7 リディア、幼女を発掘する。
騎士達は戦いが始まってすぐに大混乱に陥った。全員が迫りくるクラゲの触手から逃げるのに必死になっている。
必死になるのも当然だった。触手に少しでも接触した者はまるで魂を奪われたかのように倒れるのだから。
こんなものは戦いでも何でもない! 沼よりたちの悪い一方的な殺戮だ!
……という皆の心の叫びが聞こえてくるようだ。地獄絵図のような光景になっているけど、もうちょっと頑張ってくれないと。
この〈水霊大クラゲ〉は水属性と毒属性の混合魔法だ。通常のクラゲ同様に、その触手に触れた者は毒に侵される仕組みになっている。とはいえ、今回は騎士達の実力を見定める場なので毒もそれほど危険なものじゃない。一時的に意識を奪う程度の軽いものになる。
ミラテネスに留学してから分かったことだけど、実は私、水や地属性よりも毒属性が大の得意だった。沼にもクラゲにも好みの毒を付与できる。
それはさておき、本当にもうちょっと頑張ってくれないと。仕方ない、サービスで教えてあげるか。
「アルベルト、ちょっとちょっと……」
と私は親衛隊隊長を呼んで伝言を頼んだ。
ところで、クラゲに収納されている私は水中にいるわけだけど、水霊を制御して呼吸も話すのも可能だった。私は全く泳げないが、もはや溺死しない体になったと言える。あと、水霊が体を押してくれるので、泳げなくても水中を自在に移動できる。
クラゲの中をくるくると周遊している間に、アルベルトが拡声の魔法具で先ほどの伝言を発信していた。
「皆様、クラゲの触手は魔力を込めた攻撃なら破壊可能だそうです。もちろん防御もできるので、もうちょっと頑張ってくれないと、とリディア様が仰ってます」
うん、もうちょっと頑張ってくれないと。このままじゃ才能の発掘のしようがない。
こちらからのアドバイスと発破が効いたのか、騎士達は各々が習得している魔法で触手に対応しはじめる。地獄絵図ではなくなったものの、守りに偏っている感は否めない。
「あの触手はいくらでも再生可能ですし、守り一辺倒なのは仕方ないかもしれませんね」
マチルダさんがそう言いながら舞台に上がってきていた。彼女はあちこちに視線をやりつつ手元でメモを取っていく。
「ちらほらと才能のありそうな人がいますよ。名前は分からないので身体的特徴でメモするしかありませんけど」
そう、ちらほらといる。まだまだ伸びしろのありそうな人達が。一万人もいればさすがに何人かはいると思っていたけど、……正直ほっとした。
こうしてる場合じゃない、私もメモを取らないと。
いくら水霊の制御に長けていても水中でメモはできないので私はクラゲから脱出。びしょ濡れだった髪や服は水霊の力ですぐに乾いた。(なお、クラゲは私が中にいなくても勝手に動いて設定したターゲットに攻撃を続ける)
私はマチルダさんと並んで騎士達をチェックしていった。彼女が隣で小さく微笑む。
「何人かはミラテネスの訓練を受ければ下位より上の神獣とも戦えるようになりそうじゃないですか。よかったですね、リディア様」
「はい、私の負担が減りそうでよかったです……」
「そんなことを言って、本当は自分がコルフォード王国にいない間も被害が出ないように騎士団を強くしておきたかったんでしょう? あなたは天邪鬼ですからね」
「う……、あくまでも自分が楽をしたいがためです……」
「まあ、そういうことにしておきましょう」
……マチルダさんにしろアルベルトにしろ、どうして私の本心を言い当てたがるんだろう。
騎士達は魔法を駆使してもやはり巨大クラゲに押され気味だった。一人、また一人、と触手にやられて倒れていく。
やがて立っている者は誰一人いなくなった。目の前には死屍累々の光景が。(一時的に気絶してるだけなんだけど)
騎士一万人とクラゲの戦いは水棲生物の圧勝で幕を閉じた。
「リディア様、〈水霊大クラゲ〉は対上位神獣用に作った魔法でしょ、当然の結果ですよ。それより私、一人すごい逸材を見つけたんですけど」
マチルダさんの言葉に、メモに目を通していた私は顔を上げる。
「奇遇ですね……、私もです……」
「きっと同じ人です。一緒に指を差してみましょうか」
赤髪の同志の合図で私達は揃って同じ一点を指差していた。
「そこ、クラゲの攻撃は全てかわしていたのにやられたふりをしている人がいますね! お見通しですよ!」
探偵のようにマチルダさんがズバリと指摘すると、倒れているうちの一人の体がビクッと反応。
少し時間を置いて、死屍累々の中にぴょこっと幼女が生えた。
彼女の姿を見てアルベルトが驚きの声を上げる。
「あの子は騎士じゃない! まだ見習いの従者だ! ……本当にあんな小さな子がすごい逸材なんですか?」
なんだ、私とマチルダさんの見立てを疑うのか?
あの子、年齢は十歳くらいだろうか。ずいぶんな幼女だが、間違いない。なんせ、この中でただ一人、私の触手攻撃を避け続けたんだから。
あの幼女はまさに、一万人に一人の天才だ。
ふと名案を閃いた私は手をポンと打ち鳴らした。
「よし、あの幼女を騎士団団長に据えよう」