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婚前逃亡した彼女の結末

作者: piyo

誤字報告ありがとうございます。修正しました。(6/7)


 この日、まだ十歳に満たないくらいの少女が私に告げた言葉は、私にとっての死刑宣告に等しかった。



「今代の巫女となるアイラと申します。これからあなた様に代わり、精一杯、精霊王様に仕えようと思います。これまでの長きに渡るお勤め、お疲れ様でございました。」


 少女は私を労るように見つめるが、対して今の私は絶望の色を顔に滲ませていた。


 しばらく前から精霊王様の声が聞こえ辛くなり、いよいよ代替わりとなる予感はしていた。ここ数週間に至っては全くお声を聞くことが出来なくなっていた。


 頭では理解していたものの、心の準備は正しくできていなかったようだ。じわりと手や額に汗が滲み、呼吸が粗くなってくるのがわかる。


 近くにいた精霊たちが、私の様子を心配して傍まで集まって来る。



「パティ、落ち着いて聞きなさい。おまえは長きに渡り、その大役を立派に果たしました。ここにいるアイラが言った通り、彼女が次代の大巫女となる。今後についてだが、おまえはラシャール聖国に渡り、そこで…様と…」



 目の前が真っ暗になる。司教様が何か言ってる…神殿を出て、ラシャール聖国の誰それに嫁げ、と言うことだけは理解できた。



 十年以上に渡って精霊王様に仕えてきたが、その褒美が結婚とは笑えたものだ。薄れ行く意識の中で、乾いた笑いが小さくこぼれた。




◇◇◇



〈今日1日だけでいいのです。決して私のことを捜さないで下さい。明日の朝には必ず戻ります。〉



 パティは輿入れ先となるラシャール聖国の街を一望しようと、高台に見えた古びた塔の下まで足を運んでいた。


 自分を探してくれるな、という内容の手紙はばっちり置いてきた。

 こんな手紙一つ残したところで、誰かしら自分のことを探しにくるとは思うが、捕まえられるまではとことん足掻きたかった。

 こんな街から外れた塔まで、早々探しにくることは無いだろう。ラシャールは治安も良いと聞くし、安全の面からも、一人でここに来ても問題は無いはずだ。




(…うそ、鍵がかかってる)



 塔の入り口にて、意気揚々と中に入ろうとしたところ、その扉はガッチリと閉まっており、塔の中への侵入を拒まれてしまった。



 ふむ、と考えてから口を開く。

『お願い、中に入れて』


 彼女が小さく囁くと、ギギっと扉が勝手に開いた。


「ありがとね。」


 誰ともなく呟いて、空いた扉をすり抜け、彼女は塔の中へと入っていった。





(この塔、外観から感じた印象ほど高くないんだ。)


 中の螺旋状の階段を登っていくと、思ったよりもすぐに頂上の扉の前までたどり着くことができた。

 入り口と違ってこちらの扉は鍵穴などは無く、少し力を加えると簡単に扉が動いた。



「!」


 

 扉の先に誰か人が佇んでいる。

 まさか自分以外に誰かいるとは思ってなかったので、驚きで身体が跳ねる。



「誰?」

 その人物は低い声でこちらに向かって尋ねてきた。

 

 声の感じからまだ年若い男の人のようだが、その声のトーンはとんでもなく怖い。ローブについたフードを目深にかぶっているせいで表情までは分からないけれども、多分声と同じで怖い様相をしてそうな気がした。


 これは、ここまできて追い返される流れかも…。どうしよう、引き返したくない。


「ただの観光客です。あなたは?」

 平静を装いながら、懸命に答える。嘘は言ってない。私はラシャールの景観を一望するためにこの塔に来たのだから。


「俺はここの管理人。ここ、関係者以外立ち入り禁止なんだけど、どうやって入ったの?訳アリですって感じの恰好をした観光客さん。」

 彼の指摘通り、私は今、ザ・変装という出で立ちをしていた。

 目深に被った帽子に目立つ色の髪を全て隠し、眼鏡をかけ、身体の線がわからなくするために大き目の外套を着ている。傍目から見たら怪しさ満載である。


「鍵、閉め忘れてたんじゃないですか?普通に入れましたよ。」

「いや、鍵って言うか…」

「お願い!少し景色を見たら立ち去るから、追い出さないで。お願いします、誓って変なことはしませんから。」


 精霊たちに頼んで扉を開けてもらったとは言えない。

 それに、この高台までそこらの老人以下の体力の私が、必死こいて辿り着いたのに、何もしないまま追い返されるなんてたまったもんじゃない。見たら帰ると言って、説得を試みる。



「…別に、少しじゃなくて、飽きるまで見てったらいいよ。せっかくこんなところまで来たんだし。」

「!ありがとうございます。」

 

 ダメ元で懇願した結果、あっさりと滞在の許可が出た。


 さっそく管理人と名乗ったローブの人物と反対側の柵に移動し、眺望を堪能する。

 こちらの方角から見える景色は一面ゴツゴツした岩肌の山々で、自分が住んでいた場所とは違った景色にわくわくする。


「荒々しくて新鮮だわ…」

「こっちからの景色の方が見応えあるよ。」


 自分の独り言に、管理人が反応する。


「じゃあ、そちら側も失礼します。」

 

