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12. 私の罪

 先に医官の二人が退出して、父と魔術師団長が残った。父曰く、そのまま「ちょっとだけお話」があるそうだ。

 お話ってなんだろなと呑気に思っているうちに、扉が閉められて、魔術師団長が跪いて頭を垂れた。いや待って、ちょっとだけお話ってやつは、こういう始まりかたをするものじゃないよね? 謀ったな父よ!

 思わず父を睨んでしまったが、困ってるんだよね的な苦笑を返された。


「俺も、こんなものはいらないと思ってるんだが、ミランが聞かないんだ。頑固なんだよこいつ」

「陛下と、王族の皆様の安全を守ることも、私の職務に含まれています。守るべき時に守れず、気付くべき時に気付けなかったのは私の咎です。どうか罰は私に、私以外の者には大赦賜りますよう願うことをお許しください」

「……お父様?」


 父に聞くのは筋違いかなと思いつつ、わかっていそうだったので父に聞く。いや、うん、なんで?


「厳密に言えばこれが正しい。とはいえ、王宮の警護はあくまで近衛が主で、魔術師団の管轄は僅かだ。賊が入ったのも師団の結界の外だし、襲撃の実行犯の捕縛と拠点の破壊を行ったのは師団で、指揮したのはこいつだ。そのうえで、長らく伝承扱いだった『呪い』を看破できなかったからといって、それを責める意味がどこにある」

「王宮の敷地内に、あのならず者たちが出入りできていたのが不思議でした。結界があるのはここだけだったのですね」

「普通の使い方をするなら、結界系の魔術はあくまで補助なんだよ。あちらは外部の出入りも多いし、大規模な結界に頼るのは難しい。人の目を増やして警備したほうが確実、だったんだがな、本来なら。あの時は、近衛の一部に内通者がいたんだ」


 眉根を寄せた父が、盛大に溜息をついた。この離宮が、父曰く絶対防御要塞デラックスとされた理由がよくわかる。


「内通者本人は処罰、上司と上層部は更迭した。今の近衛隊はあの時より真っ当なはずだが、魔術師団というか、ミラン個人を逆恨みしている者がいてな。隙あらば責任問題にしようとしやがる。でもなあ、俺はこいつと幼馴染でダチなんだぞ? 距離が近くて何が悪い」


 普段から近くにいるのだからお前が守って当然だろう、みたいなやつかな。でも、それは本来近衛隊のお仕事だよねえ。

 父はあきれたような顔で、低い位置にいる魔術師団長を見た。彼はここまで微動だにしていない。


「王女殿下のお近くにいながら、お守りできなかったことは確かです」

「五年前の話なら、あれは私の自業自得です。勝手に外に出て、ルーも危ない目にあわせて、みんなに迷惑かけて。そのほうがよっぽど罪深いでしょう」


 魔術師団長が私を見る。違うと言いたそうな顔をされていますが、間違いなく私の自業自得なのですよ。みんながちゃんと守ってくれていたのに、それを無下にしたのは私のしょうもない好奇心である。好奇心は猫を殺す、かつて聞いたことがあることわざの通りだ。


 自主的に猫の遊具になりに来ていた魔術師団長の人は、猫とはもちろん仲良しだったと思っているが、十歳までの人間の私とも仲良しだったのだ。

 離宮の結界システムの調整で来たはずが、ずいぶん長いこと父に捕まって遊ばれているこの人に、私や兄はとても懐いていた。昔からものすごく面倒見がよくて、頻繁にまとわりついていた私にも、嫌な顔を見せたことがない。父にはしょっちゅう嫌な顔をしていたのに。

 表情の変化がわかりやすくないだけで、子供や子猫は全般的に好きなんだと思う。たぶん子犬も好きなんじゃないかな。


「それに、私が今ここにいるのは『ミランおじちゃん』のお陰よ? 見つけて拾ってくれたのはラデクで、手を尽くして世話してくれたのはサーラだけど、それを許して、責任を持ってくれたのはミランおじちゃんでしょう。庭から中に入れてくれたのもそう。普通の猫ではないとわかって、危ないものかもしれなかったのに。お陰で、私はずいぶん快適に過ごさせてもらった。ここに入れてもらえなければ、ただの野良猫として生きていくしかなかったのに。王宮の外は子猫にとっては過酷だもの、放り出されていたらとっくに死んでいたはず」

