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04. 王子様と私



 猫を囲む会のメンバーに、ルミールくんが加わってからしばらく経った。猫を囲む会とは私が勝手につけた名前だが、本当に成人男性二人が猫を囲んで屈んでいることがあるので、名付けとしては適切だと思う。


 ルミールくんはほとんど毎日やって来た。朝のお勉強の時間のあと、雨が降っていなければ庭で猫と遊んでいい、というルールらしい。まだちっちゃいのにお勉強するルミールくんはえらいな。猫の能力では正確なところはわからないけど、まだ小学校低学年ぐらいの歳なんじゃないかな。あれ、じゃあ、もうお勉強自体ははじめていてもおかしくないのか。

 最初はおとなしい子に見えたルミールくんは、実は年相応に小学生男子の属性を持っていた。猫に対して紳士的であろうとしてくれる意識はあるみたいだけど、盛り上がってくるとその辺がすっとぶようだ。猫的には許せる範囲なので、まあいい。たまに不意討ちにびっくりする程度なら、遊んでくれるほうが大事である。

 猫は一日中お庭をうろちょろしているから、夕方に匠のおっかさんが拭いてくれるまでの間、土や枯草の切れ端がついていたり、妙に埃っぽかったりするんだけど、それをルミールくんは容赦なく抱っこしてくる。最初は不安定で、抱き上げられた傍からぬるりと逃げたりもしたんだけど、すぐにきっちりお尻を支える抱っこができるようになった。子供の学習能力はさすがである。

 王子様だけあって、ルミールくんが着ている服は大変質のよろしいお高いものだと思う。それなのに土がくっついた猫を気軽に抱えてしまって、お洗濯する人的に、これは大丈夫なのかとちょっと心配している。とはいえ、ルミールくんが追いかける側の鬼ごっことかもよくしてるから、今更かもしれない。

 まだちっちゃいとはいえ王子様の服だから、なんか飾りとかあっても不思議ではないのだけど、ルミールくんは初対面の時以外は、飾り気のないシンプルなシャツを着ている。魔術師団長の人の助言があったんだと思う。


 その魔術師団長の人ですが、相変わらず二日に一度ぐらいやってくる。以前はお昼の時間にぬるっと来ることが多かったんだけど、ルミールくんと一緒に午前中に来ることのほうが多くなった。ルミールくんは王子様なので、彼が来るときには護衛の人が三人いるほか、お世話する係らしい女の人が一人いるんだけど、魔術師団長の人が一緒に来るときは護衛の人が一人減る。この人は護衛です仕事の一環ですって顔して猫と遊びに来てるんじゃないかと思う。

 そんなことは猫にはもちろん関係がないので、魔術師団長の人がいるなら全力で登ることにしている。肩まで一気に駆け上って登頂の雄叫びをあげるんだよ。結構気持ちがいい。勢い余って頭の上まで行ってしまうと滑り落ちるので、そこだけが注意点である。

 それをルミールくんがうらやましそうに見てくるんだけど、猫に登られたいのか、ルミールくんが魔術師団長の人に登りたいのかは判断がつかない。どっちにしてもちょっと難しいかな。猫の私の体は結構きっちり爪が尖っていて、人間としてはまだちっちゃいルミールくんに駆け上るのは、肌とか傷つけそうで怖いんだよね。最初登ってやろうとしてたとは思えない言いぐさだけど、手のひらは反してなんぼでしょう。ルミールくんが魔術師団長の人に登るやつは見てみたい気持ちがあるので、やる場合は猫もぜひ呼んでください。


 私自身は高いところが好きってわけではないのだが、猫の私は登るという動き自体が好きなので、魔術師団長の人以外にも登れるもんなら登っている。主な対象物は木である。

 猫が爪を立てて登ってしまうと、どうしても樹皮に傷がつくので、庭師の皆さんは嫌がるかなあと思っていたんだけど、そこは別に問題ないみたいだった。さすがに爪を研ぐのはだめなようで、これは早々にお皿のおじさんが爪とぎ用の丸太をくれた。猫が猫でいるための福利厚生が手厚くて助かっています。


