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集音路渉 花守り日誌【毎金更新中】  作者: つきや
第五章 古都紅葉

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第二話 寺角研究室

 古都大学のキャンパスを抜け、渉たちは奥まった研究棟へと足を進めた。


 寺角研究室の扉を開くと、いくつもの観測装置が赤や青の光を散らし、空気中の粒子の流れを立体的に映し出している。

 紅葉の枝を模したセンサーが静かに揺れ、室内には植物の気配が淡く満ちていた。


 渉がその精密な構造を覗きこんでいると、ひとりの女学生がぱっと顔を上げた。


「柳研究室の方ですね! お待ちしてました!」


 肩までの黒髪に眼鏡をかけた女性――水鏡瑠奈(みかがみ るな)

 植物の成長波と精霊干渉の研究者で、寺角研の中心と寺角教授が紹介した。


 瑠奈が資料を渡すと、教授はやわらかく笑った。


「助かるわぁ、瑠奈くん。発表準備も頼むわな」


 その隣には淡い茶髪の青年がタブレットを操作している。紹介された名は――。


月魄楓(つきしろ かえで)くん。紅葉精霊の活動周期を観測しとる研究員ですわ」


 青年は静かに一礼した。


「……月魄です。お会いできて光栄です」


 低い声はどこか風のように柔らかく、渉の胸にわずかに波紋を落とした。 楓が頭を上げた瞬間、その赤い瞳が渉をまっすぐに射抜く。まるで、長い間、探し続けていた「何か」をようやく見つけたかのような、深く、熱を帯びた眼差し。 渉はその視線の強さに、心臓が跳ねるのを感じた。


 と、その時。


「そういえば、紹介がまだでしたな。柳研究室からはもう一人――いや、一柱、来てもらってますな」


 寺角教授の言葉に渉は息を飲む。

 颯汰の肩にちょこんと乗っていたフウが、ぴょこん、と顔を出した。


「紹介します。この子はフウ。精霊ですわ」


 研究室が一瞬静止し、瑠奈が口をぱくぱくさせる。


「……え、せ、精霊って……本物の……? 羽あって光ってティンカーベル的な……あの?」


「ふふ、見たら早いですわ。瑠奈くん、腰抜かさんといてな」


 寺角が笑う中、フウが元気よく手を上げた。


「はじめまして! フウですっ! よろしくお願いします!」


 その瞬間、観測装置の紅葉がふわりと揺れ、光粒が舞い上がった。

 室内にひと筋の風が走る。


「――っ、うそ……セレス=アルフィリア!? なんで……なんでその姿なん!?」


 瑠奈の叫びには、驚きと興奮が同時に弾けていた。

 全研究生の視線がフウへ集中。翡翠色のドレス、銀髪、透き通る羽衣――颯汰の限定フィギュア。


 彼女の視線はフウの姿を食い入るように追い、次の瞬間ハッと颯汰の方へ向く。


「颯汰くん! これ、あの限定イベント版の……! え、なんで本物みたいに動いてはるの!?」 


 颯汰は顔を真っ赤にしながら、必死で手を振った。


「えっ限定版、知ってるの? ガチじゃん。あ、そうじゃなくて、ち、違うから! これは……あの……枝分け身ってやつで……! その……フウが勝手に入っただけで、俺がやらせたんじゃないから!」


「枝分け身……? え、え、ちょっと待って、設定的にどういう――」


 混乱する瑠奈に、フウがぱっと笑みを向けた。


「えへへ、瑠奈さん、この姿ね、借りてるだけ! でも可愛いから気に入ってるんだ~! 精霊使いの姫、セレス=アルフィリア……どすえぇ☆」


「やめろーーーっ!! ファンの前でそれするなー」


「……はぁぁぁ……尊すぎる……公式もびっくりの生命感やわ……。うち、今日が命日かもしれん……」 


 すでに瑠奈の膝が震えているように見えた。それに周囲の学生たちもぽかんと口を開けている中で、颯汰だけが「頼むから落ち着いてくれ……!」と小声で叫んでいた。


 楓だけは静かにセンサーの紅葉に触れながら、ぽつりと呟いた。


「……姿形はただの器。本体とは別物、か。しかし……その瞳に宿る魂の灯は、偽りようがないな」


 風に紛れるようなその言葉は、渉にも聞こえるか聞こえないかの微かな響きだった。


 颯汰は額を押さえてため息をついていた。

 そんなことはお構なしのフウは、嬉しそうに瑠奈とポーズ談義を始めていた。

 完全に研究室のマスコット状態。


 研究室は一気に明るく、賑やかになった。

 渉はその光景を眺めながら、ふっと笑みを漏らす。


 二人の教授もその様子を静かに見守りながら、話し込んでいる。


「……風が通いましたね」

 

「ええ、新しい季節の予感ですわ」

 

