表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
集音路渉 花守り日誌【毎金更新中】  作者: つきや
第五章 古都紅葉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/46

第四話 四人の食卓と古都の夜気

ほのぼの、若者4人の話。

 山間の夜が深まる中、渉たちは旅館風の宿舎の食堂に通された。

 窓の外には、紅く染まった紅葉が夜風に揺れ、山霧のような夜気がかすかに漂う。


 テーブルを囲むのは、渉・颯汰・楓の三人、向かいに瑠奈とフウという並びだった。

 小さな木のテーブルには、湯気の立つ小鉢や炊きたての白米、香り高い味噌汁が並び、山間の静けさが食事の時間を包む。


「やっぱり京都の味付けは、優しいですね」


 静かに渉が呟いた。

 湯気の立つ茶碗を手に取り、白米を一口運ぶ。

 味噌汁には薄く刻んだ九条ねぎ、白味噌のまろやかな香り。

 口の中に、京都らしいやわらかな塩気が広がる。


「確かに。関東のとは塩加減が違うよなぁ」


 隣で相槌を打った颯太は、丼の中の湯葉とご飯を、まるで腹ぺこの中学生のように勢いよくかき込んでいる。


「颯汰、そんなんで本当に味、わかってんの?」


 その目の前でフウは、小皿の京あられを、興味深そうに指先でつまんでいた。

 ぱりり、と小さな音がして、彼女は嬉しそうに目を細める。

 

「……音が、優しい。ここの空気に似ているね」

 

 彼女は食べるというより、音や香りの一瞬を味わうように、あられをそっと掌で転がした。

 その様子をフウの隣に座った瑠奈が頬を染めて眺めている。


「フウちゃん、可愛い……」


 瑠奈が柔らかな笑みを浮かべて小鉢の煮物を取り分ける。

 その仕草のひとつひとつに丁寧さがあり、渉は視線を引かれた。

 気づくと颯汰も同じようにして眺めている。


 一方で楓は何も言わず、ただ黙々と箸を進めていた。

 表情も変えず、周囲の会話にも興味を示さない。味わっているのかどうかも分からないほど静かに、ご飯を口に運び、湯気の立つ味噌汁を淡々とすすっている。

 その無関心さが、逆に場の穏やかさを引き締めているようだった。


 窓の外では、紅葉した葉が夜風に揺れ、障子の影がゆらりと食堂に落ちていた。

 ひとひらの葉が、ことり、と窓を叩く。

 渉はその音に一瞬だけ目を上げ、息をひそめるように視線を伏せた。

 そのわずかな仕草を、誰も気づかない。


「――そういえば、渉さんって、植物の声、聞けるんですか?」


 湯気の向こうで、瑠奈が顔を上気させたまま首を傾げた。


 その言葉に、渉の手が止まった。箸先から、ほのかに湯気が揺れる。

 

「……そう言われたことは、あります」


 ゆっくりと、微笑みを浮かべながら答える。その微笑みは、いつの間にか身につけてしまった「これ以上踏み込ませないための盾」でもあった。

 本当は、聞こえるのだ。 植物たちの震えも、色づく葉の溜息も。けれど、それをそのまま口にして「嘘つき」だと笑われた幼い日の記憶が、今も胸の奥で冷たいおりのように沈んでいる。

 

「へぇ……やっぱり本当なんですね。どんな声なんです? 高いとか、低いとか……」

 

 瑠奈は興味津々で、身を乗り出すように尋ねる。

 渉が言葉を探そうとしたその瞬間、低い声が割り込んだ。

 

「――水鏡、うるさい」


 音が止む。 楓の箸が、膳をぴしゃりと叩いた。 瑠奈が肩をすくめる。楓は渉を見ようともせず、ただ静かに茶碗を見つめていた。その横顔からは何の感情も読めない。けれど、彼が発した遮断の空気のおかげで、渉を追い詰めていた視線の束がふっと霧散した。


「えっ……あ、ごめんなさい」

 

 瑠奈が肩をすくめる。

 渉は小さく首を振り、柔らかく微笑んだ。

 

「いえ、大丈夫です。……植物の声は、きっと誰でも聞こうとすれば届くものですよ。風の音とか、葉のざわめきとか。そんなかたちのない声を感じるだけです」


 できるだけ穏やかに話したつもりだった。それでも場には緊張感が漂っていた。

 

 瑠奈が「……素敵ですね」とだけ呟いて、湯飲みを両手で包んだ。

 フウが、ぱりり、と京あられを指先で弾き、小さく笑う。

 

