第6話 あ、姉上様のことを知ってるんですか…?
「―関わらない方が身の為、ねぇ」
門番のおっさんに『都』への門を開いてもらい、中へと入りながら俺はおっさんに言われたことを口にしていた。
―とりあえず、帝様に会うなら『お役所』で面会の手続きをしてきな。なに、兄ちゃんのその格好を見れば、お役所の人が案内してくれるだろうから気にすんな。
そう教えてくれたおっさんは沙羅神の人間を悪く言っていたものの、性格が悪いようには見えなかった。だとすれば、沙羅神の人間が都を捨てて逃げたってのは本当で、おっさんだけじゃなく、この都の人間はその沙羅神を嫌っているってことだよな。
お金を得るだけ得て、自分達は逃げる……か。
しかも、その『帝様』とやらのご先祖様が居なけりゃ都は壊滅してたかもしれないと。ふーむ、これはまた、すげぇ人間と関わっちまったかもな。
それにしても―
「―なんだこれ、時代劇か何かの映画のセットかよ」
和風の建物が立ち並び、どこもかしこも和服を来た人ばかり。
さながらタイムスリップしたような気分だが……それ以上に、周りの視線が痛い。というのも―
「おい、あれ『神隠し』の人間だよな?」
「変わった服を着てるわね~」
「あんな格好して苦しくないのかな?」
「早く帝様にお会いしてお召し物を変えてもらえれば良いわよね」
「……」
もはや針の筵だ……。
この世界の人間にとってはかなり変な格好らしく、興味津々な様子でつま先から頭に視線を向けられ、俺はため息交じりに歩いていくことにする。せめて、この視線がなけりゃもう少し異世界の雰囲気を感じれただろな……。
「ま、何はともあれ、『役所』だが……場所も分からんし、誰かに聞かないとか」
そう言って、俺がさっそく聞き込みを覚悟した時だった。
「―お願いします!」
「……ん?」
その勢い以上に力のこもった声が耳を突き、思わず足を止めてしまう……なんだ?
この世界のことはまださっぱりだし、目に付くものはなるべく注意しておこうと声の方に視線を向けると、そこには先ほどの大きな声を出したとは思えない中学生くらいの女の子供が居た。さらに、その子供の格好には少し見覚えがあった。
「巫女の服だよな……」
俺の居た日本の巫女服とは少し違い、どこか夜波と似たタイプの服だ。
疑問に抱きつつもその子供に視線を向けていると、その子供が店の前に立って何度も頭を下げ「お願いします!」と口にしていることに気付く。あんな年の子供が頭を下げるって何があったんだ?
そんな俺の疑問に答えるように、子供が頭を下げている店先に居た店主らしき男は「しっ! しっ!」と動物を追い払うかのような仕草を見せながら怒鳴り返していた。
「お前達に売るもんはねぇ! 帰んな!」
「でも、薬がないと母上様の容態が―」
「しつこい! あんまりうるさいと憲兵に突き出して―」
話の様子から大体のことは分かった。
あの店主は薬屋で、子供は薬を買いに来たが、何らかの理由で店側から買うことを拒否されているようだ。
しかも、周囲の人間達も気付いていながらも無視を決め込んでいるところを見るに、あの店主だけじゃなくて他の人間にとっても同じようにあの子供と関わり合いたくないんだろう。
まあ、そうでなくても、あえてトラブルに首を突っ込むなんて愚か者だ。
人間生きているだけで精一杯だし、子供とはいえ、その責任を負うなんて真っ平ごめんだもんな。しばらくすれば、子供も諦めて帰るだろう。
そう、わざわざこんなことに首を突っ込む奴なんて居るわけがない。けど―
「―おい、あんた」
「え……?」
「ん?」
―そんなことは、向こうの日本でもよく首を突っ込んでたからよく知ってるんだよ。
「事情はよく分からねぇけどさ、子供がこんな必死になって薬を売ってくれって言ってんだ。売ってやっても良いんじゃないか?」
我ながら損な性格をしてるなとは思う。
ただ、子供がこんなに必死になって母親の薬を求めてるんだ。それを無視するなんて選択肢は俺には存在しなかった。
突然、介入してきた俺に薬屋の男は疑問に抱きつつも声を返してくる。
「な、なんだ、あんた―って、その服、もしかして『神隠し』で来た奴か?」
「そうらしいな。ついさっき、こっちに来たばっかりだ」
「なるほどな……なら、あんたはよそ者だから知らんだろうが、そいつらには関わらない方がいい。正義感を振りかざすのは結構だが、関わる奴は選べってことだ」
「関わる奴を……?」
その反応は、どこか門番のおっさんと同じものだ。
