第十一話 金と闇の密談
いよいよ彼の正体が……?
柳研究室で渉、颯汰、柳教授が雪幻桃に含まれていた土壌サンプルを分析し、金城光一が金の精霊だと確信していた同じ夜。
◆金城光一視点◆
都心の外れにある、朽ちかけた雑居ビルの屋上。
冬の夜風は刃の如く肌を裂き、遠い街灯の明かりが、霧に溶けた星のように滲んでいた。
金城光一――いや、金の精霊コーイチは、手すりに片肘をつき、黙って夜の底を覗き込んでいた。
視線の先には、桃木農園のある方角。
燃えた木々。消えた加護。
積み上がった犠牲。それでも――鍵ではない。
「また、失敗したようだね。コーイチ」
声が落ちた瞬間、空気が波打つように歪んだ。
闇が地面から湧き上がり、ゆっくりと人の輪郭を象りはじめる。
その中心に、血のように深く赤い双眸が浮かんだ。
闇の精霊――オムブル。
「……お前か」
「そんな顔をしないでくれ。盟主様は、君の報告を愉しみにしておられる」
「報告? 笑わせるな」
コーイチは、夜気を噛み締めるように吐き捨てた。
「雪幻桃は、精霊樹の加護を再現するダミーとしては合格だ。データも揃った。だが――求める鍵ではなかった」
「偽物でも、燃えたという事実は本物だ。農園主の洗脳も成功した。君の技術で、人間が加護ある樹を破壊できると証明された。それだけで充分だろう?」
「煩い。あれは人の欲による……ただの偶然だ」
「偶然……ねえ?」
オムブルは床の影を這わせ、コーイチの足元へ絡みつかせる。
「人の傲慢で火を起こし、人の欲で嘘を重ねる。それは王が最も忌んだ愚かしさだ。面白いじゃないか。精霊も人も、どちらも滑稽で、脆い」
影は蛇のように蠢き、夜気を濁らせる。
「ところで――聞いたかい? シヴラが御神木クスノキの封印を弱めたそうだ」
コーイチの眉が、わずかに揺れた。
「……水の女、か」
「ああ。あれは奪還に等しい。盟主様はお喜びだよ。精霊界の均衡が、ついに傾きはじめたと」
風が止まった。空気が、まるで凍り付いたように沈黙する。
「お前たちの傾きが、何を呼ぶか理解しているのか」
「もちろん――王の帰還だ」
闇がざわめき、屋上はひととき、異界の呼吸で満たされた。
「私は、王の過ちから生まれた影。ゆえにその終焉を見届ける。王の罪の断片が、この身だ」
紅い双眸が細く笑う。
「なのに焦っているね、コーイチ。人間の皮に染みついた濁りが、見苦しいほどだ」
「黙れ」
「まだ人の形にしがみつくか? 王が戻れば、その肉体は塵だ。金の精霊が人を真似るなど、本来あり得ない。君は――何を守りたい?」
その一言で、コーイチの指先が震えた。
手すりの金属が爪で削られ、破片が舞い落ちる。
「お前には関係ない。俺は盲信しない。王も、お前らの狂信も」
闇が、ふっと笑う。
「盲信しない、ね。それは楽しみだ。――ところで」
紅い双眸が、すっと細まる。
「気づいているんだろう? あの小さな娘が、古種だと」
コーイチの横顔が、わずかに強張った。
「……なんのことだ」
「しらばっくれても無駄だよ、コーイチ。それに金の精霊らしくもない。シヴラはもう接触している。古種と確信しているらしいよ。もしあれが記憶樹種なら――」
オムブルは囁きながら、影の縁で笑った。
「君も理解しているはずだ。何よりも価値があると。精霊樹の全てを記憶している可能性は高い」
次の瞬間、闇は崩れ、夜風に溶けるように消えた。
赤い双眸も霧散し、屋上には静けさだけが残った。
コーイチは、焦げついた金属片を掌に握り締める。
破片はかすかに脈打ち、金色の光が鼓動のように瞬いた。
「……五つの精霊樹と、その鍵。千年桜、クスノキ。残りは三つ」
低く呟き、スマホを取り出す。
画面には、黒髪の女――朝霧結奈。
「計画を変更する。次の標的は、あの増殖した空き地で見つけたものだ……記憶樹種を最優先とする」
通話口から、笑みを含んだ声が返る。
『了解しました。金城様。ターゲットの所在地、既に確定済みです』
「なら動け」
コーイチの瞳が、満月の光を飲み込むように輝いた。
「――ここからだ。王の帰還のために。いや……俺自身のために」
夜風が破片を撫で、微かな金色の火花が散った。
次回はエピローグ。来週金曜日更新!




