植物庁ハロウィン案件
ハロウィーンの日に捧げる……
本編、第三章にサブで登場の立見屋と第四章にて登場の吉野が奮闘!?
立見屋の上司、平瀬はチョイ役w
植物庁市民対応窓口課のカウンターに、吉野真は肘をついた。午前十時。
クレームと相談がようやく途切れた、貴重な静寂の時間である。
新卒二年目。理系出身で草木の分類よりもデータ入力が得意。そんな彼が、よりにもよって“市民対応窓口”に配属されたのは、人事のランダム生成アルゴリズムの暴走だと確信している。
「最近、カボチャ関係の電話が多いな。『勝手に実が喋る』とか『家の庭が一晩でジャック・オー・ランタン畑になった』とか……」
ハロウィンが近いせいか、植物庁は季節的に騒がしい。
吉野がぼやきながら、机の端に置いたペンを回そうとした瞬間——。
課の入り口から、台車が「ギギィ」と音を立てて入ってきた。
その上に乗っていたのは、異常に巨大なカボチャ。いや、「乗っている」というより「台車が頑張っている」感じだった。オレンジ色は見事だが、太すぎる緑のツルが全体に絡みつき、もはや生き物のようにうねっている。
「処理お願いします。農家さんが“持っていけ”って。普通じゃないっすよ、これ」
運んできた係員は疲労困憊の顔でそう言う。
吉野は思わず呟いた。
「ハロウィンの悪ふざけも、ここまで来ると通報案件ですね……」
うんざりしながらも、彼は内線を取った。資源研究課(通称:資研課)へ案件を回すためだ。
あそこには、彼が密かに憧れる先輩、立見屋涼子がいる。冷静沈着、仕事一筋、庁内の“鉄の女”。
彼女の名前を思い浮かべるだけで、巨大カボチャが少しだけ意味のある案件に思えてくる。
*
「豊穣の精霊? またですか……」
間もなく現れた立見屋は、いつものように完璧だった。
ダークグレーのスーツ、無駄のないショートボブ、そして庁内でひときわ浮くトレッキングシューズ。
彼女は一瞥で状況を把握すると、ツルの先をつまんだ。
「これは……“豊穣の精霊”の過剰供与。生命エネルギーが飽和して暴走してるわね」
「精霊、ですか。はいはい、そういうファンタジー設定ってありますよね」
「現実です。面倒なやつです」
彼女が淡々と返したその瞬間、タブレットがけたたましく鳴った。
資研課の早瀬課長からだ。
『立見屋! そのカボチャ、庁舎の希少植物畑の真上に置かれていた! エネルギーが流れ込み、植物が全力で成長している! 柳教授の論文を見たが、この状態は——』
「暴走中、ってことですね」
『要約が早い! とにかく畑が大変なことに!』
通信が切れた直後。窓の外から「ボゴォン!」という鈍い音。
見れば、庁舎中庭の畑が、まるで怪獣映画のワンシーン。ツルが空へ伸び、ガラスを覆い、窓口課が“グリーンカーテン”という名の要塞になっていく。
*
「吉野くん! その細身、今こそ役立てるのよ!」
「そんな言い方あります!?」
立見屋はすでにナイフを抜き、吉野に一本渡した。
彼女の命令に逆らえる者はいない。吉野は半泣きでツルの間に突っ込む。
「ツル、ネバいっ! なにこれスライムですか!?」
「精霊エネルギーが凝固してるの! 文句言ってないで切って!」
庁舎内の他職員が逃げ惑う中、二人は異様に巨大なカボチャの山にたどり着いた。
動かそうとするが、びくともしない。吉野が汗だくで叫ぶ。
「無理です! これ、たぶん重量がトラック級です!」
「だったら——壊すわ」
立見屋がカボチャにナイフを突き立てた瞬間、
「ドォン!」という爆音とともに、果肉と光の粉が弾け飛ぶ。
二人の制服は一瞬でオレンジ色に染まり、空気が甘ったるくなる。
舞い上がった光の粉がツルに吸収され、成長速度がさらに倍増。
「ちょっと!? 倍速でヤバくなってますよ!!」
「やっぱり——出したらダメだったか……!」
*
「大地に、返して!」
立見屋はすぐに指示を飛ばす。
「吉野くん! カボチャの果肉を畑の中心、希少植物の根元に埋めて!豊穣の力は感謝と共に“還す”のがセオリーよ!」
「感謝って誰に!? 俺、理系なんですけど!」
「大地よ!」
「抽象的だなあもう!」
文句を言いながらも、吉野は果肉を抱えて緑のジャングルを突き進む。
粘るツルをくぐり、泥に足を取られ、顔面はカボチャスムージー状態。
それでも、先輩の真剣な声だけが背中を押した。
根元までたどり着くと、吉野は息を荒げながらカボチャを埋め、
手を合わせるように小声で呟いた。
「……感謝します。たぶん。いろいろ」
すると、ツルがピタリと動きを止めた。
次の瞬間、爆発的な成長は静まり、畑全体が安らぐように沈黙した。
空気に残るのは、ほんのりとした甘い香りだけ。
*
「……結局、カボチャで世界を救いましたね」
夕暮れ。庁舎の裏で泥と果肉まみれの二人。
立見屋は深呼吸し、顔を拭いながら言った。
「精霊の力って、本当に厄介ね。暴走するとカロリーが高すぎる」
「カロリー……?」
「……比喩よ」
吉野は破裂したカボチャの残骸の中から、まだ食べられそうな部分を拾い上げた。
ほんの少し微笑みながら。
*
翌朝。
資研課のデスクに、小さなラッピングのマフィンがひとつ置かれていた。
添えられたメモには、震える字で「お疲れさまでした——吉野」とある。
立見屋は何も言わず、それを口に運んだ。
素朴で、やさしい甘さ。
ハロウィンの“豊穣”は、暴走したけれど。
このマフィンの甘さだけは、確かに現実の豊かさだった。
「……厄介な現実も、こうして甘くできるなら悪くないわね」
そう呟くと、立見屋はタブレットを閉じた。
庁舎の外では、まだどこかの部署がカボチャの後始末で騒いでいた。
了
次回も間話「花守り散歩@小石川後楽園」
第三章「御神木のクスノキ」にて植物の声が一時的にでも聞こえなくなった渉。
最後は聞こえるようになりますが、心にちょっとだけ傷を抱えてしまいます。
そんな彼が都会のオアシスを求めて散歩に出るお話です。
どうぞお楽しみに!




