最後
三題噺もどき―ななひゃくななじゅうなな。
今日も昨日と変わらずいい天気だ。
空は晴れて、星が輝き、昨日より少しだけ太った月が浮かんでいる。
冬の空気は冷たくて苦手だが、澄んでいて空が見やすいのは利点かもしれない。
「……、」
しかし今日は昨日とは違って、風が吹いている。
勢いよく耳元を通り過ぎる風が、ただでさえない体温を奪っていく。
どれだけ厚着をしても、体の端々は冷えていくのだから何ともままならない。
「……」
それに今日は、気分もあまり良くない。
まぁ、決めたのは自分だし、自分一人ではないだけ、マシなのだが、
寒いと言うだけで体が強張りそうになるのに、これから、それ以上に強張るかもしれない相手に会うのだ。
いい気分ではないだろう。
「……」
「……」
隣を歩く青年は、いつもの小柄な姿ではなく。
私よりほんの少しだけ身長が高く、いつになく剣呑な空気を漂わせている、私の従者だ。
昨日、会いに行くと言った後辺りから、あからさまに機嫌が悪い。
それでも、こうしてついて来てくれているあたり、会うこと自体は許しているのだろう。それも無理なら、そもそも手紙を渡しに見せたりもしない。
「……」
「……」
あぁ、しかし。
面倒になってきたな。
不安とかではない。けして。
ただ単に、寒いなか、アレにわざわざ会う必要があるだろうかという……。
だが、会わなければそれはそれで面倒なことになりそうな気もしている。
「っ――さむい」
「……ちょ、歩きづらいです」
面倒なような、不安なような、どうしたらいいのかまだ迷っているような……そんな気を紛らわすように、ビュウと強く風が吹く。
寒さをしのげるように、腕に絡みつく。寒さとは全く相容れそうにもないな。
「……ぁ」
「……、」
『……』
そうこうしているうちに、いつの間にか公園にたどり着いていた。
見ないうちに、枯葉を散らし、ほとんど丸裸になったような、桜の木の下に。
真っ白な塊が、ぼうっと立っていた。
こちらに横顔を向けるような姿勢で、視線だけを、寄越した。
「……」
『……相変わらず仲のよろしいようで』
なぜ白―と思ったが、まぁ、アレなりの何かがあるのだろう。知ったことではない。
この時代に似つかわしくない、真っ白な燕尾服のような服を着て、嫌味なくらいに整った顔に、何を考えているのか分からない表情を浮かべている。……そんな事分かりたくもないが。
「…、……、」
身体が、思うように動かなくなった。
あの人の前に1人立たされているような気分になった。幼い頃の記憶が次々と蘇ってきた。アレの、あの発言が嘘だと言うことはもうわかっているのに、あの人は関係ないのに。
『……できれば二人で話したいのだけど』
「―――「……その願いがまかり通るとでも思っているんですか」
なぜか、身体が動かない私の代わりに、応えたのはいつもより低い声だった。
怒気をはらんだようなそんな声は、あまり聞くことのない音だ。
おかげで、隣にコイツが居ることを思い出した。
『……まぁ、いいや』
「……それで、話、とは」
少し、声が震えていただろうか。
気のせいだと思いたい。
『話という程の物でもないのだけどね』
「……」
ならばもう、会う必要もないのでは。
コイツの考えていることは、本当に分からない。
『……ちょっとした挨拶というか、』
そういいながら、くるりと、身体ごとこちらを見た。
バチ―と音でもしたかのように視線が合い、無意識に指先に力が入った。
何を言われる、何をされる、もしや、本当にあの人と。
『……もう、君とは会えなくなった』
「………………は」
まるで一世一代の告白でもするように、そんなことを口にした。
歓迎すべきことだろう。過去の傷に塩を塗られるようなことをされて、生活に支障をきたすようにまでなって、その後にも後遺症が残ったような日々を送っていて。
その上に、手紙をよこして来て、話がしたいと言われ。
―何を言われるのかと思えば、もう会えないと。
『……君の母上の名前を使ったのがよくなかったらしい』
「……」
隣に立つ青年は、ただ静かに見つめていた。
口も挟まず、気配も殺して、ただ何かがあれば動けるように。
『……本当にあの後は、自宅に帰ったのだけどね』
それはきっと、あの夜、私が招かれたアレの屋敷だろう。
収集品をところ狭しと並べ、ただひたすらに美しいモノを並べられた、コレの欲望の塊のようなあの屋敷だろう。
『私の本体というのが、基本的にそこにいるものでね』
だから、気配がしないのか。
外にこうして出歩いているのが、仮の姿である以上、気づかないのも納得がいく。そこにモノがないのだから、気づきようがない。空気があることに気付けるのはどれくらいいる。
『……まぁ、それで、帰ったらそれがなくなっていたんだよ』
―屋敷丸ごとね。
はて、あの人はそんなに過激な人だっただろうか。
自分の名前を使われた程度で、その相手の屋敷をつぶしたり、ましてや手をかけるようなことをするような人だっただろうか。
『……あぁ、君の母上ではなくて、その母上に取り入っている他の連中のせいだよ。その中に過去に収集した物の御身内がいたみたいでね』
つまりは。
自業自得という事か。
「……自業自得ですね」
ぼそりと小さく呟いた声は、怒りの中にほんの少しの憐れみが見えた。
何か思うところがあったんだろうか。
『……まぁ、だからそのうちこの僕も消える、というかまぁ、今日が限界かな』
そう言われて、よく見れば。
端の方は、もう既に消えかかっていた。
その、本体というのが消えた―殺された後にもこうして残れるのは、それが当たり前の生き方をしていたおかげだろう。それでも限界がある。皮がなければ。
それで最後に会いに来るのが、私なのは意味が分からないが。
『……まぁ、コレで気にせず、散歩にも行けるだろう?』
そう少し馬鹿にするように笑いながら言って、次の瞬間には。
その白い塊は消え去っていた。
今日というか、この夜が限界だったのだろう。
これで、私が来なければどうするつもりだったんだろう。
―最後に見たのが、あの三日月のような歪んだ唇ではなかったのは、幸いか。
「……」
なにも、惜しむことでもない。
散々私にしてきたことを思えば、清々したと思ってもいいくらいだ。
むしろ思っている。清々した、これ以上、縛られずにすんで。
「……」
それなのに。
どうして。
何かが抜け落ちたような気持ちになるのだろう。
裏切られてばかりだったのに。
「……」
「……ご主人」
声に引き上げられ、意識が戻される。
冷たい風が吹き、耳の端を駆け抜けていく。
指先はほとんど白くなり、ただでさえない血の気が失せていく。
「……帰りましょう」
「……あぁ、うん」
この気持ちは、明日になれば忘れているだろうか。
アレの居なくなったことは、私に何を残したんだろうか。
私は、何を失ったんだろうか。
隣を歩くコイツは、何を思っているんだろうか。
「……」
ただ冷たい風の吹く中。
さっきより少しだけ、くっついて帰った。
「……ココアでも飲みますか」
「……甘めで頼む」
「……マシュマロ多めに入れておきますね」
「それは入れすぎだ」
お題:不安・桜・挨拶