「ほんとだ。優しい音」


 その言葉に渉は目を細め、外の気配へ意識を向ける。

 夜風が枝を揺らし、ざわり、と音を立てた。

 それは確かに、誰かが自分に応えるような声だった。


 一方、楓は黙って渉を見ていた。

 何かを言いかけて、唇を動かし――けれど結局、言葉を飲み込む。

 ただ一度だけ、小さく息を吐いた。

 

 窓の外の紅葉が、静かに散っていった。

 その沈黙の奥に、彼の心のざわめきが隠れている気がした。


「そーいえば、ここって露天風呂あるんすよね?」


 箸を置いた颯汰が、ぱっと顔を上げた。

 その声に、渉と瑠奈も思わず顔を向ける。

 張りつめていた空気が、少しだけゆるんだ。


「昼間に中庭の奥から湯気が出ててるの見て、あれ絶対いい湯だって思った」

 

 颯汰が身を乗り出して言うと、フウが目を輝かせた。


「外のお風呂? 空を見ながら入れるの?」

 

「そうそう。夜は星がすごいらしい。山の中だから光も少ないし」

 

「わぁ……音も、澄んでるだろうね」


 フウがうっとりと呟くと、瑠奈が微笑んだ。

 

「女湯のほう、行ってみようかな。月が綺麗に見えそやわ」

 

「お、じゃあ男湯も決定だな」

 

 颯汰の軽口に、渉は小さく笑った。

 

「……そうだね。せっかくだし、疲れも取っておこうか」


 湯気のように漂っていた静寂が、いつの間にか笑い声へと変わっていく。

 外では風が枝を揺らし、紅葉がさらりと音を立てた。

 それはまるで、山もまた、静かに笑っているようだった。


 *


 山間の夜は早い。

 湯けむりが月明かりを受けて、白くゆらめいていた。


 男湯の暖簾をくぐると、渉、颯汰、そしてなぜか楓の三人が並んでいた。

 岩風呂からは、かすかに檜の香りが漂う。


「……楓さんも、入るんだ」

 

 颯汰が思わず小声で呟いた。

 楓はすでに湯の中、背を湯気に溶かしながら黙々と肩まで浸かっていた。


「颯汰、気にしすぎ」

 

 渉が苦笑しながら湯に入る。

 

「こういう時も楓さんは静かみたいだね」

 

「いや、静かすぎるんっすよ……」


 颯汰は頭をかきながら湯に沈む。

 しゅわっと音を立てるように、緊張もほどけていった。


 湯けむりの向こう、岩の上に腰かけて、フウが湯気を覗き込んでいた。

 

「お湯の音、きれい……。中、あったかい?」

 

「フウ、お前、入ったら溶けるぞ」


「え、溶けるの!?」

 

 颯汰が意地悪っぽく言うのを渉が吹き出した。

 

「……たぶん、湯気になって帰るね」

 

「帰る!?」

 

 外でフウが本気で驚いているらしく、その声に湯面が小さく揺れた。

 瑠奈の笑い声が女湯の方から響いてくる。

 

「フウちゃん、こっちおいでやす。湯気の外なら大丈夫やわ。……見て、お月さんがお湯に溶けてるみたいで、めっちゃ綺麗どすえ!」

 

「ほんと? わぁ……音が響くね!」


 その声を聞きながら、颯汰は肩まで湯に沈み、「……やっぱ、女子組は楽しそうだなぁ」とぼやいた。

 

「お前も十分楽しんでるだろ」

 

 楓の低い声が返る。

 

「うわっ、喋った!」

 

 颯汰の叫びに、湯気の中で渉の笑いが弾けた。月が湯けむりに滲み、笑い声が山の静けさに溶けていく。

 その穏やかな空気の中で、渉の耳に空気が揺らぐような声が届いた。

 

 ――『……やっと……あえた……しゅうおんじ……わたる……』

 

「え?」


 その声は、耳というより、胸の奥にある「何か」に直接揺さぶるような重みがあった。 渉は思わず背筋を伸ばし、夜の闇が深い山の方角へ目を向けた。


 湯船に落ちた紅葉を拾おうとして、楓の指先と触れる。 楓の肌は、湯の温度以上に熱を帯びている気がした。彼は無表情のまま、渉の指に触れた葉をそっとてのひらですくい上げ、じっと見つめる。一瞬、彼の赤い瞳が、夜の闇の中で一際深く、熱く燃えた気がした。

次回は来週金曜日更新!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