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18. 私と小鳥と婚約者候補



 呼び出しを受けて来てみれば、離宮にある魔術師団の作業部屋には、上司のほかに王もいた。

 場所としては王族の居住区域にこそあるが、この部屋自体は純粋に作業用だ。機密を扱うせいで清掃にも制限があるし、元は後宮の宿直護衛の休憩部屋だそうで、間取りからして閉塞感がある。成人男性が三人いると、それだけで晩秋なのに暑い気がする程度にはむさくるしく、間違っても王が来るような部屋ではない。

 王の肩には鳥が乗っている。窓のない狭い部屋に、かわいらしい茶色の小鳥を乗せた王という図は、なかなかに印象的だ。


「呼び立てて悪かったな。話に俺が混ざろうとすると、この部屋が一番目立たなくてなあ。ミランみたいに庭の作業小屋に紛れられると良かったんだけどな」


 王は笑って、横にいる上司に溜息をつかれていた。気さくで親しみやすいが目端は利くし、王としては苛烈で、いろいろと恐ろしい人だと思う。


「報告を続けさせてください。――『老人』ですが、相変わらず目立った動きはしていません。夏まで積極的に交流していた相手のうち、三人と既に関係が切れているようです。このうち二人は裏付けが取れました」

「商人か?」

「そうです。廉価な輸入品を扱う商会と、土地や建物を扱う商会ですね。どちらも規模は大きくありません」

「その二件の埃を出す作業はこちらで引き取る。他を引き続き慎重に頼む」

「承りました」


 上司の短い報告を受けた王は、端で扉に同化していた俺に目を向けた。


「ここから本題だ。ミランから『呪い』で術師が他人を操る可能性があると聞いているが、それは本当か」

「はい。残っている古い事例とされるものを一通り確認しましたが、むしろ『呪い』そのものが、他者の体や行動に何らかの影響を与えることを主眼にした技術のように見えますね」

「対策は難しいとも聞いているが」

「今のところ、防ぐ方法は見つかってないです。というか、完全に防ぐ方法はないのかもしれません。かつて秘匿とされたのも、確実な対策が取りにくいという理由もあるんじゃないかと思えます」


 姫様から話を聞いてすぐに、古語に強い団員と古い資料を精査したが、残っている話のほぼ全てが、魂を使って体に働きかけたと思しき現象を語っていた。しかし、魂というものの扱いかたを含め、具体的な方法に言及している内容は一切見つからなかった。

 過去に徹底して破棄されたのは、危険な技術だからだろう。だが、一度市井に広がったものを断片まで残さず根絶することは難しい。しかも、方法として確立していたであろう程度には「できる」ことなのだから、再発見される可能性だってある。

 そうやって、再度その技術が脅威となり、対処ができないどころか、それが何なのかを探すところから始める羽目になっているのが今だ。正直、かなり厳しい。


「どちらにしても、年単位で時間を頂けるのでもない限り、正攻法で対処することは難しいと思います」

「……そうだな。そもそも『老人』がいつまでおとなしくしていてくれるのかもわからん。あれはもう完全に妄執だ。王を意のままにするということだけに固執している。それで何かを成すという話ならまだよかったんだが、元々の目的を本人も忘れているんじゃないか」


 術師もろとも事故にでもあってくれたほうが早そうだ、と王がぼやいて、それでは問題が大きくなりすぎると上司が止めている。そうだろうなと俺も思う。あの人物は、王を脅かせるほど地位が高いのだ。

 こういう話が得意でない俺を後目に、王と上司は何気ない日常の話をする時と同じ顔をしていた。


「あの家では『老人』を引退させる計画を進めてはいるようだが、動きが遅いのがもどかしいな。わかりやすく綻びが見えだしたのが最近だから仕方ないが、あまりモタつくと逆にひっくり返されるかもしれん」

「追い詰められて陛下や殿下たちに手を出されるほうが困ります。術師の素性は押さえていますが、捜索の網にはかかっていないので、まだ『老人』が囲っていると考えたほうが無難です」

