第9話 『役所』へようこそ!
「―ここで再会したのも何かの縁です。礼になるかは分かりませんが、『役所』へ案内します」
そう言って、夜波と共にその『役所』とやらに向かっていた。しかし―
「……目立ってるなぁ、俺ら」
街を歩いていると、視線が集まる集まる……もう一種のイベントだぞ、これ。
しかも、その視線はどう見ても歓迎してる感じじゃないというか……明らかに嫌な視線なんだよな。
そんな風に思っていると、俺の呟きを聞いた夜波は呆れた様子でため息交じりに言葉を返してきた。
「沙羅神の人間が『神隠し』の人間と歩いているんです……目立って当然ですよ。それに、月華のためとはいえ、あなたもついさっき騒ぎを起こしたそうですし、見られてしまうのは仕方ないことです」
「いや、そうかもしれないけどさ……お前、こんな風に見られながら街を歩いてるのか? なんていうか、居心地悪くないのか?」
「……もう慣れました。幼い頃から嫌でも目立ってしまっていましたから……それに、普段は必要以上に街へ出ることはしませんから」
「あ、悪い。それなら俺の都合で付いて来てもらわない方が良かったよな」
「いえ、案内すると言ったのは私ですし、あなたに非はありませんから気にしないで下さい。それより、そろそろ『役所』へ着きますよ」
「お、ほんとか?」
夜波の言葉に俺は目の前に視線を戻す。すると、和風な感じの建物の中でも一際大きい建物が視界に入ってくる。
「はぁ……これまたずいぶんと立派な建物だな。これが『役所』か?」
「ええ、そうです。とりあえず、中に入りましょう。朱天寺との面会を申請する必要がありますし」
「おう」
俺は軽く返事をすると、夜波の後を付いてその『役所』の中へと入っていった。
◇
「―『役所』へようこそ。あら、『神隠し』の方ですか? 今日はどのようなご用件でいらしたんですか?」
『役所』に入った俺達を迎えたのは、満面の笑みの少女だった。どうやら受付を担当しているらしく、他にも何人か同じように女性が数人おり、別の受付で他の奴らの案内をしていた。
その中でも一番若いその受付嬢は営業スマイルではなく、元気のある笑みを俺へと向けていたのだが―
「―って! そ、そちらの方はもしや沙羅神の人……ですか?」
夜波はあまり背が高くないため、『役所』に入ってきた時に俺に隠れてしまっていたらしく、俺から視線をずらした受付嬢は横に立っていた夜波の存在に気付くなり、明らかにビビッていた。
「……ビビられてんな、お前」
「……いつものことです」
俺の言葉にあからさまなため息を吐く夜波。苦労してんだな、こいつも……。
しかし、夜波はすぐに立ち直ると、その受付嬢のところまで歩いていき、用件を伝えてくれる。
「彼は『神隠し』に遭い、先ほどここに来たばかりの人間です。帝様との謁見をお願いします」
「あ……は、はい! しょ、少々お待ち下さい! す、すぐに確認してまいりますので!」
「ええ、お願いします」
夜波の言葉に無駄に畏まった受付嬢は、まるでロボットのような動きで奥へと向かっていく。大丈夫か、あれ……。
門番のおっさんや薬屋のおっさんとは違って差別的な態度ではないものの、明らかに怖がってるし……仕事がきちんとできてるのか心配になるな。
ともあれ、これで朱天寺とかいう奴と面会が叶ったわけだ。
『神隠し』に遭った人間はその朱天寺が保護してるらしいし、俺と同じように天羽もこっちに来たんなら、そこに居る可能性は高い。
ひとまず、第一目標をこなして軽く安堵の息を吐くと、それ以上に深いため息が横から聞こえてくる。確認するまでもなく、夜波のものだ。
そのため息は周囲の嫌な視線によるものだろう。
特に耳を澄ませなくても、沙羅神に対しての周囲の偏見の声は耳を突いてくるほどだった。
「悪いな、何から何まで手伝わせちまって」
