4 リディア、王国を救う。
やがて私達はコルフォード王国に入り、まっすぐ首都へと向かった。
道中、ウルノスの群れに出くわす。が、あちらは私達を見るなり相談もせずに逃げていった。
この二年で私も少しは成長したようだ。
首都に到着すると、早くも戦闘が始まっていた。
あと一時間遅れていれば陥落していたかも。危ないところだった。
というのも、我が国の軍はかなり劣勢なため。
騎士も貴族も必死に戦っているが、戦線はボロボロ。想定していたよりこの国は弱い。そして、……この状況はまずい。
「リディア様! まずは中へ!」
マチルダさんも察したらしい。
私達は戦線をぐるりと回りこみ、町の側面へ。
高さ約十メートルほどの外壁を跳び越えた。
今の私達ならこんなこともできる。しかし、馬サイズの虎神にも可能だった模様。
すでに町の中にまで虎の神獣ティガムが入りこんでいた。次々と住民達を襲い始めている。
「野良神共め……。〈アクアカッター〉……」
シュバッ!
私の放った、薄く研がれた水の刃が大虎を直撃。一撃でその命を奪った。
町中を駆けながら、次々にカッターを飛ばしていく。
マチルダさんも火球魔法〈ファイアボール〉を撃ち、こちらも一発で仕留める。
人々は逃げるのも忘れ、呆然と私達を見つめていた。外の連中とは実力が違うので気持ちは分かる。
だけど、そんなに注目されると……。
「きひひひひひ……!」
「リディア様、抑えて! 戦闘狂のようです!」
抑えられるものならずっと昔にやっています、マチルダさん。
と思っていると一人の騎士が門をくぐってこちらへ。
しまった、変質者の切り裂き魔と間違われたか。いや、よく見るとあれはアルベルトだ。
「やっぱりリディアか! 腕の立つ魔女が助けに現れたと聞いて、もしやと思ったんだ!」
「アルベルト……。久しぶり……」
「久しぶりじゃない! 一度も帰ってこないで! ……なのに、どうして今になって。手紙に書いただろ。この国はもう……」
「分かってる……。だから、帰ってきた……」
ふと、服の裾が引っ張られるのを感じて振り向いた。
何ですか、マチルダさん。
「こ、こちらの見目麗しい男性は、ど、どなたですか!」
「私の幼なじみ、の侯爵家次男です……」
おや、マチルダさん、髪だけじゃなく顔まで赤く……。
そういえば、彼女から借りた英雄譚、主人公の騎士がどことなくアルベルトに似ているような。
マチルダさんはババッと両手を掲げた。
「〈炎舞輪〉!」
頭上に燃え盛る大きな車輪が現れる。
おお、これはマチルダさんの得意魔法。
ギュルルルルルル――――ッ!
車輪は回転しながら飛び、外壁の上にいた二頭のティガムを弾き飛ばした。
「この町は私が守ります! リディア様は気兼ねなく外の神獣達を!」
こんなに張り切っているマチルダさんを見るのは初めてだ。
お言葉に甘えよう。
私が駆け出すと、アルベルトも後ろから追ってきた。
「あれが噂の魔法国家ミラテネスの魔法士か……。俺らとは実力が違いすぎる」
「そう、彼女はかなりの実力者……。なにせ、ランキング二十二位……」
「二十二位って! あんな信じられない量の魔力を纏っているのにか!」
「きひ、アルベルト……。本気の私を見たら、腰を抜かすかも……」
「え……?」
門を出ると、戦況は先ほどより悪化していた。
もう戦線は崩壊寸前。私の一族は無事だろうか。
あ、あそこで戦っているのは父だ。
四大公爵が自ら……。これが滅亡間近の王国か。本当に危ないところだった。
私は軽く地面に手を触れさせた。
「私の沼を見せてやる……。〈大毒沼〉……」
この瞬間、魔力を本気モードに。
アルベルトが目を見開いて私を見つめる。なんだ、腰は抜かさなかったか。空気の読めない幼なじみだ。
まあいいか、毒沼作ろう。
ジクジクジクジクジク……!
