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11. 私にかつて起きたこと

「私が覚えていることをお話しします。まず、ルミールと私を襲った者は三人とのことでしたが、それとは別に、私たちの声を一時的に奪った者がいたと思われます」


 いきなり周囲の空気が冷えてしまった。


 襲撃に魔術師の補助自体はあった。けれど、現場にいたのは実行犯の三人のみで、その場に更に術師がいたとは思われていなかったのだろう。

 離宮とは異なり、普段から人の出入りが多い場所なので、襲撃犯たちの痕跡を確認すること自体、やりにくかったのかもしれない。



 あの時、私は弟と一緒に城の庭を探検していた。離宮ではなく、本宮の庭だ。


 私たち兄弟は三人とも、離宮の庭の決まった区画、猫がいたあの場所以外では、子供たちだけで建物の外に出ることを禁じられていた。逆に言えば当時は、あの庭の中だけなら勝手に出ても叱られなかった。

 離宮の庭には、招かれた来客が立ち入ることができる場所とそうでない場所があり、私たち兄弟が使っていたのは、来客が立ち入ることのない、奥まった場所にある区画だった。結界と接している金属柵と、離宮の建物に挟まれており、他の区画に続く部分は木柵や建物で区切られていた。

 私たちは大抵三人で遊んでいたが、兄は年上で、私や弟よりも遊びに使える時間が少ない。ある日、庭の隅に子供がギリギリ通れるぐらいの隙間を見つけた私と弟は、兄のいない時間はそこを通って、他の場所へ探検に出かけるようになった。

 兄がいない時、弟と私は木の上で遊んでいることが多かったので、地面を駆け回っている時よりは断然静かだったと思う。庭から抜け出しても気付かれにくい状態だった。

 思い出してみれば、当時は護衛も最小限に絞られていたような気がする。私たち三人は、難しい年頃に差し掛かった兄と、短絡的で口だけ達者な私、行動範囲が広がって何でも知りたがる弟、という取り合わせだったのだ。子供たちが家族以外と接することで変な話を吹き込まれ、兄がおかしな勢力に取り込まれるような結果になる可能性を、できる限り防ぎたかったのだろう。護衛はみんな遠巻きにしていたし、庭師が居合わせることもなかった。


 最初に隙間を見つけたのは弟だが、最初にそこを抜けたのは私だ。弟はついてきてしまった。

 まずいかなという意識は多少あったが、それよりも、普段出入りを禁じられている場所への好奇心のほうが勝ってしまった。私と遊べることが楽しいという弟は、私のやる新しいことに諸手を挙げて賛同した。


 時間をかけられないことはさすがに理解していたので、今日はここまで、次はあそこまで、と徐々に距離を伸ばしていく形で、元居た庭から離れていった。

 王宮の庭にまったく人目がない、などということは、実際にはないのだろう。こそこそと動き回る私たちがわかっていなかっただけで、両親も知っていただろうし、護衛の人たちも、気付かれないようにして見守ってくれていたとしか思えない。

 本宮の大きな庭に達する頃には、離宮にいる王女と王子が出てきている、ということは離宮の外の人たちにも知られていたのだと思う。兄のいない時だけの小さな冒険なので、スケジュールも把握されていた可能性が高い。


 それなりの遠出になっている自覚ができつつあったあの日、弟が、顔を隠したほうがいいかもしれないと言い出した。抜け出していることがばれたら叱られてしまうから、だからこれを被ろう! と言って、大きな布袋を差し出してきた。ここまで来る途中に積んであった空き袋を、拾ってきたという。

 土汚れがあって、お世辞にもきれいとは言い難い袋だったが、弟はさっと頭に被ってしまった。彼の輝く銀髪が隠れたので、確かに少し目立たなくなっている。私の黒髪も目立つことを思い出して同じように被り、そして気が付いた。この袋には、元々灰が入っていたのだ。

 弟が被った袋を慌てて外させ、私も外した。弟の髪は灰だらけ、私の髪も灰だらけだ。面白くなって声を抑えて笑っていたところに、近くの茂みが動いて、――私たちは襲撃を受けた。


「襲ってきた者は皆、私とルミールの情報も曖昧にしか持っていないようでした。それと、当時の私たちには、防護の術がかけられていましたよね? 術が壊れた時の警報音らしきものを、聞いたような気がします」

