第3話 本当に変なことばかり言う人ですね…
―拝啓、母上様。
天国でいかがお過ごしでしょうか。
私は今、『日本』に居ます。とは言っても、母上や私が住んでいたような電気やガスのある『日本』ではありません。
例えて言うなら江戸時代くらいの『日本』とでも言えば良いでしょうか。もしかしたら、私はタイムスリップでもしてしまったのかもしれませんね―
「―なんて、情けないことに、死んだおふくろに手紙を書く妄想で現実逃避したくなるくらい混乱してるよ、俺」
そう言いつつ、俺はついさっきの巫女の言葉を受け入れられないでいた。
ここが『日本』だって? ってことは何か? マジで俺はタイムスリップでもしたってことか?
あれから十分ほど歩いているが、あまりにも唐突な出来事に頭を整理できずに居ると、俺の少し前を歩いていた巫女が引き気味な様子で声を返してくる。
「さっきから何をブツブツと言ってるんですか……」
「そりゃ言いたくもなるだろ……ここが『日本』だとか言われればな。そういうお前こそ、さっきから進む度に口数減ってないか?」
「な―! お、お前とは失礼な方ですね……私にも名前というものがあるんですよ?」
「だから、さっきから名前を聞いてんだろうが。こっちはもう名乗ったぞ? なのに、名乗らないのはそっちだろ」
「……見ず知らずの人間に名乗るほど、気安い名前ではありませんから」
「ああ、そうかい……」
まあ、どう見ても訳ありな感があるが、赤の他人が踏み込んでいい話じゃないのは確かだ。だから、あえて聞かないようにしているが……暫定的に『お前』とか『巫女』とか呼ぶと同じような反応を何度もしていたりする。
名前を呼ばれたいのか、呼ばれたくないのかどっちなんだよ……。
まあ、名前を呼んでもらいたくても、呼ばれたくない理由も同時にあるってことか。ただ、やっぱり名前を呼んで欲しいって感じはあるんだよなあ。
「それはそうと、他にも質問しても良いか?」
「ええ、私に答えられることであれば」
「さっき俺と同じような人間が他にも居るって話してたよな? それって、俺と同じ日本から……いや、ややこしいな。要は俺と同じ世界から来た人間なのか?」
「恐らくは……ただ、先ほども言った通り、残念ながら私はその人達についてはあまり詳しくないので、はっきりとしたことは言えないんですよ」
「そうなのか? なんか、あんたなら色々と知ってそうだと思ったけど」
「……まあ、色々と事情があるんですよ。それはともかく、そういった現象に遭った人達が昔から居るということは聞いたことがあります」
「昔から?」
「ええ。どれだけ昔からかは分かりませんが、同じような現象に遭い、この世界へ来られる人が居るそうで、その現象を『神隠し』と呼んでいるそうですね」
「なるほど……つまり、俺らの日本で『神隠し』にあった人間はここに飛ばされてたってわけか。案外、嫌な予感ってのは当たるもんだな」
「予感……ですか?」
「ああ。さっき話してた『鳥居』と『神社』を見た時、その『神隠し』つー言葉がよぎったんだよ。野生の勘というか、何かの暗示と思った方が良いのかもしれないな」
「それはあながち間違いではないかもしれません。ただ、野生の勘というよりは『妖力』を感じ取った、というのが正しいと思いますけど……」
「ようりょく……? なんかまたオカルトじみた言葉が出て来たな……えっと、葉力? ヨウ力? 書き方すら想像できないんだが……」
「オカルト……? すいません、私もあなたの言っている言葉が時々分からないんですけど……ともかく、『妖力』とは『妖の力』という意味です。この世界の人間全てに宿っているもので、それはあなたも例外ではありません」
「え? 俺にもあるのか? 違う日本から来たのに?」
「はい。まあ、理屈で言えば……ですが。というより、先ほどの規格外の力を見れば、あなたには尋常ではない量の『妖力』が宿っているのは間違いないでしょう」
「尋常じゃない力って……あ、あれか。あんたを吹っ飛ばしたやつ」
確かにあれはいくらなんでも鍛えてるとかそういう次元を超越してたよな。つまり、それが『妖力』とかいうもののおかげってんなら合点がいく。
そんな風に俺が納得していると、巫女は自分が飛ばされた時のことを思い出したのか少し恥ずかしそうに軽く咳払いをしていた。
