表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

指は止まらない。いや、止めてはいけない。止まれば全てが崩れ去る気がする。だから押す。撫でる。縫う。切る。叩く。折る。引く。

指が革に触れるたび、皮膚の表面に微かに熱が宿り、革の油が指に移り、指の塩が革に染み、互いが溶け合い、溶け合ってもなお、なお、なお、手は動く。


爪の裏がわずかに黒ずみ、革の微細な粉が詰まる。関節の溝に細かな繊維が積もり、指の動きに合わせて薄い線が浮かび上がる。指が叩く。トン。トン。トン。軽く。強く。速く。遅く。繰り返し、繰り返し、繰り返し。机の木の繊維がその音を受け止め、反響し、空気が震える。呼吸が浅くなる。深くなる。再び浅くなる。息が革の上に落ち、指がなぞり、再び叩く。トン。トン。トン。


糸が革の間を走り、針の目が光を反射し、わずかにきらめく。糸が引かれるたび、革が締め付けられ、沈み込み、盛り上がり、再び沈む。縫い目がまたひとつ生まれる。その小さな凹凸を指がなぞる。爪の先で触れ、指の腹で押し、節で叩く。縫い目の感触が指の神経を伝い、脳に響き、心臓の鼓動と重なる。ズ…ッ。トン。ズ…ッ。トン。


革は呼吸している。いや、そう感じるのは手の感覚が狂い始めているからか。それでもいい。指が革の表面を押し、縫い目の線を辿り、折り目の曲線を撫でるたび、革が微かに震え、呼吸をするように感じるのだ。押す。撫でる。引く。折る。押し込む。叩く。何度も。何度も。何度も。


指の皮膚がわずかに裂け、ささくれが生まれ、爪の横が赤く染まり、熱を帯びる。それでも止まらない。革が手を受け入れ、手が革に染み込み、互いの境界が曖昧になり、指が革そのものになり、革が指そのものになる。繰り返し、繰り返し、繰り返し。無限の円環のように、手が動き続ける。


そして再び刃が取られる。重みが掌に沈み、冷たさが骨に触れる。刃先が革の表面を撫で、わずかに引き、革が微かに裂け、繊維が弾け、刃の通り道が空気に震える。ズ…ッ。刃の軌跡が革に刻まれ、指がその切り口を触れ、押し、なぞる。滑らかな断面に指が沈み、わずかに息が漏れ、また叩く。トン。トン。トン。


時間が歪む。呼吸が途切れ、再び繋がり、空気が重く、音が遠く、光が鈍く、指の感覚だけが研ぎ澄まされ、刃の軌跡と縫い目の凹凸と革の弾力だけが全てとなる。


革の中には何があるのか。指が知っている。それはただの素材ではない。獣の命があり、時間があり、記憶があり、血と汗と風と土と、無数のものが編み込まれ、今この瞬間、手の中に収まっているのだ。指がそれを感じ取り、撫で、押し、折り、叩き、再び撫でる。繰り返し、繰り返し、繰り返し。


刃がまた持ち上げられ、糸の余りが切り落とされる。指がその断面をなぞり、結び目を押さえ、革の厚みを押し、縫い目を辿る。すべての動作が、時間を閉じ込めるための行為であり、終わりはない。


革の香りが空間を満たし、手の匂いが革に溶け、革の熱が指に伝わり、指の熱が革に沈む。手が、革が、呼吸が、時間が、全てがひとつに溶け合い、ただこの場所に存在する。


手は止まらない。止められない。指が触れ、押し、叩き、折り、なぞり、縫い、また触れる。繰り返し、繰り返し、繰り返し。果てしなく。果てしなく。果てしなく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