勇者と魔王の魔王軍討伐
「勇者よ。そなたに魔王軍の討伐を命じる」
「はっ! 必ずや魔王軍を打ち破ってご覧に入れます!」
王城の謁見の間で、私は力強く答えた。
ついに来た。勇者として聖剣を授かって三年。魔物退治や盗賊討伐を重ねてきたけれど、今回は国家の存亡を懸けた大仕事だ。相手は十万の魔王軍。国境に集結し、人間の国への侵攻を準備しているという。
「うむ。では、今回の旅の仲間を紹介しよう。魔王殿だ」
「…………はい?」
国王陛下が玉座の横に視線を向けた。そこには黒い衣装をまとった、二本の角を持つ男が立っていた。
「余が魔王だ。よろしく頼む、勇者よ」
「陛下! 今、魔王軍の討伐とおっしゃいましたよね!?」
「うむ。魔王軍の討伐を命じたのであって、魔王殿の討伐を命じた覚えはないぞ」
「そういう問題ですか!?」
「そういう問題だ。実は魔王殿、現在は亡命中でな。部下に国を乗っ取られたそうだ」
私は魔王を見た。魔王は重々しく頷いた。
「余は国を追われた」
「魔王なのに!?」
「魔王でも追われるときは追われる」
なんだか妙に世知辛い話だった。
◇
「つまり、四天王が反乱を起こしたんですか?」
「そうだ。余は人間との全面戦争を望んでおらぬ。国境を守り、交易を続ければ十分だと考えていた」
「魔王なのに?」
「魔王だからこそだ。戦争をすれば兵が死ぬ。民も死ぬ。国庫も空になる。征服した土地の統治も面倒だ」
「……ごもっともです」
謁見を終えた私は、王城の一室で事情を聞いていた。魔王は真面目な顔で説明を続ける。
四天王は人間国家への侵攻を主張し、反対する魔王を追放した。そして魔王の命令を偽造し、軍を掌握したという。
「魔王国では、余の命令がすべての軍令に優先する。だが、すべての兵士に直接命令するわけではない。四天王が命令を伝える仕組みを悪用したのだ」
「それなら、直接兵士たちに命令すればよかったのでは?」
「誰が裏切り者なのか分からぬ状態では危険だった。姿を現した瞬間、四天王の直属部隊に囲まれる可能性がある」
「そこで我が国に来たわけだ」
国王陛下が地図を広げた。
「魔王殿から事情を聞き、我が国の諜報部隊を貸し出した。二か月かけて国境付近の魔王軍を調べさせたのだ」
陛下は国境の砦を指さした。
「この砦の司令官は、反乱に加担しておらぬと確認できた。ただし、周囲には四天王の監視役がいる。そなたには魔王殿を送り届け、監視役を排除してもらいたい」
「その後は?」
「国境軍を取り戻し、各地の部隊を順次帰順させる。最後に四天王とその直属部隊を討伐する」
私は地図を見つめた。
「……つまり、魔王軍を討伐するために、魔王軍を味方につけるんですね?」
「そういうことだ」
陛下が満足そうに頷いた。
私は魔王に向き直る。
「分かりました。魔王様、よろしくお願いします」
「うむ。頼りにしているぞ、勇者よ」
こうして、勇者と魔王の奇妙な旅が始まった。
◇
「魔王様。もう少し目立たない格好をしてください」
「これでは駄目か?」
「角が出ています。帽子をかぶってください!」
王都を出発して三日目。私は早くも頭を抱えていた。
魔王は普通の旅をしたことがなかった。宿屋では金貨を十枚も差し出そうとするし、食堂では店員に礼を言われて驚くし、街道を歩く商人たちを珍しそうに眺めている。
「魔王国では、王が街道を歩くことなどないのでな。こうして民の暮らしを見るのも悪くない」
魔王は道端で荷車を修理している商人に近づき、巨大な荷車を片手で持ち上げた。
「これでよいか?」
「ひいいっ!?」
「魔王様! 普通の人は荷車を片手で持ち上げません!」
「そうなのか。では両手で持つべきだったか」
「そういう問題じゃありません!」
……この人、本当に国を治めていたのだろうか。
いや、王としては有能らしい。道中で魔王国の事情を尋ねると、街道の位置から軍の補給拠点まで驚くほど詳しく答えてくれた。国境の村の名前を挙げれば、主な産物まで知っている。
「よく覚えていますね」
「余の国だからな。王が自分の国を知らずに、どうやって治める?」
私は思わず笑った。
最初は魔王と旅をするなんて冗談じゃないと思った。でも、一緒に歩けば分かる。この人は悪の化身なんかじゃない。少し常識がずれていて、自分の国が大好きな王様だ。
「勇者よ。そなたは、なぜ勇者になった?」
「困っている人を助けたかったから、でしょうか」