「ま、まあ、その通りなんですけど……油断しなければ私が負けることなんてありませんでした」
「なんで張り合ってるんだよ……それで、その『妖力』ってやつのおかげで俺が強くなったって考えて良いのか?」
「強くなった、というのは少し違うというか……あなたの居た日本では分かりませんが、この世界では『妖力』が肉体に及ぼす影響は大きいんですよ。例えば、筋力もそうです。『妖力』が強ければ強いほど強くなり、あなたのような馬鹿力を発揮できるわけですね」
「馬鹿力ってな……なんか含みのある言い方だけど……お前、もしかして吹っ飛ばされたこと根に持ってないか?」
「いえ。全然。全く」
「めっちゃ根に持ってんじゃねぇか……」
俺の言葉にあえて視線を背ける巫女にため息を吐く。確かに負けず嫌いっぽそうだもんな、こいつ……。
とはいえ、面白いことが聞けた。
俺は自分の手を強く握ると、異世界で突然力を得ることができたことに少しテンションを上げていた。
「しっかし、よその日本から来た俺にも『妖力』があるなんてな。こりゃ面白そうだ」
「面白そうって……子供じゃないんですから」
「別に良いだろ? 男はいくつになってもロマンを求めるもんなんだから」
「はあ……そうですか。ともかく、『妖力』はこの世界に生きる者全てに宿っていますので、修行次第ではあなたの『妖力』をさらに上げることも可能です」
「まだ上がるのかよ? そりゃすごいな……ん? って、『妖力』って『妖の力』って意味だよな? じゃあ、その『妖』もその『妖力』を持ってたりするのか?」
「まあ、そうですね……というより、正確にはあなたの中に『妖』が宿っているんですよ」
「……は? 俺の中に『妖』が宿ってる?」
「はい。この世界に生きる者達は生まれながらにして『妖』を宿しているんです」
「でも、さっき『妖』が襲ってきたと思って俺を攻撃したとか言ってなかったか?」
どうゆうこと?
突然の巫女の言葉に首を傾げていると、巫女は俺の言葉に頷いた後、説明を続けてきた。
「そういえば、そこから説明する必要がありましたね。私達に宿る『妖』と、人々を襲う『妖』は厳密に言えば、あなたの言う通り同じ存在です。しかし、私達に宿っている『妖』は宿るという言葉通り実体を持たない存在で、私達人間に対して通常は敵意を持っていません。それに対し、実体を持つ『妖』は我々を殺そうと襲ってくるんです」
「殺そうと襲ってくるって……またずいぶんと物騒な話だな」
「それが私達の世界では普通です。ゆえに、私達人間は『妖』から身を守るための手段として『妖狩り』という存在を生み出しました」
「『妖狩り』? 『妖』を狩る奴らってことか?」
「そうです。先ほど、私達の中には『妖』が宿っている、と話しましたよね? 『妖狩り』はその『妖』から力を借りて『妖刀』を生み出し、敵対する『妖』と戦って人々を守る存在なんです」
「お、『妖刀』ってことは刀か」
「基本的には刀ですが、『妖』の力によってその形状は異なるので槍や弓も居ますが……ただ、やはり基本の型は刀なのでひとくくりに『妖刀』と言っていますね」
「つまり、武器を使って人を守ると……なるほど、まさに正義の味方だな。軍隊みたいなもんか」
「そうですね。この世界で軍と言う言葉は『妖狩り』の組織のことを指しますから」
はぁ~、なんか改めてすごいところ来ちまったんだな。とはいえ、『妖』とかいう奴らを直接見てないから本当に居るのかは疑問だが。
「ちなみに、その『妖』ってのはどんな奴らなんだ?」
「そうですね……有名なところで言うと、『大蛇』などが居ます」
「『大蛇』? デカい蛇ってことか?」
「……まあ、認識としてはその通りなんですが……あなたのように『大蛇』をその辺りに居る普通の蛇のように言う人は初めてですよ」
「そりゃ見たことないしな。俺からすれば、今のところは映画に出てくるアナコンダレベルじゃないと驚かないぞ」
「『あなこんだ』? えいが……? えっと……『あなこんだ』という生き物からその『えいが』というものが出てくるんですか?」
「映画を知らないのか? って、そりゃそうか……ここは俺の居た日本とは違う異世界だもんな」
演技ってわけじゃないさそうだし、本当に映画を知らないらしい。
俺がそのことに驚いていると、巫女は何とも言えない表情で考え込むように顎の下に手を当てながら声を返してくる。
