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08. 昔話と私

 散々王族の子供たちのところに運ばれたり、自主的に入り浸っていたりはしてるけど、それでも猫の拠点は離宮で働く人たちの区画のほうにある。

 この離宮の役割は、本当に家族の団欒コーナーっていうだけらしくて、離宮の主な部分には決まった人しかいない。子供たちに勉強教えてる先生もメンバーは固定で、先生の都合がつかない時は、その授業はお休みになる。魔術師団や近衛の人も、見かける人数はそれなりにいても、組織全体から見れば選ばれし限られた者しか出入りできない世界なんだそうだ。まあみんな猫が登りますけども。

 でもそれ以外、建物や生活を回すために働く人たちの、バックヤードの区画はそうでもない。王族の人たちは、王様を筆頭に毎日誰かしら本宮と行き来しているので、連絡や随行で来た本宮のほうの人が休憩していることもある。本宮からの事務連絡や物の行き来は頻繁にあるし、たまに外部の業者さんなんかもいたりする。なかなか雑多で、見ているぶんには楽しい。


 離宮で働いている人たちは、みんなちょっと身内感ある雰囲気なんだけど、本宮のほうは人数が多いからでしょうね、なかなかいろんな人がいる。仕事中は余計なお喋りなんてしなくても、休憩ブースで一息つきつつ駄弁っていく人も結構いる。それ自体はよくあることで別にいいんだけど、ちょっと下世話な噂話とかもしちゃう人がね、いてしまうんですよこれが。

 猫はここに子猫でやって来て、半年経ってもなぜか子猫のままという、見た目でわかる問題を抱えているので、離宮の人たち以外に広く存在を知られないほうがいいかなと思っており、離宮で働いている人以外がいる場所では、なるべく隠れるようにしている。気がついてもその場から逃げれらないこともよくあって、隠れながら人が話しているのを強制的に聞いてしまうことがままあるのです。嫁さんがすばらしいとか旦那がかっこいいとか、子供かわいいとか、あの人がステキとかなら何の問題もないんですけども、変な噂話はちょっとね。こちとら耳がいいんだぞ、ろくでもない話題を聞かせるんじゃない。


 離宮の中では全然そんなことないんだけど、ベルナルトくんは公的には立場が微妙というか、扱いかねられてるらしいことは、前から何となく知っていた。ベルナルトくんは王弟だけど、王様とは歳がすごく離れてて、ルミールくんの兄弟にしか見えないし、実際にルミールくんのお姉さんの二歳上がベルナルトくんなんだって。普通に兄弟じゃん。

 さすがに王様とはお母さんが違うんだろうなとは思ってて、身分低めの側室さん的な立場の方がお母さんなのかな、とか想像してたわけです。そういう話、物語なんかでも古今東西ちょいちょい見かけるやつですし。でも違うんですって。この国には王族がいるんだけど貴族もいて、その貴族のね、すごく力のある有力なおうちの、現当主と正式な奥さんの間に生まれた、一番上の娘さんがベルナルトくんのお母さんなんですって。今の王様の結婚相手として、国内では一番有力視されてたのがこの娘さんなんですって。


 この話、最初に聞いてしまったときにはさすがにびっくりしましたね。どういうことだってばよ。

 

 まあ、世の中には歳の差カップルなんて結構いる。親子ほどの歳の差でも、ちゃんと互いが納得して関係が成り立っているのであれば、それは外野が口出す筋合いはないと私は思っている。思っているんだけど、このベルナルトくんのご両親の話は、そういうのではないらしいのです。


 ベルナルトくんのお父さん、つまりルミールくんのおじいさんにあたる先王様は、ベルナルトくんが生まれる結構前に奥さんを亡くしていて、末っ子である跡継ぎの王子、つまり今の王様が大きくなるまではと、再婚もせずに頑張っていた人だそうです。