 彼の側の柵に移動し、そこから景色を覗くと、城と麓に広がる大きな街と、街を囲むようにして緑が深い森が続いており、その森の先には広大な海が視えた。確かにこちらの方が見ごたえがある。


「自然が豊かなのに、街も栄えてて…ラシャール聖国は住みやすそうなところですね。」

 精霊たちが生き生きしている。踊るように、私の頬を撫でていく。


「うん。あなたが言うように、いいところだと思うよ。観光客さんはどこから来たの?」

「ここから離れた場所から。もしかしたら、というかほとんど決定事項なのだけど、今度からこの国に住むことになったんです。だから一度、これから住むところはどんな所なのか、眺めておきたいなって思って。」


「こんな遠くから眺めるだけだなんて変わってるね。普通、街に行って雰囲気を見に行かない?」

「あ~…実は、いま訳あって家出?してるんです。…1日だけでいいから探さないでくださいって、置手紙を残してここまで来たの。街をウロウロなんてしてたら、すぐにつかまっちゃう。」

「ふーん…逃げられた人は今頃、手紙なんて無視して必死になって貴方のこと探してそうだ。」

「たぶん、管理人さんのいうとおり、探してくれてると思う。でも、こっちも必死になるくらい、一人になる時間が欲しかったんだ。」


 今日休んだら、明日からはまた頑張るから。結婚してしまったら、もう二度とこんなチャンスは生まれないかもしれない。


「それは、今は一人の時間が無いってこと?」

 管理人さんは私の言動に引っかかったのか、訝しげ無様子で疑問をぶつけてくる。


「うん、今までは、ずっと仕事をしてたから。外の景色をゆっくり楽しむ余裕なんてなかったの。でも、最近になって、ようやく外に出ることができるようになったと思ったら、しきょ…上司が決めた人のところに嫁ぐことになっちゃって…その前にどうしても一人の時間が欲しくて。」


「マリッジブルーでワガママ言って周りを振り回してるの?」

「なんだか嫌な言い方。」

「ごめん。でも貴方を探している方のことも考えてあげて。きっと心配している。」

「…そうだね。」

「まあ、とはいえ、貴方の気持ちも、大切にしたらいいと思うよ。やっと手に入れた貴重な一人時間なんでしょ?」

「うん!本当に貴重。久しぶりにワクワクしてるの。」

 

 フードのせいで管理人さんの表情は見えないが、なんとなく、雰囲気は柔らかい。


「管理人さんは、ここで何をしているの?見回りとか?」

「あー、まあ、そんな感じ。ここ高さがあるから、たまに変な気を起こす人が迷い込んでくるんだ。今日の貴方みたいな人が突然やってきたり。」

「私は変な気を起こす気なんてなかったけど…自分で死を選んだりなんかしたら、来世には決して行くことができないから。」


 精霊信仰をしている者の常識である。自殺をしてしまった場合、輪廻転生の輪から外れてしまい、その魂は消滅すると言われている。


「…来世に還りたくないくらい、苦しい人もいるんだよ。」

「それは、悲しいね。」


 この人は、ここで色んな人に出会ってきたのだろう。神殿にもいろんな人が救いを求めに来た。彼らの場合、生きるために祈りを捧げに来ていたけど、ここには死による救いを求める人が多く訪れるのかもしれない。


 ふいに、私の耳元で、コノヒト、イイヒト、と精霊が告げる。彼らがそういうならそうなのだろう。

 普通の人が、精霊に興味を持たれるとは珍しい。なんとなく私も彼に興味が湧き、彼に話を振る。


「管理人さんは、この仕事、好き?」

「え、俺?まあ、適当に管理してるだけだけど、嫌いじゃないかな…」

「そうやって言えるの、素敵だと思う。」

 

 私も大巫女の仕事は嫌いじゃなかったし、寧ろ大好きで誇りに思ってた。自由な時間なんてほとんど無かったけれど、精霊王様と過ごす時間はとても楽しいものだった。けれども、突然、その役目を後任に譲ってやることとなり、しかも役目を終えた途端、誰とも知らない相手の元に嫁げといわれるとは。