「……偶然そうなっただけで、私は貴女の処分すら考えていました」

「知っているわよ。でも、みんなに私のせいで何かある方が嫌だったから、それでいいと思っていたの」


 座り込んで目線をあわせると、彼は戸惑った表情を浮かべた。


「昨日だってそう。離宮の外に出てしまった私を、すぐに迎えに来てくれたでしょう。気が付いてすぐに、ラデクたちに声をかけてくれたのよね? あれも、もうちょっと遅かったら私は猫の子を孕んでたと思う。その場合はどういうことになるのか、興味はあるけど――」

「ノエミ殿下!」


 怒られた。あと脇にいる父の気配がとても怖い。


「私だって絶対に嫌だからね、そんなの。昨日だって外に出ちゃったのは私の落ち度で、お仕事中に迷惑かけたのに、すぐに助けてもらえて、嬉しかったのよ? 私がお礼を言わなきゃいけないことはたくさんあるけど、ミランおじちゃんに謝ってもらうことはなんにもないです」

「そういうことだから、諦めろミラン。咎めるべき事柄がない者を罰することはできん」


 父は「だから言っただろ」みたいな顔をしている。

 やっと肩の力を抜いたミランおじちゃんが、父を見てとても嫌そうな顔をした。


 なんだかバツが悪そうに立ち上がる魔術師団長の、制服にある飾り紐をつついて揺らす。猫の爪ぐらいではびくともしないのに、よだれにまみれてしっとりはしてしまう、例の紐だ。

 私は助けてもらったし、ずっと遊んでもらっていた。伝わるだろうか。


「ミランからの話は、これで終わりということでいいな。あとは俺からもう一つ話がある。――ノエミ」

「はい」


 とても真面目な表情をして私を見る父の声音は、とても優しい。


「お前は自業自得だとか、迷惑をかけただとか、そういう言い方をしているが、それは間違っている。あの時のお前はまだ幼い子供で、今でもまだ成人前の子供だ。お前の身に降りかかったことは、周囲の我々が責任を持って防ぐべきことであって、お前に責のあることではない。何より、子供達に危害を加えるような輩さえいなければ、誰も悲しむことなどなく、何よりお前は人間として、家族としてここで過ごせていたはずなんだ」

「……ええと、でも。それは」


 この離宮で過ごした猫の生活は、悪くはなかった。みんな猫に優しかったし、好き勝手にさせてもらっていた。猫としては明らかにおかしい生き物である自覚はあったし、この暮らしをいつまで続けさせてもらえるのか、不安がなかったわけじゃない。でも、なんだかんだで楽しかったのだ、ずっと。

 人間に戻った今、みんながずっと私を心配してくれていたということが、身に染みて理解できる。自分勝手に危ない目にあった私は、何も気にせず勝手に楽しく過ごしていた。記憶が無かったのだから仕方はないけど、そんなの免罪符にもならない。昨日からずっと、本当にひどいことをした、もう嫌われているんじゃないかと、そういう気持ちが燻っている。

 きっとそんなことはないと、私の中の三十三年間が告げているけれど、その後の十年間の私は酷く恐れている。


「お前は『心配をかけてごめんなさい』だけでいい。他に謝るべきことはないんだよ」


 ――そうなのかな。


 私の父は、仕事ができる立派な王様のくせにネーミングセンスは壊滅していて、家族大好きを堂々と公言するような、そういう感じの優しいおとうさんだ。よく知っている。

 なんでこんなによくしてくれるんだろうね、家族だっていうだけなのに。


「……心配、かけて……ごめんなさい……」


 声をあげて泣き出す私の頭を、父が撫でてくれた。十五歳の人間の娘な私の体は、猫と比べればずいぶん大きくなったけど、それでもまだ、父に比べれば小さなものだ。超えられる日はたぶん来ないのだろう。





 ずっと、迷惑をかけてごめんなさいと思っていた。そう伝えてきた。でも、本当は、心配をかけてごめんなさいと伝えるべきだったのかもしれない。

 記憶の中の三十三年の最後のほうでたくさん紡いだ言葉を思い出し、もう会えないであろうかつての夫に、私はそっと詫びる。



 ずっと、心配をかけていてごめんなさい。

 私はもう大丈夫、だから心配しないで。



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