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重たく湿り気を帯びた空気の中で、革が机の上に置かれる。深いこげ茶色の、しっとりとした艶を持つそれは、長い年月を生き延びた獣の皮膚であった。しわが寄り、微かに盛り上がる線は、獣の筋肉の記憶を留め、引き裂かれた裂け目は時間の証を物語る。
指が触れる。節くれだった、爪の周りがわずかに荒れた指先が、そっと滑る。力強さを秘めた、しかし今は沈黙の中にあるその指は、わずかに汗ばんでいるのか、革の表面に細かな水の粒を残す。親指の腹が革の縁をなぞるたび、かすかな摩擦音が立ち、革の香りが鼻腔を満たす。鉄と土と血の匂い。命を閉じ込めた匂い。
刃が手に取られる。冷たい鋼の冷たさが指の間を走り抜け、刃の重さが掌の中央に沈む。無駄のない形状のナイフは、光を鈍く弾き、刃先はほとんど見えないほどに細い。重みを感じさせながらも、指が刃を滑らせるたびに、切れ味の気配が指先を脅かす。
革の上に刃を置く。息が詰まり、時間が引き伸ばされる。刃が革に沈む瞬間、沈黙が裂けるようにして微かな音が立つ。ズ…ッ。切り裂かれる音。刃が進むたび、革の内部の繊維が震え、裂け、微かな振動が刃から手に、手首へ、そして腕の奥深くまで響き渡る。切り進めるたびに、革が切り離される音が、またもや同じ音で空間を満たす。ズ…ッ。ズ…ッ。切られる。削がれる。裂かれる。何度も、何度も、刃が進む。
切り口が現れる。断面は滑らかで、淡い光を帯びた微細な繊維が、刃が過ぎ去った直後に一瞬だけ微かに呼吸する。微細な革の屑が、空気中にわずかに舞い、淡い光の中で蠢く。
手が革を折り、しならせ、指が縁を押し込む。指の腹が、力を込めて縁を揉みこみ、革が徐々に柔らかく、しなやかに変わっていく。曲げられ、押しつけられ、繰り返し、繰り返し。力の加減は寸分の誤差も許されず、押し込みが浅ければ芯が生まれず、深ければ裂ける。折り目がつくたび、革が微かに軋み、わずかに伸びる。
針が革に触れる。銀色の針が、細い穴を穿つ。指先の力が、針を押し込み、革を貫き、向こう側へ抜けていく。針の腹が光を反射し、糸が革の中に沈み、引き締められるたびに革がわずかに歪む。糸が革に食い込み、結び目が小さな凹みを残し、無数の縫い目が一つの軌跡を描いていく。針を引き、糸を引き締め、指が押し込み、また引き締める。繰り返し、繰り返し、繰り返し。縫い目が線を成し、線が形を成し、形が目的を成していく。
革の中で音が響く。指が叩く。指の節が軽く革を弾き、沈む音が返る。トン。トン。革が生きているような響きを持つ。針が再び沈む。糸が引き締められ、呼吸のように革が震える。トン。トン。トン。縫い目が増えるたび、革の表面にしなやかさが宿り、形が確かさを帯びていく。
最後の縫い目を締める。指が糸を引き、結び目を作り、余分な糸が刃によって切り落とされる。余白を残さず、刃が糸を切り、また革をなぞる。
革が完成を迎えるその瞬間、手が止まる。机の上に置かれたブックカバーは、革の匂いと、縫い目の凹凸と、指先の記憶とを纏って、ただそこに在る。重みを持つ、時間を閉じ込めた塊として、深い色と、微かな艶と、縫い目の密やかな鼓動を抱えながら。
指がまた革に触れる。今度は、ただ触れるために。何度も、何度も、指が革をなぞり、縫い目を辿り、重さを確かめ、繰り返し、繰り返し、繰り返し。その行為に終わりはなく、手はただ触れ続け、革はただそこに在り続ける。
終わらない手の動きと、終わりのない革の質感と、繰り返される息づかいの中で、何かが確かに生まれていた。