 大巫女を退任したとしても、普通の巫女として、みんなと祈りを捧げたり奉仕活動をして神殿で一生暮らしたかったな…


 と、思い出したら気分が落ち込んできてしまった。

 おもむろに、肩に下げていた袋から瓶と食料を取り出した私を見て、管理人の彼が「お腹すいたの?」と聞いてくる。


「私、ここに酒盛りしに来たのをすっかり忘れてた。」

「え、こんな吹きっさらしの塔のてっぺんに?景色を見に来たって言ってなかったけ?」

「景色を見ながら、人生で初めてのお酒を飲みに来たの。」


 逃亡前に、慌てて買ってきたワインとチーズを広げる。


「せっかくだから付き合って。コップは一つしか無いんだけど、あなたに貸してあげる。」

「待って待って、俺、仕事中。」

「どうせこんな塔ほとんど人も来ないんでしょ?私という不審者を一人捕まえたんだから、今日はもういいじゃない。もう夕方になるし、仕事はおわり。」

「不審者って、普通自分で言うかな…」


 そう言って波々とコップにワインを注ぎ、彼の前に差し出す。自分は瓶のまま口をつけることにする。

 戸惑う彼の手にコップを無理やり握らせ、瓶を軽くぶつける。


「仕事お疲れ様、かんぱーい。」

「だから、終わってないってば。」

「若くて可愛い女の子の頼みを聞かないなんて、精霊の罰が下りますよ?」

「俺は真っ当なことを言ってるだけだってのに、すごい脅しだね。」


 彼が飲まないなら、後で注いであげた分も自分が飲もう。とりあえず手に持った瓶のワインを煽る。


「うっわ、しっぶ。ワインってこんな味なの?匂いと違うじゃん。」

「匂いもそんな変わらないと思うけど。初めてって言ってたけど、大丈夫?」

「うん、初めて。渋いけど、慣れたら美味しく感じる。」

「ワインって思ってるよりも度数が高いから、ゆっくり飲みなよ。」

 

 彼の忠告通り、少しずつ口に含む。うん、思ってたのと違ったけど、飲めば飲むだけ馴染んできた。


「そろそろ日が沈むころだ。せっかくだから見ていきなよ。ここからの景色は街からのどの眺めよりも綺麗だから。それだけ見たら、あなたを心配してる人たちの元へ帰ってあげて。」


 彼は私に帰るように釘をさしつつも、日の沈む方角を指さし、そちらへ来るように私を誘導する。


 海の向こう側にゆっくりと日が沈みだす。空半分はやや紫がかり、そこに夕焼けの橙色が溶け込んでいる。夕日の柔らかな光は、城下の街に綺麗な影を作っていた。


「私、こうやって夕日が沈んでいく様子を見るのって、初めてかもしれない。こんなに綺麗な光景になるんだ…」

「ここからの景色はこの国で一番だと思うよ。逃亡してきた甲斐があったね。」

「ふふ、そうだね。」



 手に持っていたチーズを一口かじる。早くもアルコールが回ってきたのか、ふわふわした感じがしてきた。そして感情の波がいつもより激しくなる。


「あ~・・・世界はこんなにも綺麗で溢れてるのに。今の場所を追い出されるくらいなら、世界中を旅して回りたい。…私、本当に結婚なんてしたくない…」


 押さえてた感情が溢れ出す。誇りに思っていた役目を失って、今は驚くほど自分に自信が無くなっている。


 神殿から引退した巫女が高貴な家柄の方たちに下賤されることは多々あることで、巫女の中にも玉の輿を狙っている人は多い。だから"元巫女"として嫁がしたいだけなら、なにも私でなくてもいいではないか。私の場合、今までもこれからも、巫女としての自分しか考えられなかったので、一生独身のままでいいから神殿に残っていたかった。


「結婚しても、旅行くらいできるでしょ。」

「いや、それが何か私が嫁がされる家って色々戒律があるとかで厳しいらしくって。本当にどうなるかわからないの。旦那様の名前も顔もわからないままだし。」

「何それ。なんで結婚相手が誰か教えてくれないの?」

「正確には言ってた気がするけど聞いてなかった。耳が拒絶してた。」

「それは聞いてない貴方が100%悪い。」

「そんなことわかってるよ~!」


 一口また一口と瓶の中身を煽る。管理人の彼も、釣られてコップに注がれたワインに口を付け始める。


「結局、貴方はどうしたいの?」

「まあ、迷惑かけてる自覚はあるからね。明日には元の場所に戻って、そのままその人のところに嫁ぐよ。ちゃんとわかってるの。でも、一度発散しておかないと、潰れそうだったから。」


 これまでの巫女としての日々は一体何だったんだろう、その虚しさがずっと体に付きまとって、このままでは息ができないと思って、逃げた。


「そっか。今日で発散できるといいね。」

「すでに今、できてる気がする。こうやって人に話を聞いてもらって、綺麗な景色眺めてお酒を飲んで。控えめに言って、最高。」

「それは良かった。俺が最初に出ていけ、なんて冷たく言ってたら、落ちてたかもしれないね。下に。」

「ひー笑えないから。」

 ブラックジョークが過ぎる。でも、その可能性もあったかもしれない。

 

「私、ここでもう一つしたいことがあったんだけど、聞いてくれる?」

「何?」

「今日はここで、星を見て寝るの。」

「…全くもっておススメしないよ。夜は冷えるし、夜行性の鳥もやって来るし虫だっている。多分このまま寝たら、貴方は間違いなく後悔する。というか、夕日見たんだから帰りなよ。」


「大丈夫!