「結局、簡単で確実な方法はないんだな」


 王が溜息をついた。気持ちはわかる。

 俺はつい先ほど、姫様から言われた話を王と上司に伝えることにした。


「確実さは全くないのであれですけど、生きた小動物を使役するほうの使い魔は、対応の手がかりになるかもしれないです」

「――ああ、そうか。あれも動物とはいえ他者の行動を縛っているか。そういうことになるな」

「今朝の診察で王女殿下に言われて気が付きました。あの方、ご自身の経験があるせいか指摘が鋭いんすよね」

「そういうものがいるというのは、昔ミランから教えてもらった覚えがあるな。今も師団のほうにいるのか?」

「今はいません。扱える団員はいます」


 興味津々という顔で上司に問うた王が、残念さを隠さない顔をする。そう言えば、姫様は猫の時に王にも登ったと言っていた。

 王はどうやら小動物が好きらしい。小動物と遊べるという期待を隠さない王を無視して、上司は話を続ける。


「あれは、魔術としては異端のもので、機序がほとんどわかっていません。使い魔にする方法と解除する方法はわかっているのですが、使う上での制限も多いので、用途は限定的です。使い魔化に失敗する確率もそれなりに高くて、――ただ、確かにそういう意味では、失敗する際の条件を洗っていけば、呪いの影響を削ぐための対抗措置に使える、というのはあるかもしれません」


 さすがに即日対応は無理でしょうが、と上司は最後に添えた。


「対処できるかもしれないが、まだ宛にするには遠い、ということか。まあ、手がかりすらない状態よりはだいぶマシだ。術の効果がどういった方向のものか分かっただけでも、すいぶんやりやすくなる」

「呪いを扱える術師は一人、っていうのは確認できてるんすかね」

「『老人』の周囲はここ十年以上監視させているが、囲っている術師はおそらく一人だけだ。術師は元々汚れ仕事で食っていた流れ者で、『老人』に拾われた時には天涯孤独を自称していた。魔術は幼い頃に祖父から習ったと聞いた者がいる。扱う術の特異さを売りに、一人で仕事を独占していたらしくてな。同業からは恨まれているようだ」

「ああ、じゃあ、呪いを扱えるってだけで、そこまで技術が高いってわけじゃないかもしれないっすね。相手が一人で、実力がさほどでもないのであれば、仕掛けられても隙をつけるかもしれません」


 王と上司に揃って凝視されてしまった。


「いえ、すみません。油断する気は一切ないですけど、姫、……王女殿下がですね、あいつらは仕事のツメが甘い、やることが雑すぎる、絶対に三流だって、散々に言うもんで」


 王はぽかんとした顔で俺を見たあと、防音を効かせた作業部屋で爆笑し、肩の小鳥はチイと鳴いた。





 園遊会が終わった後、私の勉強にそこまで大急ぎのものはなくなったので、生活には少しだけ余裕ができた。

 お陰で、お昼に庭の作業小屋で行われている、猫を囲む会改め私の婚約者検討会にも紛れ込むことができた。いや、こう、なんでこのメンバーでやってるの? と思っていたのだけど、王宮の関係者から選ぶ候補については、猫に優しかったかどうかが基準に入っていたそうです! なるほどね! 理由はわかったけど、それでいいのかはちっともわからない。

 候補はかなり絞られて、今は二人だそう。それが誰なのかは、私含めた本人たちにはまだもう少し内緒だって。次の春、私が成人を迎える時に婚約者も発表したいそうなので、それより前には教えてもらう予定です。


 どうも父の方針としては、私を国外に嫁がせる気は最初からなかったらしい。母出身の隣国との縁はきっちり結ばれたままなので問題がなく、それ以外に王女を嫁がせる必要があるほどの先はないそうだ。まあ、私は明らかにそういうのに向いていないからね。外国語もまだ勉強途中だし。

 そうすると国内の貴族家が候補になるのだけど、中でも力が強い家があの男が当主をやっているところなので、政略狙いであまり迂闊なことはできない。今は国内の情勢が安定していて、特定の勢力に肩入れするようなことは逆にできないらしいです。言われてみれば確かに、有力者が相手だと、どんな派閥の家であろうともパワーバランスが崩れて揉めそうではある。いやー、限りなくめんどくさいですね!

 なので、私の結婚相手については、政略っぽくないほうが望ましいのだそうだ。政略に見えちゃう相手の場合は、どうしてもこの人がいいと私が選びました感が世に広まれば問題ないそうです。違う意味でハードルが高すぎてたぶん無理なやつです! 無理!


