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15. 私の瑕疵

 そんな感じで慌ただしく時間が過ぎた。日本人をやってた頃の大学入試直前とか、仕事の納期直前とか、そのへんの記憶が脳裏をよぎる状態です。日々の生活そのものは、今のほうが断然余裕がある点が救いだ。

 家族は基本的に私に甘いので、たまにご褒美も設定してくれる。母が教えてくれているマナー的なものの実践として、母主催の、離宮に親しい人を招く内輪のお茶会を使って練習させてもらう機会が何度かあったのだけれど、そこに魔術師団長の奥さんも呼ばれていて、私もご挨拶ができた。人間としてのご挨拶である。しかも双子ちゃんたちもいるのです! これは明確にご褒美! 

 ぽわぽわだった魔術師団長のおうちの双子ちゃんは、ちょっと見ない間にすくすく育って、喃語だけでなくお話をするようになっていた。ずーっと二人でお話している。あまりにかわいらしい光景すぎて、顔が緩みすぎた私は母に注意を受けたが、その母の顔の緩みっぷりもなかなかのものだった。わかっていますよ私はお勉強中の身ですからね!


 そういう、ご褒美なのか苦行なのかわからないものを乗り越えて、母に「外面はさして難なく取り繕えるだろう」という判断をもらった結果、私は夏の終わりの、昼に行われる立食パーティーに混ざることになった。この国は冬が厳しめの気候なためか、人の交流は夏に比重が偏っており、夏の終わりになると「名残惜しいわねー」みたいな集まりがいくつか開催されるのだ。それの王宮主催版の、昼の部のほうに出る。王宮の主催だけれど私的なもの、という位置付けになっており、昼の部が王妃個人が主催、夜の部は王個人が主催、という扱いだ。

 もっと格の高い、国が主催という扱いになる公式の園遊会も別にあり、これは秋になってから大規模に開催するので、夏の終わりのこの会は小規模、しかも本番は夜である。昼の部は、貴族の成人前の若い子弟や、商家の若い世代の者がいたりする、女性や若い子が中心のちょっと気さくな交流会、という位置付けだ。

 なので、何食わぬ顔で王女十五歳が混ざるのには最適なのだ。本来なら。


 このパーティーの主催は王妃なので、参加する大人はご婦人方が多くなり、貴族家の当主男性、というような属性の人はあまりいない。さすがに成人年齢前の子供だけの参加は許されないが、母親と成人前の娘とか、成人している若い兄と成人前の弟とか、そういう感じで参加する人が結構いるのだそうだ。もちろん若い兄と成人前の妹、という組み合わせもよくあるもので、私が兄と一緒にうろつくのに向いている。

 招待は家や商会といった単位ごとに出すので、実際に誰が参加するのかは招待された側による。準備や警備の都合があるので、招待状を貰った家では、返事を出すときに「我が家の誰と誰が行きますよ」という一筆を添えることが礼儀とされているのだけれど、その返ってきた返事の中にですね、妙に貴族家当主男性が多いらしいんですよ。しかも貴族家当主男性とその家の未婚の若い男性、という組み合わせが多いそうです! わーお!


 王女が久しぶりに表に出てくるらしいよ、という噂を流したことは聞いていた。噂を流したといっても、王族が直接そんな話をするのは差し障りがあるので、魔術師団の潜入任務系の人が暗躍したり、猫を囲む会メンバーが暗躍したりしたそうです。前者はやり方が大仰すぎると思うのだけど、後者に関しては訳が分からないという感想になる。いやいや、何? ここしばらくの猫を囲む会の、昼休みの謎の集会はそういう? そういうやつなの? 兄からはそれだけじゃないよと言われたけど、猫を囲むあたりからだいぶ離れてきてはいませんか。


 王妃主催の気楽な会であるにも関わらず、貴族家の当主が直々に未婚の若い男性を連れてくる、というのは、まず間違いなく私が目当てなのだろう。長期療養中という建前だった私には、もちろん婚約者などいない。この国は過去にいろいろあった関係で、政略であっても幼すぎる子供に婚約を結ばせることを避ける慣例がある。なので、事件当時十歳だった私は、そこらへんが白紙のままの状態だ。