 実はルミールくんも木登りが好きなのだ。そういうところは小学生男子の例に漏れない。一度、ルミールくんが木登り競争すると言い出して、先攻猫、後攻ルミールくんでやったことがある。人間としてはまだちっちゃいルミールくんだけど、猫の私よりはずいぶん大きいので体のコンパスがでかい。対する猫は木登りに適した身体能力で戦う感じ。後ろから追い上げるルミールくんにドヤ顔したくて一気に登ったんだけど、猫はね、登るのは得意なんだけど降りるのはそうでもないんだよね。盛り上がっていてすっかり忘れてました。

 高さがある上に、傾斜がきつすぎて降りられなくなった猫の私、その下で慌てるルミールくん、そのルミールくんに絶妙に手が届かず慌てる護衛の人、というあまりにもわかりやすい構図が生まれてしまって、この時ばかりは私もとても反省した。

 結局どうなったかというと、お皿のおじさんがハシゴ持ってきて猫を回収し、ルミールくんは自力で降り始めたところを護衛の人に回収された。居合わせた魔術師団長の人が魔術的にどうにかしようとして、お皿のおじさんに止められるという、オマケ展開もついていた。猫が降りられないだけなら庭師がハシゴを持って来れば済む。それはそう。


 そういうやらかしがあったので、ルミールくんと猫による木登り競争は禁止になった。競争は禁止だけど木登り自体は禁止にならなかったので、横に張り出すタイプの木に、一緒に登ってくつろいでみたりとかしている。ルミールくんはね、木登りをお姉さんに習ったそうだよ。木の上でくつろぎながら本人が教えてくれた。王子様であるルミールくんのお姉さんということは、つまり王女様なんだと思うけど、王女様にしてはずいぶんとお転婆なのではないか。

 そんな感じで、ルミールくんは時々、猫に内緒話をしてくれる。事故だか事件だかがあったらしいし、王子様だし、ルミールくんも思うところがいろいろあるんだと思う。


「姉上はすごくつよくて、木にもじょうずにのぼれるんだ。でも、もうずっとお会いできてない……」


 ここの王女様に何かがあったのは確定のようだ。

 いろんな人の話す内容から、そうかなとは思っていたんだけど、さすがに決定的なことは誰も言ってなかったんだよね。猫にすら話していないのは徹底していると思う。まだちっちゃい子供のルミールくんも意識はしていたようで、木の上の内緒話で気が緩んで、というように見える。

 しかしこれ、猫が使い魔とかいう存在だったら、情報抜き放題になりかねない。その辺は最近何となく理解できた。最初にここに転がり込んで来た時、警戒されて魔術師団長の人に処されかけたのも已む無しだ。処さないでくれてありがとう。


 木の上でだらんとくつろぐ猫の背中を撫でながら、ルミールくんはぽつぽつお話ししてくれる。猫に話しかけてはいるけれど、事実上の独り言で、本人もそれはわかっていそうな感じがする。猫は聞いてますよという主張を込めて相槌を打ってみたりしてるけど、通じてるだろうか。

 内緒話をしてくる時のルミールくんは、気のせいでなくしょんぼりしていて、やっぱり、寂しいんだろうな。お姉さんと仲良しだったみたいだもんな。あとですね、強いって形容される王女様が率直に気になる。いつか猫もお会いする機会があるといいんだけど。



 ルミールくんは元気な男の子なのに、一緒に駆け回れるような遊び相手は猫しかいないようだ。元はお姉さんと駆け回っていたんだろうけど、もう一人ぐらいそういうお友達がいてもいいような気がする。王宮ものファンタジーあるある的に乳兄弟兼幼馴染とかがいてもいいんじゃないのか。いや知らんけども。たまには人間同士の追いかけっこもしたほうがいいと思うんだけど、今のところ、少なくともこのお庭に来る子供はルミールくんだけである。

 猫は猫なので治外法権が適用されており定かではないが、王子様がいる世界観なら身分にはそれなりにきびしいはずである。猫を囲む会とその周辺にいる人間はバリエーション豊かだが、たぶんあまり偉い人はいない。ルミールくん以外では、魔術師団長の人が一番偉いんじゃないかと思う。ということはですよ、魔術師団長の人とルミールくんが追いかけっこをすればいいんじゃないでしょうか。


 そんなことを考えていたら、魔術師団長の人による、ルミールくんへの魔術講座が行われるようになった。護衛のフリして猫を構いに行くぐらいなら、ルミールくんの実になることをしなさいという、何かしらの圧力を感じる出来事である。