〈今日1日だけでいいのです。決して私のことを捜さないで下さい。明日の朝には必ず戻ります。〉

 って、こんな感じの置き手紙は残してきたの。だから、今日は帰らなくても大丈夫!」


「いや、あなたの帰りを待ってる人は徹夜で捜してると思うよ…」


 至極まともなことを言ってくるが無視だ。

 今日は塔のてっぺんで人生初めての野宿をするんだ。




 すっかり辺りは暗くなり、持ってきてもらった毛布に包まる。


「毛布、ありがとう。」

「どういたしまして。寒くない?」

「うん、これ暖かいね。」

「なら良かった。」


 結局、必死で帰るように諭す管理人が折れて、塔内にある管理室からここまで毛布を運んできてくれた。

 正直着ている外套だけでは肌寒く感じていたので、毛布の差し入れの申し出は有難過ぎた。


 ついでに、ワインとチーズだけではお腹がすくだろうと、備蓄していた食料も持ってきてくれた。不法侵入の観光客に、彼の対応は優しすぎる気がする。


 彼も私の隣に腰をおろし、一緒に空を眺める。


「あ!あれ、一番星?」

「ほんとだ…やっと夜がきた。」


 町の明かりはまだ明るいが、夜空を邪魔するには明るさが足りない。それに塔から離れた場所に位置しているため、塔のてっぺんは星を見るには十分な暗さがあった。


「星ってこうやって徐々に見えてくるんだ。こんなことも、忘れてた。」


「忘れてたってことは、昔はよく見てたの?」


「うん、実家は小高い丘の上にあって、空が近くて。そりゃもうたくさんの星が見えたんだ。夜になると、周りは何もみえないくらい本当に真っ暗で、徐々に見えてくる星を見ては、今日はどれだけ輝いて見えるのかってワクワクしながら見てた。」


 実家を出てから10年以上経っているので、記憶は相当薄くなっている。でも、今見えている星は、小さい頃に見ていたものと同じくらい輝いて見えた。


 ふわふわと、夜の精霊が私の近くに集まって来る。彼らが来ると、気持ちが安定する。

 なんとなく、誰かに話を聞いて欲しくなって、これまでの自分のことを話しだす。


「…私ね、神殿の巫女をしてたんだ。」

「ええっ?!あ…じゃあ精霊が見えたりする?」

 こちらが思っていた以上にびっくりした声音で彼が答える。

 相変わらずフードを被ってるから、表情はわからないけど、かなり驚いているようだ。


「うん、今も近くにいるよ。実家の近くにはね、精霊がたくさんいたんだけど、それがみんなには見えないものだって、知らなかった。ある日そのことを親に言ったら、すぐに神殿で検査されて、そのまま家には帰れなくなった。家族とはそれっきり。」

「そう…家には帰りたい?」

「全然。五歳とかそんなくらいだったから、ほとんど記憶がないの。だから神殿が、私の家で、家族だった。」


 初めて神殿に来た時は、お父さんとお母さんにもう会えないことで、ずっと泣いていた気がする。でも司教様や他の巫女の仲間たちが優しくしてくれて、段々とそこが自分の居場所になっていった。


「神殿の巫女だったなら、一人の時間が無かったのも納得だな。ずっと監視がついていたんだろう?」

「うん、そう。何をするにも誰かの目があった。一人になりたくてもなれない。なんでもやって貰えてたから、それはそれで恵まれてたんだろうけどね。」


 着替えも湯あみもお化粧も、その何もかもをお付きの人にやって貰ってたし、どこへ行くにも護衛がいた。


「私は神殿でひたすら祈りを捧げる仕事をしてたんだけど、祈りを捧げた分だけ、周りにいた精霊たちも喜んでくれて。最初は退屈だと思ってた仕事も、段々とやりがいのあるものになっていったの。」


 ひとつひとつ思い出を振り返る。辛いことももちろんあったけど、本当に楽しい日々だったと心の底から思える。


「私、なんとそこで筆頭巫女だったんだ。大巫女って呼ばれてた。巫女の中で唯一、精霊王様のお声が聞こえて、その声をみんなに伝えるのが私の仕事だった。でも、あるときから声が全く聞こえなくなってしまって。そしたら、この間、十歳くらいの女の子が司教様に連れられて神殿にやってきて、その子が次の大巫女だって告げられたの。私は…お役御免となった。」


 他の精霊たちの声は聞こえるのに、姿も見えるのに、精霊王様の気配だけ全く感じ取ることができなくなってしまった。

 歴代の大巫女も、次代が覚醒したら急に精霊王様のお声を聴くことができなくなってしまったらしい。アイラと呼ばれたあの少女が力に覚醒したことによって、私の役目は突如として終わってしまったのだ。


「私、あの仕事が大好きだったの。」


 いつの間にか、涙で目の前が滲む。


「大巫女の役を降りても、神殿で普通に巫女として仕えるものだと思ってた。でも、何もこころの準備ができてないまま、結婚しろだなんて言われて、訳がわからなくなっちゃった。…結局ね、不安なんだ。いままで巫女としての仕事しかやってこなかったから、新しい環境で新しい人に出会って、そこで自分はうまくやっていけるのかって。」


 口に出して、ようやく自分の気持ちがわかった。私が結婚が嫌だと思った一番の原因は、未知への不安だ。


「わかるよ、慣れてた環境から全く別の環境に行くのって、勇気がいることだよね。」


 管理人さんが優しく同調してくれる。


「あなたが今後進む未来は、もしかしたら、神殿で過ごしたときよりも楽しいものになるかもしれないし、あるいは辛いものになるかもしれない。それはやってみないと誰にもわからない。」

