第4話 その方が…あなたのためでもありますから
俺は巫女の後ろから横へと並ぶと、そこに広がる巨大な木造の壁と門に思わず声を上げてしまう。
「おぉ……でけぇ……」
「この門の向こうにあるのが私達の住む『都』―『桜帝ノ都』です」
巫女の言葉に俺は門の周辺に視線を向ける。
今の時代では考えられない大きな壁に囲まれ、その周りには門番のような男達が数人立って周囲を警戒している。神社や寺ならこういう木造はおかしくないんだが……それなら門番なんて居ないし、そもそも規模が違う。
その様子はさながら時代劇を見ているようで、これが撮影か何かでないなら間違いなく俺は今までと違う世界に来たとしか思えない。
それに、ここから見渡す限りでも建物一つのための扉じゃないことは明らかだしな。多分、この先にあるのが『都』ってやつなんだろう。
「なるほど……これで俺が居た『日本』じゃないことはよく分かった。『妖力』ってやつのおかげか、この先にあるのは俺の知る世界でないことだけは分かる」
「この『都』には大勢の『妖狩り』が居ますから、あなたのように『妖力』に慣れていない人でも気配を感じ取れるようですね」
「これが『妖力』を感じ取るってことなのか?」
「はい。今のように大勢の人間が居る場所ならある程度の『妖力』を持つ者なら気配を感じ取れますが、修行すると個々の『妖力』を見極めることができるようにもなりますよ」
「そりゃ便利だな。それなら人を探すのも苦労しなさそうだし」
そんな風に、ようやく見知らぬ世界に来たことを実感して喉を鳴らした時だった。
「―では、私はこれで」
突然、巫女は俺の隣でそう口にすると、門を避けるように横に向かって歩き出したのだ。
「あ、おい? どこ行くんだ? この門をくぐって中に入るんじゃないのか?」
「あなたはちゃんと通してもらえるのでご安心を。『神隠し』に遭ったことを話せば、その格好ですし、門番も納得してくれるでしょう……私は違う門から入らければならないので」
「そうなのか? じゃあ、引き留めるのは悪いな」
「ええ……」
「あ、それともう一つ」
「……まだ何か?」
「いや、まあ……その、なんだ―」
背を向けて去って行こうとする巫女を呼び止める。なんていうか、こういうのを改まって言うのはガラじゃないが、人への感謝はきっちり返さないとな。
「―ありがとな」
少しぶっきらぼうに言ってしまったが、一応は伝わったらしい。巫女は俺から礼を受け取ると、背中を向けて声を返してくる。
「……そもそも私が丸腰のあなたに武器を向けてしまったのが悪いんですからお気になさらず。それに、森の中で野垂れ死にされても寝覚めが悪かっただけですから」
「つっても、あんたが居なけりゃ俺はあの森の中を今もさまよってたかもしれないし、それこそ野垂れ死になんてこともあったかもしれないわけだろ? あんたは命の恩人だ。この恩は必ず返すよ」
「……お構いなく。今後あなたと会うこともないでしょうし、覚える必要もないでしょう」
「そうか? あんたが迷惑じゃなけりゃ、今度、こっちが落ち着いたら恩を返そうと思ったんだが、名前が分からないとどうもできないからな―って、無理に恩返ししようとするのも迷惑だよな。悪い、忘れてくれ」
「……いえ」
俺の言葉に小さくそう頷く巫女だったが、なぜかしばらく足を止めていた。あのままの勢いで歩いてたら、とっくに見えなくなりそうだったが……。
「どうかし―」
停止し続ける巫女に疑問を抱き、とりあえず声を掛けようした時だった。
「―沙羅神 夜波」
突然、巫女がそう口にして俺はとっさに言いかけた口を閉じてしまう。これって、もしかして自分の名前を名乗ってるのか?
「えっと……もしかして、それがお前の名前か?」
「はい……。沙羅神が苗字で……夜波が私の名前です」
さっきまで名乗ってくれなかったが、どうやら少しは心を開いてくれたってことか?
まあ、理由はどうあれ、名前を教えてくれたんだ。
これで礼を返しに行く時に探せるし、そのことにもきっちりと感謝しないとな。
「夜波か、良い名前だな。俺は鴉羽 修斗。気軽に修斗って呼んでくれて良いぜ。じゃあ、サンキューな、夜波」
「……」
俺がそう言うと、夜波は少し反応を見せるものの、小さく目を伏せてしまう。どこか弱そうな雰囲気をまとう彼女に思わず首を傾げる。
しかし、それも一瞬のことで夜波は少し唇をかみ締めた後、再び強い口調で俺を拒絶するように言葉を返してきた。
「……先ほども言った通り、もう関わることはないから覚えなくても構いません」
「いや、もう覚えたって。ま、何か困った時は俺も手伝うよ」
「礼など必要ありません……その方が……あなたのためでもありますから」
「は? それはどういう―」
「では、失礼します」
夜波はそれを最後に背を向けると、今度こそ姿が見えなくなったのだった。