれた。


「狐月さんの知ってるところはどうですか?地元だった東京とか!七春高校は東京ですよね?」

「…………うん。爽助が話したみたいだね」

「はい。狐月さんが番長だってことを聞きました」

「…そう」


あたしは喜んで飛び起きる。

狐月さんはお喋りな友人を思い浮かべて苦い顔をうっすらとしたが、諦めたらしく立ち上がった。


「東京!」


あたしははしゃいで一足先に部屋を出る。


「七春高校周辺でいいの?特に貴女が楽しめるようなものはないと思うけど」

「いいです。狐月さんの楽しんだ場所を案内してください」


部屋の鍵を閉めてから追い掛けてきた狐月さんが不安げに言うから笑って答える。

実のところ狐月さんと一緒ならどこにいっても構わないんだけどね。

 駅で起こる連続殺人事件の犯人が未だに逮捕されていない為、各駅に武装警察が見回りをしている。

そんな警察を人々は不安や恐怖を抱きつつ、駅を行き交う。

事件が進展したニュースは流れない。

狐月組の情報掲示板も大して新しい情報はなかった。

あの二人組は大人しくしてるみたいだ。


「あ、そうだ。狐月さんの高校時代のこと聞かせてください」


電車に乗って肩を並べて座る。

他の乗客も、殺人鬼に襲われるなんてちっとも思ってない。平和ボケで危機感が鈍っているせいだ。

あたしもその一人だけどね。

どうせ血塗れ電車は起こらない。

同じことを繰り返すとは到底思えない。

殺人をして快楽を得ているようには見えない少女だった。

駅で不良を殺したあとでも。

平然で、冷静沈着だった。

刃物で首を切る以外の共通は電車に乗っていたことだが、それはたまたまだと思う。

血塗れ電車。ふざけたようで大真面目な命名、レッドトレイン。

車内全員が切りつけられ、電車は停車した。電車は停車するだけでちょっとした騒ぎになる。

電車じゃなくバスならば?家ならば?店ならば?公園ならば?

他の場所ならば死者は少数で、普段通り他人事のように人々はニュースを見るだろう。

被害者は運が悪かっただけ。

たまたま彼女と同じ電車に乗ってしまった不幸とぶつかっただけ。たまたま彼女が殺戮を車内で始めてしまっただけ。

電車じゃなければ別の人間が殺戮され、もっと少人数の人間が殺戮されてた。

人数には拘っていない。場所にだって。

でも同じことはしないだろう。

だからこそ、平気であたしは電車に乗れる。


「高校……?爽助に聞いたんじゃないの?」

「喧嘩してたり、モテてたり…それしか聞いてません」

「うん。喧嘩ばかりで大して面白い話はないよ」

「面白いかどうかは聞いてみなきゃわかりませんよ!教えてください」


埼玉から東京まで。まだ時間があるのだから。


「自分の話をするのは苦手なんだ……どれを話せばいいか、わからない…。爽助ならスラスラ話すけど、僕はお喋り上手じゃないから」


狐月さんは珍しくあたしの期待に応えず、俯いて困った顔をした。

狐月組のことはスラスラと話してくれたのに。…色々省いてた気もするけど。


「じゃあ狐月さんが番長になったきっかけを教えてください」

「きっかけ…は喧嘩を買ったことかな。爽助達との帰り道でぶつかった不良と喧嘩になった。それが隣の高校の番長でさ…隣の高校の不良達と喧嘩の日々が始まって、七春高校の数少ない不良達が集まって……いつの間にか僕が番長に」