 ここらへんは父から直接聞いたのだけど、別に嫁がなくてもいいとは言われました。王家に残って婿取りをしても、なんなら結婚しなくてもいいとも。この国の王族として一般的に見える方法で、ちゃんとした相手と結婚するなら、今から決めなきゃいけないだけだからって。

 父が私を慮ってそう言っているのはわかるのだけど、私は、王族に残ったせいで後々面倒なことが起きるほうが嫌なのです。あとですね、これは日本人三十三歳の頃からの希望なのですけど、子育てに興味があるのです。


 子供が欲しいから結婚はしたいので、このまま進めてくださいとお願いしたら、父には号泣された。曰く、「まだ子供なのに!」だそうです。それはそう。


 ということで、私の結婚相手は王族にしては身分を問わずに探されていた。さすがに貴族家の子弟であることは条件にあったのだけど、普段王宮に来ていない人たちの情報は、わざわざ探らないとわからない。

 そこで活躍したのが庭師のおじさんことラデクさんと、下働きのおっかさんことサーラさんである。王宮で働いている人たちの噂から、候補者を絞っていったそうです。すごい。

 二人にはお礼も言えた。表向き私=猫であったことは言えないので、私の代わりに弟と遊んでくれてありがとう、という形にはなったけれど、五年間、庭に来る弟は明確に猫とセットだったので、なんとなく通じたような気はしている。サーラさんは涙ぐんでいた。きっとすごく心配をかけていたと思う。


 私の婚約者検討会に王族が紛れ込むと、そこにもれなく護衛の人も付いてくるので、妙に混雑した作業小屋ができてしまう。さすがにどうかということで、王族は二人までという取り決めになった。我々兄弟が揃うと三人になってしまうので、定員オーバーを避けるためにスケジュール調整をしたりもしている。

 すごく重要な会議のような扱いになってきたが、会場は庭の作業小屋だし、やっていることは単なる雑談だ。私や弟がいない時は、もうちょっと重い話をしている可能性はある。

 ぼちぼち冬で、雪が降る季節になるので、元・猫の拠点の場所に移ろうかという話もした。外はさすがに寒いからね。


 で、だ。


 そういう話をだいたい母が知っている。父母はさすがにお昼の会には紛れていない。王妃には王妃の仕事があってなかなかに忙しく、離宮にいないこともよくあるのだ。

 それなのに妙に事情通だなと思っていたら、使い魔を紛れ込ませていたのですって。小屋の窓の桟のところに、時々鳥が来ているのは知っていた。あれ、母の使い魔なのですって。私の母はそんなことができる人だったの?


 魔術で扱う使い魔には、実際に生きている小動物を従えるものと、動物のように見えるけど無生物なものの二種類があるのだそうです。主流なのは後者で、母が使っている小鳥も、魔術で作り上げた生き物に見えるだけの別のもの、らしい。

 この国は、魔術に関しては結構な先進国、という評判があるのだけれど、母の生まれた隣国はそうでもない。母は隣国のほうで、魔術を扱う素質があると判定はされていたものの、向こうの技術では扱えるものがなかったらしい。だから、母はこちらに嫁いできてから使い魔を使えるようになったのだという。というか、嫁いですぐの母っていえば、慣れる間もなく即王妃になって、兄も育てて、ものすっっごく忙しかったって前に聞いたはず。わあ……。


 母の使い魔の鳥は、今は同時に最大三羽を使えるそうです。諜報向けの仕様になっていて、視覚と聴覚をリアルタイム共有したり、記録したり、必要な部分だけ要約再生したりできるそうだ。自立型の高性能ドローンみたいなものかな? そんなのロマンしかない。



 そんなわけで、今日はお願いして母の小鳥を見せてもらっている。

 弟の魔術の勉強の時間を使っているので、解説の先生は魔術師団長だ。あと、本人の希望により、兄も同席している。兄はあまり素質がないそうで、使い魔を構築して操るようなことはできないそうなのだけど、見たいんだって。ロマンだよねわかる。私なんか素質は皆無だけど見たいので安心してほしい。

 魔術の素質は生まれ持ったものだけれど、両親の形質を継ぐような形にはならない。素質の有無は幼児期にはもうわかるものなので、私も五歳ぐらいの頃に確認してもらっていた。判定結果が無で、べしょべしょに落ち込んだ私を、判定してくれたミランのおじちゃんがあわてて慰めてくれた覚えがある。この人、あの頃はまだ魔術師団の長ではなかったはず。