 お庭でやることなので主に実技になるんだけど、魔術師団長の人は丁寧だしルミールくんは楽しそうだ。筋がいいそうですよ。

 この二人、先生と教え子という役が入ったらずいぶんと打ち解けたみたいで、ルミールくんは魔術師団長の人を名前で呼ぶようになった。魔術師団長の人はミケルさんというそうです。フルネームだとミケル・ニーブルトっていうらしい。師団長って役職で呼んでたはずのお皿のおじさんや匠のおっかさんが、いつの間にか「ニーブルト様」って呼ぶようになってたので、たぶんそう。

 魔術師団長の人は服もかっこよければ名前の響きもかっこいいし、きっと顔もいいんだと思う。行き会ったメイドさんが魔術師団長の人を見て赤くなってるのを何回か見たことがあるんですよ。中身は二日に一度は猫の遊具になりに来るタイプの人なのであれですけども。

 ともあれ、猫をきっかけにした心温まる交流はたいへんによいものなので、猫も後方彼氏面ができてしまう。魔術の授業中は危ないから猫は近付いちゃだめだってルミールくんに注意されたけど、木の上とか小屋の上から応援の念を送りつつドヤ顔するぐらいは許してほしい。


 ルミールくんが魔術の練習を始めたので、このお庭の全体的なスケジュールも、ちょっと変更があった。

 午前にルミールくんがお庭に出てくることに変わりはないが、魔術師団長の人を伴うことはなくなった。魔術の練習は何日かに一度、午後の時間に行われる。ルミールくんは初心者で、なによりまだ小さい子供だから、あんまり長い時間実技をやるのは良くないらしい。雨の日は屋外での実技はなしで、座学になるんだそうだ。

 午前には来なくなった魔術師団長の人は、また昼の時間にぬるっと現れるようになった。やっぱり二日に一度ぐらいの頻度で来る。ルミールくんとの授業がある日はそのままずっと庭にいる。庭の使用頻度を猫が押し上げていると言っても過言ではない。



 そんな秋の雨の日だった。

 この世界、どうやらきっちり四季が存在するらしい。振り返ってみれば、猫の私がこのお庭に逃げ込んだのが春の終わり頃で、そのまま夏になって、秋に至っているように思える。なんか朝晩がひんやりしてきて、それでやっと気がつきました。日本人三十三歳の記憶にあるほど夏は暑くなかったし、梅雨もなかった。ということはやはり北海道なのかもしれない。でも、近年は北海道も大雨降ったりしてたし、私はそろそろ脳内に作り上げた北海道から離れたほうがいい気がしている。

 そうそう、朝晩冷えてきたなー、と思ったら、例の獣臭い箱に、匠のおっかさんが毛布を装備してくれたんですよ。匠のおっかさんは本当に匠。

 猫が毎日使う箱なので、敷いてもらった布類はそれなりに汚れるんだけど、定期的に取り換えて洗ってもらえている。中の藁はお皿のおじさんが時々交換してくれる。どこからかスッと出てくる藁は、相変わらずちょっとだけ獣臭いので、こんなに毎日猫が使っているのに、この箱は獣臭い箱のままなのだ。

 藁の出所は馬屋と牛小屋だそうですよ。お屋敷の敷地内、お庭とは別の場所にあるんだって。牛は乳牛らしくて、牛の乳しぼりしたよ! ってルミールくんが教えてくれたし、ルミールくんが絞った牛乳を頂いたりもした。いつも通りのいいお味でした。


 普段なら一緒に遊んでいるはずの午前中だけど、雨が降るとルミールくんはお庭に来ない。一日降り続く感じのどんよりした空になっているので、猫を囲む会の会合は、おそらく昼だけになると思う。

 ルミールくんがいると必然的に賑やかになるので、お天気が悪い日は、静けさを妙に強く感じてしまって寂しくなる。この作業小屋はちゃんと作業小屋としても機能しているので、猫が収まっている箱の近くでは、庭師の皆さんがお仕事をしている。猫の頭上で雑談が交わされてはいるけれど、仕事中に大人同士が交わす程度のものだから、ルミールくんの小学生男子属性によって引き起こされる賑やかさとは比べ物にならない。

 お仕事の邪魔をするのもなあ、と思って、私は渋々毛布に埋まった。こんな時には寝るに限る。フテ寝だフテ寝。猫だってフテ寝ぐらいするんですよ。


 そうしていたら、いつの間にか周囲がざわっとし始めた。毛布に潜り込んでうとうとしていたので気付くのが遅れた。なんかね、小屋に誰かが来たみたい。温室で使う苗を準備したり、雪囲いに使う資材を点検したり、図面を開いて話し合っていたはずの庭師の皆さんが、全員立ち上がって壁のほうに寄っている。地面に広げていた道具も全部、壁際の端っこに退避されている。そして猫の入った箱だけが残された。えっ、なんで猫を残すんですか?