 先王様の跡継ぎの王子の結婚相手は、候補が最初から何人かに絞られていて、その中から本人と一番相性がいい相手として、今の王妃様が選ばれたそうだ。この国は王政だから、王族の結婚はいわゆる政略結婚になるはずなんだけど、後々を考えると相性がいいほうが良いっていう伝統らしい。

 候補にあがっていた他の娘さんたちも、候補にあがっていたというだけで箔がつくし、お礼金も出るしで、円満に引き下がって別のお相手と結婚なさるのが普通なんだそうだ。


 それでここからが大変胸糞悪い話になるんですが、その有力貴族の家の娘さんは、普通のルートじゃなくて、先王様を籠絡することを選ばされてしまった。彼女の父親が引き下がることを良しとしなかった。王の子供さえ産めばいいから、相手は若い王子じゃなくてもいいから孕んでこいという話になった。それを親が実の娘に強要したそうですよ。理屈はわからないでもないけど、絶対に理解したくはない。

 若い王子の結婚相手の候補になるぐらいだからベルナルトくんのお母さんもまだ若くて、どうも十代半ばぐらいだったっぽいんだよね。それが、自分の父親よりも年上で、この国で一番偉い人に侍れって強制されて、なおかつ薬を盛られてそういうことをしてしまった。いわゆる媚薬ってやつだと思う。

 先王様にも、娘さんのほうにも、かなり強い薬が盛られていたそうだ。どちらも被害者で、実行犯は見つかって処罰されたけど、手配した黒幕は捕まらなかった。証拠がなかったんですって。

 そういうことになってしまった結果、娘さんは妊娠した。無理やりそういうことになった上に、王の子を殺すわけにはいかないと産むことも強要されてしまって、完全に心が壊れてしまっていたそうだ。ベルナルトくんを産んだ後、療養中の部屋を抜け出して、氷の張った池の水に入って亡くなった。


 この話、だからこの城の庭には池がないのよねー、とか続いて、オチをそこに収めるには重すぎるし酷すぎるし胸糞すぎるよな? と怒りを覚えた私は間違ってないと思う。軽やかにしていい雑談の内容じゃないぞ。

 でもこれ、割と知られた話なんですって。特に貴族のお屋敷関係にお勤めの人なら大抵知ってるんですって。最悪すぎる。


 そんなふうに広まっている話なので、当たり前にその後も知られているようだ。


 跡継ぎの王子はまだ若くて、相手は決まったとはいえ未婚の状態だ。そこに現役の王の子供、それも由緒正しい有力な貴族の孫になってしまう子が産まれるのだ。これが揉めないはずがない。

 事件があった後、娘さんの妊娠が判明して、そう時間を置かずに先王様は退位した。そして今の王様が即位した。この国の王の跡継ぎは王の子が明確に優先されるけど、その中で男系・女系や長子・末子みたいな縛りは薄いらしいです。王の子供の中では長男が優先されがちだけど、事情があれば女の子でも、下の子でもいいよという感じなのだそう。そんなだから現役の王に新たに子が産まれると、跡継ぎ云々の話が蒸し返されてもおかしくない。それを避けるための対応だったそうです。

 婚約したばかりだった今の王妃様とも、即位と同時に結婚したそうだ。王妃様はこの国の出身ではないから、慣れるための期間を設ける予定が、意図せぬスピード結婚になってしまった。王位の継承も、本当は準備にあと数年は時間をかける予定でいたのに、いきなり即位になってしまった。先王様もフォローしたんだろうけど、何もかもが大変だったであろうことは想像できる。綿密に組んでた予定がいきなり変わっちゃうの、本当にしんどいですよねと私の中の日本人三十三歳が赤べこのように首を縦に振りまくっている。わかる、ものすごくわかる。


 まわりがみんなデスマーチ仕事になっているような中でベルナルトくんは産まれて、赤ちゃんが産まれたことによって周囲はさらに忙殺されて、そのせいで産後の娘さんの保護に手が回り切らなかったみたいだ。

