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第1話 神隠しにあったらしい

 ―『神隠し』という言葉を知っているだろうか?


 その昔、人が行方不明となってしまった時、まるでどこか別の世界に飛ばされてしまったように消えてしまうことから「神が人を隠してしまったのではないか」と言われ、それが『神隠し』と呼ばれるようになったとか。


 普通に考えれば「別の世界に飛ばされた」なんて大袈裟だが、昔はそういったものが当たり前に信じられていたし、行方不明になった人の理由を説明するのもそういう現象になぞらえて語られ、周囲を納得させるために作り話として広まったわけだ。


 とはいえ、現代社会じゃそんなものが存在しないのはみんな知ってる。

 じゃあ、なぜ俺がそんなことを言っているのか?


 まあ……つまり、俺がその『神隠し』とか言うものに絶賛遭遇中だったりする。


「そうでなけりゃ、この状況は説明が付かないんだよな。気付いたら森に居たってどういうことだよ……」


 俺は周囲の森を眺めながら、そんなことを呟くのが精一杯だった。


 当たり前だが、普通の高校生である俺が森の中に住んでいるなんてこともない。実際、ついさっきまでごく平凡な街の中にある舗装された道路を歩いてたし。


 いつもバイトで通る道にある不気味な『神社のない鳥居』―そこを通り掛かった途端、俺はここに居た。


 前から不気味だとは思ってたが、まさか本当に変なことが起こるとは……。


 しかも、ついさっきまで夜だったにもかかわらず、今はどう見ても昼だ。さっきまで暗い空間に居た所為で日の光がきついのなんの。


 正直、暗さで出ていた雰囲気もこの明るさの所為で霧散してしまい、なんというか拍子抜けした。てっきり、あのまま暗い世界にでも飲み込まれると思ってたが……。


「それはそうと……多分、天羽もさっきの『鳥居』をくぐったんだよな? だとしたら、これ、どうやって探したもんか……」


 天羽は俺の同級生の女だ。

 恐らく、俺と同じように例の『神社のない鳥居』にこの森に連れてこられたんじゃないかと思うが……周囲はまさに森という感じで草木が生い茂り、とてもじゃないが人を探せるとは思えない。というか、それ以前に、俺自体がどこを目指せば良いのかすら分からん。


「ある意味、今度は別の危険性を考えないといけなくなったな……このままじゃ、遭難して俺が死ぬ」


 まずは天羽を探すためにも状況を把握しないとな。

 せめてここがどこで、どこに行けば安全なのか……それに食事も水も必要だし、やることは多い。


「しかし、まあ、なんて言うか……多分、ここって俺の居た世界じゃないよな」


 そんな呟きと共に、この世のものとは思えないほどに澄んだ空を見上げると、俺はここに来るまでのことに思いを馳せるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 まず、俺がこんなことになる少し前に遡ろう。

 俺こと、鴉羽からすば 修斗しゅうとは母親が早くに亡くなり、親父に育てられた。その親父も家を空けててここ数ヶ月帰ってきてないし、仕事は何をしているのかは知らんが充実しているらしい。


 まあ、ともかく、おかげで俺は気兼ねなく一人暮らし気分を満喫できているわけだが、何となく将来的には家を出ようと考えていたので俺は高校生活の傍ら、バイトをしていた。


 そんなバイト先の同級生から連絡があった。今思えば、多分、これが俺の人生の分岐点だったのかもしれない。


 俺のバイト先は居酒屋で、電話はそこで一緒に働いている同級生―空下そらした 天羽あまはねからだった。


 俺とは夕方からシフトが少し被っているが、夜に途中で上がる俺と違ってクローズ作業まで任されている。ちなみに、俺はその時間以外は普段は別のバイトを掛け持ちしていて、クローズ作業は天羽ともう一人の女性の先輩が担当していた。