 諦めの悪い私は、今年の春、人間に戻ってすぐの頃に改めて判定をしてもらっているのだけど、素質はばっちり皆無のままだった。体質が変わったかもしれないという期待があったのだけど、そこは全く変わってなかった。猫になるとかいうファンタジーを体験したのだから、そういうボーナスがついていてもよかったのに。


 見せてもらった鳥は茶色で、日本人にはおなじみのスズメぐらいの大きさだ。青い目をしていて、母の髪と瞳の色を模している。魔術師であれば、その気で見れば使い魔であることはわかるそうなのだけど、それ以外でも知っている人には、「王妃の使い魔だ」とわかるようになっている仕様だそうです。他の二羽はどんな見た目なのか、聞いてみたけど笑顔で濁されました。なるほど本当に諜報で使っているってやつですね、わあ……。

 基本的に指示したことしかしないのだけど、本物の鳥と同じような仕草の動きもできるそうだ。そうでないと活動に支障があるでしょ、とごく普通に母が言うのですけど、それはそうなのだけど、まあ、うん。

 動きに関しては技術的なノウハウが積まれていて、基本の動物の型というものがあり、術師はそれを目的にあわせて、機能乗せたり改良したりカスタマイズする。外見も基本の見た目の型はあるそうだけれど、最終的にどこまで本物に寄せるのかは術師次第なところがあるそうです。

 ということは、実在しない形の飾り羽を付けたり、実在しない色の羽にしたりもできるわけだ。それはとても楽しそう。


「猫! 猫を作りたいです!」

「まずは基本の理論からになるので、できるのはもう少し先になりますよ」

「大丈夫です!」


 弟がこれを言いだすことは目に見えていたので、必要なものは既に準備されていた。ちゃんとお勉強の時間が始まった弟を後目に、私と兄はただ鳥と戯れさせてもらうことにする。この鳥、餌付けして手乗りになった、みたいな動きをするんだよね。チィチィ鳴いたりしてとてもかわいい。かわいいのだけど、猫だった頃の名残りなのか、動きを見ているとちょっとうずうずしてしまう。でもとてもかわいい。

 この王宮の人たちは、猫に癒しを求めている人が多そうな感じだったので、この鳥もなんだかんだで見た人の癒しになっていそうな気がする。弟が使い魔の猫を作れば、離宮内のアイドルの座も目指せるのではないか。


「こういうの、怪我や病気の患者さん向けに派遣したら良さそうだよね」

「孤児院に連れて行くのも良さそうだね。子犬や子猫なら子供に人気が出そうだ」

「お茶会で、鳥の使い魔に歌わせて楽しむなんて使い方もされているから、治療にそういう気晴らしを持ち込むのもいいかもしれないわね」


 手に乗せた小鳥を遊ばせながらそんな話をしていると、母がいいことを思いついた、という顔をした。


「そういう事業をノエミ、貴女がやればいいのよ」

「え?」

「貴女に外交や社交は無理でしょうから、代わりに王家の名前でやっている慈善事業や研究の象徴になってくれればいいなと思っていたの。これならちょうどいいわ」


 外交や社交は無理って母親に言いきられる王女で申し訳ないのだけど、向いていない自覚はすごくあるので反論は何もないです。

 しかし事業か。事業なあ。日本人をやっていた頃の社会人経験はあるけれど、それは雇われの下っ端であって、上のほうに立ったことはない。


「別に今すぐやれって言っているわけじゃないし、経営なんて人に任せればいいのよ。貴女、こういうのを考えたり工夫したりするの好きそうだもの、向いていると思うわ」


 いずれ仕事はしなければと思ってはいたけれど、雑談からいきなり進路が決まりそうで、あまりの急展開に挙動不審になってしまう。

 救いを求めて兄を見たが、にこにこと私を見るだけだった。退路はなさそうだ。


「実際の使い魔の運用は魔術師団に頼らないといけないと思うのだけど、普段から結構忙しいよね? 余計なものを入れる余裕ってあるの?」

「研究専門の部署を作ったらいいじゃない」


 そんな、パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない、みたいな言い方しなくても。


「……それも私が?」


 がんばりなさい、といい笑顔で母は言った。




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