失笑しないように口を固く閉ざす。

不良に見えない狐月さんの喧嘩ライフの始まりを想像して笑いそうになる。

コメディみたい。

いつの間にかって…。気付こうよ。


「隣の高校と犬猿の仲に?」

「そうなる」

「地元に行ったら危険ですか?」

「…多分、平気。地元での仕返しはほとんどない。機嫌が悪ければその元番長にタイマンを申し込まれる。貴女に危害を加えるような卑怯者じゃないから心配ない」

「ふぅん。そうなんですか。不良の中には色々いますよね、卑怯の奴とかゲスの奴とか。女にも手を出すとか、最低ですよね」

「名前を覚えている不良はほとんど喧嘩好きだったから、卑怯な手を使う者はいなかった。身内に紛れ込むけど」

「狐月さんの弱点は身内に甘いことだと爽助さんが言ってましたよ」

「…そう、かな?」

「仲間の仕返しをしてたんでしょ?狐月さん」

「……貴女が言うならそれが僕の弱点」


弱点を最終的に認めた狐月さん。

…つまらないな。あだ名で呼んでくれない。


「高校で一番楽しかった思い出は?」

「……爽助達と遊んだことは大抵楽しかった」

「そうですかぁ、爽助さんいじめるの楽しいですものね」

「…爽助をいじめて遊んでたわけじゃないけど…」

「嫌ですねぇ、わかってますよ。はは」


狐月さんに己の過去を語らせるのは無理だとわかりました。

こうゆう話は黙ってても爽助さんが話してくれるだろうから彼に聞こう。

お目当ての駅についたので電車を降りる。

二人組の若い女の子達が「無事生還!」とはしゃぎながら降りるのを視界に入れながら狐月さんに何処に行くかを聞いた。


「お腹空いているなら、僕が美味しいと思うイタリアンの店に行こうと思うんだけど」

「イタリアンですか?いくいくです!」


二人組の若い女の子達に負けないぐらい狐月さんの袖を摘まんではしゃいだ。


「狐月組のカラーって紅色ですよね」

「うん。大抵いつも身に付けれるようにストラップにしてるらしい」


狐月組のボスは紅色カラーを身に付けてないようだ。

周りを見回して紅色のストラップをつけている人間を探した。パッと見ただけじゃわからない。

狐月組かもしれないし、狐月組じゃないかもしれない。

あたしも一応狐月組に入ったことだし、紅色カラーのストラップをつけよう。

…そうだ。どうせなら狐月さんと御揃いにしよう。

どんなのにしようかな。

 一人でニヤニヤしてたら隣を歩いていた狐月さんが足を止めた。

彼の見ている方を見てみれば、複数のギャル系お姉さん達。

勿論、そんなお姉さん方に目を奪われたわけじゃない。

狐月さんが向けていたのは、そのギャル系お姉さん達に囲まれた一人の少年だった。

学生服の童顔美少年。背はあたしくらい。学生鞄と野球バットケースを肩にかけた少年は、なんとも可愛い。

学生服に童顔だってのがなんとも母性本能を擽る。ショタコンではないが、あたしも可愛くて遊びに誘いたいと思う。周りのお姉さん達なら尚更だろう。

そもそもあんな美少年を見掛けておいてスルーなんて出来ない。

逆ナンに抵抗がなければの話。

美少年君は逆ナンされているようだ。

美少年君はかなり迷惑そうで、顔をしかめて誘いを断っている。

それが逆にギャル系お姉さん達のツボにハマってしつこく誘っていた。

そんな彼をただ見ていれば、狐月さんがそこで歩み寄る。


「なたく」

「あ、先輩!」

「行こう」


ギャル系お姉さん達を掻き分け、少年の肩を掴みその中から引き抜いた。

どうやら二人は知り合いみたいだ。

ギャル系お姉さんと目を合わせず、狐月さんはあたしに眼を向けた。あたしは直ぐにぴったりと狐月さんについて歩く。


「なに、あれ」

「一緒にいる女、ちんちくりんじゃない」

「チョー、ブサイクだし」

「…………」


悪口が聴こえる聴こえる。

両手に花状態なのだからまぁ仕方ないんだけど。

美少年に美青年と歩くちんちくりんです。はい。

すると、くるり。

狐月さんが後ろへ方向転換した。一体どうしたのかと首を傾げれば、狐月さんはギャル系お姉さん達の前に戻った。


「ぞらは貴女方より可愛いです。撤回してぞらに謝ってください」

「こ、狐月さんっ!」


何を言い出すと思えば、そんなことか。狐月さんの腕を引っ張り、戸惑ったギャル系お姉さん達から引き離す。


「いいですから!」

「…でも…」

「ほらっ、行きましょう!」


トラブルにならないよう素早く撤収。

ぞらと呼んでくれたのは、最高に嬉しかったけどね。

 必然的についてきた美少年とイタリアンの店に入り、同じ席に座った。


「初めまして。早坂先輩の後輩です、奈乃宮なたくと申します」

「初めまして、舞中よぞらです」


礼儀正しく自分から名乗った美少年こと奈乃宮なたく君に軽く会釈して名乗り返す。


「七春高校の後輩さんですか?…歳、離れてそうですが…」

「たまたま先輩が学校に遊びに来たときに知り合ったんですよ」


奈乃宮なたく君はなんとも素っ気なく答えながらメニューを見ている。

一応高校生みたいだ。多分、高一かな?


「助けていただきありがとうございます、先輩」

「礼はいいよ、いつものことだし」


ぺこっと頭を下げてなたく君は狐月さんに礼を言った。

美少年と美青年の後輩先輩のテンションじゃない。二人ともテンション低い。つうかクールすぎ。


「ぞら、何食べるか決めた?」

「…ガーリックチキンにします、美味しいですか?」


にやぁと顔が綻ぶ。

クールでも別に構わないですよ!


