■第6章 第3節:広げる手(中)
外の音は途切れなかった。土を掘る音、木を打つ音、短く交わされる合図の声。それらが一定のリズムで重なり、白花の薬屋の周りに一つの流れを作っている。昨日まで静かだった場所が、今ははっきりと“動いている”。
シャーロットはカウンターの内側に立ち、その流れを一度だけ見たあと、視線を手元に落とした。外で動いている人たちを見ているだけでは意味がない。自分ができることをやる。それだけだ。
「……やろうか」
小さく呟く。
クロエが答える。「何を作成しますか」
「疲れを抜くやつ」
短く答える。
クロエは一瞬だけ考える。「回復ポーションの軽量版ですか」
「うん。強くしすぎない」
今必要なのは戦うための回復じゃない。動き続けるための支えだ。体に負担をかけず、少しだけ軽くする。それだけでいい。
シャーロットは薬草を取り出す。昨日採ったものと、店にあったもの。種類は多くないが、組み合わせれば足りる。
「……これと、これ」
指先で選ぶ。
柔らかい葉。
少しだけ苦味のある茎。
水分を含む根。
クロエが確認する。「刺激、低。適合します」
「うん」
乳鉢に入れる。
ゆっくりと潰す。
力を入れすぎない。
リズムを一定に。
外の音とは別の、小さな音が店内に響く。
リナがその様子を見ている。
「……作るの?」
「うん」
シャーロットは答える。
「外の人たちに」
リナは外をちらりと見る。
人が多い。
動きが多い。
「……そんなに必要?」
「必要」
迷わず言う。
「今は、動き続ける方が大事」
リナは少しだけ考える。
完全には分からない。
でも、否定もしない。
シャーロットは手を止めない。
潰す。
混ぜる。
水を少し足す。
粘りを見て調整する。
「……クロエ、水」
「はい」
差し出される。
量は少なめ。
薄くする。
濃すぎないように。
「これくらい」
シャーロットが言う。
クロエが頷く。「適正濃度です」
完成。
だが、これで終わりではない。
「……もう一回」
同じ工程を繰り返す。
量を増やす。
一人分では足りない。
外には何人もいる。
「……多いね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「作業人員、増加中です」
「だよね」
シャーロットは軽く息を吐く。
でも、止めない。
手を動かす。
二つ、三つと作る。
少しずつ並べる。
「……これでいけるかな」
「初動としては十分です」
「うん」
シャーロットは一つ手に取る。
カップに移す。
持ちやすい形にする。
「……行ってくる」
「同行します」
クロエが動く。
二人で外に出る。
音が一気に強くなる。
作業の真ん中に入る。
木を運ぶ男たち。
土を掘る人。
指示を出す老人。
その中に、シャーロットが入る。
少しだけ目立つ。
だが、邪魔ではない。
「……これ」
近くの男に差し出す。
「疲れ、少し抜けるやつ」
男は手を止める。
カップを見る。
「薬か?」
「軽いやつ」
男は少しだけ迷う。
それから、受け取る。
一口飲む。
顔をしかめる。
「……苦いな」
「だよね」
シャーロットは少し笑う。
男はもう一口飲む。
それから、軽く肩を回す。
「……あれ」
小さく言う。
もう一度腕を動かす。
「……軽いな」
シャーロットは何も言わない。
ただ、次を差し出す。
別の人に。
「これも」
同じように渡す。
受け取る。
飲む。
反応は似ている。
「……なんだこれ」
「少し楽だ」
短い言葉。
でも、十分だった。
クロエが横で言う。「効果確認」
「うん」
シャーロットは頷く。
次々に渡していく。
無理に勧めない。
必要な人にだけ。
老人のところへ行く。
「これ」
差し出す。
老人は一瞬だけ見る。
「薬か」
「軽いやつ」
同じ説明。
老人は受け取る。
飲む。
表情は変わらない。
だが、少しだけ首を回す。
「……悪くない」
それだけ。
でも、それで十分だった。
「続けろ」
短く言う。
シャーロットは頷く。
「はい」
それ以上はない。
それでいい。
リナが店の前から見ている。
シャーロットが外で動いている。
人に渡している。
会話している。
その光景は、昨日までとは違う。
「……すごい」
小さく呟く。
ミアはまだ眠っている。
でも、その呼吸は穏やかだ。
外の音にも慣れてきている。
シャーロットは一度店に戻る。
カウンターに戻る。
「……足りないね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「追加作成が必要です」
「うん」
再び作る。
同じ手順。
同じリズム。
でも、少しだけ速く。
外の流れに合わせる。
「……これで回るかな」
「補助としては十分です」
「うん」
シャーロットはもう一度外を見る。
人が動いている。
止まらない。
その流れに、自分の作ったものが少しだけ混ざる。
それでいい。
全部を支える必要はない。
少しだけ支える。
それだけで、流れは続く。
「……いいね」
ぽつりと呟く。
クロエが答える。「はい」
リナはその様子を見ている。
「……私も、何かできる?」
小さく聞く。
シャーロットは手を止める。
少しだけ考える。
「……水、配れる?」
リナはすぐに頷く。
「できる」
「じゃあ、それ」
シャーロットは容器を指す。
「無理しないで」
「うん」
リナが立ち上がる。
まだ少し不安定。
でも、止まらない。
一歩、外に出る。
その動きは小さい。
でも――
確かに“参加”していた。
シャーロットはそれを見て、少しだけ笑う。
「……いいね」
小さく言う。
クロエが答える。「はい」
白花の薬屋の周りは、
ただの工事ではなく、
一つの流れになっていた。
そして、その中に、
シャーロットたちも、確かにいた。