私とアルベルトが立つ場所を残し、一帯に素早く沼が広がっていく。
瞬く間に、戦場全体が沼地に変わっていた。
アルベルトは呆然と辺りを見回す。
「な、なんて規模の魔法だ……」
「私、本当に沼の魔女になってみた……。これが、私の毒沼……」
「……毒沼?」
「そう、毒沼……」
我に返ったように、アルベルトはバッと戦場の方を向く。そして、叫んだ。
「全員早く出ろ! これは毒沼らしい!」
弾かれたように、騎士も貴族も一斉に町を目指し始めた。
だが、沼地だけに思うように足が進まない。
ふむ、普段は着飾っているご令嬢達も見事に泥だらけだ。命が懸かっているとなると、そんなことも気にしていられないか。
「アルベルト、酷なことをしたな……。人間にはただの沼なのに……」
「そ、そうなのか?」
「私がきちんと対象を設定してる……。虎共を見てみろ……」
ティガム達は、その巨体にも関わらず全く動けないでいた。
六、七十頭はいるだろうか。全頭、固まったまま微動だにできない。
私の毒はまず体の自由を奪うようにできている。こういう乱戦状態に陥っていると予想していたからだ。味方の安全を確保したのち、ゆっくりと敵を死に誘う。そういう風に作った。
「……そうか。恐ろしくはあるけど、リディアらしい魔法だ」
「沼だから、当然私らしい……」
「違う。まず皆を助けるってところがだよ」
「…………。私の魔法発動中に死なれたら後味が悪い、だけ……」
何だアルベルト、嬉しそうに笑って。
と思ったら、その表情が恐怖に歪んだ。そう、そちらの方が私好み、……ではないけど、沼の魔女にはお似合いだ。
しかし、いったいどうした?
……ああ、あれか。
体長十メートルはあろうかという巨大な虎が、沼の中をのしのしと進んでくる。
群れのボス、中位神獣のティゴルクだな。
この沼は広範囲なだけに、あのサイズの神獣には毒の効きが悪い。
「まっすぐこっちに……。やはり標的は、私……」
「リディア逃げろ! ここは俺達騎士で、な、何とかする!」
「騎士が束になっても、あっちが食べやすくなるだけ……。私を沼だけの女と思うな……」
「対抗できる魔法があるのか?」
「無論だ……。きひひひひ……」
私は人差し指をピンと立てた。
「アルベルトをからかっていた魔法がどうなったか、見せてあげる……。〈水鉄砲〉……」
前方の空中に大量の水が塊になって出現。速度を上げて渦を巻く。
針路に人影なし。
よし、行け。
ザバッ! ゴゴゴゴゴ――――――――ッ!
勢いよく放たれた水がボス虎に押し寄せる。
その頭を優に超える高さの鉄砲水。虎の神獣はなす術なく激流にさらわれていった。
王国側は全員、呆然とそれを見送ったのち、ゆっくりと私に視線を向けてきた。
あまり見ないでほしい。奇声を上げてしまう。
まあ、これが留学の成果だ。かつて大砲だった〈水鉄砲〉は、今や大津波となった。
私の心を読んだように、アルベルトはため息をつく。
「もう絶対に、俺に向けて撃つなよ……。けど、お前が帰ってきてくれて助かったよ、リディア。国を救ったな」
「祖国に滅びられては、読書に集中できない……。それだけ……」
「そういうことにしておく。ところで、町の前が沼地になってしまったんだが、どうすればいいだろう……」
「私が作った沼だぞ……。元の状態に戻せるに決まってるだろ……」
さっと手を掲げると、水霊達が撤収を始めた。見る見る大地が乾いていく。
それに伴って風が発生。突風が私の所にも。
ああ! シールド(前髪)が!
と私に視線を向けたままだった全員が硬直。頬を赤らめたり、持っている武器を落としたり。
なんだ? 変な魔法は使ってないぞ。
慌てた様子でアルベルトが私の前に立った。
「言っておくが! 彼女は俺の婚約者だ!」
「婚約は、破棄したはず……」
「受け付けてないから……。俺達はまだ婚約中だ」
「なんて横暴な……。で、皆のあの反応は何……?」
「どっちが横暴だよ。リディアは自分に無頓着だから自覚ないだろうけど、お前、すごい美人なんだぞ」
……私のこの顔が、美人だと?
そうだったのか、知らなかった……。
うんまあ、対人恐怖症持ち腐女子の私には割とどうでもいいことではある。