「……舞中さんは先輩の恋人ですか?」


メニューからあたしに観察するような眼を向けたなたく君が聞いてきた。


「ひみ」

「違うよ。そんなんじゃない」

「つ……」


言い終わる前に否定された。

うむ、まあいいか。後輩に曖昧にしちゃだめよね。

なたく君は怪訝な顔をしたが、メニューに目を戻した。


「すみません。お二人とも決めました?」

「うん。食べましょうか」


店員さんに注文をして料理を待つ。


「なたく君でいいかな?敬語使わなくていいから。君は野球部?」

「…いえ。帰宅部。これはただ持ち歩いてるだけ。地元で先輩とデート?」

「うん!暇潰しに狐月さんの地元を案内してもらってるの。君は?今日は休みだよね?」

「今まで漫画喫茶にいて、寝過ごしたんだ。先輩に朝飯おごってもらえてラッキーです」

「気にしなくていい。漫画喫茶に通ってるの?」

「まぁ、ちょっとした暇潰しに。家で兄貴がピリピリしてるので居心地悪いんですよ」

「じゃあ一緒に暇潰しする?」


早速敬語を止めてくれたなたく君はあたしと狐月さんと向き合い会話をした。

それでもニコリともしないんだけど。


「お邪魔でしょ、デートなら」

「そんなことないよ。ねっ、狐月さん?」

「ぞらがそうしたいなら」

「狐月さんとは何処かで遊ぶの?」

「特には……どちらかと言えば会う度に逆ナンから助けられてファミレスでくっちゃべったり、先輩が喧嘩してるのを見掛けて巻き込まれたりしてるだけ」

「……仲良しではないんだね」


町中で偶然会っているだけじゃないか。

というか君は頻繁に逆ナンに遭うのかよ。


「そんなことない、先輩とは仲良しですよね?先輩」

「うん、仲良しだと思う」

「全然仲良しテンションじゃないんだけど…」


ニコリともしないお二人。

まぁ、仲がいいことにしよう。


「喧嘩してるのをみたってことは…狐月さんが番長だってことは?」

「知ってる。有名だから。今でも学校では伝説みたいに皆が話してる」

「ふぅん、じゃあ狐月組は?」

「狐月組…?」


首を傾げたなたく君の様子からして狐月組の事は知らないみたいだ。


「ああ、なんでもない。伝説みたいって、どんな風に言われてるの?」


あたしは身を乗り出して訊いた。


「不良じゃない生徒も引き連れて抗争したこととか、東京一最強の番長だとか、一人で縄辺尾(なわへび)学校の不良を潰したとか、関東は制覇したとか」

「……なたく」


なたく君はすんなり答えたが狐月さんが嫌だったらしく名前を呼んで制止させる。


「縄辺尾高校って?」

「…不良が多い高校」


なたく君が黙ってしまったので狐月さんを見上げて本人に訊いた。


「もう廃校になった」

「廃校!?見てみたい!てか入りたい!」

「………」

「………」


パッと目を輝かせたら二人から沈黙が返ってきた。

あれ?だめ?


