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集音路渉 花守り日誌【毎金更新中】  作者: つきや
第五章 古都紅葉

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第六話 雪幻桃の声(前編)

 ◆颯汰視点◆古都大学・学食


 観測庭での実験後、昼食会場である学食は、交流会の参加者で賑わっていた。

 トレーを持って空席を探す颯汰の袖を、軽くつまむ人がいた。


「颯汰くん、ここ空いてるよ」


 振り返ると、水鏡瑠奈がそっと席を指していた。控えめな仕草だけど、どこか期待を含んだ目をしている。


「ありがとう、水鏡さん」


 二人で向かい合って座ると、瑠奈はスープをかき混ぜながら口を開いた。


「渉……さんは? それにフウちゃん……」


 先輩やフウがいないのを見て、少し寂しそうに瑠奈が尋ねてきた。


「あ、先輩は……午前中の観測で少し疲れちゃったみたいで……部屋で休んでる。フウはいつも先輩に引っ付いてるから……」


「そっか……」


 颯汰の頭には、あの観測器の針を振り切った異常な光景が焼き付いていた。渉の背後に見えた、あの人智を超えたような圧倒的な古都紅葉の巨木の気配と風。


「正直、あの測定……びっくりしたね」


「……そうだね。うちの解析ソフトも、あんな波形処理したことないわ。やっぱり植物や精霊さんと心を通わせる人って、違うんやなぁ……」


 瑠奈が伏せ目がちに呟いたかと思うと、急に顔を上げ、颯汰をじっと見つめた。


「だからね、颯汰くん! うち、決めたん。あんな凄いものを見た後やからこそ……自分にできることを、ちゃんとやりたいって!」


「え……」


 いきなりすぎてびっくりした。箸で摘み上げた唐揚げがストンと皿へ落ちた。


「だから……颯汰くん。ひとつ、聞きたいことあんねんけど……ええかな?」


 瑠奈がテーブル越しに身を乗り出し、周りに聞かれないよう小声で続けた。


「雪幻桃って、精霊の加護がある木やろ? うちは精霊さんの声は聞こえへんけど、その『励起ノイズ』なら抽出できるかもしれんと思って」


「ノイズ?」


「うん。霊素が活性化したときに出る微弱な振動。それを圧縮して可聴化領域まで引き上げれば、声に近い音として変換できるかもしれへん」


 彼女の目は、学術的な好奇心と、切実な願いで潤んでいた。


「うち、人の役に立つ研究がしたいねん。渉さんやフウちゃんみたいに『特別』やなくても……せめて、あの子たちの言葉に近づきたくて。でも、まだ一度も成功してへんの」


(……雪幻桃の声、俺も聞いてみたい。花守りだって言われたのに、何も聞こえない俺でも……)


 颯汰は、自分の掌を見つめた。瑠奈の情熱が、自分の中の燻っていた何かに火をつけた気がした。


「……やってみたい。俺も、声を聞いてみたい」


 そう答えた瞬間、瑠奈の瞳にさらに小さな光が宿った。


「よかった……! ありがとう、颯汰くん。じゃあ、このあと研究室で」


 昼のざわめきの中で、二人の約束は静かに成立した。


 *


 ◆颯汰視点◆研究室


 瑠奈が準備した装置は、寺角教授に許可をもらって一時的に貸し出された――『波動凝縮式スペクトラ』。 金属光沢のある筐体きょうたいは、見ただけで専門家しか触ってはいけない代物だと分かる。蓋を開いた瞬間、その内部構造に俺は思わず息を呑んだ。


 中央には、多面体にカットされた特殊なレンズが据えられていた。


「これが……レンズ?」


「そう。高密度霊素収束レンズ(エーテル・コンデンサ)。ガラスでも水晶でもない、霊的に活性化した特殊な樹脂でできてるんよ。これで雪幻桃の周囲にある霊素エーテルを一点に吸い寄せるんやわ」


 瑠奈の説明を聞きながら、その周囲を囲むパネルを見やる。そこには青白い光を帯びた、精密な波形解析モニターが並んでいた。集束された霊素の振動を、そのまま数値と波形に変換する心臓部だ。


 底部の重厚なコイルからは、机を伝って微細な振動が響いてくる。装置全体が、まるで生き物のように深い呼吸を繰り返している。測定対象と周波数を合わせ、内なる加護波動プロテクト・ウェーブを引き出すための予熱状態だという。


(これ……ただの理科機材じゃない。精霊の……『魂の声』を物理的に拾い上げるための機械なんだ……)


「こんな本格的なの、俺たちが使ってもいいの……?」


「観測庭のメイン機材と同じロジックで動く最新型やからね。雪幻桃を載せても、理論上は過負荷にはならへんはず……」


 理論上、という言葉にわずかな引っかかりを覚えたが、瑠奈は迷いのない手つきで雪幻桃の枝をホルダーに固定していく。


 枝をセットした瞬間、中央のレンズがわずかに角度を変えた。目に見えない何かが――雪幻桃が持つ白銀の霊素が、じわりと装置の焦点へ吸い寄せられていく。


(……大丈夫だよな。ただ波形を測るだけだ。危険なんてない……よな?)


 胸の奥に、得体の知れないざわつきがあった。だけど瑠奈の瞳は、純粋な知的好奇心と「何かに近づきたい」という切実な願いで潤んでいた。それに――颯汰だって、知りたかった。自分に流れる血が何なのか、そして雪幻桃がどんな『声』を秘めているのか。


「始めよう、水鏡さん」


 瑠奈が深く頷き、コンソールを指で叩く。


「了解。周波数フェーズ固定。共鳴開始レゾナンス・スタート!」


 瑠奈がメインスイッチを押し込んだ。装置のレンズが眩い青に発光し、腹に響くような低周波が研究室の空気を震わせる。


 雪幻桃の加護波動が、装置の焦点へと――激しく集束し始めた。

次回は来週金曜更新です!

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