 王位は女性でも継げるけれど、男性のほうが優先される慣例だし、今代の王には近親に若い男性の継承権保持者が二人いる。ということで、王女はどこかに嫁に行くと判断され、我が家に王女が嫁いできたよという格を得る好機をみんな狙っているのです。それはわかる。

 それはわかるのだけど、出席予定の若い未婚の男性陣が、こういう言いかたで申し訳ないのだけど、軒並みちょっと微妙なのですって。貴族って本来は家の中でも序列がきっちりあって、王家からの降嫁、しかも現王と正式な王妃の娘となると、当主とか次期当主とか、そういう立場の人の嫁とするのが普通なのだそうだ。釣り合いを取るってやつである。

 ところが今回、未婚男性がやたら多いのに、その中に次期当主になりそうな立場の人は全くいなくて、当主の甥とか分家の子、当主の子でも次男三男みたいな方々ばかりなのだそうです。参加者チェックをしていた母がいい笑顔で言っていました。兄にもよく言い含めておくって言っていました。母からやっちまいな的なゴーサインが出た気がする。あらやだこわい。


 お互いまだ見たこともないはずなのに、なめられてんなー、と思う。

 でも、まあ、今のところの私って、若い女性として「傷物」の可能性がそれなりにある、哀れで弱い、かわいそうな子だものね。



 というわけで、本日は朝から身支度に勤しんでいる。実際に勤しんでくれているのは、主に私付きのメイドの皆さんなのだけど、母も時々様子を見に来ている。母自身にも準備があるはずなのだけど、今日の事実上の主役は娘だから、主催は失礼にならない程度でいいのよ、との仰せです。いいの……?


「この髪、どうしたものかと思っていたけど、いい感じにアクセントになったわね」

「悪くないでしょう? チャームポイントだと思えばいいのよ」


 私の髪色は黒なのだけれど、後頭部の右側寄りに白髪の束があるのだ。以前はなかったはずのものなので、猫になる時になにかあったのかもしれない。猫の私も、右の後ろ足が白靴下だったのだ。

 合わせ鏡で見せてもらったら、ちょうどメッシュのような入りかただし、まだ若いせいか髪の状態もいいし、白銀ですよとギリギリ言い張れなくもないぐらいには見苦しさが薄い。だったら、隠すより活かすほうに使っちゃえ! ということで、本日の私は細いリボンも交えた編み込みがいくつも入る髪型にされている。ヘアピアスのようなキラキラしたものを添えればもっと楽しそうなのだけど、成人前の年齢であまりキラキラさせるのも微妙、ということで、代わりにツヤツヤの布リボンが使われております。編み込みが凝っていてかわいらしい出来になっており、脳内の日本人もご満悦です。


 日本の若い女の子をやっていた当時は、オシャレな女子とは到底言えない過ごしかたをしていたけれど、こういうお遊びには憧れがあった。自分で編み込みとか、そういう器用なことはできないから諦めただけで。

 あと、最後のほうは病気のせいか治療のせいかわからないけど、三十代の割に白髪が目立つ感じになっていたのだ。あの頃は青とか紫とかの白髪染めをやってみたかったんだよね。入院中だったし、体力的にも施術を受ける余裕なんかなくて諦めたけども。


 こんなにかわいい仕上がりになっている白メッシュだけれど、こういうのも瑕疵の扱いになるのでしょうね。言ってしまえば若白髪だし。でもまあ、だから何? ってやつですよ。母と母付きの侍女の皆さんや、私付きのメイドさんたちの技術をもってすれば、いい感じにアレンジできてしまうのである。立場と財力さえあればかわいいは容易に作れるのだ。