「わからない…残ってるかどうか」

「残ってても不良の溜まり場になってるんじゃないですか?」

「……関東は制覇したんですか?」

「ううん。それはない」


どうしよう。

このテンションに合わせるべきなのかな。狐月さん一人ならともかく、なたく君と間に挟まれると困る。

話題を探して店内を見回す。

落ち着いた雰囲気のお店。中々いい。

これでお気に入りのメニューが出来れば通い詰めてしまいそう。

そこに料理が運ばれた。二人はパスタ。少し遅れてあたしのチキンが置かれた。

いただきますとそれぞれフォークを持ち、食べ始める。ナイフで一口サイズに切り、口に運ぶ。ガーリックに味付けされたジューシーなチキンが美味だ。


「んー!美味しいです!」

「よかった」

「んふー、美味ぃ。行き付けの店にしちゃおっ」


ニコニコと笑みを溢してまたパクリと食べる。うへへっ。美味しいなぁ。

そんなあたしの顔をなたく君が凝視していることに気付く。

視線が合えばなたく君は逸らしてパスタを食べた。


「二人は何処で知り合いになったんですか?」

「目を合わせてまともに口を交わしたのはあたしが誘拐された工場の中だよ。狐月さんが助けるべくバイクで飛び込んできたんだ」

「……………」


さらりと答えてやれば、冗談?と疑いの眼をなたく君に向けられたのでにんまりと笑顔を貼り付けて親指を立てて見せる。


「先輩は卒業しても変わらないみたいっすね」


全てを悟ったような美少年君はそう洩らしてフォークでパスタを絡めとった。

狐月さんのことをよくご存知のようだ。うん、一応仲良しみたいだね。

誘拐が狐月さんに原因があると解釈するとは、よっぽどその手を使われるみたい。タイマンじゃあ勝てないからよってたかって潰そうっていう手段。

狐月さんが強すぎて全て返り討ちみたいだけど。


「なたく君は普通の生徒?」

「ええ、ぼくはいたって普通の高校生」


その質問に初めて笑みで答えた。

何処か可笑しかったみたいな笑み。

そんな笑みに見とれつつ疑問に思う。


「先輩は不良の番長でありながら文句ない成績で卒業したんですよね?」

「頭いい不良は不良って言わないとあたしは思う」

「でも現に早坂先輩は不良の番長だったけど」

「番長だったけど下についてたのは不良よりも普通の生徒だったんでしょ?学校生徒のボスっしょ、言い換えれば」

「…いや、主に喧嘩を仕切ってたならやっぱり番長だろ」

「やっぱり番長なんですか?狐月さん」

「………さぁ?」


当の本人が首を傾げてしまった。

まぁ、番長と周りに呼ばれてしまったら番長なんだろう。

一種のイジメみたいだけど。

多数決の世の中だもん。

でもちょっと反論したくなる。

不良の番長にしては、聞く話では狐月さんは半端だ。そりゃ喧嘩を仕切っていたらしいが、あくまで喧嘩は売られた喧嘩や仲間の仕返しばかり。

それに不良だけじゃなく学校の生徒が狐月さんを組織のボスのように慕っていた。

狐月さんのカリスマ性。

人を惹き寄せて集めてしまう魅力。

すごい人なんだ。


「なたく君が目撃した狐月さんの武勇伝を教えて」

「ぼくが目撃した武勇伝…?有名人みたいに女子に囲まれたこと?」

「…………お二人方はモテモテですもんねぇ」

「えっ?…ゴメンナサイ?」


あたしが聞きたかったのはモテ武勇伝じゃなかったんだけど。

狐月さんは高校時代、アイドルのように女子生徒に囲まれていたと聞いた。

幼さある綺麗な顔立ち。

逆ナンに遭うほどのモテモテぶり。全く妬けてしまう、と隣の狐月さんをじとっと見上げる。

狐月さんは戸惑いつつ謝った。

そんな狐月さんの顔に見惚れるあたしも、逆ナンする人と変わらないかもしれないな。

そう思うと悲しくなる。

あんな出会いじゃなかったらきっと。あたしはかっこいい人を見掛けたとしか感想を持たず、すれ違うだけだっただろう。

退屈な誘拐のおかげ。


「…ぞら…?」


思いに耽ながら狐月さんを見つめていれば、あたしが黙りこくってしまったことに心配になったのか狐月さんが問う。


「あーん」


あたしは口をぱぁと開けて、狐月さんのパスタをねだった。

狐月さんのはカルボナーラ。

狐月さんはちょっと迷ってからフォークに少し絡めてあたしの口に運ぶ。

食べさせてもらえることににやけてしまうがなんとか堪えた。

パクリと口を閉じたのと同時に、狐月さんが顔を逸らす。手元まで動いてあたしの顔まで逸らされた。

口の中でカルボナーラの味を感じながら視界に入ったそれを見る。

狐月さんが眼を向けたところ。

なたく君の後ろにあるガラス窓。

その向こう側には、明らかに柄の悪いチンピラのような格好の男が数名。こちらを睨み付けていた。

食事中に見るものではない。うん。

あたし達の視線に気付いてなたく君も振り返り気付いた。サッと顔を戻して二口食べる。


「どうします?先輩」


こんな光景を見慣れているようで三口目を口に入れ、狐月さんに訊くなたく君。

あたしもカルボナーラを噛み砕いて飲み込んだ。

チンピラは狐月さんに喧嘩を売ってる。らしい。

一体どうするんだろう。

あたしは狐月さんを見てみたが、あたしの口にいれたフォークで残りのカルボナーラを平らげた。

二人とも自分の料理を食べ終えようとしたのであたしも急いで食べる。

するとチンピラの一人が窓を叩いて急かした。


「なたく、ぞらを頼む」

「え?」

「わかりました。舞中さん、あまり食べない方がいい」

「えっ?」


二人はこの状況をどうするか決めたらしいがあたしにはわからない。


「お店の人には失礼だけど、これから走るから吐くよりは食べない方がいいかと…って食べた」

「は、走る?逃亡ですか…足に自信はないんですが」

「大丈夫」


一口で食べ終えてしまったのであたしは吐くのを堪えて全力疾走をしなくちゃならないらしい。

ちょっとパニクっていれば、狐月さんがあたしの荷物を持って立ち上がった。

狐月さんが大丈夫と言うなら、大丈夫なんだろう。

あたしも席を立ちお会計を済ませ、お店を出れば忽ち囲まれた。


「腰抜け早坂てめぇおら」

「ぬけぬけと戻ってきやがって」

「どうなるかわかってんだろうなぁ?」


狐月さんより少し歳上に見えると言うより老けて見えるチンピラ風の男達が六人。

狐月さんは東京から追放されたわけじゃないから戻ってきても別にいいだろう。

単細胞め。


「……………君達、誰?」

「っざけんな!!おらあっ!」


狐月さんのその台詞が喧嘩の合図となった。狐月さんは心底わからないといった表情をしている。その顔は長くは見れなかった。

チンピラの一人が殴りかかるのとほぼ同時に、なたく君に手を引っ張られその中から抜け出す。

追手もいないが、狐月さんも来ない。

なたく君に引っ張られるがまま走る。


「ちょっ……!なたく君!狐月さんは!?」

「先輩一人なら大丈夫。アンタが怪我しないようにぼくは安全な場所に連れていく。ぼく達がいても足手まといだ」

「………君、本当に普通の学生なんだね」

「先輩が普通じゃ無さすぎなんだよ」


喧嘩に強くないらしいなたく君。そもそも喧嘩に参加しないみたいだ。

振り返ってももう角を曲がり、狐月さんがどうなったかわからない。


「本当に大丈夫?狐月さん」

「あの人の強さ知らないの?大丈夫だよ、この先の公園に───!?」


あたしを振り返って答えたなたく君は前方に人がいることに気付いて急ブレーキをかけた。間一髪ぶつからずに止まる。

少し遅れてあたしもなたく君にぶつかって止まった。

「おっと、ごめん…」となたく君に謝り、目の前に立ちはだかる人を見上げる。

これまた身体の大きなチンピラ風情の男の人がいた。

黒い髪はワックスでオールバックにされ、かけているサングラスからは睨み付ける眼差しが見える。九月でも気温が暖かいためか、派手なシャツの袖は捲られていた。その腕は見るからに喧嘩強そうな筋肉質。