「その通りです。襲撃者が術を破るための道具を保持していて、襲撃の際にそれを使ったと供述が取れていますし、証拠もありました」


 魔術を物に施しておいて、任意のタイミングで実行する方法があるので、その仕組みを使った道具もあり、市販もされている。ただし、防護の術を無効化する目的の道具は販売が原則禁止されていて、許可なく持っていると、それだけで罪に問われる。

 襲撃者の持っていた道具は、組織にいたという、魔術師として就業しなかった人の作品だったのかもしれない。


「でしたら、声を奪ったのはやはり別の者だと思います。直接襲ってきた彼らは、私たちが口を動かすだけで声が出ていないことを、恐怖で声も出せなくなった、と解釈しているような口ぶりでしたから」


 声は本当に出せなかった。襲撃者が飛び出してきた方向とは逆側に弟を突き放して、私はまず、事態を知らせるために大声をあげるつもりだった。そういう訓練もしていたのに、出かかった声は途中で止まってしまった。まるで、息を吐き出せなくなるかのように。

 私のほうに駆け寄ろうとした弟を制止しようとしたけれど、それも声にすることができなかった。弟はおそらく私を呼ぼうとしていたが、その声は聞こえなかった。


「息を吐く方法を忘れたような感覚でした。そうかからずに元に戻りましたが、そのせいで時間を稼がれてしまった部分はあるかと思います」

「……他人の体を操作する、それも生命の維持の根幹に関わるような部分の操作は、できないわけではありませんが、かなり難しいはずです。こちらで捕らえた術師は、その域には達していなかったと思います」


 魔術師団長が補足を入れてくれた。技術的にちょっと難しいものだったようだ。ということは、やはり別にもう一人、何かしらの術師がいたのだと思われる。

 取り逃がした者がいたことが確定したせいだろう。魔術師団の三人は全員、険しい顔をしていた。


「私はその後、目と耳と口を塞がれてしまったので、そこから先の移動中の情報はほとんどありません。次に見たのは大きな洗い場のような場所で、服を奪われて頭から水をかけられました。男が数人いて、研究素体だ、雑に扱うなというようなことを言われていたと思います」


 父がものすごく怖い顔になった。わからないでもないが、これは五年前の話なので、どうか落ち着いてほしい。


「抵抗したせいか眠らされたようで、次に気が付いたのは、どこかの屋敷の一室のような場所でした。部屋全体が暗くて、窓からは月が見えましたが、具体的な時間はわかりません。そこで私に処置をした男性と、もう一人、別の男性がいました。顔をきちんと見られていないのですが、声から判断する限りでは、どちらもお父様より上の年齢であるように思えました。処置をした者はもう一人に雇われているような雰囲気で、手違い、死体、厄介、有効活用、というような言葉を聞いた覚えがあります」


 その場にいる男性全員がとても怖い顔になった。女性医官さんはこちらを気遣わしげに見たが、話を止められることはなかった。


「そのまま猫の体にされてしまい、後はあまりわかることがありません。猫の体では、人間と同じ見えかたにはならないのです。聴力と嗅覚は上がったので、この二人の声と足音と臭いは覚えています。雇い主のほうは、ちょっと独特な香りのバラの香水をつけていたと思います」


 一息ついて、準備されていたお茶を口に含んだ。周囲の大人たちが、あまりにも悲痛な顔をしていて気になる。


「……五年前の話だからね、お父様。私はずっと、猫の生活も楽しんでいたよ」


 意図的に口調を崩して言うと、父は盛大な溜息をついた。


「すぐに逃げられたのか」

「手足は何かで括られて動かなかったのだけど、猫にされたら縮むでしょう? それで抜けられたの。暗い部屋で黒い子猫だから、紛れてしまって目立たなかったのだと思う。部屋を出てしまえば、後はそこまで危ない目にもあわなくて、問題なく外に出られたよ」


 奴らの仕事のツメが甘いんである。十歳の子供の手足は細いが、生後三か月相当の子猫の手足なんてもっと細いし、そもそも猫は人間よりもずっと小さいのだ。拘束の意味がなくなる可能性を予見できていないほうがおかしい。