「え? あ……すいません、別に手伝うことが嫌というわけではないので安心して下さい。月華を助けて頂いた礼とあなたへ『姫椿』を向けてしまった無礼を詫びなければならなかったので……」
「そいつは良かった。じゃあ、気にしてるのは周りの連中か? 気にすんな、ああいう輩はどこにでも居る」
「……先ほども言った通り、今に始まったことではありませんし、慣れていますから大丈夫ですよ」
そう答える夜波は明らかに「大丈夫」という感じではない。
そんな夜波に構うことなく、外野達は露骨に嫌な雰囲気をまき散らしながら視線と共に嫌味交じりの言葉を吐いていた。
「あの坊主……『沙羅神』の巫女と一緒に居るぞ」
「大方、騙されてんだろ? 『沙羅神』の連中は騙すことだけは得意だもんな」
「はは! 違ぇねえ!」
そんな周囲の声に、夜波は拳を強く握り締め俯いていた。それは怒りという感情よりも悲しみが増さっているように見え、震える方は今にも泣き出しそうな子供のようにも思えた。
「―ったく」
こういう雰囲気は好きじゃない。
集団の中に溶け込めない人間を狙って蔑み、排除しようとする陰険な考え方……それで傷付く人間を見て楽しむ人間なんて最低な奴のすることだ。だから―
「―あーあ。嫌だねぇ、良い歳して陰でこそこそ文句言ってるだけなんてよ?」
「え……? あ、あの……?」
突然、大声を上げる俺に夜波が驚いた様子で顔を上げて視線を向けてくる。
そんな夜波と軽く視線を合わせた後、俺はついさっき文句を口にしていたおっさん達に視線を移す。すると、夜波はそれだけで事情を察したのか止めに入ろうとしてきたが―
「い、良いんです。沙羅神に生まれた者はそういう宿命なので……それに、ここで問題を起こしたら保護を断られる可能性も―」
「良いわけねぇだろ」
「え……?」
俺の為に夜波が我慢するなんて間違ってる。
否定されるとは思っていなかったのか、驚いた様子で俺を見る夜波に軽く視線を向けた後、俺は文句を付けていたおっさん達に視線を向けながら言葉を続けていく。
「お前が悪いことしたわけでもないのに、こんなの間違ってるんだよ。お前みたいな良い奴を差別する連中が居るところに溶け込むなんて、俺には無理だね」
「で、ですが、それではこの都では生きていけませんし……」
「だったら、都から出て野宿でもしてやる。悪くもない人間にぎゃあぎゃあ文句言って否定するような奴と同じ空気を吸うなんて俺はごめんだからな」
「……」
「夜波?」
俺の言葉に夜波が声を失っていた。なんか変なこと言ったか、俺?
「どうして―」
「ん?」
しかし、すぐに顔を俯かせると、振り絞るように声を返してくる。
そして、拳をさらに強く握り締めた後、まるで泣きそうな声を向けてきた。
「どうして、私を庇うようなことをするんですか? 私は沙羅神の人間……元帝として人々の言葉を否定することはできないと言ったではないですか」
「帝とか沙羅神とか……そんなもんどうでも良いだろ。俺はこっちの日本に来たばっかでそういうのは知らねぇしな。それに、今はもう帝じゃねぇし、結婚したら苗字だって沙羅神から変わるかもしれねぇだろうが。あ、つっても、そもそもこっちの日本って結婚したら苗字変えたりするのか?」
「け、けっこ―!?」
「ん? どうかしたか?」
俺の疑問になぜか夜波は真っ赤になって言葉を失っていた。というか、よく見たら一部周りの女性から驚きの声が上げてんな。
まあ、良いか。
とにかく、そんな俺が面白くないのか、ますますにらみを利かせてくるおっさん達に視線を戻すと、俺ははっきりとした口調で言葉を向けてやった。
「それにしても、沙羅神の人間が怖くて遠くからしか吠えられないなんて情けねぇよな~? そんな大人に『だけ』はなりたくないもんだ。あ、違うか。沙羅神の人間じゃなくて、案外、俺が怖かったりして」
「て、てんめぇ!」
とうとう俺の言葉にカッとなったらしい。
夜波に文句を言っていたおっさん二人が拳を向けて突進してきた。