 まあ、そんなことはともかく、彼女からの電話の内容を聞いて俺は思わず声を返した。


「身内の葬儀?」

「うん……ごめん。仲良くしてた親戚の人が亡くなっちゃって……シュウ以外に頼める人が居なくて……」


 天羽はもともと高校で運動部に所属していたが、三年になるため部活を引退。

 とはいえ、大半を部活に費やしていたため時間の潰し方が分からずバイトを探していたところ、俺が紹介したのが居酒屋のバイト先だった。


 どうやら、天羽の家は裕福とは言えなかったらしく、どちらにしてもバイトを考えていたらしい。そうして、「少しでも家の助けになりたい」という天羽の希望で同じバイト先で働いていたわけだ。


 所属していた部活ではキャプテンを務めていて元気な姿が特徴的だったが、電話の向こうから聞こえてきた声はそんな天羽のイメージとは遠いもので、泣くのを我慢している子供のようでもあった。時折、鼻をすすりながら通話する天羽を気遣うように応えていく。


「気にすんな。親戚だろうが家族なんだ、悲しくないわけがないだろうしな。仲良くしてたってんならなおさらだ。今日は俺に任せて別れを済ませて来いよ」

「うん、ありがとう……この埋め合わせは必ずするから。何か食べたいものとかあったら奢るよ」


「気にすんなって言ったろ? ま、そこまで言うなら、どっかで一日だけシフト変わってくれ。それでチャラだ」

「それはもちろんだけど、それだけだとちょっと……」

「良いって。それより、葬儀があるんだろ? 向こうには俺から伝えておくから行って来いよ」


「う、うん……ほんとごめん……」

「おう、じゃあまた明日な」

「うん……また明日」


 天羽とのやり取りを終え、通話を切る。ああは言ってたが、まだしばらくはいつもの調子は出せないだろう。


「身内、か……」


 俺の場合、父親があんな風だから親戚付き合いなど全くなかった。だから、他の親戚が今どうしてるかも知らないし、葬儀などの連絡もない。


 それに対してどう思えば良いのか、俺には分からない。

 ただ、少なくとも、今の俺にとっての身内は悲しいことにロクに顔も合わせていない親父くらいだということだ。


「―ま、そんなことはどうでも良いか。それよりもバイトだ、バイト」


 そう言って、スマホをポケットにしまうと、俺はゆっくりとバイト先への道を歩いて行く。すると、見慣れた道にあるいつもの『それ』が目に入ってきた。


「相変わらず、存在感がすごいんだよな、こいつ……」


 この道を通る時に見えるもの―それは『神社のない鳥居』だ。

 俺が通るこの道は海に隣接しており、当然その向こうには海が広がっているが、何故かそんなところに神社もなく、この鳥居だけが置かれているのだ。


 祀るものもないのに、鳥居だけがあるのは不自然極まりない。

 ただ、昔からあったものじゃない。

 いつから見掛けるようになったのかは覚えていないが、たまにこの道を天羽に聞いた時は「鳥居? そんなものあったっけ?」と言われてしまった。


 これだけでかいのに気付かないなんてことあるか? と思うが、それなら少なくとも天羽が使っていた時にはなかったってことだ。


 しかも、なんというか、何故かここに来る度にまるで吸い込まれるような感覚に陥るし……案外、『神隠し』とかこういう時に起こるのかもな。


「なんてな。ま、そんなことより、さっさとバイト行かねぇと」


 そんな妄想じみた考えを振り払うと、俺は鳥居の横を通り過ぎてバイト先へと向かったのだった。


 ―普段より、どこかその周りの空気が重かったように感じたのは気のせいだろう、と思いながら。



 ◇



「―ふう、終わった終わった」


 バイトからの帰り道、俺はそう言いながらビニール袋を片手に息をつく。

 このビニール袋の中には先輩からもらったものが入っている。天羽の分も残業したお礼だそうだ。まあ、まかないみたいなもんだな。


 帰ったらこれ食って風呂入ったら寝て―ん?