「────この餓鬼か?」


眉間に皺を寄せてサングラス越しに睨むのは、あたしだった。

男の後ろにはやはり柄の悪い男が三人ほどいて、男の問いに答える。


「へい、この餓鬼っす。早坂と二人で歩いてました」


またもや狐月さんに恨みを持つ方々の出現の模様。

喧嘩売られまくりじゃないですか、狐月さん…。

寧ろ埼玉の方が平穏だった気がする。

なたく君が身体を強張らせるのがわかった。…どうしよう。


「戻ってきたと思ったら…地元で恋人の自慢か?あんにゃろ…」


少し屈みあたしの顔を覗いて言葉を吐き捨てるオールバックの人。


「おい、餓鬼。狐月の野郎は何処だ?なに違う男といちゃついてんだ、浮気か?狐月の野郎はフラれたか?ハンッ」


漸くあたしに話し掛けてきた。…視線があたしだから餓鬼はあたしのことなんだろう。

どうしよう。答えたら狐月さんに喧嘩を売る気なら言いたくはない。


「退け!七校!」

「っ!」


男の後ろにいた一人がなたく君を突き飛ばし、なたく君はコンクリートの上に転んだ。

あたしは鞄に触ろうと背中に手を回したがない。…あちゃー、狐月さんが持ってる。またもや護身用ナイフを取り出せない。

どうみても力で勝てる相手ではないし、走って逃げれる状況でもなさそうだ。


「こんにちは」


とりあえずあたしは笑顔で挨拶した。


「…………」


オールバックの人はあたしの挨拶を無視して睨み付ける。


「初めまして。あたしは舞中です。狐月さんの居場所ですか?そんなの聞いてどうするんですか?」


負けじと笑みを貼り付けて質問を返す。

がしり。やけに大きくゴツゴツした手があたしの頭を鷲掴みする。…おお、でけぇ。


「挨拶すんだよ、挨拶」

「……挨拶って言葉の挨拶ですか?それとも殴るの挨拶ですか?」

「てめぇこの餓鬼!答えねぇと痛い目見せんぶへっ!?」

「るせー」


ガン飛ばし脅しをかけた一人がオールバックの人に殴られ軽傷。彼の耳元で声を上げたのが悪かったらしい。


「狐月の野郎の態度次第だ。アイツがムカついたら殴る」

「………………。狐月さん、取り込み中なんです。また日を改めていた…たたた…」


笑顔で言ったら軽く締め付けられた。

狐月さぁんー、助けてー。


「取り込み中だぁ?なんだ、喧嘩中か、アイツ。だから二人で逃げてんだな……はぁん……」


チラリと尻をついたままあたしを心配して見上げるなたく君に目を向けてからオールバックの人が呟く。

目を細め、あたしを見つめたと思えば。


「俺ぁ、お前が嫌いだ」


………………初対面の人に嫌いって言われちゃった。


「いけすかねぇ。流石はあんにゃろうのカノジョだな」


………。

否定した方が穏便におさまりそうだが、どうも否定するのは自虐的で嫌だ。ということで否定しない。

はて。

否定しないとどうなるか?

 ────ひょいっ。

感覚的にはそんな擬音。足の裏に地面はなくなり、浮遊感に襲われる。

あたしは片腕で持ち上げられた。

持ち上げられたというか、担がれた(、、、、)

オールバックの人の広い肩が腹に食い込む。軽々と担がれてしまったあたくし。

端からみれば、絶対チンピラが少女を拉致してるようにしか見えない。

て言うかまじで拉致っしょこれ。

白昼堂々人目も憚らずの誘拐でしょう。


「おい、七校の餓鬼。狐月に伝えておけ、コバト公園前でてめぇのカノジョとお喋りして待ってるとな」


完璧な拉致だった。


「ちょ、そんな」

「しっかり伝えろ、よっ!」

「やっ、やめて!!」


担がれ誘拐されるあたしを追うため立ち上がったなたく君だったが柄の悪い男達に暴力を受ける。

あたしは声を上げて、咄嗟にオールバックの人のサングラスをとる。


「その童顔君に暴力を振るったらこの人のグラサンを壊します!!」


両手で握って突き付ける。

…なにやってんだろ、あたし。

この男達のリーダー的存在はオールバックの人だと解るが、サングラスを壊したら間違いなく怒りの矛先はあたしに向けられる。

無駄な足掻きじゃん。


「オイ…」


オールバックの人が青筋を立てた。うわ、終わったと思ったが。

彼らの視線があたしの背中の方である前方に向けられた。

気になってあたしも振り返ってみれば、一人の青年がそこに待ち構えるように仁王立ちでいた。

決してお洒落とは言えないパーカーとデニムというシンプルな格好。顔立ちも一重で平凡な顔立ちだが、目元は優しげな印象がある。

喧嘩するようなタイプには見えないがあちらこちらに絆創膏が貼られていた。


「てめぇは……不二崎(ふじさき)…!」


オールバックの人は彼を睨み付ける。それに警戒の色が確かに在った。


「不二崎って…早坂の部下っすね」

「てめぇ、やんのかあ!?」


危ない人には見えないが、救世主にも見えない。どうやら狐月さんの仲間みたいだけど。


「その子。狐月くんの恋人だって?なんでスズくんが担いでんの?」

「すっこんでやがれ!」


不二崎と呼ばれる青年は穏やかに微笑むが誰も返答せず、三人の男達が彼を囲んでリンチを始めようとした。


「やめろ!そいつに近付くんじゃねぇっ!!」


オールバックの人が叫ぶ。

見た目と反して物凄く強い人なのかと凝視する。

凝視してあたしは気付けなかった。

コンクリートとタイヤが擦れる音が響くまで、彼らに突進する車に気付かなかった。

 ドォンッ!!

軽車が四人の男をはねた。

四人の男達は轢かれた。

轢かれた。

……轢かれた。

……轢かれたぁあぁああ!?


「チッ、不二崎が車はねられ屋って呼ばれてんのを知らねーのか」


目の前で起こった交通事故に言葉が出ないでいると、オールバックの人が舌打ちした。

車に轢かれた味方に言ったようだ。

車はねられ屋!?なにその渾名!あの人はしょっちゅう車にはねられてんの!?


「いててて…」

「いってー!どこみてやがる!?」


全員吹っ飛ばされたが生存している。接触事故のようで軽傷みたいだ。急ブレーキの音が半端じゃなかったけど……。

オールバックの人は轢かれた味方なんて気にせずあたしからサングラスを奪い返し歩く。

勿論、あたしを担いだまま。

…なんだったんだろう。不二崎っていう人。救世主みたいな登場したくせに車に轢かれておじゃんって。…………………。

なたく君は慌てて追い掛けようとしたがあたしが首を振って制止させる。

一対一でもこのオールバックの人にナヨッちいなたく君が勝てるわけない。

なたく君は怒ったようにしかめてあたしを睨むように見た。怒んないでよ…。

拗ねたように口を尖らせた彼は不服そうに車に轢かれた不二崎さんに駆け寄った。



 連れて行かれたのは、公園。の前の路地だ。てっきり公園の中だと思ったのに、建物の壁で作られた空間に運ばれた。

これはまた不良の溜まり場になりそうな空間。少し薄暗い。自分達が快適に使えるよう椅子の代わりになる物などが運ばれていて、その一つに一人の青年がカップ麺を食べていた。


「あれ?鹿野達は?」

「不二崎にやられた。知るか」


あたしを降ろして青年の問いに答えるオールバックの人。

答えたのに知るかって。…ああ、やられたが知らねーって意味か。


「あーあの車に轢かれる不二崎ッスね。ほぼ毎日轢かれてるらしいッスね、もう究極の不幸体質なのか幸運体質なのかわかりませんね」


感情なく言って笑う青年に共感してしまう。

ほぼ毎日轢かれてるから轢かれ屋!?

不幸か幸運かわかりゃしない!いや、轢かれるなら不幸なんだろうけど…!