 共に薬を盛られた被害者ではあるけど、自分の娘より若い子とそういうことになった結果がこれで、ただでさえ追い詰められていた先王様は一気に老け込んで寝付いてしまい、そのまま亡くなってしまった。ベルナルトくんが産まれて一歳になる前ぐらいの話だそうです。


 遺されたベルナルトくんの立場はものすごく微妙だ。今でも人の口の端にのぼるぐらいなんだから、当時はもっと、めちゃくちゃいろいろ言われていたんだと思う。間違いなく先王様の子供だし、王族だからってお城の本宮のほうで育てられてたんだけど、子供が育つのにいい環境では絶対にない。ベルナルトくんの母方の家は、実の娘に対して酷い仕打ちをしちゃうような人が当主なので、もっと信用できない。

 ブチ切れた王妃様が「私が育てます!」と宣言して引き取って、使ってなかった離宮をゴリゴリに整備して家族の団欒コーナーとして稼働させ、そのまま今に至っているそうです。この部分は王妃様本人が話しているのを聞きました。若さがあったからできたのよねー、みたいにおっしゃられてた。そうでしょうとも。


 この離宮、そんな気はしてたけど、元はいわゆる後宮とか、江戸城における大奥とか、そういう役割の建物だったらしくて、人の出入りを制限しやすい構造になってるそうです。もう長いことそういう用途では使われてなくて、王族から病気の人が出たときの療養先だったり、引退した王様の隠居先だったりしたんだそうだ。

 それを家族の安全最優先、絶対防御要塞デラックスにしたのが王妃様と、当時はまだ師団長ではなかった魔術師団長の人だって。この辺は王様が言ってたのを聞いた。「絶対防御要塞デラックス」ってなんだそのネーミングセンス。この王様、どう考えても若い頃に大変な目にあってる苦労人で、ゴタゴタを治めた優秀な人のはずなのに、猫が目にする姿からは残念さしか伺えないので、いっそすごいと思う。


 それにしてもこの国の王族、子供たちどころか王も王妃も猫に普通に話しかけてくるんだけど、傍から見たら全員ただの飼い主バカってことにならない? 威厳とか大丈夫なんだろうか。


 ベルナルトくんは、物心ついた時にはこの離宮にいて、ずっとここで育った。その間にルミールくんたち姉弟が産まれて、ここでは一番上のお兄ちゃんとして扱われている。でも、そういう扱いは離宮の外に出てしまうと絶対にできない。王の長子で男子ということになって、跡継ぎと目される可能性が高くなっちゃうからだと思う。ベルナルトくんの母方の家が狙っているのはそれだろうからね。本人が王に向いていたとしても、余計な外野の思惑で担ぎ上げられるのは、ベルナルトくん自身にとってもよくないことだろうなと私も思う。

 ベルナルトくんを担ぎ上げたい人たちがいるなら、ルミールくんを引きずり落そうする人たちだっていてもおかしくない。ルミールくんが本宮のほうに滅多に行かないっていうのは、そういう事情もあるんだろう。本当にもう、仲のいい子供たちをきな臭いことに巻き込むんじゃありません。


 そんな子供たちを、外の有象無象から守るための砦がこの離宮なので、防御はとっても固いんですって。王様が絶対防御要塞とか言っちゃうぐらいなので、本当にそうなんだろう。

 そんな要塞を作り上げても、ルミールくんのお姉さんはいなくなってしまったんだよな。これについては王族の人たちも何も言わないのでわからないけど、離宮の外での出来事だったのかもしれない。


「ここにいる限りは大丈夫。だからクロちゃんも、安心して過ごしてね」


 と、ティーカップ片手の王妃様ににっこり微笑まれたんだけど、この離宮以外は危ないですよの意のような気がする。私は了解の意を示すためにニャーと鳴いた。



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