「わかってる、でも怖い。」

「あなたは、この塔まで一人でやってきたよね?これもとても勇気がある行動だと思うよ。こんなところまで来れるんだから、結婚してもなんだってできるよ。もし心が辛くなったなら、息抜きしてもいいんじゃない?」

「…そうだね。やってみないとわからないし、やってみてダメだったら、一日限定でまた逃亡する。」

「置手紙を残してね。」

「そう、置手紙を残して。」


 ふふ、と二人して笑う。涙はもう引っ込んだ。


「ねえ管理人さん。またこの塔に遊びに来てもいい?」

「う~ん…できれば来ないほうがいいかな…」

「関係者以外立ち入り禁止だから?」

「そうだね。あなたがここに来たいと思わなくなるくらい、結婚先で楽しい生活を送ることを祈っておくよ。」

「…ありがとう。」

「それに、神殿の人たちは家族みたいなものなんだろう?きっと、あなたが辛くなったら、戻って来たらいいと思ってくれてる。」

「そうかな?」

「きっとそうだよ。」



 毛布にくるまりながら、床にごろんとなり、夜空を見上げる。満点の星空に囲まれながら、これからのことを考える。まず帰ったら謝り倒して、それからちゃんと旦那様がどこの誰かも確認しなきゃ。あとは………ああ、だめ、眠くなってきたから、また明日起きたときに考えよう。





◇◇◇




 目にわずかな光を感じ、瞼をゆっくりと開ける。

 なんだ、もう朝か。




「……っパティ様!!!!!」



 泣いてるような女官長の顔が見える。身体を起こそうと手をつくと、固くて冷たい床ではなく、柔らかいシーツの感触がした。

 

 私、いつの間に帰ってたの?


「ジェンナ、どうしたの?泣いているの?」


「泣きもしますよ!祈りの間で突然お倒れになってから、十日も経ってるんですよ!?あなたがお目覚めになられて、私がどんなに安心したか…」

「私が、倒れて、十日…?」


 いや、私は司教様の話を聞いたあと、ラシャール聖国に行って、あの高台の塔まで逃亡して…でも、どうやって?誰に連れられて?思い出そうとしても、そもそもの記憶がない。


「はい、そうです。パティ様は十日間ずっと眠り続けておられました。原因は不明ですが、きっと、大役を降りられたことで、これまでのお疲れが出てしまったのでしょう。今ご気分はどうですか?」


「…とてもいいわ。」

「それはようございました。すぐに、お医者様と司教様にも知らせに行ってまいりますね。」


 そう言い残して、ジェンナは急いで部屋を出て行ってしまった。


 頭がとてもすっきりしている。十日も寝てたと思えないくらい、身体の方もだるさが残ったりなんかも無い。ただ、足の筋肉が少し痛む。夢で高台に登った記憶があるから、疑似的にそう思い込んでいるのだろうか。私は確かに、塔に登ってあの塔の管理人とラシャールの景色を眺めた。あの心打たれる景色は、本当に私の夢だったんだろうか。


 悶々と考えていると、すぐにジェンナに呼ばれて駆けつけた医師が私の身体を診察する。医師がどこも問題が無いと診断を出した後、司教様が入れ替わる様にして私の部屋に入ってきた。


「パティ、大丈夫かい?」


 司教様が私の様子を心配そうに尋ねてくる。この人は私にとって、育ての父であると言っても過言ではない。


「はい、何も。むしろ、ずっと寝てたおかげか、すっきりしています。」

「すまなかった、パティが大巫女の引継ぎをずっと拒んでいたことは知っていた。しかし、私にもこれ以上どうすることも出来なかった…力になれなくて、本当に申し訳ない。」

「いいえ、司教様が謝ることじゃありません。精霊王様がお決めになったことです。私はそれに従うまで。ただ、寂しいですけどね。」


 大巫女の任期は精霊王様の思し召し。たとえ私たちが神殿に仕えるものであろうとも、どうすることも出来ない。


 少し沈黙があった後、司教様が口元を引き締めて告げる。


「…パティ…、いえ、パトリシア王女。貴方がお倒れになる前に申し上げたことを、私は改めて貴方に伝えなければなりません。病み上がりのところ申し訳ございませんが、お話させて貰ってよろしいでしょうか。」



 …ああ、倒れる前に拒絶した話を、もう一度聞くことになろうとは。



◇◇◇



 私の本名は、パトリシア・ドラグという。


 五歳までドラグ王国の王女として、山々に囲まれた自然豊かな城で育った。五歳のときに巫女として覚醒し、大巫女パティとして十三年という長い年月を、精霊王様に捧げてきた。

 神殿では身分は関係なくみんな平等。私も今のいままで、王女という身分を忘れていた程だ。


 しかし神殿を出ることが決まった今、司教様は巫女のパティに対してではなく、王女パトリシアに対して今後の私の身の振り方について述べていく。


「貴方様はこれから神殿を出て、一度ドグラの国にご帰還いただくことになります。そして輿入れの準備が整い次第、ラシャール聖国のカイルラル王と婚姻を結ぶ流れとなります。」