「仕事中にすまない」


 頭を下げる庭師の皆さんに詫びをいれつつ、誰かが小屋に入ってきた。この感じは間違いなく偉い人である。口ぶりは大人びているけど声はまだ子供で、中学校一年生ぐらいに見える男の子だ。もうすぐ声変わりするぐらいかな。


「ルミールが世話になっていると聞いている。皆に礼を言いたかっただけだ、楽にしてほしい」


 まさかのルミールくん呼び捨てである。この子はルミールくんのお兄さんなのかな? つまりこの子も王子様ってことになるのでは?

 ルミールくんの存在にはすっかり慣れた庭師の皆さんも、ここへきて急に別の王族が登場したため、さすがに緊張が走っている。しかも場所は庭にある作業小屋だ、王族が堂々と立ち寄るような場所ではない。ルミールくんですら初対面は小屋の外だったのだ。猫仲間としてルミールくんと仲良しになっているお皿のおじさんすら、恐縮している様子である。

 護衛の人を一人だけ連れた男の子は、猫の私が入ってる箱の前で屈み込んだ。これはもしかして、猫を囲む会に新メンバーが加入する流れでしょうか。


「……こんにちは。私はベルナルトという者だ。いつも甥と遊んでくれてありがとう」


 自己紹介をしつつ手を差し出された。初対面の猫への挨拶の作法がルミールくんと同じで、血縁を感じる。

 ていうか、甥なの? ルミールくんが甥? ということは、この中学生男子にしか見えない子は叔父さん?

 ルミールくんのご両親を見たことがないので何とも言えないけど、この立場を感じる物腰は、王様の歳の離れた弟、つまり王弟ってやつなのかもしれない。日本人三十三歳の感覚からするとまだ全然子供で、ルミールくんと取っ組み合いしてじゃれててもおかしくないぐらいだと思うのに、大人ぶって過ごさなきゃいけない立場なのかもしれない。そうだとしたら、それはとても切ないことだ。

 猫の私に向かって差し出された手を、鼻先でつついてご挨拶を返す。ベルナルトくんもあんまり猫に慣れていなさそうな雰囲気だし、通じないかもしれないと思ったので、ついでにそのまま手のひらに猫の顔をスリスリしておいた。猫は囲む会の新たなる会員を、いつでも歓迎いたします。


 ベルナルトくんはちょっと戸惑った感じだが、周囲にいる庭師の皆さんは微笑ましいものを見る気配を漂わせており、特にお皿のおじさんは明確にニヨニヨしている。その態度、一般的には王族に対してお出ししていいものではないと思う。大丈夫か、ばれたら叱られたりしない?

 しかしこう、周囲のこの反応を見る限り、がんばって大人として振る舞おうとしているベルナルトくんと、必ずしもそうでもない、何ならまだ子供のままでいいと思っている周囲の大人、という構図が伺える。ベルナルトくんは中学生ぐらいだもんなあ。大人から見れば全然子供だけど、本人的には思春期に差し掛かっていて、大人になりかけだもんなあ。

 そんなに急がなくても大丈夫だよ、そこらへんにいる大人だって中身は子供と大差ないよ。魔術師団長の人なんか、いかにも仕事ができる大人ですって雰囲気の見た目してるけど、実態は猫の遊具だよ。


 戸惑う若い王弟と懐きまくる猫、という図をしばらくやっていたところ、また周囲が騒がしくなってきた。この気配にはとてもなじみがあります。雨の日なのに。


「ベル兄さま!」


 開けっ放しだった作業小屋の戸口から入ってきたのは、雨の日は来ないはずのルミールくんだった。

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猫の視界の謎。 団長の顔は見えないけど、侍女が頬を染めているのは分かる。
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