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16. 私とお菓子の山と検討委員会

 ろくでもない相手との疲れるやり取りが早い段階で入ってしまった結果、その後は逆に、あまり気張らず過ごすことができた。場を荒らさないことは大事だと思うけれど、それにしたって言外の応酬が多すぎるんですよ。腹芸を生業にしてる相手との会話は本当に面倒くさい。お陰で、後はどんな話を振られても「あれよりはマシだな」と思えました。うれしくはないです。

 私の動向はとっても注目されているので、あの男とのやり取りも、遠巻きながらきっちり見られていたのはわかった。傍目で見てわかるぐらいには「絶対こいつら仲良しじゃない」という雰囲気だったようで、あれが許されるなら多少不自然なやり取りでも大丈夫だろうと、参加者の人たちは却って安心したようだ。兄と私が歩き回るまでもなく、いろんな人がやって来て囲まれ続けてしまった。


 私はずいぶんたくさんの若い男性を紹介されたが、猫の頃の習慣の名残りで、男性を見るとまず登りやすいかどうかを考えてしまう。程よく爪をかけられるが、引っかかって動けなくなることはなさそうな服と、容易く外傷にならなそうな肌があることが望ましい。あとは猫に登られても怒らない、おおらかな性格が大事である。そう考えると、自ら登られ志願をしていた男たちは優秀だったと思う。猫の遊具という意味で。

 紹介された人たちとは当然初対面なので、あまり突っ込んだ話にはならなかった。ふんわり楽しげにお話をして、気が合いそうだったなら、また機会があったらよろしくね、とやる程度の平和なやり取りで済んだ。

 たまに直接「婚約者はお決まりですか」とぶっこんで来る人もいて、そういう相手へは兄が代わりに返事をしていた。曰く、「婚約者の候補はもう決まっている」だそうです。いやいや、待って、そうなの? 私本人も初耳だが?

 初耳にもかかわらず、「実はそうなのですよ、私はお相手をまだ知らないのですけどね」という顔をしなければならなかった私の気持ちもわかってほしい。


 若い女の子を連れた人の何人かは、兄が目当てのようだった。こちらはそこまで直接的な物言いをする人はいなかったけれど、引率の大人よりも女の子たちのほうが乗り気なパターンが多い。兄は日本人基準で見てかなりの美形だと思うけれど、この国の若い女の子たちの基準で見ても、ちゃんと美形の扱いになるようだ。


「姪と甥が成人するまで、結婚相手を決めるつもりはないんですよ」


 いい笑顔できっぱり言い切られてしまい、気落ちを隠しきれない女の子たちは、さすがにちょっとかわいそうである。次の春に成人になる私はともかく、弟は四年後だ。今の段階で兄に釣り合いが取れるぐらいの年齢の彼女たちは、四年後まで結婚相手を決めないまま過ごすわけにはいかない立場なのだろう。

 ただ、それはそれとして、この兄はね、今のところ優しそうな顔をした美形だけれど、なんといっても筋肉の信者だからね。数年後には見た目の雰囲気がずいぶん変わっている可能性が結構あると思うのよ。この後も順調にムキムキしていくはずだから、あと二年ぐらい様子を見て、それからアリかナシかを判断したほうが無難だと思うよ。


 そんなわけで、あのろくでもない男とのやり取り以外は、概ね平和というか、想定内というかな雰囲気で、私の王族復帰の初お披露目は終わった。


 いいことも結構あった。

 弟担当の護衛の人の妹さんたちとは、後のほうでゆっくり話をすることができて、なんとなく仲良くなれそうな気がする。

 あの厄介な男が連れて来た若い三人も、ほとぼりが冷めた頃に挨拶に来てくれて、「家の老人がすみません」と丁寧にやってくださったので、悪い人たちではないのだと思う。分家のご兄弟ですって。一族ごと価値観が相容れない人たちだと、お付き合いがしんどすぎるなと思っていたけど、そこまでではなさそうでよかった。


 あとはですね、医官のカラシュさんがずいぶんいい働きをしてくれて、兄と私を囲む人たちの人員整理をそれとなくしてくれたり、相手に変に粘られたり囲まれすぎたりしている時には折を見て連れ出してくれたりと、大活躍をしてくれた。雑な印象の強い人だけど、たくさんの人の中を目立たずに移動したり、意識させずに他の人を動かしたりするのが上手い。魔術師団長も、堅物そうな雰囲気を醸し出す割にぬるっとした動きが上手いのだけど、もしかして魔術師団はそんな人が多いのだろうか。