 そんな風に考えていた時だった。帰り道に再び例の『鳥居』を見掛け、思わず足を止めてしまう。そう、何故ならその『鳥居』に見慣れないものがあったからだ。


「おい、待てよ……いつの間にここに『神社』ができたんだ? さっき通った時にはなかったじゃねぇか……」


 いつも見ていた『鳥居』の奥には海しかない―そのはずだった。だが、今俺の目の前にある『鳥居』の奥には間違いなく『神社』があった。


 突然、いつも見ていたはずの景色との違いに後ずさりそうになるが、そんな俺に追い打ちを掛けるような出来事が起こる。


「電話……? 天羽からか。ハハ……ったく、こんなタイミングで掛かってくるなんざ、ホラー映画さながらの演出だな」


 状況によってはさらに恐怖をかき立てるだろうが、逆に冷静になることができた。もうこの際、何が起きても驚かねぇ。


 そう思い、意を決して俺はスマートフォンの通話ボタンに手を置いてから耳に充てた。


「もしも―」

「シュ―た―けて―」

「天……羽……? おい、天羽! どうした!?」


 完全に聞き取ることはできなかったが、その声は間違いなく天羽のものだった。しかも、動揺した様子が伝わってきており、どう考えても普通ではなかった。


 俺はすぐに助けに向かえるよう声を返した。


「返事しろ! 今どこに居るんだ!?」

「分か―ない―ど、目の―前―に、『神社』―あって―」

「『神社』……? 『神社』か!? まさか、お前もこの『神社』を見たのか!?」

「やだ―体―吸い―まれる!」

「おい、天羽? 天羽! ……くそ!」


 通話は切れ、虚しい機械音だけ響く。急いですぐに何度掛けたが、やはり繋がることはなく、返ってくるのは電波が届かないことを知らせる音声だけだった。


「一体、何が起こって―」


 そこまで言い掛けて俺は言葉を失った。

 俺は『神社』が見える位置から動いていない。それはあまりに不気味だからでもあったが、何より人としての勘が近付くのを止めたからだ。


 そう、俺は確かに『神社』が少し目に入る位置で止まっていたはずだ。

 だから、間違っても俺が『神社』の前にある『鳥居』の前に立っているはずがなかった。


「ウソ……だろ?」


 天羽と通話している間、俺は動いていない。

 しかし、何十メートルも先にあったはずの『鳥居』は俺の目の前にある……だとすれば、俺が動いたか、『鳥居』と『神社』が動いたかのどちらかしかない。


「……逃がすつもりはないってか」


 夜にもかかわらず周囲から鴉達の不気味な鳴き声が聞こえ、気付けば空は赤く染まり、まるで血か何かのような雰囲気を帯びていた。


 さらに、その『神社』につながっているはずの『鳥居』の先は真っ暗になっており、より不気味さが増している。というより、先が見えないこと自体、明らかに普通じゃないよな。


 こいつは俺を呼んでいる。

 そして、恐らく天羽も同じようにこいつに呼ばれたんだろう。なら、俺がやることは一つしかない。


「……天羽はそっちに居るんだろ? 良いぜ、だったら俺もそっちに行ってやる」


 覚悟を決めて俺はそう口にすると、次の瞬間、『鳥居』から黒い煙のようなものが周囲に広がった。


「ぐっ!」


 意識を保つことすら精一杯だ。

 波に飲まれたかのように、雪崩に飲まれるかのように、俺の意識は徐々に失われていったのだった。



 ◇



「―は?」


 しかし、次の瞬間、俺はとっさにそう声を上げていた。

 我ながら素っとん狂な声を上げたと思うが……そりゃ上げたくもなる。


 なぜかって?

 そりゃ突然、森の中に居たら誰だって同じように声を上げるだろ?

 そう、道路に居たはずの俺は目を開けた瞬間、なぜか森の中に居たんだから―。

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