 全体的に手探りな雰囲気ではあったので、結果は術師自身にもわからなかったのだろうけど、黒髪の子供なんだから黒い子猫になることぐらい想定しといたらどうなんだ、みたいな気持ちもある。黒くて小さい動物を、暗い部屋で探すのが難しいのも当たり前で、あれで部屋がもっと明るかったなら、逃げ切るのは格段に難しくなっていたはず。

 昨晩そのあたりを冷静に振り返って、脳内でバーカバーカと罵ってしまった。社会人時代の弊社だったら上司からえげつない怒られが発生してるよ。


 大変さで言えば、外に出た後のほうが上だった。子猫はちっちゃいし非力だからね。


「そういえば、私を猫に変えた術って、あれも魔術なのですか?」

「魔術を使われた状態であれば、術の痕跡か、動力源の魔力溜まりの、少なくともどちらかは検知できるもんなのですけど、王女殿下からはその辺が一切出てないんです。五年間ずっとそうです。めちゃめちゃ巧妙に痕跡を隠す術式を組んだ可能性もありますけど、我々が『呪い』って呼んでるやつの可能性のほうが高いと思ってます。そうなると機序が全然違っているんで、我々の扱う技術では検出すら難しいっつうのが現状です」


 歩く医療機器のカラシュさんが説明してくれたのだけど、口調が微妙に雑なままである。王の前でこの口調はいいのだろうか。女性医官さんが微妙な笑みを浮かべて見ておられますけど、後で叱られるフラグなのでは。

 しかし「呪い」かあ。魔術はまあ、この国には普通にあるのだけれど、呪いも実在するとは知らなかった。私は日本人の頃のふんわりした感覚に基づいて、魔術と呪いは似たようなものだと思っていたけど、この国においてはどうやら厳密に違うっぽい。


「我々の組んだ結界では、王女殿下と猫は根源が同じものとして扱われてました。結界の情報の解析結果を見ると、王女殿下が分厚い服を着ておられるような状態、って感じの認識のされかただったんすよね。これだと猫の中に王女殿下があったっていう解釈になっちゃうんですけど、実際に診させてもらってもフツーに猫で、ホントに不自然なとこが全然なくって」

「耳はすごくよかったし尻尾も動かせたし、体はきっちり猫だったと思う。でも、もしかしたら考えかたはそれであっているのかも。人間の体に戻るとき、何かが剥がれて落ちる感覚があったのよね。そういえば猫にされるときも、何かの粘液みたいなものを肌に大量にかけられて、そこから更に何かの粉をかけられて、みたいな感じだったから、私の外側に貼りついていたものが剥げたのかも」


 カラシュさんと私のやや早口の会話を聞いていた父が、すさまじく凶悪な顔になってしまった。五年前の話な上に、十歳児に対して性的な云々があったということもないので、本当に落ち着いてほしい。

 ただ、あの時の術師の男の興奮した声や息遣いは思い出せてしまう。ものすごく気持ち悪かったし、なにもかもが恐ろしかった。


 しかし、ここまでの話を総合すると、あの呪いとやらは人間を猫に完全に変質させるのが本来の挙動で、私への処置は微妙に失敗していた可能性がある。液体がメインなのか粉がメインなのかはわからないけれど、本来なら両方を馴染ませて、さらに人体のほうにも馴染ませる必要があったんじゃないの? そのせいで人間の私が完全保存されていたのでは?

 粘り気の強い液体と粉末を混ぜ合わせるなら、まず少量で粉をきっちり溶いて、それから液体の量を徐々に増やしていくのが定石ですよ。日本人の私はこれでも理系だったのだ、学生時代の化学の実験も好きだったし、こういう手順が雑にされているのは許せないんである。きっとあの術師は、ダマにならないホワイトソースの作りかたも知らない無能だと思う。ホワイトソースって、なんであんなにすぐダマになるんだろうね?


「とりあえず、今日はここまでだ」


 何とかまともな表情に戻した父が、終了を宣言した。この話、これ以上は父の感情が持たないのかもしれない。


「一旦情報を整理したい。その上で、また明日、この時間に聞き取りを頼みたい。危険人物が野放しになっていることが確定しただけでもありがたい」


 まるで前から別の黒幕がいることを疑って、なおかつ人物の目星がついていたような言いかたをされた。気にはなるけれど、そこは私の領分ではないような気がするので、指摘はしなかった。




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