 私は私でアレだし、兄も私を抱えて余裕がない中、カラシュさんのさりげない気遣いのお陰で、ずいぶんと助かった面がある。お礼を言ったのだけど、「人の様子見るのは得意なんだよねー」と笑って済まされた。仕事は細やかなのに口調は雑、頑ななまでに口調が雑、よくわかりました。



 カラシュさんにお礼を言うついでに、父母や魔術師団長への伝言もお願いした。母に直接言ってもいいのだけど、夜の部に参加する準備もあって忙しい母の、貴重な休憩時間をろくでもない話で埋めたくなかった。


「声と歩き方の音と、あと臭いが一致したのでもう確定でいいと思うのですけど、例の件の雇い主のほうがあの男です」


 兄には離宮の私の部屋まで一緒に来てもらい、ついでにカラシュさんにもついてきてもらって、人払いをしての会話である。


「私があの時の本人で、当時のことを覚えていて、あの場にいた人物のことも覚えていることに、向こうも気が付いたと思います。本当はその辺りも悟らせなければよかったのですけど、さすがに無理でした」

「俺の仇敵とノエミの仇敵が同じことがはっきりしただけで十二分だ。それより、ノエミは大丈夫なのか? 気分が悪いとかはない?」

「問題ないですよ。ベル兄様がいてくれたし」


 精神がどっと疲れたとは思うけれど、それ以外は特に何も感じないし本当に大丈夫。なのだけど、むしろその「仇敵」と、面倒な会話をする羽目になった兄のほうが心配である。聞いても大丈夫としか返されないやつのような気はする。

 そんなことを考えながら言葉を探していると、カラシュさんが割り込んできた。


「はいはいはいはい、この話はここまでにしてください。取り急ぎ今伝えるべきは『あいつで確定』だけでいいですね? 俺からニーブルト師団長へ伝えときますから、陛下と王妃殿下へのご連絡は師団長に任せる感じでよろしいですか」

「それで頼む」

「確かに承りました」


 カラシュさんは兄に向かってきちんと一礼した後、改めて私たちを見た。


「ここからは、姫様の主治医としての指示です。姫様、それにベルナルト殿下も、今日はこの後、この話題を出すことは禁止です。自覚はなくても、お二人ともとても疲れておられます。お一人で過ごされるのも禁止です。この後のご予定はないと伺っていますが、変更はないですよね? あっても取り止めてください。着換えを終えられたら、姫様は俺といつもの魔術談義でもしましょうかね。ベルナルト殿下も一緒にどうですか? お二人とも今日はもう、陛下たちが戻られるまで、気楽にのんびり過ごしてください」


 一気に言われた。口調は全くそれっぽくないが、内容は主治医っぽい。肩書通りのふりが上手くなったなあと思ったけれど、この人はもともと魔術師団の医官さんだ。医療に関しては普通にプロである。


「それなら、ルーも呼びたいです。今日はみんな出払っているし、寂しがっているかも」

「いいですね。じゃあ俺はそんな感じで連絡しときます。頃合いを見てまた戻りますが、会場はこの部屋のここでいいっすか」

「もうなんでもいいです」


 怒涛のカラシュさん主治医ムーブに、全部お任せのつもりで返事も放り投げたのだけど、ツボに入ったらしい笑いで返されてしまった。


 父母が戻るまでというと、結構遅い時間になるような気がする。夕食はどうするのかな、お茶とお菓子でダラダラする感じかな、お昼は半端な感じにしか食べられていないし、それはそれでいいな、弟の教育には悪そうだけど。とまで考えて、着替えを手伝ってくれていた私付きのメイドに、お茶とお茶菓子を頼んだところ、お話はもう聞いています、手配しておきました、と返された。カラシュさんが出掛けにお願いしてくれたらしい。

 あの人、仕事においては本当に有能なんだな。私は魔術師団自体がエリート集団だということを忘れやすいのだけど、仕方ないじゃないか、師団長は最近までずっと猫の遊具だったんだもの。



