10 リディア、ざまあ展開を予感する。
私が女王になって五か月が過ぎた。
先月オープンしたポイズン書店は順調な滑り出しを見せ、連日多くの客で賑わっている。予想以上の盛況ぶりに、同じ首都内に二号店を出そうかと準備を進めていた。
さらに、地方都市に住む貴族令嬢達から、自分達の町にも出店してほしいという声が続々と。もう王国全土にチェーン展開する勢いだ。
「きひ、きひひひひ……!」
執務机の私が不意に奇怪な笑い声を上げたので、周囲にいた文官達は揃ってビクッとなった。ごめん、結構毎度のことなので許してほしい。というより慣れてほしい。
最近は午前中はこうして執務室で仕事をこなすことが多い。
私の対人恐怖症もずいぶんとましになってきて、そこそこ近くに文官達がいてもあまり緊張しなくなってきた。日々の仕事が忙しいせいもあるかもしれない。
当初はアルベルトが隣にいないとサイン一つろくにできなかったことを考えれば、我ながら大した進歩だ。
と噂をすれば当の本人が執務室に入ってくるのが見えた。
「お疲れさまです、リディア様。もうすぐ特使との謁見の時間になりますので、ご準備いただかないと」
「そうだった……、憂鬱でしかない……。今までみたいにパスできないの……?」
「今回は相手が外相ですし、あちらの王族の方でもありますので難しいかと。女王様との謁見を強くお望みですし」
「く、私のような陰キャ腐女子に会って何の得があるんだ……」
「……あなたが国の最高権力者だからですよ。ほら、マチルダさんが待っているので急いでください」
アルベルトから促されるままに私は椅子から立ち上がった。
女王就任以来、謁見の申し出はこれまで全て断ってきた。しかし、ここに来てついに避けては通れない案件が。対人恐怖症が大分ましになったとはいえ、外交の場はまだまだハードルが高い……。憂鬱でしかない……。
支度室にて、私がいつにも増してどんよりした空気を纏っているのを見て、マチルダさんは小さく微笑んだ。
「外交は戦いの場と言いますし、あちらを倒すような心持ちで臨めばいいんですよ」
「本当に倒していいなら、どれほど楽か……。特使を沼に沈めてしまいたい……」
私達の会話を聞いていたアルベルトが「絶対に駄目ですよ!」と叫ぶ。やらないって。
それにしても、先方はなぜそれほどまでに私との謁見にこだわるんだろう。疑問を口にするとマチルダさんも首を傾げた。
「確かに妙ですね。何か思惑があるんでしょうか」
「探ってみましょう……、〈水鏡〉……」
私が手をかざすと水がくるくると円を描いて舞いはじめる。それはすぐに平らになって水の鏡が完成した。続いて、その鏡から発生した霧が部屋の扉へ向かって流れていく。
すると、水の鏡には王宮の廊下を進む様子が映し出された。
この〈水鏡〉は偵察用の魔法だ。さっき流れていった霧が離れた場所の映像と音声を届けてくれる。もしターゲットがそれなりの使い手なら察知されるだろうけど、外相程度なら心配ない。腐女子の私がこの魔法を扱うのは問題があるように思われるかもしれないけど、エロいことに使ってはならないという暗黙の了解があるのでそちらも心配ない。
放った霧が客室に到達したらしく、話をする二人の人間が水の鏡に映し出される。
ふむ、年配の男性が外相で、もう一人の女性は彼の娘か。事前の情報では、娘は父親の側近で秘書のような仕事をしているらしい。
水の鏡から二人の会話が聞こえてきた。
「お父様、噂では女王リディア様は対人恐怖症を患っておられるとか。つけ入るチャンスは充分にありますよ」
「ああ、何としても女王様より我が国の農産物に対する関税引き下げの言質を得るぞ」
「私にお任せを。何でもリディア様は顔が隠れるほど前髪を長く伸ばしておられるそうです。ふふ、きっとひどい容姿をしておいでなのでしょう。私の美貌を目の当たりにすれば、一層怖気づくに違いありません」
「うむ、お前は我が娘ながら本当に美人だからな」
ここでマチルダさんが水の鏡に正拳突き。私の偵察魔法は粉砕された。
「何なんですか、あの女! 言うほど美人でもありませんし!」
「確かに、マチルダさんの方が美人だと思います……」
「いえ、それを仰るならリディア様の方が断然……、そうです、謁見にシールド(前髪)を上げて臨みませんか、リディア様。あの人達に目にもの見せてやりましょう」
「ひ……!」
そ、そんなの無理に決まってる! シールド(前髪)がなくなったらきっとまともに話すこともできなくなる!
当然ながらマチルダさんの提案は断ろうとするも、一緒に外相達の会話を聞いていたアルベルトがいつになく真剣な眼差しを向けてきた。
「俺も悔しいです、素顔のあなたで臨んでいただけませんか。勝手な思いながら、彼らにリディア様の美しさを見せつけてやりたいのです」
……本当に、勝手だ。先月は一方的に婚約を破棄したくせに、今度は私が蔑まれて代わりに怒っている。私をどうしたいのかさっぱり分からない!
誰が言う通りになんてしてやるものか!
という思いとは裏腹に、私の口は自然と返事を。
「分かった、やる……」
えー……、どうした私。なんかアルベルトと立場が逆転してないか?
私が悶々としている傍らで、マチルダさんは控えていたメイド達を呼ぶ。
「そうと決まればリディア様、もう最高に威厳溢れる女神のような女王で登場してやりましょう!」
これはもしや、私が顔面でざまあする展開に……?