138:流石に怖くて無理だった。
満面の笑みなエアリスくんと死屍累々の背景。
ちょっと見ちゃいけないものを見た。
勢いでエアリスくんの胸に飛び込もうとしたけど、急ブレーキで止まって、トイレの中に戻って、ドアの隙間からちょっとだけ顔を出した。
「ルコ?」
その煌煌しい顔で寂しそうに微笑むな。後ろ、後ろをどうにかしろ!
平穏にのほほんと生きていたルコちゃんには、モザイクでお願いしますよ。つか、もう一度視界に入れたらたぶん漏らすか吐くぞ。
「助けに来ましたよ」
助けに来たのが魔王レベルの人とか笑えない。
「……ルコ」
ちょっ、声を落として催促しないでよ。
ほんと無理だよ。ちょっといま泣きそうなんだよ。
「無理! 出れない! 見れない! 怖いってば!」
別にあの二人に何かの思いがあるわけじゃない。何ならちょいと恨みはある。平手打ちくらいならしたいくらいある。ただ、別にあんな無惨な姿になって欲しいとか、死んで欲しいとか思ってはいない。
他人でも嫌いな人でも、呻き苦しんで死にかけている姿なんて見たくない。
「…………ちょっと待っていてください」
エアリスくんの沈んだ声が聞こえた。そして、トイレの外側からドアを閉められた。
外で何かを指示するような声と、慌てたように制止するような声が聞こえる。たぶんエアリスくんが指示して、部下の人が慌ててる感じだな?
数分して、ドアがノックされた。
「ルコ、出てきて……」
「っ……うん」
恐る恐るドアを開き隙間から外を覗くと、先程の惨状が綺麗さっぱりなくなっていた。
――――なんで、どうやって?
不思議に思っていると、エアリスくんの後ろに顔面蒼白になっている、マロシュさんを見つけた。遠見とかしてくれてた人で、マチルダお姉様の弟子さんだ。
マロシュさんと目が合った瞬間、何故か慌てたようにエアリスくんの方向に行くよう手で指示された。
「えと……あの、ごめんなさい…………」
たぶん、私のわがままで余計な仕事を増やしている。何よりも、拐われて助けを求めたせい。
本当にごめんなさい。
誰に何を謝っているのかも分からない。けれど、私の頭の中は反省とか後悔とか謝罪とかでいっぱいになっていた。
「ごめん、なさい」
「ルコ?」
そっと伸びてきたエアリスくんの手が頬を撫でた瞬間、なぜか体がビクリと震えてしまった。それに気づいたエアリスくんが、真顔で手を引いていた。
「転移で騎士団舎に戻ります。集まってください。マロシュ……ルコを支えろ」
「っ……承知しました」
マロシュさんに命令するエアリスくんの声は、低く冷え切っていた。