「ならば、余と同じだな」
魔王が静かに笑った。
私は少し考え、頷いた。
「……そうかもしれませんね」
◇
国境の砦が見えたのは、出発から五日目の朝だった。
黒い城壁には魔王軍の旗が翻っている。約三千の兵士が駐屯する砦だ。司令官は魔王への忠誠を失っていないが、周囲には四天王の監視役がいる。
「魔王様。ここから先は私に任せてください」
「承知した」
私たちは商人を装って砦に近づいた。しかし、門の前で兵士に止められる。
「何者だ!」
「旅の商人です。司令官様に大切なお届け物がありまして」
「届け物?」
「はい。こちらです」
私は隣の魔王を指さした。魔王が帽子を取る。
「余が魔王である」
兵士たちが凍りついた。
次の瞬間、門の内側から怒号が響く。
「偽物だ! 捕らえろ!」
黒い鎧の男たちが飛び出してきた。四天王の直属部隊だ。
「やっぱりいましたね」
私は聖剣を抜いた。
男たちが一斉に襲いかかる。最初の一人の剣を弾き、次の一人を柄で打ち倒す。三人目が放った魔法は、聖剣の光で切り裂いた。
「ば、馬鹿な!?」
「私は勇者ですから!」
残る男たちも次々と倒した。誰一人、魔王には近づけなかった。
騒ぎを聞きつけ、白髪の将軍が現れる。
「何事だ!」
将軍は魔王を見るなり足を止めた。
「……陛下?」
「久しいな、将軍」
「ま、魔王陛下……!」
将軍が膝をついた。周囲の兵士たちがざわめく。
「本物なのか?」「陛下は極秘任務中では……?」
魔王が一歩前に出た。
「全軍、聞け! 余は魔王である!」
その声が砦に響き渡った。
「四天王は余の命令を偽造し、軍を私物化した。人間への侵攻命令は、余が下したものではない! これより四天王の命令をすべて無効とする。偽命令に従っていた者の罪は問わぬ!」
将軍が剣を抜いた。私は一瞬身構える。
しかし、将軍は剣を地面に置いた。
「魔王陛下に、忠誠を!」
兵士たちが次々と膝をつく。
「魔王陛下に忠誠を!」「陛下、ご帰還万歳!」
歓声が砦を揺らした。
魔王は静かに頷いた。
「これが、余の軍だ」
その顔には王としての誇りがあった。
◇
国境軍の奪還に成功すると、事態は一気に動き始めた。
将軍が各地の部隊に使者を送り、魔王の帰還を伝える。魔王自身も軍を率いて進軍した。
最初は三千人。次の砦で五千人、その次の軍団で一万人が帰順した。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。四天王の直属部隊が進路を塞ぎ、使者を捕らえようとすることもあった。
そういう相手は私の仕事だった。
「勇者よ。あの門を突破できるか?」
「任せてください!」
聖剣で城門の錠前を砕く。
「勇者よ。あの監視塔を無力化できるか?」
「はい!」
光の斬撃で魔法装置を破壊する。
そして魔王が兵士たちの前に立つ。
「余が魔王である。武器を収めよ」
兵士たちは次々と従った。
一般兵たちは、もともと魔王の命令に従っているつもりだった。本物の魔王が現れれば、正しい命令に従うだけでいい。
進軍を始めて十日。私たちの軍勢は六万人を超えていた。
「……魔王様。私、魔王軍を討伐するために来たんですよね?」
「そうだな」
「なのに、魔王軍が増えているんですけど」
「余の軍だからな。頼もしくなったであろう?」
魔王が満足そうに笑った。
私はため息をついた。でも、不思議と嫌な気分ではなかった。
敵だったはずの軍隊が、次々と味方になる。しかも、一般兵をほとんど傷つけずに済んでいる。
こんな戦い方があるなんて、考えたこともなかった。
「魔王様。あなたと組んで、よかったかもしれません」
「余もだ、勇者よ」
◇
魔王城に到着したとき、私たちの軍勢は八万を超えていた。
残る二万の中核は、四天王とその直属部隊だ。城壁の上から、四人の魔族がこちらを見下ろしている。
「魔王様! 今さら何をなさるおつもりか!」
中央の大男が叫んだ。
「余の国を取り戻しに来た」
「ははは! 我らの精鋭と城の防衛設備を相手に、勝てるとでも?」
魔王が私を見る。
「勇者よ。城内には民間人もいる。無差別に攻撃するわけにはいかぬ」
「分かっています。私が道を開きます」
私は聖剣を抜いた。
「こういう仕事は得意なんです!」
城門へ向かって走る。四天王の直属部隊が立ちはだかり、無数の魔法が飛んできた。
