第四話 颯汰の実家(前編)
この第四章は全体を通じて『颯汰視点』です。
視点が移るときは「◆」でお知らせします!
◆颯汰視点◆
東京を離れて数時間。
特急列車の車窓を流れてゆく景色は、ビル群から田畑へ、田畑から山影へと、季節の濃淡を塗り替えるように変わっていく。
座席の隣では渉先輩が静かに資料を読み、肩の上では、フィギュア姿のフウが窓ガラスに貼り付いて外を覗き込んでいた。
駅を降りると、小さなバスに揺られて山裾へ。
目的地に近づくほど、秋風は湿りを帯びる。
乾いた東京の風とは違う、土の匂いのする湿気。
――あの夜、花がざわめいた風に、似ていた。
バス停から農園までは、子供の頃から何度も歩いた道だ。
それでも、今日の足取りはやけに重い。
「ここが颯汰の生まれた場所なんだ? 緑いっぱいで、素敵じゃん」
肩の上でフウが跳ねる。
自分にとっては、ただの田舎。
けれど、そう言われると――少しだけ、胸の奥が温かくなる。
やがて、錆の浮いた鉄の門扉が見えた。
砂利道の入り口に母が立ち、こちらへ向かって手を振っている。
「颯汰! 渉さんも、よく来てくれたね。遠かったでしょ」
栗色の髪をひとつに結び、作業用エプロン。
目尻の皺は増えた気がするけれど、笑顔は昔と変わらない。
――帰ってきたんだ、と身体の奥が、なぜかほっとする。
「……ただいま」
声に自分でも少し照れが滲む。
門の脇には桃の木が並び、収穫の名残りの甘い香りが漂う。
作業場からは、選果機の油と土の匂い。
小学生の頃の夏休み、汗と埃にまみれた日々が、胸の裏で静かに息を吹き返す。
玄関を開けると、土間に年老いた犬が寝そべっていた。
名はきなこ。
気配を感じて頭をもたげ、尻尾を二度、ぱたん。
「ただいま、きなこ」
撫でると、昔と変わらず、安心したように目を細める。
そこへ、父が奥から現れた。
日焼けした肌、深く刻まれた皺。
優しい目元なのに、じっと見られると、子供の頃と同じく背筋が伸びる。
「おお、颯汰。元気そうだな。渉さんも久しぶり……ん? その肩の上の小さいのは?」
しまった。説明、考えてなかった。
「ええっと……フウ。いま流行りの……AIロボ? 植物探査用のやつで……」
我ながら苦しい言い訳だ。
渉先輩を見ると、小さくうなずいてくれた。
「AIロボ、か。ずいぶん小さいな。今はそんな時代なんだな」
ものの見事に信じてくれる父。
その瞬間――
「植物精霊のフウです! よろしくおねがいします!」
「は???」
「いやいやいや、精霊“っぽい”設定のAIロボだからな! な? 渉先輩!」
頼むから黙れフウ……!
しかし、母はふっと目を細めた。
「小さいけれど、不思議な気配のある子ね。桃木農園へようこそ」
父も肩の力を抜く。
「颯汰の友達なら大歓迎だ。……で、今年は稲刈りも手伝ってくれるんだろ?」
「いや、今回帰ってきたのは――」
口にする前から、胸がざわつく。
雪幻桃。
あの噂を確かめるためだ。
母が笑う。
「でもね、颯汰。そろそろ考えなきゃいけない頃でしょ」
やわらかい声なのに、逃げ場がなくなる。
進路。
農園。
未来。
曇り空のように胸の奥に居座っていた言葉たちが、重さを持って落ちてくる。
「……わかってるよ」
俯いたところで、母が続けた。
「とりあえず中に入って。落ち着いたら、雪幻桃の畑も案内するから。渉さんもフウちゃんも」
その言葉が刺のように胸に引っかかる。
「母さん、すぐに雪幻桃を見せてほしい」
「え? もちろんだけど……どうしたの、そんなに急いで?」
父も眉をひそめる。
「なにかあったのか?」
深呼吸し、スマホを取り出す。
「ニュースで、雪幻桃が出荷されてるって聞いた」
「出荷……? うちは今年、まだなにもしてないぞ」
「じゃあ、これ」
金城の宣伝動画を再生する。
作り笑いの男が、雪幻桃を掲げて語る。
――我が園の技術で収穫された奇跡の果実。
父と母の顔色が、みるみる青ざめた。
「知ってるんですか」
渉先輩が静かに問うと、母が答えた。
「半年ほど前かしら。農業コンサルタントを名乗って来たのよ。もちろん断ったわ。ねえ、お父さん」
「雪幻桃は商売のための桃じゃない、と言ったんだがな。何度もしつこくて……見せれば諦めるって言われて、つい」
その瞬間、血の気が引いた。
「まさか……畑、見せたの?」
父は唇を噛み、悔しそうにうなずく。
握った拳が震える。
「……っくそ!」
幼い頃から家族が守ってきた雪幻桃。
幹は霜のように白く、枝にはひんやりとした気配が宿り、夜になると月光を溜めるように輝く。
精霊との契約が息づく、特別な畑。
そこを――あの男が。
「颯汰」
渉先輩の手が肩に置かれる。
「落ち着け。まずは確認だ」
フウも真剣な声で頷く。
「行こう。雪幻桃、見にいこ」
怒りだけでは、何も守れない。
確かめなきゃいけない。
「父さん、母さん、案内して」
五人は、雪幻桃の畑へ駆け出した。
重い夕雲が頭上を流れ、風の中に、かすかな冷気が混ざっていた。
次回は来週金曜更新!
雪幻桃の畑を見にいきます!
お楽しみに。