俺がそのことに疑問を抱いていると、まさか俺が声を掛けてくるとは思っていなかったのだろう。子供は何が起こったのか分からずに俺の顔を見て声を上げていた。
「あ、あの……?」
「母親の薬を買いに来たんだろ?」
「あ……は、はい」
「金は持ってるのか?」
「え……? あ、は、はい……」
「ちょっと俺に預けてくれないか?」
「え? で、でも……」
「大丈夫、取ったりしねぇよ」
「わ、分かりました」
初対面の俺に唐突にそんなことを言われ、困惑しつつも言われた通りにお金を取り出す子供に店主は腕を組みながら首を傾げていた。そんな店主の視線を受けつつ、俺はこれまた江戸時代かってくらいの硬貨を手にすると子供に確認するように声を返す。
「薬の金額はこれで足りてるのか?」
「そ、そのはずです……」
「なるほど……なあ、あんた」
そうして俺は警戒しながら腕を組んでいた当主へと声を掛ける。すると、当主は困惑した様子で声を返してきた。
「な、なんだよ……?」
「この子が欲しがってた薬、俺に譲ってくれないか?」
「え……!?」
俺の言葉に店主以上に子供が驚いた様子を見せていた。
当然だ、いきなり金を寄こせと言ったと思ったら、今度は渡した金で目的の薬を横取りされそうになっているんだから。当然、そのことに店主も声を疑問の声を返していた。
「は、はあ?」
「あ、あの……!」
「大丈夫だって。悪いようにはしないから。ま、俺を信じろよ」
「は、はい……」
そう言うと、子供は俺から何かを感じ取ったのか、きりっとした表情へと変わる。
ひとまず、子供の説得を終えたと感じた俺は未だ疑問を抱いて腕を組んで立ち尽くしていた店主へと言葉向けた。
「よく分かんねぇけど、要はあんたは理由があってこの子には売れないんだろ? だったら、それを俺が買う。買って手に入れたんなら俺のものだし、その子にあげようが捨てようが俺の自由だろ?」
「い、いや、しかしだな……」
「商品が売れればあんたは金を得て、俺は自分の用事を済ませられる。何か文句あるか?」
「なら、それじゃ足りな―」
「あぁ、それと足元見るのはやめろよな? 都の連中に薬の値段を聞いて回れば一発で分かる。その時、もしかしたら、口が滑って間違ってあんたの店の悪評を流す奴が居るかもしれないからな?」
「こ、こいつ……! くそっ……ほらよ!」
「釣りは?」
「くっ……! これだよ! ったく、ちくしょう! 沙羅神の一族なんかに関わって、後悔しても知らねぇぞ!」
「毎度あり~」
「ふん!」
まあ、本来なら言うのは店側だけど。
そんな店主は肩を怒らせると、そのまま店の奥へと消えていってしまう。こりゃ、この店は使えなくなるかもな。
そんなやり取りに軽く息を吐くと、周囲の視線が自分に向いていることに気付く。まあ、ただでさえ『神隠し』の人間は目立つのにこんな騒ぎを起こしたらな。
ともかく、散り散りになっていく野次馬を視線で軽く牽制すると、俺は事の成り行きを見守っていた子供の下まで歩いていき声を掛ける。
「手を出しな」
「え? あ……は、はい!」
「ほらよ」
「え……?」
「薬、欲しかったんだろ? それと、こいつはお釣りだ」
「ど、どうして……」
「ん? どうしてって、その金はお前のものだろ? 俺はお前の金で代わりに買ってやっただけだし、返すのは当然じゃんか」
「でも……」
「まあ、どっからどう見ても子供からお金を取り上げたようにしか見えないか。とはいえ、当然そんな気もなければ、特に見返りを求めたりもしないから安心しな。ここで無視して進んだら俺の気が収まらなかっただけだしな。だから、気にすんな」
「わたし、沙羅神の家なのに……」
沙羅神? それって夜波と同じ家の人間ってことか?
なるほど、門番のおっさんと同じような反応をしてたのはそれが理由ってわけか。
「あー、すまん。この世界に来たばっかで、そういうのよく分かんねぇんだ。まあ、知ってたとしても、理由はどうあれ大人のくせにお前みたいな子供にあんな態度するのは許せないし、同じようにやっただろうが」
「……」
「そういえば、沙羅神ってことは沙羅神 夜波って奴のこと知ってたりするか?」
「あ、姉上様のことを知ってるんですか……?」
「ん? 姉上様?」
言われてみれば、沙羅神の家系ってことは夜波の妹の可能性もあったのか。
そんなことに気付いた矢先、顔を上げた子供の顔はまさに先ほどまで一緒に行動を共にしていた夜波が幼くなったような姿だった。
「わたしは月華―沙羅神 月華です。それと……沙羅神 夜波はわたしの姉上様です」
なんてこった。
俺が道端で助けた子供はもう一人の沙羅神だったらしい―。