「おい、お前そこに座ってろ」

「…はい」


あたしは奥の方にある椅子に大人しく腰を下ろす。

二人の青年に逃げ道を塞がれた状態なので逃げる対策は考えなくていいみたい。


「それがあの早坂の恋人っすか?」

「初めまして。舞中です」


それと称されたが一応挨拶をする。


「イメージと違うな。おれキャバ嬢に囲まれた早坂をみたことあるんでてっきり歳上が好みでヒモになってるかと」


スルーされた。

カップ麺の人がスルーしやがった。

いい大人が二人、女子高生の自己紹介をスルーしやがった。

…いじめられてるよぉ狐月さん。


「それで誘拐してどーするんすか」

「狐月が迎えにくるのを待つ」

「シンプルっすね」

「シンプルもなにもねぇだろうが。この餓鬼を迎えに狐月がくる、それだけだ」

「失礼、穴だらけの計画と訂正します」

「あんだと!?」

「早坂が本当に迎えにくるかわかんないじゃないですか。怒って仲間を引き連れられたら仕事出来ないじゃないですか。こっちは二人っすよ?二人。それに誘拐なんて…おれ幻滅しました」


ズルズルと麺を啜ってから青年は淡々と言葉を紡ぐ。感情が欠片もこもってない。

そんな彼にオールバックの人は声を上げる。


「誘拐じゃねぇ!!拘束してねぇだろ!!」

「…あの、スズさん。強制連行なので拉致とも言います。拘束じゃなくても卑怯な手にはかわりないですね」

「てめぇなに気安く呼んでやがんだっ!?」

「だってそっちが名乗らないから…。失礼にも程がありますよ、スズさん」

「だから勝手に呼ぶんじゃねぇ!!」


勝手にスズさんと呼んだら怒られた。じゃあ名乗ってくださいよ。


「ああ、そうだ。仕事ができないことが心配ならあたしを傷付けない方がいいです。狐月さんには大切にしてもらってますので」


あたしはにっこり、カップ麺の人に笑みを向けて教える。

自分で言うのもあれだが、狐月さんはあたしを大切にしてくれる。


「………鈴樹さん。早坂の恋人なんて間違いじゃないっすか?全然合いそうにないす」


そんなあたしを数秒観察するようにみた青年はスズキと呼ぶオールバックの人に顔を向けた。


「あ?そうか?ムカつくからお似合いじゃねぇのか」

「誘拐されるキャラちゃいますよ、これ。普通青ざめるか怯えるかをするでしょ。それを助けるのが早坂らしいっていうか、見てくださいよ。この落ち着きぶり。むしろへらへらしてますよ」

「おう。そこがムカつくよな」


これ、と称してあたしを指差す青年に平然と頷く鈴樹と呼ばれるオールバックの人。

「だから嫌いだ」と付け加える。


「前に誘拐されて人質になったんですよ。狐月さんに助けられましたが。あれ?泣き喚いた方がいいですか?確かに狐月さんならそんなカノジョの方がらしいですよね。なんてったって狐月さんは卑怯から程遠いですからね!」


あたしは爽やかに笑ってやった。

カッチーンときたらしくオールバックの人はあたしの頭をまた鷲掴みにする。

あれ、遠回しにお前は卑怯だって言ったのバレちゃった?


「だから誘拐じゃねぇ!!」

「……拉致でした」

「拉致でもねぇ!!連れてきただけだ!」


…どうしよう。多少残念な人なんですけどこの人。

あたしはカップ麺の人に目を向けた。彼は悪口を言われたことを教えもせず食事を摂る。


「とりあえず数増やしときますか?」

「いらねーよ。どうせ人数引き連れても一人で出てくんだからよ」

「あの、スズキさん。気付いてますか?完全に狐月さんと喧嘩するという流れにいってます。挨拶をするだけと言いましたよね?お忘れですか?」

「友達でもねぇのに呼ぶなっ!!」

「鈴樹さん。それって早坂以外はおれに任せるってことですか?堪忍してください、仕事できなくなったらどうするんですか。この前の喧嘩で危うくクビになるとこだったんすよ」

「おや?カップ麺さんは大阪出身ですか?」

「えーカップ麺さんって…せめてかっこいい方の誘拐犯さんって呼んでよ」

「誘拐犯じゃねぇ!!」


完全に狐月さんと喧嘩する流れをなんとか止めようとしたが、彼らのペースは乱れない。

初めてかっこいい方の誘拐犯さんと会話が成り立った気がした。


「そうです。自己紹介から始めましょう。舞中よぞらです。舞中と呼んでください。お名前は?ていうか誰ですか、狐月さんとはどういったお知り合いですか?」

「何も聞いてないのか?俺のこと」

「…………はい」


記憶を探ってみても、スズキという名の人間は狐月さんの話から出てない。


「あーでも、高校時代の喧嘩友達かなにかでしょ?あたしはまだ詳しく聞いてませんので。今日は詳しく知るために連れてきてもらったんです。そしたらランチ中に絡まれちゃって」