「なるほど……やはり、あなたは私達の日本とは違う日本から来た人間だんですね」
「ん? だから、そう言って―って、まさか、まだ疑ってたのか?」
「まあ、少し……」
「ここに来てまだ疑ってたのかよ……」
「すいません……」
「疑い深いというかなんというか……まあ、そういう感じの奴なのは大体分かってたから今さらもうどうこう言わねぇけど。で、その『妖』ってのはそこら辺に居るものなのか?」
「ええ……これから行く『都』は安全ですが、それ以外の場所ではいつ遭遇するか分からないんです。ただ、基本的には夜に現れるので今のような昼間に見ることはほとんどありませんが」
「ちょっと待て。夜以外に『妖』を見ないのになんで俺をその『妖』と間違えたの? やっぱお前、俺のこと嫌いだろ?」
「ち、違います! そうではなくて……あなたから感じた『妖力』が普通の人間ではあり得ないものだったので……」
「『妖力』を感じるって、そんなことができるのか?」
「はい、ある程度修行すれば身に付きますよ」
「改めて俺の居た日本と違うんだなってのが分かるな……。今もその『妖力』を感じるのか?」
「いえ……それが、ついさっきまで感じていたはずなのに今はほとんどあなたから『妖力』を感じなくなっているんです」
「……やっぱ適当なこと言って俺を攻撃したかっただけなんじゃねぇの?」
「ち、違いますよ! そんな失礼なことはしません!」
「はあ……」
「し、信じてませんね!? た、確かに、突然攻撃したのは失礼でしたが……あなたが人間だと分かっていたら攻撃しませんでしたよ」
「うんうん、信じてる信じてる」
「絶対信じてませんよね、それ!?」
「いや、いきなり攻撃された側だしな、俺」
「ぐっ……す、すいません……」
これについては申し開きができないらしい。巫女は気まずそうに謝罪の言葉を述べると、再びこの世界についての話を再開した。
「と、ともかく話を続けますが……私は伝え聞いた程度ではありますけど、この世界は元はあなた達の住んでいた日本から分離した大陸であると言われています」
「分離した……? つまり、俺の知ってる日本は昔はこの世界の日本も合わせた大きさだったってことか?」
「言い伝え通りであれば、そうなりますね」
「マジか……でも、こっちの世界にはその『妖』ってのが居るんだろ? 俺らの世界にはそんなもんは居ない……はず? あ、でも、UMAとかその辺りはどうなんだろ」
「ユーマ? 人の名前ですか?」
「英語とか通じないのか……まあ、要は未確認生物ってやつだな。本当に居るかどうかは分からないけど、向こうにもその『妖』みたいな存在はあったかもなと思っただけだ」
「そちらの日本にも『妖』が居たんですか?」
「いや、普通は居ない。まあ、あくまでも噂に過ぎない話だ」
「はあ……よく分かりませんが、とりあえず話を戻します。恐らく見えないだけであなたの住んでいた日本と私達の今居る日本は近くに存在しているのかもしれません。それが何かしらの理由で一時的に繋がり、そこに人が迷い込むと『神隠し』になってしまうのではないでしょうか」
怪しいのはあの『神社』と『鳥居』だけど……まあ、そうだとしても、それで何か変わるわけじゃない。とりあえず、俺は巫女の話に耳を傾けることにした。
「『神隠し』に遭った人達からの情報を整理すると、昔の歴史は多少の差異はあるものの、我々と同じ伝承が語り継がれているようでした。しかし、それからの時間軸は全く異なり、あなた方の住んでいた日本と文化も大きく異なっているようですね」
「ってことは、途中までは同じ歴史で生きてたけど、どっか途中で俺達が住んでいた『もう一つの日本』とあんた達の住むこの『日本』が別れたってことか?」
「まあ、言い伝えではそういうことになっていますね」
「あっちも日本で、こっちも日本って……ややこしいな。いっそ、海外みたいにジャパンとか別の呼び方の方が分かりやすくて楽だな」
「じゃぱん……?」
「あー、気にしないでくれ」
「はあ……本当に変なことばかり言う人ですね……」
そうして、呆れた様子でため息を吐く巫女だったが、ふと足を止める。
「―着きました」
俺が疑問を抱く間もなく巫女がそう告げると、俺はその前にそびえ立つ大きな門に思わず息を飲んだのだった。