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第2話 正真正銘、ここが『日本』だということでしょうか

 そうして時は戻り、森の中で俺はため息を吐いていた。


「それにしても、見渡す限り草とか木しかねぇな……ほんと、どこなんだよ、ここ」


 そもそも、俺がここに居るのはどうしてだ?

 寝ている間に誘拐されて連れてこられたんでもなけりゃ、やっぱあの『神社のない鳥居』……いや、あの時は神社があったか。


 ともかく、俺はそれに呼ばれてここに来たってことになるのか?


「まさか、ほんとに別の世界に飛ばされた……なんてシャレにならないことにはなってないよな? だとすりゃ、これぞ『神隠し』ってか」


 あの『神社』と『鳥居』のことを考えると、案外ほんとに違う世界に飛ばされたって言われてもおかしくないと思うのが怖いところだが……。


「ま、考えても仕方ねぇか……ひとまず、甘羽を探さねぇと」


 そう思って足を進めた時だった。


「―歌声?」


 突然、耳に聞こえてきた声に俺は耳を傾けると、驚きとも安堵ともつかない声を上げる。


「この先に誰か居るってことだよな……つっても、こんなよく分からねぇ状況だ。そこに居るのが本当に人間かどうか保証はねぇよな……」


 とはいえ、このままじゃどうにもならない。俺は覚悟を決めると、その歌声が聞こえる方へと進んでいく。


 そうして木々をかき分けながら進んでいくと、やがて湖へとたどり着いた。

 でけぇな、こりゃ―って、ん? あそこに居るのは人か?


 湖の大きさに驚くと同時にそこに人影を見つけ、俺は思わず目を向ける。

 俺の知る限り、その服は神聖な者が着るものとして扱われており、本来なら俺が見掛けた『神社』にこそ相応しいもので……まあ、すげぇ簡単に言うと、巫女の服を着た少女が居た。


 その巫女は湖の中に生えた大きな木に体を預け、空を見上げながら片足を湖へ浸していた。


 腰まで伸びた長い黒髪は髪の先の方が白いリボンのようなものでまとめられており、その姿は同じ人間であることを疑わせるほどに綺麗で、着ている服も合わせて神秘的なものに映ってしまう。


 少なからず俺も見惚れてしまうほど、彼女から溢れる気品や雰囲気はすごく、見たこともないくらいの美人だった。なんて言うか現実離れし過ぎているというか……いやまあ、今の状況もよっぽど現実離れしてるか。


「―っ!? 『姫椿ひめつばき』! 」


 ふと、その巫女は俺に気付いたらしい。

 しかし、すぐに姿勢を変えたかと思うと、おもむろに俺の方まで飛び掛かってきた。


「って、おい! いきなりなん―」


 「いきなりなんだよ!」と口にしかけたところで俺は巫女のしたことに言葉を失ってしまう……突然、巫女の手に槍が一つ現れたのだ。


 こいつ、槍をどこからともなく出しやがった!? どんな手品だよ、くそ!


「―え? あれ、人間?」


 飛び掛かってきた相手が何か呟いたように聞こえたが、こっちは今はそれどころじゃない。丸腰で槍相手に勝てるか? 槍相手に戦ったことなんてないから分からんが……こうなりゃヤケだ!


「先に仕掛けてきたのはそっちだからな……恨むなよ!」

「え? あ、ちょっ―」


 何やら困惑した様子で手にした武器の方角を変える巫女。

 怪我させたくはねぇし、武器さえ落とせば安全なはず……だから、その武器を狙わせてもらう!


「ふん!」


 な~んて、意気込んだところで明らかに相手と俺の体格差はかなりあるからな。たまに筋トレして体を鍛えてるし、武器を弾き返すくらいなんてこと―


「きゃあああああああああああ!?」

「―あれ?」


 とか思いながら武器を軽く押すと、なんか巫女ごと真上に盛大に吹っ飛ばしてしまった。ちょっと待て、人間ってそんな簡単に飛ぶか?


 確かに相手は華奢な感じだったし、軽い方だったかもしれないが……いくらなんでも、人間の力で軽く木のてっぺんまで飛ぶなんてあり得なくないか?


