[なろう限定書き下ろし]15 リディア、と契約獣。
町の視察は女王の大切な職務の一つだ。今日も私はアルベルトと共に首都の城下町に足を運んでいた。
うんうん、コルフォードの民は変わらずに元気だね。
「どうにか女王らしい雰囲気を出そうとなさっているのは伝わってきますが、それならもう少し前に出た方がよろしいのでは?」
私のシールドになっているアルベルトが苦言を呈してくる。振り返る彼の陰で私は一層身を小さくした。
「これ以上は無理……。いつものことなんだから言わなくても分かるだろ……」
「いつもの散策なんですから、いい加減もう慣れてください。と今更言っても無駄ですね」
分かっているならいちいち言わないでほしい。親衛隊隊長のくせに気が利かないな。
見ろ、町の皆は私の性質を心得ているから距離を保って見守ってくれている。コルフォードの民達よ、いつもどうもすみません。
アルベルトがため息をつきながら前方を指差す。
「ポージーさんをご覧ください。実に堂々としたものですよ」
私達二人に先行して、中型犬サイズのシマリスが往来を闊歩している。周囲の視線を一身に浴びているが、確かに本人(獣)は全く気にする様子がない。
あのシマリスはポージーという名前で(私が名付けた)、チモニーという神鼠種の神獣だ。私の契約獣になる。チモニーはその小ささから神獣の中でも最弱と呼ばれていた。言ってみれば、他の神獣の餌になるために存在しているような種族だな。
人間と契約獣は互いに唯一無二の運命の相手だとされていた。女王である私の運命の神獣が、まさか最弱のシマリスとは……。
当初は色々と葛藤があったものの、これが現実である以上は仕方ないのでポージーと契約してあの子を王国の保護神獣とすることにした。(とても守護神獣にはできない)
ちなみに、契約を結んだ人と神獣は心で会話することが可能になる。
弾むように前を歩くポージーの精神に私は語りかけた。
一匹でずんずん先に行くな、野良神だと思って討伐されるぞ。
(この町の人は皆、私のことを知っているのですから、そんな心配はありませんよ)
振り向いたポージーの言葉が、直接私の心の中に流れこんできていた。まあこんな具合に意思の疎通が取れる。
あの子が私の契約獣になって結構経つので、本人(獣)の言うように首都に暮らす大勢がその存在を認知している。もふもふでぷっくりしたボディを持っているだけあって、なかなかの人気ぶりだ。もう、地方都市からシマリス見物を目当てに観光客がやって来るほど。
なので、ポージーは町に出ると毎回注目を集めることになるのだが、この子はそれを気にするどころか楽しんでいる節すらある。陰キャな私とは真逆のとんでもない陽キャだった。
今も周囲の人々に愛想を振り撒いて歓声を浴びている。
とずんずん進んでいたポージーがピタリと足を止めた。一軒の屋台を食い入るように見つめる。
(……あのホットドッグ、美味しそうです)
すると、心の声が聞こえないはずの屋台の店主が、つぶらな瞳に誘われるようにフラフラと出てきた。商品のホットドッグをシマリスに差し出す。
(わあ、いいんですか! ありがとうございます!)
待て待て! 今のは確信犯だろ! このあざといシマリスめ!
(あ、すみません、ついうっかり。食べたい物がある時はリディアに言うのでしたね)
謝りつつもポージーは前脚で掴んだホットドッグを嬉々として頬張っていた。
ため息をつくしかなかった私は、シールドにしているアルベルトの背中を指で突っつく。
「あれの代金、払ってきてくれる……?」
「承知しました、少々お待ちを」
そう請け負ってくれたアルベルトだったが、屋台へと向かって程なく頭を抱えながら戻ってきた。
「……受け取ってもらえませんでした。自分から差し上げた物だからと」
……こうなるから事前に私に言えと言ってるんだよ。
女王である私は、ただでさえ買い物をしてもお金を受け取ってもらえないことが多々ある。そうもいかないので、いつも本当に苦労して支払いをさせてもらっている(アルベルトが)。なのにこのシマリスときたら可愛さを武器に、ついうっかり、商品を入手してしまうのだから困ったものだ。
これはそろそろいい加減に何とかしなければならない。
私はホットドッグを食べているポージーに詰め寄ると、その頬袋を両手で挟みこむ。
「ポージー、城に戻ったら特訓だ……!」
(と、特訓ですか? 何の?)
――この日、私は深夜までポージーに数字の読み方とお金の種類を叩きこんだ。さらには、アルベルトにお店屋さんの役をやってもらって模擬演習までこなした。
そうして翌日、私達は再び町へと繰り出す。
私はポージーの首に紐の付いたガマ口の財布をかけた。
(お財布、いりますかね。お金は私の頬袋に入れたらいいのでは?)
このシマリスは何かと物を頬っぺに収納したがる。口に入れたお金を受け取る店側の気持ちも考えてあげて。
(頬袋の中は綺麗ですって! 人間のポケットと一緒だといつも言っているでしょ!)
はいはい。それよりポージー、特訓の成果を見せてくれ!
(が、頑張ります。じゃあ、あの屋台にしましょうかね)
からあげドッグの屋台に走っていったポージーは、そのカウンターに前脚をかけて二足立ちに。ちらりと値段表を見ると、自分で財布を開けて一枚の硬貨を取り出した。
うむ、初めての買い食いは成功だ。
自力で買い物をしたシマリスに、周囲で見守っていた人達から驚きの声が上がる。
神獣は普通の動物より知能が発達しているので頑張ればこれくらいはできる。が、なぜか私は少し誇らしい気分だった。うちのポージー、なかなかやるでしょ、的な。
「ですがリディア様、ポージーさんに財布を預けたままでよろしいのですか?」
しみじみと特訓の成果を噛みしめる私に、アルベルトが横から。
どういう意味か尋ねると、彼は買い食いを終えたポージーを指差して見るように促す。
ポージーは財布を手に浮き足立っていた。
(自分で好きな物を買って食べられるって素晴らしいです! 次はあっちの肉まんを、いえ、ここは一度甘い物を挟むべきでしょうか!)
「…………。あれはもう財布を空にする勢いだな……」
私は呆れながらそう呟いたものの、嬉しそうなシマリスの様子に、まあいいかとも思った。
ポージーと出会ったのは、私が鳥神討伐に赴いた北の森でだった。
最弱種ゆえにあの子は生まれてからずっとかの森で命懸けの日々を送ってきた。それはもう緊張の連続だったに違いない。
頑張って生き延びてせっかく私と出会えたんだから、ジャンクフードを思いっ切り買い食いするくらいの贅沢はさせてあげてもいいんじゃないだろうか。
露店のお菓子を齧るポージーの瞳は、気のせいかもしれないけどいつもより潤んで見えた。
(美味しいです! こんなに幸せでいいんでしょうか!)
私の口には自然と笑みが浮かんでいた。
まあいいか。