 兄が弟を連れて戻ってきた頃には、私の部屋にはお茶のほかにお菓子がたんまり用意されていた。香り付けされた冷たい水や、温かいスープ、パンや軽食になるものもある。私の復帰後初お披露目お疲れ様ということで、離宮の厨房がはりきって、事前にいろいろ用意してくれていたらしい。この離宮の人たちは猫の私に優しかったが、人間の私にも優しい。

 案の定寂しがっていたらしい弟は、たくさん並べられたお菓子にテンションが上がっている。日本人の小学生をやっていたその昔、近所の子を集めてやっていたクリスマス会を思い出す状態だ。この国のお茶会マナーでは、食事や飲み物をこんなに机いっぱいに並べたりしないものなのだけど、今日はお疲れ様会なので特別だそうです。やっぱりこう、視覚を襲う物量でしか味わえない盛り上がりってあるよね。

 そう時間を置かずにカラシュさんも戻ってきて、その後はずっと兄弟三人と自称保護者一人でだらだらしていた。「保護者です」って言いながらカラシュさんが入ってきた時には、私と弟で疑問の声がハモってしまいおもしろかったです。


 話題はだいたい魔術談義・筋肉談義・猫談義のどれかだった。弟は魔術師団長からの魔術の授業を今も受けていて、やはり筋がいいらしい。時々早口になるカラシュさんの話に食いついていけている。魔術の話の間は他人事の顔で聞く側をやっている兄も、話題が筋肉になるとだいぶ早口になる。もしかしたら、我々兄弟は全員マニアになれる素質があるのかもしれない。

 猫の話はですね、猫の運動能力とかそういう話をしました。登りやすい人の見分け方とか。一番登りやすかったのは間違いなく魔術師団長ですねとか、そういう話もしました。最近の兄も結構登りやすかったよ。

 俺は登られたことないっすねとカラシュさんが言うのですが、登られたかったのなら自主申告してくれればよかったのに。猫に登られたい人はいっぱいいたけど、猫は一匹しかいなかったんだぞ。かわいそうだし、今からでも登ろうかと聞いたらドン引きされました。人間が登るのではそんなにダメか。理不尽じゃない?


「そういえば、私の婚約者の候補が決まっているって何?」


 理不尽ついでに思い出したので聞いてみたけど、兄はにっこり、弟はウキウキ、カラシュさんは他人事の顔をした。自称保護者はちゃんと最後まで設定を守ってください。


「本当に決まってるよ。今のところ候補は六人いて、検討会が精査してるところ」

「検討会?」

「昼に庭でやってるやつ! 僕も意見言ってる」

「んん?」

「ルミールはノエミをよく見てるもんな。ずいぶん参考にしてる」


 弟は得意そうな顔をしている。姉大好きなのは知っていたけど、そんな話をしているとは、おねえちゃん知らなかったな!


「候補はまだ秘密。候補になってる本人にも伝えてないから、ノエミにも秘密な」

「ね」


 兄と弟は楽しそうだが私は聞き捨てならない。

 昼に庭って、もしかして元猫を囲む会のアレ? いや待って、何?


「ノエミが結婚したくないっていうなら、それでも大丈夫だから早めに教えてくれるとうれしい。父様が喜ぶし」

「……そんなことはないけど」


 そんなことはないがいきなりでびっくりはした。これでも日本人の頃には結婚していたので、結婚に夢を見ている、みたいなものはないのだけど、機会があれば子供が欲しいとか、そういうのはある。まだ先の話だとうっかり思い込んでいただけですね。あと、庭で何の話をしているんだ、とか、メンバーは猫の関係者なの? とか、そういう疑問はすごくある。

 あと父、そこは喜んではだめなところでは? 確かに私は政略に使い難いだろうけど、一応王女だぞ?


「庭でどういう話しているのかと思っていたら……。いろいろ気になるし、そのうちに顔を出させてもらうから。絶対に行くから」

「護衛の関係で、事前に連絡貰えると嬉しいかな。ラデクやサーラも喜ぶと思うよ」

「本当に、何をどう検討しているの……」


 思わずこぼれたつっこみを兄は笑顔で黙殺し、カラシュさんは「大変っすねー」と雑に他人事なコメントをくれた。自称保護者はもう閉店らしい。



 はしゃぎ疲れた弟が眠そうに目をこすりはじめる頃には、お菓子と魔術と筋肉と検討会の謎で頭の中は塗り潰されて、あの男のことなどすっかり忘れていた。





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