「って、そんなこと考えてる場合じゃねえな……」


 俺は急いで落ちてきそうな湖まで走っていく。つっても、ここからじゃ結構な距離があるな……。


 幸い水に落ちても怪我はしないくらいの高さかもしれないが、万が一のこともある。俺は声を上げながら落下してくる巫女の軌道をどうにか読むと、足を思い切り動かしたのだが―


「―うお!? なんか異様に体が軽いぞ?」


 まるで羽のように軽い体でダッシュし、思わず態勢を崩しそうになる。俺の体ってこんなに軽かったっけ……?


 それに、軽いだけではなく異常なほどに速くなっていた。運動量はそこまででもなかったはずだが、これは明らかに速い。


「けど、この速さなら……!」


 ひとまず、考えるのは後だ。

 俺は先ほど飛ばしてしまった巫女が落ちる場所まで水をかき分けながら一気に走ると、どうにか受け止めてみせた。


「あっぶねぇ~……」

「な……な、なな……」

「悪いな。いきなり武器持って突撃してくれば誰でも抵抗するし、これは不可抗力ってやつだ」


 俺に抱きかかえられながら頭に「?」が大量に浮かんでそうな巫女にそう説明すると、俺はさっきこの巫女が寄りかかっていた木まで戻って降ろしてやる。まあ、困惑してるのはこっちなんだが……。


 そんな俺のことなどお構いなく、巫女は俺と自分の持っていた槍を交互に見て何やらブツブツと呟いていた。


「あ、あり得ない……素手の人間が『姫椿』を受け止められるなんて……まさか『妖』……? でも、私、助けられて……あれ? そういえば、今……ごにょごにょ」

「なあ、ちょっと良いか?」

「は、はい!? えっと……あなたは人間……ですよね?」

「……これまたずいぶんと失礼な巫女を拾っちまったな、おい……人を見て、人間ですよねたぁ何様だ? あんたの目には俺が人間以外に見えるのか?」


 あまりにも失礼な態度に思わず俺が眉間が動かしながらそう言うと、巫女は慌てて訂正するように手を振って否定してきた。


「あ、いえ、その……すいません、そういうつもりはなくて……」

「へ~え? じゃあ、どういうつもりなんですかねぇ? 出会って早々、槍向けられて喧嘩売られたと思ったら、今度は助けた直後に挑発くらうとは思ってなかったよ」


「ご、ごめんなさい……てっきり『妖』が現れたのかと思ったのですが……」

「『妖』……?」


 この巫女、なんの話してるんだ? 『妖』って妖怪とかのことだよな?

 そんなのと間違えた、って言い訳にしても苦し過ぎるだろ……というか、俺に失礼だろ、まったく。


 ともあれ、ようやく会話ができるようになり、割と素直に謝ってもらい一安心する。とりあえず、話が通じそうな相手で良かった……まあ、いきなり槍を持って突撃してきた相手に話が通じると素直に言えるのかはいささか疑問ではあるが。


「まあ、お互いに怪我もなかったし、別に良い。その代わりと言っちゃなんだが、色々と教えてくれよ」

「あ、はい……まあ、私でよければ……」


「えーと、まずさっき言ってたその『妖』……だっけか? そいつと間違って攻撃したみたいだが……まさかとは思うが、それって妖怪とかのことを言ってたりしないよな?」

「まあ、そういった呼び方をする家系もなくはありませんが……え? あなた、『妖』を知らないんですか?」


「なんだよ、その『知らない人間を初めて見ました』って言いたそうな顔は」

「はい、『妖』を知らない人間を初めて見ました……」

「いや、そのまんまじゃねぇか……」


 驚いた様子で目をぱちくりとさせる姿に毒気を抜かれ、俺は盛大にため息を吐く。これじゃ俺が非常識なのか、こいつが非常識なのか分からなくなるな……。


「まあ、良い……それよりあんた、ここがどこか知らないか?」

「どこって……変なことを聞きますね。もしかして旅の方か何かですか?」

「旅ってな……旅行じゃなくて旅なんて言葉、今のご時世じゃまず聞かないが……さっきまで違う場所に居たのに、気付いたらこの森に居たんだよ」

「……はあ」

「な、なんだよ、その目は……」


 「ああ、変な人と会ったな……」と言わんばかりの視線を向けられてしまう。こいつ、全然信じてねぇな! いやまあ、いきなりこんなこと言えばそう思うのも無理なけどさ!