 服はね、淡いアイボリーの生地に緑と赤と黒で刺繍が入っているやつです。髪の毛のリボンは赤と緑で、こういうものは全部色をあわせてある。この国は、成人前の子供だからこういう服を、みたいな縛りはあまりないらしいのだけど、宝石や金銀を散りばめてギンギラギンな感じにするとか、変に露出多めとかは眉を顰められるそうです。

 未成年なのでちょっと素朴に、でも凛として見えるように、というのが今日の私の全体テーマですって。母がそう言っていました。母たちのこだわりがすごすぎて、私本人に出る幕はあまりなかった。髪のアレンジ案だけ出したかな、というぐらい。

 会場内を一緒にうろつく予定の兄の装いも、もちろん母監修で私とお揃い感がバリバリにあるやつです。これ、期間的に服を仕立てるのは結構大変だったのじゃないかと思うのだけど、刺繍以外は既成のものを流用していて、そこまででもないらしい。本来は若い人が中心の割と気楽な会なので、あんまりゴリゴリに豪華一点もの感を出すのはよろしくないそうだ。



 そういう、本人は楽しく周囲は慌ただしい準備を経て、パーティーが始まった。少し早めのお昼から、午後のお茶が終わるぐらいまでの時間なので、昼間とはいえそれなりの長丁場になる。私も兄も主催側の人間なので、来場するお客様に対してはお迎えをする立場だ。

 こういう集まりに、ちゃんとした参加者として出ること自体がはじめてなので、へー、わー、すごーい、ぐらいの気分でやってくる参加者のみなさんを見てしまう。服装とかがですね、やっぱちょっと楽しいのですよ。わがままを言うなら、やっぱり女性のほうが服装はバリエーション豊富なので、もうちょっと女の子の比率が高いほうがよかったなと思う。

 もちろんそんな下心は一切顔には出していない。すぐ近くにいる母に察知されて、後でダメ出しをされてしまう恐れがある。こういう時の母の勘は異常に鋭い。

 隣にいる兄からも、おすまし顔をしています、という雰囲気がガンガンに漂ってくる。兄は身長をすくすく伸ばしたので、私が顔をみるためには見上げる必要があり、隣からこっそり表情を伺うことは難しい。装いチェックの時に見た兄は、優しげな顔をした美形のさわやかお兄さんという雰囲気で、とてもモテそうだった。


 会場内で私と兄が浮かないようにと、私が知る人たちも呼ばれている。護衛さんたち近衛隊はほとんど貴族出身者で、こういうパーティーに呼ばれ慣れている人も多いのですって。

 兄の筋肉仲間が弟さんとやって来て筋肉談義をしたり、弟担当の護衛の人が二人の妹さんを連れて来たりした。この弟担当の護衛の人は、以前あった猫の私と弟の木登り競争の際に、弟と猫の私が盛大にご迷惑をお掛けした人である。その節はすみませんでした。

 妹さんたちは二人とも私と同世代で、髪のアレンジや服について楽しく女子トークできてしまい、同世代女子とのふれあいがずいぶん久しぶりの私は、そのあまりの眩しさに感涙しそうになった。ちゃんと堪えました。

 招待されている近衛隊関係の人たちは、皆さん猫に登られたことがあるようで、猫に登られた日々を惜しまれたりもした。私が猫であったことは秘密なので仕方がないけれど、ここで貴方が惜しむトークをしている相手が、登っていた本人です。皆さん登りやすくてよかったです。こんなことで表情を取り繕う能力が試されることになるとは思わなかったし、兄はとても楽しそうに私を見ているし。兄、後で覚えてろよ。


 あと、毎朝の雑談仲間、歩く医療機器こと医官のカラシュさんも来た。お一人での参加です。曰く、魔術師団長は奥さんと一緒に夜の部に参加予定で、昼には来られないからその代役だそうだ。

 カラシュさんは貴族家の出身だけど三男で、家を継ぐ予定はないし爵位も持っていない。ご実家も地方の小規模領主で、領地から出ずに静かに暮らすタイプだそうだ。夜の部の招待客は、王家と直接付き合いがある貴族家の当主が多いので、カラシュさん自身は間違ってもそちらに呼ばれるような立場ではないという。

