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エピローグ

 数日後。

 大学の小さな研究室。集音路渉は机に向かい、パソコンの画面に表示された調査報告書の最終確認をしていた。


【国の天然記念物「千年桜」(枝垂桜)調査報告書】


調査対象:千年桜(枝垂桜・国指定天然記念物)

調査期間:×年4月7日~×年4月9日

調査者:集音路 渉(東京環境生態大学 植物生態学研究室)


1.調査概要

本調査は国の天然記念物に指定される枝垂桜「千年桜」の樹勢回復及び開花状況を確認することを目的に実施した。


2.調査結果

長年の樹勢衰退が観察されていたが、適切な管理により開花に至ったことを確認した。

満開を迎えた数時間後に倒壊が発生。内部の空洞化や老朽化が主因と推定される。

急激な変化の具体的な要因は未解明である。


3.考察

倒壊は樹木の生理的老化に起因すると考えられるが、観察された現象の一部は植物の生命活動だけでは説明しきれない。

文化的・精神的側面が桜の生命力に影響を与えている可能性がある。

また調査滞在中に体験した夢に関する現象は、今後の研究課題として注目に値する。


4.今後の方針

引き続き経過観察を行い、科学的及び文化的側面双方からの検証を進める。



 報告書の文章を打ち終えた渉は、深いため息をついた。


 あの千年桜に対して、科学的に正確な言葉だけを書き連ねている自分。だが心の中では、違う想いがくすぶっていた。


 ――恋を、したのかもしれない。


 その感情は、誰にも言えず、書けるはずもなくて、ただ胸の奥で静かに咲き、そして散っていった。


 春の桜のように、儚くも鮮やかな記憶。


 *


 報告書を柳教授へ送信し終えた直後、研究室の電話が静かに鳴った。


「はい、集音路です」


 受話器の向こうからは、穏やかで落ち着いた柳教授の声が響く。


「集音路くん、お疲れさまです。報告書、読ませてもらいました。桜の花が無事に咲いたと聞いて、私も嬉しく思っています。……倒れてしまったのは、本当に残念でしたね」


 その声は、静かで事務的なようでいて、どこか柔らかな響きを含んでいた。

 言葉の端々から、渉の気持ちに寄り添おうとする思いが感じ取れる。


「君の誠実さが、あの桜の心をほどいたのかもしれません。……やはり、君は花と縁が深い人のようです」


 少しだけ冗談めいた口調。けれど、決して軽くはない声だった。


『さて、次の調査依頼ですが……じつは既に届いています。植物たちは君を呼ぶのが実に早いですね』


 そう言って、教授は微かに笑った。

 

『準備が整ったら、声をかけてください。資料を送りますよ』


 窓の外、研究室の前の桜の木は葉桜に変わっていた。

 渉は静かに頷き、答えた。


「ありがとうございます。教授、資料をお待ちしています」


 そう口にしたとき、机の隅に置かれた桜の押し花が、ふわりと風に揺れた。

 春は過ぎていく。けれど、次の春も、きっとどこかで待っている。


 ——新しい旅の始まりとともに。

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