 俺はその印象を挽回するべく話を続けた。


「いや、本当なんだって! バイトでよく通ってる道に『神社のない鳥居』があるんだけどさ、そこにいきなり『神社』が現れたんだよ! んで、さっきまでそいつの前に居たのに、気付いたらこの森に居たんだって!」

「そうなんですか、それは大変でしたね」

「ちょ、おま―! 俺が嘘言ってると思って適当に聞き流してるだろ!?」


「そんなことはありませんよ。山の中にある『バイト』というところから来られたんですよね?」

「適当に聞き流してるじゃねえか! 山の中じゃなくて、俺の居た街にあった『鳥居』 と『神社』の前に居たんだっての! それで気付いたら森に居たんだって! しかも、その『鳥居』と『神社』から逃げられなくて……って、もう何が何やら自分で言ってて分からなくなってきた」


「つまり、全く別の場所に突然移動してきた……ということですか?」

「ああ、そうだ」

「はあ……だったら最初からそう言ってくれれば良いじゃないですか」

「だから、最初からそう言ってたじゃねえか……」


 なんか疲れるな、こいつ……生真面目なタイプというかなんというか、融通が利かなさそう感じがする。


 そんなことを思っていると、巫女は何か思い出したのか小さく「あ……そういえば」と声を上げた。


「別の場所に突然移動してしまう、という話なら聞いたことがあります」

「お、本当か?」


「ええ―と言っても、そういう方達が居るというのを話として聞いたことがあるだけですが。ただ、あなたと同じようなことを言っていた人が居るのは間違いないと思います。まあ、『鳥居』や『神社』のことを言っていたかは分かりませんけど……『都』の人達ならもう少し詳しいことを知っているかもしれません」


「そうなのか? じゃあ悪いんだが、その『都』まで案内してもらえないか? 正直、ここら辺のことはさっぱり分からねぇし、このままじゃ遭難するしな。それに、俺以外にこっちに来た奴が居るかもしれねぇんだ。出来ればそいつを探してやりたいんだが……」

「まあ、迷惑をかけてしまいましたし……構いませんよ。では、私に付いて来て下さい」


 そう言うと、俺に背を向けて案内してくれる巫女の後ろへ言われた通りに付いていく。突然、見知らぬ場所に来たと思ったら、今度は槍を突然どこからともなく出す巫女とか……もう本当に何が何やらって感じだよな。


「あっと、そういえば、聞き忘れてたな」

「なんですか?」

「結局、ここはどこなんだ?」

「……そういえば、まだ答えていませんでしたね」


 そう言って俺の方を一瞬見た後、巫女は再び足を進める。俺はそんな巫女の後ろを歩きながら俺の見解を混ぜながら話を投げ掛けていく。


「ああ……正直、あんまりオカルトというか超常現象? とか、そういう可能性は考えたくなかったが、実際に俺は違う場所まで移動してることを考えると、どこか別の世界にでも来たんじゃないかと考えたくなるんだよな」

「オカルト? チョージョーゲンショー?」


「あー……悪い、分からないなら気にすんな。それより、さっきの槍……何もないところからいきなり出てきたよな? あれで俺の居た世界じゃないことは分かった。で、そうなるとこの場所がどこなのか気になってきたんだよ。ちなみに、俺は『日本』ってところから来たんだ」

「はあ……さっきからよく分からないことを言いますね。まあ、ただ一つだけ確かなことは―」


 なんの気もなく尋ねた質問。

 そんな俺に訝しむような視線を向けながら答えた巫女の言葉に俺は言葉を失うしかなかった。


 何故ならそれは、俺がもっとも考えていなかった答えだったからだ。


「―正真正銘、ここが『日本』だということでしょうか」

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