 昼の部の単独参加となると、ちょっと年嵩かなあというぐらいにはなるけれど、さして違和感はない。「俺は姫様の主治医だからね」とドヤ顔されましたけど、そこで威張る意味はよくわかりません。この人、最近「殿下」呼びが面倒だからって、人のことを姫様呼ばわりするんですよね。確かに殿下は三人いるが、姫様は私だけだ。それはそうだがこの国の儀礼的にはアウトだ。怒られるといい。

 万が一の時の護衛も兼ねていると言われて、思わず胡散臭いものを見る目で見てしまったのだけれど、そもそも魔術師団は軍事組織だった。現場経験もあるそうです。カラシュさんの戦闘シーンとか想像がつかないのだけど。



 そんな感じで、序盤は割と和やかな雰囲気で過ごせていた。


 私への遠慮のない視線はなんというか、こう、ものすごく感じるのだけど、想定の範囲内でもある。かつての社会人経験で鍛えた「話を煙に巻く態度」という技術も私にはあるので、どんと来いぐらいの気概でいる。

 なのでまあ、それはいい。それはいいのだけれど、主催である母も聞いていない、想定外の人が来るのはどうなのか。



「まあまあ、ポフル公。今日は夜のほうにおいで下さると聞いていましたのに」


 母が寸分の隙も無い「あらまあ」顔で話かけている人は、本来なら昼のほうに来る予定ではなかった人だ。父よりもずいぶん年上に見える。猫を囲む会の庭師のおじさんと同世代ぐらいだろうか。有力貴族家の当主らしい姿で、本来よりも貴族家当主が妙に多いというこの場の人員構成においてすら、年齢や立場が図抜けて浮いている。

 何よりも、雰囲気に親しみやすさが一切ない。今日のこの時間は「若い人中心の割と気楽な会」という建前なのだけど、建前ぐらい守れよと言いたい。


「いや、すみません王妃殿下。甥の子供たちを連れてきただけですので、お気遣いなく」


 参加予定の自分の家の若者たちが、遅刻になってしまったので連れてきた、という建前らしい。国内でも一握りの有力者本人が、そんなことする? 王妃主催とはいえ、本来は気楽な催しだよ? 建前の扱いが雑すぎるのでは?


「それに、孫と少し話もしたかったのでね」


 建前が雑過ぎる老齢男性が、兄のほうを向いた。日本人三十三歳基準で言うと、老齢扱いするほどの年齢の人ではないし、本人の見た目にも老けた雰囲気はないのだけれど、私は十五歳女子だ。反抗期の中学生だぞ。立場があるのに建前もまともに尊重できないような人にお渡しするような敬意はないです。品切れですし補充予定もないですね。罵詈雑言も表に出さなきゃセーフだよ。


「お久しぶりです、ベルナルト王弟殿下」

「ご無沙汰しております、お爺様」


 兄よりも半歩後ろに下がって、私は努めてにこやかな顔で男を見る。背筋を伸ばして、お前に見せるかわいげはないという心意気を隠さずいく感じです。


 この二人は、仕事上での接点もなさそうな雰囲気だ。兄の仕事の差配をしているのは、父と側近の皆さんだと思われるので、なるべく避けているのかもしれない。当たり障りのない挨拶の会話が二往復した後、男は私の姿を見た。値踏みをしていることを隠す気がないっていう顔をしている。わあ腹立つ。


「ベルナルト殿下、こちらのお嬢さんをご紹介願えますかな」

「姪のノエミ王女ですよ。以前にも会っていると思いますが、ずいぶん久しぶりなので、お爺様は忘れておられるかもしれませんね」


 兄が言外に「耄碌したな」と添えている。私のほうもこの男の顔に覚えはないので、会っているのは十歳よりも前かもしれない。成長期を挟んだ子供だし、ぱっと見でわからなくて普通だとは思う。でもこれ、今日は私がいると知った上で、敢えて言っているよねえ。