 ああ、今度こそ、旦那様となる方の名前を覚えないと。カイルラル王ね。


「承知いたしました。ドグラへはいつ頃発てばいいのかしら?」

「早ければ早いほど。ドグラ王も王妃も、パトリシア様のお戻りを心待ちにしています。」

「私、お父様とお母様の記憶がほとんどないんだけれど。」

「会えばすぐに思い出しますよ。」


「…………私の育ての親は、司教様、あなただったわ。」

「それもそのうち上書きされます。」

「絶対に上書きなんかしてやんない。」


 司教様は困ったように笑いながら、私の頭を撫でる。その優しい手つきが、余計に自分の感情を揺さぶってくる。


「パティ…辛くなったら、いつでも帰っておいで。神殿はいつでもおまえを受け入れるよ。」

「…絶対よ。帰ってきても文句言わないでね。嘘ついたら精霊の天罰が下るんだから!」


 司教様の服を強く握りしめ、寂しさと涙を必死で堪えた。司教様はその間も落ち着かせるように、しばらくの間ずっと私の頭を撫でてくれていた。





 その日から数日とたたないうちに、私は実に十三年ぶりにドラグ国へと帰還した。

 輿入れまでの間、幼少期のとき以来に会う人たちと再会したり、元巫女として奉仕活動をしたり、嫁入り先のラシャール聖国の文化やマナーについて学んだりと、慌ただしいけど神殿とは違った充実した日々を送った。

 もう顔も忘れかけてたお父様とお母様だったけれども、二人ともわずかな期間だけど私がドラグ国に滞在することを大層喜び、今まで会えなかった分、娘として存分に可愛がってくれた。親子三人で寝ようと言われたときは、私、もう18歳なんですが、と思いつつ、親孝行だと思って受け入れた。狭かった。

 そうこうしている内に輿入れ準備が整い、私はラシャール聖国へと旅立っていった。



◇◇◇



「パティ様、見てください、山しかないドラグ国と違って、ラシャール聖国は海、森、山と全てが揃っていますよ!城下には大きな街が広がっていますし、なんとも住みやすそうな国ではありませんか。」


 控え室の窓から見える景色を見て、私の隣に控えているジェンナが興奮した様子で話しかけてくる。住みやすそうなところであるのは、夢でみたとおりだ。城に来るまでの間も、精霊たちがひっきりなしにこちらに寄ってきて、彼らにとっても住み心地のよい国であることが伺えた。


「ねえ、来る途中、高台の方に塔って見えた?」

「?塔ですか?いえ、私は気付きませんでしたが。」

「そう…」


 夢で見た城下の街から離れた高台に聳え立つ古びた塔、あれはやはり夢だったんだろうか。


「パトリシア様、王が参られました。ご移動をお願いします。」

「承知しました。」


 いよいよ、旦那様となるラシャール聖国のカイルラル王との対面である。

 彼が待機する部屋の入口の前で、武器等を携帯してないか、女性近衛の人たちから身体チェックをされる。


「ご不快な思いをさせて申し訳ございません。王がパトリシア王女殿下と二人きりで話をしたいとのことで、中は人払いをさせていただいております。」


 どうやら護衛たちも部屋の外で待機するようで、完全に二人きりで会うようだ。ジェンナは「パティ様、ごゆっくり。」と謎の言葉をかけ、控えの間へと戻って行ってしまった。



 改めて扉に向かい、ノック後に入室許可が出たあと、私一人中へと入っていく。すぐに奥の執務机の前で一人の男性が立っているのが見えた。そこで膝を折り、頭を下げる。


「お初にお目にかかります、ラシャール聖国カイルラル陛下。わたくしはドラグ国王女、パトリシア・ドラグと申します。」

 

「…頭を上げよ。」


 礼をとるのをやめ、姿勢を正し、王と向き合う。そして、



「!」



 思わず言葉を失った。



「ようこそ、ラシャール聖国へ。パトリシア王女。」





 そう言った彼の顔は、精霊王様のものだった。




「精霊王様…?」



 透き通るような肌と真っ白の長い髪、あの日見た夕焼けのように紫と橙が混ざりあう不思議な目の色、目、鼻、口と完璧なバランスを持ったラシャール聖王は、精霊王と全く同じ容貌をしていた。


 瞬きを繰り返しながら凝視する私に、カイルラル王は苦笑する。


「いや、違う。精霊王が私の姿を真似て、人型を取っていただけだ。私がオリジナルだよ。」

 柔らかく笑う表情も、自分が知っている精霊王様の表情そのものだ。しかし、彼は精霊などではなく、きちんと人間らしい。


 訳が分からない状況に私が放心していると、一歩ずつゆっくりと、彼が自分の元へと近づいてくる。

 そして、私のすぐ目の前でその足を止め、私の顔を覗き込むようにして尋ねる。


「それで?私との結婚の覚悟はできた?」

「え…」

「今日は観光客ではなく、ここへ嫁ぎに来たってことであってる?」

「え?」


 姿に気を取られ、気づかなかったが、この低い声は聞き覚えがある。

 あの、夢の中の塔で会った彼。


「…ひどいな、二人で夕日も星空も眺めた仲なのに、俺のことはもう忘れてしまった?」


 ローブを被っていたし、結局名前も聞かなかったけど、あの穏やかな声だけは確実に覚えている。


「管理人さん?」

「そうだよ、久しぶり。」


 再び放心。

 

 いまの私は非常に混乱している。ええと、カイライル様は精霊王に似てるけど、人間で、それから塔の管理人さんが王様?というか、あの塔の出来事って夢じゃなかったの?夢じゃなかったなら塔も存在してる??


