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集音路渉 花守り日誌【毎金更新中】  作者: つきや
第四章 命を繋ぐ桃農園

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第二話 バズる雪幻桃

 研究室の空気が震える。

 柳教授がゆっくりと言葉を発した。


「——この人物、名を金城光一(かねしろこういち)。肩書きは農業コンサルタント。都市伝説と農産ブランドを巧みに結びつけ、ここ数年で名を売りつつあります」


 教授の声は、いつもと変わらず穏やかだった。だが、その瞳の奥には、氷の欠片のような厳しさが宿っている。


 静まり返った研究室で、金城という名前がやけに冷たく響いた。


「金城光一……」


 その名を小さく、噛みしめるように呟く。


 動画は、秋の柔らかな陽光の中、金城が桃の木を背景に立っている場面から始まった。

 その姿は、笑っているのに冷たい。陽だまりの中に立ちながら、どこか影を纏っている。


 枝には、霜が降りたように白い薄衣をまとった桃の実——雪幻桃。

 だがそれは、うちの農園の景色ではない。どこか、見知らぬ土地の木々だった。


『——雪幻桃。冬の訪れとともに実る、奇跡の果実』


 低い声が、画面の向こうから静かに響く。

 一語一句が、観客の耳に絡みつくような調子で。


『この名を知る人は多いでしょう。しかし——この秋に出逢えると誰が想像したでしょうか』


 髪が風に揺れ、細い切れ長の目がカメラを射抜く。

 ほんの一瞬、その瞳が金色に閃いた。

 気のせいだろうか。

 けれど、目には冷たい光が宿っていた。


 金城は桃をひとつもぎ取り、掌に転がした。

 その仕草はやけにゆっくりで、儀式じみている。


『この桃は、精霊の加護を受けた樹にしか実りません。でも、精霊は気まぐれです。冬の果実が秋に実る——こうして奇跡だって起こせるのです。どうか、これを手にする皆さんにも加護がありますように』


 優しい口調なのに、温度がない。

 笑っているのに、心が通ってこない。


 コメント欄だけが熱気を帯びていた。


 >> @Miracle_K: 食べたら持病が治った! 精霊の加護に感謝します!

 >> @Lucky_Star: 飾った翌日に宝くじ当たりました!

 >> @Angel_G: 金城さんの笑顔、神の御加護。信じます!


 『信じます』ばかりが並ぶ。

 疑問の声は、雪の下に埋もれた小石ほども見つからない。


 最後に、金城は桃をカメラへ差し出した。


『奇跡の桃を、ひと足先に』


 囁く声。柔らかな笑み。

 画面が白い光へと溶ける。

 まるで、人の記憶を霧で包み隠すかのように。


「……こいつが、うちの雪幻桃を——」


 知らない土地で、知らない木で。

 勝手に名前を使い、奇跡を語り、人気を奪っていく。

 胸の奥で、何かがひりつく。


「落ち着け、颯汰」


 渉先輩が肩に手を置いた。

 その声は、氷を溶かす春の水のように柔らかい。


「動画は意図的に噂を広げているように見えます。宣伝とはいえ……これはやり過ぎな気がします」


「ふんっ! もし悪さしてるなら、フウがぶっ飛ばす!」


 セレス姫の小さな身体で、フウが胸を張る。

 フィギュアの腕がぷるぷる震えながら、魔法ステッキを振り回した。

 その滑稽さに緊張の糸が緩む。

 教授と渉先輩は静かに笑い、颯汰はもう少しで吹き出しそうだった。


 だが別の動画でも、再生数はすでに百万を超えている。


『精霊なんているのか? はいはい、今そう言いましたよね。聞こえてますよー。みなさん、精霊は実在します。これは都市伝説なんかじゃありません』


 ーー精霊は実在する。

 それを、軽やかに、嘘のように、真実のように。

 大勢の前で言い放つ。


「ずいぶんと饒舌だな。……こいつ、本当に何者なんだよ」


 ぼそっと颯汰が呟く。教授は何も言わず、ただ画面を見つめ続けた。


「ちょっと!」


 フウが突然、机の端まで跳ね上がった。


「ん? どうした、フウ」


「この人……なにか変。服のせいじゃない、光のせいでもない。体の奥から、変なキラキラが漏れてるみたい……植物じゃない、別のエネルギー。嫌な匂いがする」


「ただのイケメンだろ……」


 そう言ってみたものの、フウの目は真剣だった。


 教授は静かに目を細め、言葉を飲み込んだ。

 研究室に重い沈黙が落ちる。


「演出だろうとなんだろうと……勝手に雪幻桃を使うな」


 気づけば拳を握りしめていた。

 ただの噂なら笑い話で済む。

 だけど、家の名前と、桃の誇りを踏みにじられるのは、見過ごせない。


「桃くん。君は実家へ戻り、雪幻桃の木を直接確認しなさい。集音路くんとフウも同行したほうがいいでしょう。現地でなければ分からないこともありますから」


 教授の声は、揺るぎなかった。


「教授は?」


「私は金城光一の背後を調べます。植物庁が掴んでいない情報が、必ずあるはずです」


 役割が自然と決まっていく。

 仲間が側にいるというだけで、胸の底に強い灯がともる。


 フウはまだ、画面を睨みつけていた。


「やっぱり変……すごく嫌な感じ」


 小さな呟きが、研究室の空気に溶けていく。


 颯汰は息を吸い、背筋を伸ばした。怒りはまだ胸を灼いている。

 けれど——


 先輩がいる。

 教授がいる。

 フウがいる。


 ひとりじゃない。


「……行ってきます。雪幻桃の名前、絶対に守り抜きます」


 そう言った瞬間、画面の金城がふと笑った。

 はっきりと、こちらを嘲るように。


 あれは、偶然だろうか。

 それとも——誰かの策謀の始まりなのか。

次回は来週金曜日更新!


柳教授が植物庁へ調べに行きます!

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