「友達じゃねぇ!!犬猫の仲だ!」

「犬猿です、鈴樹さん」

「惜しい。犬猫も仲悪いんですけどね!」

「餓鬼になめられてます、鈴樹さん」

「とりあえず名前を教えてください」


なかなか名乗らない二人の名前を聞き出そうとして、ふと思い出す。

狐月さんも「犬猿」というワードを今日使ったということを。


「……あの、もしかしてお二方は七春高校のお隣の学校出身ですか?」

「なんだ、知ってんじゃねーか。古和手(こわて)学校の出身だ」

「……番長でしたか?」

「古和高の番長、亜鶴他鈴樹(あずたすずき)だ」

「元ですよ、卒業したんすから」


七春高校の隣の高校の名前は知らないが、隣で犬猿で番長なら彼のことだと思う。

狐月さんが番長になったきっかけの人。


「今日貴方の話を彼から聞きました」

「聞いてんじゃねーか」

「犬猿の仲だけど…あたしに危害を加えるような卑怯者ではないと」

「…………」

「…………」

「…………」


薄暗い路地に三人の沈黙が静寂を作る。


「危害は加えてねぇ!だろ!?」


古和高の元番長は声を上げて作り上げたばかりの静寂をぶち壊す。

犬猿の相手でも失望させたくないのかあたふたする。


「……………」


ここであたしは情けない表情を作ろう。


「お、おい……なんだよ、その顔は…」

「…………」

「な、なに泣きそうな顔をしてんだ…!さっきまでにまにましてたくせに!」

「…………うぅっ」


気付いた亜鶴他鈴樹さんは動揺した。

泣き出すような餓鬼じゃないと判断して誘拐したみたいだ。

女の涙は時には武器になる。


「落ち着いてください、鈴樹さん。ほら、ラーメンあげますんで」

「お、おう…?ってスープしかねぇじゃねぇかっ!!」


こっちのペースに持っていけそうだったのにまだ名前のわからない青年に邪魔された。

コントみたいなやりとりでカップ麺のスープはバシャンとコンクリートの上に溢れる。


「アンタ、嘘泣きはやめる」

「…………」


冷静な青年には嘘泣きと見抜かれた。

嘘泣きと言っても泣きそうなフリだったんだけど。


「嘘泣きだぁ!?」

「そうだ、高校時代の狐月さんを教えてください」

「あぁ!?…なに恋人のことをこそこそ探ってやがんだ」

「こそこそしてませんよ。狐月さん、自分の話をするのは苦手で、ほら口下手でしょあの人。だから他の人の方がわかりやすいんです。」

「まぁ……ペチャクチャ喋る奴ではねぇな」

「でしょ」

「なんで俺が話さなきゃなんねぇ?」

「よく喧嘩してたんでしょ?それに狐月さん来るまで暇じゃないですか」

「あん!?俺はなぁ、狐月の野郎が埼玉でなにしてっかを聞き出すためにな」


がしりと頭をまた掴まれる。

でもペースはこっちにもってけそう。

名前がわからない人は黙ってあたしを観察してるみたいだ。


「あの野郎、埼玉で何やってんだ?ああ?埼玉を制覇する気なのか?どっかの組にでもはいったか?」

「………」


何やっているかと聞かれれば、狐月組のボスをやっている。

ってそれは言っちゃ駄目か。

狐月さんが狐月組のボスという事実は秘密だし。


「さぁ?友達と平々凡々過ごしてますが…」

「本当か?」

「ええ、売られた喧嘩は蹴っ飛ばして、それなりに日常生活してますよ?あたしと」

「…………」


日常生活をしている。あたしと。

ここ重要。

嘘じゃないと判断したのか、鈴樹さんはパッとあたしから手を退けた。


「どっから聞きたい?」

「貴方と肩をぶつけたところから!」


あたしは笑顔で答える。

鈴樹さんはお人好しなのかちゃんと話してくれた。

 高校一年生の春。街中で肩をぶつけただけで始まった喧嘩。

鈴樹さんは番長という立場でその年頃気が立っていたこともあり、肩をぶつけた狐月さんに喧嘩を申し込んだ。

細身で華奢な身体の狐月さんは始め断っていたが、周りにいた友人達がヤジを飛ばし背中を押したことにより、二人の喧嘩が始まった。

 …狐月さんは友達運が悪いのだろうか。少し思った。番長に絡まれた友達の背中を押すって……爽助さんぽいな。

当時、狐月さんは喧嘩慣れしていなかったが鈴樹さんがたまたま不調でその時は負けたそうだ。

 …不調は言い訳だろう。


「ペコペコ謝ってたくせにアイツのパンチは強烈だった…」

「ええ、あれは覚えてます。早坂が番長になっちゃった歴史的瞬間ですよね」

「るせーハゲ」

「オールバックにしてるとデコからハゲますよ」

「!?」

「学生服ですか?髪型は?身長は?」

「質問攻めすんじゃねぇえっ!!」


んー。なんか慣れてきた。


「……いいなぁ。あたしも高校時代の狐月さんと出会いたかった」


ポツリと独り言で漏らす。


「あたしは語れるような高校生活…してませんから。あの人にもっと早く出会いたかった」


それを思うと、切なくなる。

あたしは無駄に十八才になってしまった。

無駄にした時間が勿体なくてしょうがない。


「舞中さんは早坂とどう出会ったの?」


シンとしてしまった空気の中、興味なさげに名前のわからない青年が問う。


「あたしが誘拐され拘束されて狐月さんがバイクで突っ込んで助けに来たときです」

「んー。意味がわからない。何故君は誘拐され、何故早坂が助けに来たの?」

「アイツのバイクが見当たらねぇと思ったら」

「あっ」


さらりと笑顔で答えれば、身を乗り出して名乗っていない青年が顔をしかめる。

そこで見付けたあの人の姿。

また助けに来たあの人。

逆光でよく見えないけど少し呼吸を乱したあの人がそこに立っていた。

あたしは迷わず、腰を上げて二人の間を通り、彼に駆け寄る。

そしてその勢いのまま、狐月さんに抱き付いた。