 情報がとっ散らかって何一つ理解できない。


「え、なんで王様なんてしてるんですか。」

「そっち?王様が本業だよ。塔の管理はまあ、聖王としての仕事の一つだ。」

「あの塔、ここに来るまでに、どこにあるかわからなかったんですが。」

「あれは人間界と精霊界の境界にある監視塔。たまに肉体から離れた精神があそこにやって来るんだ。そこで命を繋ぐのが管理人としての俺の役目。普通の人は見れないし入れないよ。時間の流れも不規則だし。」


 …やはり、あの時、私は確かにあの塔にいたんだ。


「ワインを飲んだり、食べ物も食べたと思うんだけど。」

「狭間の世界だとそういうこともできるよね。あそこは全てが曖昧なんだ。」

「え~…」


 つまり、渋かったワインの味は全て私の想像だったのか、それとも本物だったのかも曖昧ということか。


 ふと、カイルラル王の手が私の髪に伸び、そっと私の白金の髪を一房さらっていく。


「あの時、あなたは自身の姿を全て隠していたけど、あなたはまるで精霊のようだね。」

「それを貴方に言われても、説得力がないから。」


 今までそれなりに容姿を褒められはしたが、まるっきり精霊王の姿をした彼に言われても、まったく信ぴょう性がない。

 彼は緩く微笑んで、私の髪から手を離す。


「俺は、精霊王から君の存在を聞いていた。将来俺の元に嫁に来る大巫女の話を。」

「精霊王様から?」

「ああ、ラシャール聖国は精霊信仰が強い。それはこの土地が精霊にとって第二の聖地であることと、聖王が精霊王と交流できるからに他ならない。あ、これこの国の公然の秘密だから。」

「知らなかった…」

 もちろん精霊の最大の聖地は神殿である。しかし精霊王様と交流ができるのは、神殿の大巫女だけの特権だと思っていた。


「その大巫女は、信仰心に熱く、労働も奉仕活動も進んで行い、自分の時間は全て人や精霊のために使っちゃうような女の子だという。精霊王から話を聞く度、一体どんな高い志を持った子なのか、興味を引かれた。塔で初めて会ったとき、正直いうと、最初は誰かわからなかった。結婚が嫌で塔に迷い込んでくるなんて、本当に心の底から結婚したくないんだな~なんて思って話を聞いてたら、あなたが巫女だったってことを聞いて、ピンときた。ああ、この子は俺との結婚を嫌がってたのかって。」

「待って、ひとつ言い訳させてください!あのときは相手が誰であろうと不安に感じてたと思う。」

 あのとき、本人を前にして嫌だ嫌だと言ってたなんて、失礼にも程がある。


「うん、わかってる。その後も話を聞いて、ああ本当に神殿の仕事が好きだったんだなって思ったし、ただ漠然とした不安を抱えているんだなってこともわかった。不安を打ち消すためとはいえ、あんなとこで酒盛り始めるなんて前代未聞だよ。野宿するなんて言い出したのも、あなたが初めてだ。」

 彼は呆れ混じりで言うが、その目は優しい。


「…その節は、ありがとうございました。おかげ様で、不安に思ってたことも、自分が思ってた以上にうまくいきました。」

「まだ不安は残ってる?」

「ううん、どうだろ?もう大丈夫かな。」


 司教様にはいつでも帰ってきていいと言われたし、実家も同じでみんな私に優しかった。あとはラシャール聖国に馴染めるか、旦那様とうまくやっていけるか心配してたけど、これに関しても最初に感じてたような漠然とした不安はない。


 彼が私に向かって手を伸ばす。


 彼はそのまま私の手を取り、整った唇を近づけながら、真っ直ぐに私を見つめて言葉を告げた。


「俺は、これからの人生をあなたと共に歩んでいきたいと思っている。ここは神殿と同じくらい精霊たちもいるし、ドラグ国と同じくらい星も見える。それに王妃としての仕事は大巫女のときと大して変わらないよ。あなたがやりたいことを自由にやればいい。不安があれば、一緒にどうすればいいか考えよう。あなたを幸せにすると誓うよ。置手紙をして逃げられないように、頑張るから、俺と結婚してもらえますか?」