 柳教授の声はいつになく穏やかだった。旧友に会えた喜びからだろう。

 ただ、ふとした時、その横顔には何かを思案するような影がほんのわずかに差していた。


 窓から吹き込む風が、研究室をやわらかく撫でる。 楓がその音にふと顔を上げ、渉の方へ視線を向けた。


 一瞬だけ、瞳が触れ合う。


 楓の赤い瞳が、陽光を受けて燃えるような深緋こきあけに染まる。無表情の奥に、どこか懐かしさの残る、淡い波動。


 渉は理由のわからないざわめきを胸に感じながらも、その視線を受け止めた。なぜか、彼の指先が触れたわけでもないのに、胸の奥がじんわりと熱を帯びていた。


 それはまるで――深まる秋の気配が体に染み込んでいくような。


 *


 「――さて。そろそろ本題に入りましょか」


 和やかな空気が落ち着いた頃、寺角教授が手を叩いた。

 颯汰が大切に抱えていた木箱をそっと差し出す。


「うちの……雪幻桃の小枝です。診てもらえれば」


 寺角は慎重に箱を開け、白銀の光をわずかに帯びた小枝を取り出した。

 空気が微かに震え、フウが息をのむ。


「さすが精霊加護のある枝ですねぇ。枝葉はきめ細かく、淡く光を孕むようにしなやかだ。外見は問題なし。葉脈の色も、枝の水分量も正常や」


「寺角先生、淡く光を孕んでって……どこに光が?」


「おお、そうか瑠奈くんには、見えなかったか。これは霊素と言って、非物質的なエネルギーや。人間で言うところのオーラが近いかもしれませんなぁ」


「オーラ……」


 寺角は、枝を指先でそっと撫で、観測台の上に置いた。

 センサーの紅葉が淡く揺れ、波形データが立体投影に浮かび上がる。


「……せやけど、気になる。波形にわずかな乱れがありますわ」


「乱れ……?」


 颯汰の喉が小さく鳴る。渉も身を乗り出した。


「自然下で育った雪幻桃が出す精霊波は、もっと澄んでるもんです。これは……何かが混じってますな。悪いもんとは限らんけど、異物が混入したような濁りを感じますわ」 


 柳教授が神妙な顔つきで、タブレットを差し出す。


「寺角先生。これが私たちが東京で回収した、金城光一という男が使ったとされる、『電位操作用合金』の解析データです。我々の推測では、金城はこの合金と化学物質で、精霊の加護を人工的に模倣しようとしていた可能性があるとみています」


 寺角はデータを見て、顔色を変える。


「……これは、単なる模倣やのうて、精霊波動を『歪ませる』技術や。うちの研究が、波動の周期を観測し、安定化させることで天災や異常の予兆を捉えようとしとる裏で、金城は精霊を不安定化させる術を探っとったんやろう。まさに負の側面や」

 

 さらに細いピンセットで雪幻桃の枝の断面をすくい取り、顕微鏡の下に差し入れた。

 瑠奈と楓が装置を操作し、波形データがモニタに走る。

 画面には精霊遺伝子の共鳴パターンに、人工的な化学構造が重なっていた。

 

「毒性化合物……微量やけど、精霊構造に干渉してしもてるな」

 

 柳教授が眉を寄せる。

 寺角は首を振り、静かに言葉を継いだ。


「精霊の加護いうんは、植物の遺伝子そのものに刻まれた、精霊との『契約の履歴』あってこそ、生命のエネルギーになるんです。金城がやったんは、この『遺伝子ハードウェア』を無視して、表層の『波動ソフトウェア』だけを化学的に模倣することや」


「生命の根幹が伴わへん波動は、ただの『空っぽのエネルギー』。……守らなあきません。たとえそれが、人の都合に逆らうもんやとしても、ね」


「――それが、あなたの信念なのですね」


「ええ。精霊の血を継ぐ者として、な」

 

 彼の声には確かな信念と、わずかな痛みが混じっていた。

 その時、実験台に置かれていた雪幻桃の枝がわずかに震え、淡い光を放った。

 風がひと筋、研究室を通り抜ける。

 それはまるで、枝がその想いに応えたようだった。


 寺角は腕を組むと、ゆっくり言葉を続けた。


「現状では、雪幻桃の枝は安定しております。それでも念のために、明日はこの研究棟の主力設備――スペクトラル・ウェーブチェンバーで、精密な波動測定をしましょう。今日のこれは、ざっくり診断です」


「あ、ありがとうございます……!」


 颯汰が深く頭を下げると、教授は笑みを返した。


「任せなさい。精霊の加護も植物の声も、わしらの専門や」


 その言葉に、フウが胸を張って頷く。


「ね! 寺角さんたちなら大丈夫だよ!」


 ……と、次の瞬間にはフウは別の観測装置の上に乗り、丸いセンサーをつつき回し始めていた。


「これなに? ピカピカするやつ? 押したら光るの?」


「フウちゃん、それ触ったら――」


 瑠奈の声が届く前に。


 ピッ……ピピッピ……ピィィィー……!


 研究室中のモニタが一斉に虹色に点滅し、意味不明なエラー音が鳴り響いた。


「ひゃあ!? なんかいっぱい怒ってる!」


「そら怒るわ! フウちゃん、そこ緊急モードのスイッチやって!?」


 瑠奈が駆け寄り、渉も慌ててフウを抱き上げる。


「もう、だから触っちゃだめだって言ったのに……!」


「ごめん……光ってて……気になって……」


 フウがしゅんと小さくなり、周囲から笑いが漏れた。

 楓だけは、遠くで「……風の気まぐれだな」と小声で呟いただけだった。


 ひと騒動が収まると、教授がにこやかに宣言した。


「午後は、せっかく来てもろたんやし、キャンパス案内でもしましょか。寺角研の自慢は、観測林と精霊植物の実験温室ですわ」 


「え、行けるんですか!?」


「わぁ、行きたい! 行きたい!」


 颯汰とフウが興奮して言うと、瑠奈が得意げに胸を張る。


「任せてください! うち、案内やったら自信あります。古都大の隅から隅まで、ばっちりエスコートしますえ!」


「でもたぶん、途中でフウがまたなにかやらかすけど……」と颯汰がぼそりと呟くと、渉は思わず笑ってしまった。


 こうして、研究室は再び賑わいに包まれながら、午後の学内ツアーへと動き始めた。


 ――秋の風は確かに新しい流れを運んできていた。

次回、第三話は来週金曜日更新!


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