「……ゴメンナサイ」

「待ってました」

「…怪我は…?」

「無傷です」


身体を強張らせた狐月さんだったけど、すぐにあたしの無事を確認して安堵の息を吐く。


「預かってくれてありがとう、鈴樹、益人(ますと)。じゃあこれで」

「おい、待てゴラ」


それから鈴樹さん達に軽く頭を下げて、さっさと引き返そうとする狐月さんを鈴樹さんが引き留める。

狐月さん目当てだったのにはいそうですかと見送れないだろう。


「なに…?急いでるんだ」

「てんめぇ…!」


迷惑そうに足を止める狐月さんに鈴樹さんが拳を固めた。

しかし殴りかからない。

あたしが間にいるからだ。


「狐月さん、狐月さん、挨拶をしないと」

「挨拶?」

「久しぶりに会ったんでしょ?」

「……久しぶり、鈴樹」

「おう、久しぶり。餓鬼退けていっちょーやろうぜ」


あたしが穏便に済むようにとりもつが、鈴樹さんはどうやら殴りあいをしたいらしい。青筋を立てて笑みを向ける。


「餓鬼と呼ぶのは…やめろ」

「あ?相当その餓鬼に惚れてるみたいだな」


狐月さんが目付きを変えてきつく言う。

おや…険悪モード。

惚れてる、という言葉に否定も肯定もせず狐月さんは鈴樹さんを睨み付ける。

その様子に気を良くしたのかニヤニヤと鈴樹さんは挑発を続けた。


「ムカつく地味カップルかよ。そんな餓鬼の何処が気に入って付き合ってるか、理解できねぇな。てめえなんかを好きになるんだ、相当な変人だろ、その餓鬼はよぉ」


狐月さんの性格を考えれば、普段は挑発なんかに乗らないだろう。

だけど、あたしに関することは…。

 ひゅん、と狐月さんはあたしの前に出た。あたしが止める隙なんて、ない。

ガッ!と狐月さんの拳が鈴樹さんの頬を殴り飛ばした。

しかし、鈴樹さんは踏みとどまり、狐月さんの腹に拳を叩き込んだ。

ドスン、と聴こえた音にあたしは震え上がる。

でも狐月さんは倒れない。

殴りあいは続く。

避けて攻撃してガードして受けて。

タイマンなんて目の当たりにするのが初めてだったから、何も言えず立ち尽くした。

狐月さんが一方的に捩じ伏せるのとは違う強さを感じる。

一対一の男同士の戦いに魅せられたが、狐月さんが傷付くのは嫌で気持ち悪い。

狐月さんにマストと呼ばれたあの青年に目を向ければ、座ったまま眺めるように二人の喧嘩を見ていた。

 ドスン!

その音に目を向ければ狐月さんが蹴りを決めて、鈴樹さんの腹に決めていた。

諸に入いった強烈な蹴りに「ぐ…う…っ」とついに鈴樹さんは倒れる。


「二度と彼女を餓鬼と呼ぶな」


倒れた鈴樹さんに汗を拭いながら狐月さんは告げた。


「こ、狐月さん」

「…帰ろうか」


慌てて声をかけたら狐月さんはそういつもの調子で返す。

汗をかいた顔に髪が貼り付いててよく瞳が見えた。綺麗な瞳。

優しげに見つめてくる。

それにどきまぎしつつ、彼の肩にかかるあたしのバックからハンカチを取り出して汗を拭き取った。

その行為に身体を強張らせて、顔を赤らめる狐月さん。

笑ってしまい、小さく吹き出す。

なんだか、本当。

自分が特別な気がしてしまう。


「いちゃつくならよそでしやがれっ!!!」


起き上がって怒鳴り付ける鈴樹さんにビクッと驚いた。気を失っていなかったのか。


「あ、えっと……お世話になりました、鈴樹さんと…マストさん?」


狐月さんが言われた通り、あたしの背中に手を置いて押す。一応挨拶とあたしは二人にぺこ、と頭を下げた。

マストさんはただ鈴樹さんの隣に立って黙ってあたしを見ている。


「また負けましたね」

「るせー!黙れ!」


そんな会話をする二人。

変わらないペースだ。

路地から出ると狐月さんが口を開いた。


「高校時代の僕に会いたかった?」

「え?……ああ、さっきの話ですか」


どうやら話を途中から聞いていたらしい。

あたしの気持ちに気付いたかな?

寧ろ遅すぎると思うけど。周りから見てもあたしが好意を抱いているってわかるだろう。

どぎまぎとしつつ彼を見上げる。

浮かない顔で少し黙る狐月さん。

やがて口を開いた。


「───時間、巻き戻したい?」


とっても不思議な発言だが、彼は冗談を言わない。少しだけ難しそうな表情であたしを見下ろす。

いつも隠す前髪が退いているからよく見えた。


「時間を…巻き戻す、ですか?」

「貴方は、時間が巻き戻せるなら…望みますか?」


望む。望む、か。

あたしはクスリと笑いを漏らす。


「えぇ、巻き戻せるなら」


巻き戻せるなら、それを望む。

狐月さんはそれさえ叶えようとするのかな?

でも。

そんなこと叶えなくてもいい。

貴方に今こうして会えたのだから。

まぁ、そこまで言わないけど。

狐月さんの袖を詰まんで寄り添うだけで小さく笑う。


「……そう」


狐月さんは変わらず無表情に近い顔で先を見つめていた。


「あの……身体、大丈夫ですか?」

「大丈夫。心配ない」

「…そう、ですか…」


さらりと大丈夫だと言う狐月さん。

心配ないんだと思う。

狐月さんは高校時代からずっと喧嘩をしてきた。あたしが心配するほど弱い身体ではないのだろう。

寧ろ強くって。

腕だって見た目に反して逞しい。

狐月さんは強い人だ。

それでも、傷付くところを見るのは怖い。嫌なんだ。

あたしが痛い。あたしも痛い。

でもそれは。

多分、無駄なことなんだろう。

こんな思いなんて。

彼は違いすぎる。

本当なら、きっと。

こうやって肩を並べて歩くなんて。


至極可笑しな事なんだろう。



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