5 リディア、女王になる。
「……お二人、ご婚約、なさっているのですか?」
声に振り向くとマチルダさんが脱力した表情で立っていた。
さっきはあんなに張り切っていたのに、見違えるようだ。
彼女はトボトボと私達の前を通過。
「私、帰ります……。あ、町に入りこんだ虎は全て退治したので、ご心配なく……」
喋り方がまるで私のようだ。
私は追いかけてマチルダさんの手を取った。
「助けてくれて、ありがとうございます……。マチルダさんのおかげで、多くの命が救われました……」
「助けるのは当然のことです。私達は同志なのですから。しかし、この後が心配でなりません。リディア様、ミラテネスで国家魔法士を続けると仰っていましたよね?」
「もちろん、そのつもりです……。これで心おきなく、この国を出られますから……」
「……そうできるとよいのですが。ご武運を」
赤髪の同志を見送りながら、おかしなことを言うものだと思った。
私の方は実家の公爵家に顔を出すことに。
混乱冷めやらぬ町を足早に駆け抜けた。何だかやたらと注目されるので、本当に足早に。
屋敷に着くも、父はまだ戻っていなかった。まあ、私より速く走るのは無理だろう。
久しぶりにメイド達の作ったお菓子でお茶を飲む。危難が去ったことを伝えると、使用人達は大層もてなしてくれた。
「ですがお嬢様、そういうおつもりなら早く町をお出になられた方が……」
メイド達まで、またおかしなことを言うものだと思った。
しばらくして帰ってきた父は、まるで土にでも埋まっていたかのような有り様。
ご無事で何よりです。
「まず、私の話をお聞きください……。私、ついうっかり、ミラテネスの国家魔法士になってしまいました……、ので、もうこの国にはいられません……。追放処分に、してください……。ではお父様、お元気で……」
急いだ方がいいそうなので、言うべきことだけ一気に喋り切った。
「ま! 待て! 勝手に追放されるな! …………、……リディア、久々に帰ってきたのだからもう少しゆっくり、そう、今日は泊まっていきなさい。よし、町中の菓子職人を呼び集めよう。お前のためにアップルパイを焼かせるから、食べ比べをしてみてはどうかね?」
「アップルパイ……、食べ比べ……。分かりました……、帰るのは明日にします……」
私の言葉を聞くや、父は汚れた格好のまま飛び出していった。
翌日、当分アップルパイは見たくなくなった私が屋敷を出ようとしたところ、エントランスに威厳のある年配男性が四人。
一人は父だ。そして、残りの三人も誰かは知っている。この国の社交界で知らない者はいないだろう。権力の頂点に立つ人達なのだから。
コルフォード王国の四大公爵が勢揃いで私を待ち構えていた。
まず父がうやうやしくお辞儀をする。
「お待ちしておりました、リディア様」
「お父様……、何の冗談ですか……」
「冗談ではございません。あなた様はもう国王様のご養女であらせられます。失礼があってはなりません」
彼に続いて他の公爵達も順にお辞儀を。
……やられた。
コルフォード王国では、慣例としてその時最も力のある公爵家が次の王を決める。その四人が手を組めば、この国でできないことなどない。
彼らは私を……。
父がお得意の人の良さそうな笑顔を作る。
「ささ、これより譲位の儀でございます。参りましょう、リディア様」
……私を女王にするつもりだ。
で、いなくなった守護神獣の代わりに国を守らせるつもりだ……。
なお、四大公爵家には王族の血が入っているので正統性の上でも問題はない。私は一切の障害なく女王になることができた。
いやいや! そんなものに、なってたまるか!
私は人差し指をピンと立てた。
「私は、ミラテネスで魔法士を続ける……。たとえ、四大公爵を押し流してでも……」
「リディア待て! じゃなくて、リディア様お待ちを! あちらで国家魔法士としていられればよろしいのですね!」
四大公爵は全力でミラテネスと交渉した。
結果、私は国家魔法士としてかの国に籍だけを置くことに。ミラテネスが身分制のない国なのが幸い、いや、仇になった。
他にも私はいくつか条件を提示。
年の四分の一は魔法国家ミラテネスで過ごすこと。
王宮に私好みの本を集めた趣味の書庫を作ること。
社交の場には可能な限り顔を出さなくてよいこと。
シールド(前髪)は維持してもよいこと。
などなど、条件は概ね飲ませることに成功した。
かくして、コルフォード王国に陰気な女王が誕生したのであった。
――――。
ふむ、散々ごねてみたものの、いざ王位についてみると結構気楽じゃないか。
面倒なデスクワークは優秀な文官達が片付けてくれる。私は書類に印を押したり、たまに野良神を沼に沈めるだけ。
実に気楽だ。
「そう思わないかね、親衛隊隊長……」
「……リディア様が散々ごねたからこうなったんですよ。ですが、これが狙った通りの形なのでは? 危機が去っても、あなたはこの国を放っておけなかった。そうでしょ?」
ソファーでクッションにもたれながら読書する私に、親衛隊隊長アルベルトが遠慮のない視線を向けてくる。
「まったく、たわ言を……。そんなこと言うなら、婚約は破棄……」
「えー……、横暴な」
「横暴じゃない……。その権利も、女王になるのと引き換えに手に入れた……。他にも色々な権利がある……」
「はぁ……、コルフォード王国、大丈夫か」
大丈夫に決まっている。私が女王になったんだから。