私は聖剣を振るい、光の壁で魔法を弾く。そのまま敵陣に飛び込み、兵士たちの武器を次々と弾き飛ばした。
「道を開けなさい!」
光の斬撃が敵陣を切り裂く。
城門の前に到達した私は、聖剣を振り上げた。
「せえええいっ!」
轟音とともに巨大な門が砕け散る。
その向こうには四天王が待っていた。
「……まさか、ここまで来るとはな」
「こんにちは。魔王軍の討伐に来ました」
私はにっこり笑った。
「あなた方が、今回の討伐対象ですね?」
「ふざけるな!」
四天王が一斉に魔力を解放する。凄まじい圧力が押し寄せた。
私は聖剣を構える。
「魔王様!」
「うむ!」
魔王が城門をくぐり、右手を掲げた。
「四天王よ。余が命じる。武器を捨て、降伏せよ!」
「馬鹿め! 我らが貴様の命令に従うとでも!」
「そうか。では、余の軍に命じる。反逆者を討て!」
城門の外から、八万の魔王軍が進軍を開始する。
四天王の顔色が変わった。
「なっ……!」
魔王が私を見る。
「勇者よ。先陣は任せた」
「はい!」
四天王が襲いかかってきた。
大男の斧を受け流し、魔法使いの呪文を斬り裂く。背後から迫る槍をかわし、剣士の攻撃を弾き返した。
四人同時の攻撃はさすがに手強い。
しかし、魔王が隣に立った。
「勇者よ。右の魔法使いは詠唱中に動けぬ」
「了解!」
「左の剣士は三度斬った後に隙ができる」
「分かりました!」
「中央の大男は、怒ると周囲が見えなくなる」
「それは見れば分かります!」
魔王の助言は的確だった。四天王の戦い方を知り尽くしている。
私はまず魔法使いの懐へ飛び込み、杖を叩き折った。剣士の三連撃を受け流し、隙だらけの胴に一撃を叩き込む。槍使いは魔王の魔法で動きを封じた。
残るは大男だけ。
「馬鹿な……! 我ら四天王が、こんな小娘に!」
「小娘で悪かったですね!」
大男が巨大な斧を振り下ろす。私は真正面から聖剣を合わせた。
轟音が響き、地面が砕ける。それでも私は一歩も退かなかった。
「あなた方は魔王様の命令を偽造して、戦争を始めようとしたんですよね?」
「我らには力がある! 人間など征服すればよい!」
「じゃあ、その力で私に勝ってみなさい!」
聖剣に魔力を込める。
光が爆発し、大男の斧が砕け散った。私はそのまま踏み込み、聖剣の柄で大男を打ち倒す。
四天王、全員戦闘不能。
「……終わりましたね」
「見事だ、勇者よ」
魔王が隣に立った。
城壁の外では、八万の兵士たちが武器を掲げている。
「魔王陛下、万歳!」「陛下、ご帰還万歳!」
歓声が大地を揺らした。
魔王は城を見上げ、深く息を吐いた。
「……帰ってきた」
その声は、少し震えていた。
私は微笑んだ。
「お帰りなさい、魔王様」
魔王も心から嬉しそうに笑った。
「ただいま、勇者よ」
◇
魔王城奪還から七日後。
私は王都に帰還し、国王陛下に報告した。
「勇者よ。任務、ご苦労であった」
「はっ! 魔王軍の討伐、完了いたしました!」
「魔王殿は?」
「無事に復位されました。四天王は捕縛され、直属部隊も武装解除。魔王軍は正規の指揮系統に戻っています」
「素晴らしい。魔王殿からも正式な和平条約の申し入れが届いておる」
陛下は満足そうに頷いた。
私も胸を張る。
魔王軍十万を相手にして、実際に戦ったのはほんの一部。それでも国を救い、戦争を防ぐことができた。
勇者として、これ以上の成果はないだろう。
「ところで、勇者よ。次の任務がある」
「はい!」
「魔王殿から正式な外交使節の派遣要請が届いておる。そなたを大使に任命したい」
「…………はい?」
「魔王殿が、ぜひそなたを指名したいと」
「陛下! 私は勇者ですよ!?」
「うむ。魔王軍を討伐した勇者だ」
「外交なんて専門外です!」
「魔王殿とは仲がよいのであろう?」
「……まあ、それは」
「ならば適任だな」
陛下が満足そうに頷いた。
私は頭を抱えた。
魔王軍を討伐したら、魔王国の大使になった。
……勇者って、何だったかしら。
でも、少し考えてから笑った。
あの魔王なら、きっと歓迎してくれるだろう。今度は戦争のためではなく、平和のために会いに行く。それも悪くない。
「分かりました、陛下。お引き受けします」
「うむ。頼んだぞ」
こうして私の新しい任務が決まった。
魔王軍を討伐した勇者として、今度は魔王国との友好を築くために。
……ただし、魔王様。
次に会ったときは、宿屋の料金について、もう一度しっかり教えてあげるつもりだ。