 私はさらに一歩下がって、母の指導のもと特訓した、貴族女性の正式な礼を披露した。姿勢の維持には体幹が物をいうが、猫としてあちこち登って鍛え続けてきた私はその辺が強いのである。


「お久しぶりです、ポフル公」

「これはこれは、失礼致しました。五年以上お姿を拝見する機会がなかったもので、てっきり……。いやはや、見違えましたな。すっかり美しい娘さんになっておいでだ」

「まあ、ありがとうございます。長らく心配をお掛けしました」

「私は時々会っていたのですが、そのたびに美しくなっていくんですよ。定期的に医師の診察も受けていたのですが、最近やっと、復帰して問題ないと主治医から太鼓判を頂きましてね。私が頼んでエスコートをさせてもらっています」


 身びいきですがね、と言って兄が笑む。


 言外に「お前本当に王女か?」とつっこまれたのを、兄が言外にきっちり否定した形だ。言外のやり取りが多すぎる。

 兄が言った内容は、美しい云々はともかく、それ以外は嘘ではない。私と兄はほぼ毎日、けっこうな頻度で会っていた。私が猫だっただけだ。定期的に診察を受けてもいた。実際には猫の健康診断だったけど。健康というだけならずっと健康体だという判定はもらっている。

 今日の招待客に、魔術師団の医官にして私の主治医という肩書のあるカラシュさんがいるのは、こういう場合の補強要員でもあったのだろう。反論は兄が全部済ませてくれたけど。


 兄は嫌味と捉えたようだけれど、私はこの男が本気で疑っている可能性は高いと踏んでいる。私が私であることは、外から見れば担保がなにもないものだ。実際には、離宮の結界に襲撃事件以前の登録情報があり、今ここにいる私が間違いなく王女であるという証拠にできるのだけれど、それを外部に対して説明することはできない。この話をするためには、少なくとも離宮の結界の仕組みを説明する必要があるからだ。そんな防衛上の機密に当たる内容を外部に漏らすことは許されない。

 なので兄、というか王家の側は「匿っていたけど五年間ずっと会ってました、様子を見てました」という話にしているのである。匿っていた場所は秘密だけど、離宮内のどこかという推測は否定しない。この辺りは事前に打ち合わせを済ませている事項でもあるので、つっこまれても誰も動じないのだ。実際の状況もだいたいその通りなので、嘘をつく後ろめたさすらもない。単に私が猫だったというだけだ。


「そうでしたか。王女殿下がこのように美しくなられて、陛下もお喜びでしょう」

「兄は家族が大好きな人ですからね。美しくなってしまったから、狙うものが増えてしまうと私にいつも愚痴を言うのですよ」

「おやおや」


 実の娘すら駒扱いして捨てちゃうようなお前とは違うんだよ、という、兄からの言外のメッセージを受け取ったはずの男は、それを穏やかな笑みで受け流した。もうね、話せば話すほど絶対に相容れないし、兄はお前の駒になんか絶対させないし、もうね、こうね、あれだよ、バーカバーカ! ってなる。表には出しませんが。


 ひんやりとした笑みだけがある沈黙の一瞬を経て、長居の詫びを告げた男は踵を返した。一応、本当に人を送って来ただけらしい。

 私はこいつに立ち去られる前に、もう一点だけ確認したいことがあったので、母から言外に「お帰りはあちら」されていた男に声を掛けた。


「ポフル公、一つだけ宜しいでしょうか。そちらのお屋敷では、もう秋バラが咲いているのですか?」

「まだ少し先になりますな。バラは、今はちょうど花が少ない時期なのですよ」

「そうでしたか。公からよい香りがなさっていたので、もうお花が見られる頃合いなのかしらと思って」


 聞き覚えのある歩きかたをする男は、聞き覚えのある声で教えてくれた。


「いいえ、これは香水なのですよ。我が家独自のブレンドでしてね。お褒め頂けたなら光栄です」




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