 あまりに真っ直ぐなプロポーズに、赤くなった顔を隠すように下に伏せる。それから、照れ隠しに彼に向かってこう言った。


「…私、またあの塔であなたと星を見たいんだけど。」


 しかし、私の言った内容に彼は苦笑する。


「いや、あそこは聖王以外、精神状態が不安定な人しか来れない場所だからね。お願いだから来ないでください………今度もっと素敵な場所を案内するよ。あなたの望みであれば、世界中どこへでも。そこで一緒に一晩中星を眺めよう。」


 苦笑から綺麗な笑顔に変わり、その言葉に私は顔を上げて彼の手を自分の両手でそっと包み込む。


「私、逃げたいと思わないくらい、あなたのことも、この国のことも好きになれるように頑張る。これから、よろしくお願いします。」


 全く根拠はないけれど、きっと、頑張らなくてもすぐに好きになれると、そう思った。

 



◇◇◇




 パティとカイルラルが二度目の対面をしている一方、神殿の祈りの間にて、大巫女の少女アイラと精霊王の二人がのんびりとした雰囲気でくつろいでいた。




「精霊王様の髪の色って黒くて綺麗だね~目の色も真っ黒で夜空みたい。」

「ありがとう。アイラの金の髪も人間の美醜で考えると綺麗だと思うよ。」

「褒められてるのかわかんない~!」

 アイラは十歳の少女らしく、ケタケタと屈託なく笑う。


「でも、司教様に聞いたら、パティ様のときは白い髪に紫と橙の混ざった色の目をしていたって聞いたんだけど、精霊王様って姿を自由に変えれるの?」

「ああそうだよ。どんな姿もとれるんだけど、ここ数百年は、そのときの大巫女が将来好ましく思える相手の容姿になるようにしてるんだ。」

「あーだから私の好みの顔してるんだ!こんな人が現実にいたら最高だなー…」

「いつか出会えるよ。それまではアイラも私の相手をしてね。」

「もちろん!」


 精霊王の自分が大巫女を通して、人と交流を持つようになって数百年。大巫女の力は将来伴侶となる相手の受け入れが整い次第、次代に移る理となっている。


 前回の交代のときは中々面白かった。


 人の魂の繋がりを視る力で、ラシャールの王子が前大巫女のパティの伴侶であることを知った。あそこは代々精霊と親和性が高い。度々"境の塔"でラシャール王子のカイルラルに接触していた。


「やあ、カイルラル。」

「また来たのか…精霊王って暇なんだな。」

「そうだよ、暇を持て余してるんだ。ところで、ひとついい知らせをしてあげよう。あと少しで君の嫁に会えるよ。」

「知ってる。やっと王位を継いだからな、神殿とドグラ国の話し合いに決着がつきそうだ。俺が彼女を受け入れる準備ができ次第、大巫女は次代に移るんだろ?それと同時に俺と結婚だ。」

 元王女であり精霊との親和性が歴代巫女の中でも高いパティを受け入れるには、精霊信仰の強いラシャール聖国が適任だと着任当初から神殿側から打診されており、実はパティが大巫女になったときには既に二人は婚約状態にあった。

 

「そう簡単にいくかな?君の嫁だけど、今の職場がめっちゃくちゃ好きらしいんだ。それで、私のことも大好き。頑張って結婚の良さをアピールしないと、逃げられるよ。きっと。」

「は?なんだそれ。」

「私としてもね、彼女のことも君のことも大好きだから、うまくいって欲しいんだ。だから、彼女が大巫女を退いた後、1つだけ奇跡を起こしてあげる。」

「奇跡?」

「うん、それがどんなものであるかは言わないよ。でも、君は彼女に会って、結婚はいいものだよ~って頑張って説得するんだね。」

「色々と意味不明だな。」

「まあ、頼んだよ。」


 そうして、パティの大巫女の任が解かれた日、"境の塔"にパティを迷い込ませた。

 最初は互いに正体に気付いてなかったけど、カイルラルの方が迷い込んだ少女が将来の自分の嫁となるパトリシアだと気付いた。巫女という言葉でピンときたらしい。

 自分は夜の精霊に紛れて二人の様子を見守っていたが、そこからのカイルラルは見物だった。

 ただパティの話を傾聴するようでいて、しかし、「結婚先で楽しい生活を送ることを祈る」だと?それをおまえが言うのか、と思わずツッコミを入れたくなった。


 カイルラルは昔から自分が話すパティの話を聞いて、彼女に大いに好意を持っていた。これからパティも、十数年に渡って慣れ親しんだ自分と全く同じ容姿をしたカイルラルの姿に安心して、簡単にカイルラルに心を開いていくことだろう。



「早く、私のお気に入りの二人の子供を聖王か大巫女にして、私に会いに来させてね。」



 二人が正式に婚姻した際は、祝いの言葉を告げにいこう。精霊王はこれから先のとっておきの暇つぶしに、笑みを浮かべた。




(おわり)

互いに正体を知らない二人が再会したときに、「あの時の!」となるベッタベタな少女漫画風ストーリーを目指して書きましたが、肝心の恋愛がほんのり香る程度になりました。


ちなみに精霊王様がいることで、自然界の調和がとれている、暇つぶしに人間と交流するのが好き、という裏設定あり。

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