9:敵接近?
ホエッ、ぐえっ、ヌグゥ……ときおり変な声が出るけれど、無視してくれとお願いはした。
「ルコ、大丈夫か?」
「ほぶぁい、ふべぅ……ですっ」
「んははは」
エアリスさんに、馬上でこんなにも話せない者を見たのは初めてだと言われたが、こちとら人生初の乗馬なのだ。全くタイミングもコツも掴めていない。
「隊長! 野生のジャイアントラットの群にあと二百メートルほどで遭遇します」
「数は?」
「三十程度です」
「多いな」
一人の騎士さんが目の上に手をかざし、遠くを見るような仕草をした。どうやら遠見とかいう魔法らしい。
「ルコ、なるべく私の後ろに――――」
「んばらっ、んどぅイレにっ、ぐれっ、で、おきまずっ」
「………………トイレに隠れておく?」
「いやまて、エアリス! お前、よく今ので分かったな!?」
ヒゲの人がうるさい。でも、私もよく聞き取れたなとは思った。なんで?
「そういえば、妙にトイレの外壁の防御値が高かったな……なるほど。いい案だ」
「無視すんなや」
うん、ヒゲの人がうるさい。でもほんと、なんでよ?
「敵まであと五十メートル!」
「ルコ、隠れていなさい」
「はいっ! トイレ!」
――――いや、なんだその返事は!
セルフツッコミは入れたい。トイレと言葉にするしかないけども!
トイレのドアを開けて、中に入る。
ドアを閉めようとしたところで、エアリスさんがガシッとドアを掴んで、顔だけ中に入れてきた。そして、にこりと柔らかく微笑んだ。
「戦闘が終わったら、ノックを三回と私が声をかけるから。それまでは出て来てはいけないよ?」
「はい!」
ドアを閉める直前、柔らかな笑顔から戦士の顔で剣を抜く姿を見て、『あぁ異世界なんだ』と今更ちょっとだけ不安みたいなものと、酸っぱいものが胃からせり上がってきた。
「ウエップ。ここが個室のトイレで良かったわ」
そこでふと考えた。レベルアップし続けたら、デパートとかスーパーにあるような複数のトイレにもなるんだろうか?
ちょっとだけ楽しみだ。
レベルアップのしかたがわかんないけども。
便座に座って、カバンを漁って何か役立ちそうなものないか探す。メモ帳とペンを発見したので気になることを書いておくことにした。
・レベルアップの方法
・ステータスとか能力の調べ方
・他の魔法の使い方
他にも聞きたいことがあったはずなんだけど、トイレの外から聞こえる、ギュョェェェとかヂュゥゥゥゥとかギャギャギャギャとか変な声が気になってしかたない。
まって、みんな何と戦ってんの!?
ジャイアントラットって、何!?