1 リディア、魔法留学する。
私は昔から陰気だと言われ続けてきた。
自分ではよく分からないけど、人と接するのは苦手かもしれない。一人で本を読んでいた方がよっぽど楽しい。なので、友人と呼べる者もいない。
どうも私は話す相手を怖がらせてしまうようだ。
人を前にすると緊張で上手く喋れず、たどたどしい口調になる。さらに、緊張がピークに達すると奇怪な笑い声が出る。
もちろん学校でも浮きに浮きまくっていた。
私だって自分を変えようと頑張ってはいる。
と努力している間に病気でこの世を去ることに……。
享年十五歳、後悔しかない人生だった。
しかし、不思議なことに私は新たな世界で生を得る。
魔法が存在する中世ヨーロッパ風の世界だ。ファンタジーなラノベを好んで読んでいた私にとってはまさに願ったり叶ったりの世界。
……のはずだったが、ここでも対人恐怖症が大きな障壁となる。転生しても私は私だった。
しかも、新たな人生では嫌でも大勢の人と会わなければならなかった。
改めて自己紹介すると、この世界での私の名はリディア。ラングレンス公爵家の一人娘だ。
当家はこのコルフォード王国を支える四大公爵家の一つ。次期当主として頻繁に社交の場なる地獄へ赴かなければならない義務があった。
視線を合わせなければ緊張が和らぐかと、前髪を伸ばしてみた。目元が完全に隠れるくらいまで。私自身は幾分か楽になったものの、周囲との距離は一層開いた気がする。
やがて無理に人と会う必要はないという考えに至ったが、やはり立場がそれを許さなかった。
どうやら私は完全に生まれる家を間違えたらしい。
気の毒なのは周りの人達もだ。
どこかの家の誰かの誕生パーティー(興味がなく、度々開かれるので覚えていない)にて。
私は定位置である部屋の隅に立つ。
目立たないようにここにいるというのに、注目を浴びるのは避けられない。なぜなら、必ず私に挨拶しなければならない可哀想な者達がいるから。
彼らも私の性質は知っているので、話しかけるようなことはしない。
少し距離を置いて丁寧にお辞儀。
これでオッケー、という慣例になっている。
それでもお辞儀の回数が増えてくると、私の精神が悲鳴を。
「きひひひひひひ……!」
突然の私の笑い声に、周囲はビクッと。
すみません、緊張のあまりつい。
すぐにお付きの者達が椅子を持ってきてくれた。そして、私の前に並んで壁を作る。
「皆様! 本日はここまでで! お嬢様が限界です!」
もはや社交場では恒例になった光景。
……なぜそうまでして出席しなければならないのか。という空気が漂うのも恒例。
私も同感だ。慣例とは恐ろしい。
ともかく、後はこのまま座っていれば、程なく地獄を抜け出せる。
と思っていると、お付きの者達の壁を突破してくる者が。
シールド(前髪)の隙間から覗き見る。
ああ……、彼なら仕方ない。
私にも比較的緊張せずに話せる貴族がいる。幼なじみの彼、アルベルトもその一人だ。気の毒さでは彼が一番だろう。侯爵家の次男で、物心ついた頃には私の婚約者となっていた。
十四歳の私より二つ歳上のアルベルトは今まさに伸び盛り。身長もそうだし、所属する騎士団でもぐんぐん腕を上げている。性格が現れたかのような明るい茶色の髪で爽やかこの上ない。
今も周囲の女性達から熱い視線が。
陰気でもっさり黒髪の私とは、つり合わないにも程がある。
お付きの一人が椅子を用意し、アルベルトは私と向かい合うように座った。
「リディア、俺の誕生パーティーに来てくれてありがとう」
「あ、ここ、アルベルトの家だったんだ……」
「婚約者の家くらい覚えておいてくれよ……。……というより、俺の誕生日、いい加減覚えてくれ」
「ごめん……」
「まあ、それがリディアだよ。少しは気を楽にして、ゆっくりしていってくれ。お前の好きなアップルパイもあるから」
「ほんと……? じゃあ、食べて帰ろうかな……」
アルベルトは「そうしな」と眩しい笑顔を残して去っていった。
近頃、彼は太陽の騎士なんて呼ばれているらしい。眩しいわけだ。
ちなみに、私にも通り名がある。
沼の魔女、だ。
もちろん由来はこの陰気さ。そして、私が水の魔法を使えるから。
交易路の要衝であるコルフォード王国は、何かと外敵に晒されることが多い。そのため、貴族も戦えるようにと、幼い頃から魔法の修練をするのが慣例になっている。
この場にいる者達もほぼ全員が魔法を使えるけど、実力は大したものじゃない。アルベルトのように騎士団にでも属してない限りは趣味の範囲だな。
私はといえば……、あ、アップルパイを食べ終えてしまった。帰ろう。
これが私の日常。
絶対的に向いていない行為を、日々義務としてこなさなければならなかった。
部屋から一歩も出ず、延々本を読む生活が送りたいものだ。
そう思っていると、願ってもない機会が巡ってきた。
当家に一通の招待状が届く。
北の友好国ミラテネスからで、新たにできた学園に私を招きたいというものだった。
この学園はコルフォード王国でも話題になっていた。国主である魔法士一族肝入りで設立されたとかで、学ぶことができれば相当な使い手になれるだろうと。
結構な数の貴族の子女が入学希望を出していたが、ことごとく跳ねのけられている。
「それがなぜ、お前に招待状が……」
朝食の席で当主である父は頭を悩ませていた。
魔法国家ミラテネスは国にとっても家にとっても、非常に大切な取引相手。無下にはできない事情があった。
私はスプーンの裏で、ポン、とゆで玉子の天辺を叩く。
「私、行きます……」
「だが、あの国には身分制度がない。学園には商人の子も農民の子もいるのだぞ? お前のような陰気な貴族の子は目をつけられたりしないか?」
「大丈夫です……。その時は……」
私は人差し指をピンと立てた。
「や、やめろ! 問題を起こすな!」
とにもかくにも、父を説得した私は留学することに。
これで地獄の社交界から逃れることができる。
出発の日、馬車に乗りこむと追いかけてくる人影が。
ああ、アルベルトだ。
「急に留学ってどういうことだ! リディア!」
「帰ってくるのは三年後……」
「そんなに長く!」
「待ってもらうのは悪いから、婚約は破棄する……。アルベルト、いい人とお幸せに……」
「リ! リディア――!」
こうして幼なじみに見送られ、私はコルフォード王国を出た。







