133:やりたいことが――――おぉ?
帰りは送ると言われたけど、大丈夫だよと断って一人で歩いて帰った。
耳の奥に残る皆の笑い声が、幸せでもあり、ちょっと寂しい。
自然と空を見上げると、そこには煌々と光を放つお月様。どこの世界にいるのか分からないけれど、月は一緒なんだと思うと少しホッとした。
ビンスくんの家がある下町からゼファーさんのお屋敷までは歩いて二十五分くらい。
まだ七時くらいだけど、あんまり人がいなかったら、なんとなく覚えていた流行りの歌を口ずさみながらゆっくりと歩いて帰った。
ビンスくんとお勉強二日目もかなり順調に終えた。
昨日学んだことは、やっぱりちょいちょい忘れていたけど、忘れて思い出してを繰り返して人は覚えていくものなので、その繰り返しをちゃんとやることが大切だ。…………たぶん!
今日もビンス家に来るか聞かれたけど、連日お邪魔するのもあれだし、今日の夕方はやりたいことが出来たから、夕飯だけ渡してゼファーさんの屋敷に戻ることにした。
「また夕飯まですみません」
「契約内!」
「ふふっ。ありがとうございます。過剰ですけどね?」
いいじゃないの。それに情報料も含まれてるんだよ。いろいろと学べたし、良いこと思いついたしね。
市場でじゃあねと別れた。
勉強したいときは、ビンスくんに連絡するからと、しっかり約束も取り付けた。ルコちゃん、抜かりはないのだ。
ゼファーさんの屋敷に向かってしばらく歩いていたら、後ろから馬車が来たので道の端に避けた……のに、馬車が急停止。
あんれ? 避け方足りなかった? と思っていたら、馬車のドアが空いて、中から出てきた男の人に腕をがっしりと掴まれ、馬車の中に引き摺り込まれてしまった。
「えっ? うわわわ――――」
「黙れ、殺すぞ」
――――いや何が!?
□□□□□
執務室で書類にサインをしていたら、家に帰ったはずのゼファーが飛び込んできた。
「なんですか。静かに――――」
「おい! ルコが拐われたぞ!」
「は?」
言っている意味がわからず聞き返すと、ゼファーの屋敷の使用人が買い出しから戻る途中で、馬車に無理矢理に乗せられているルコを見たらしい。
ルコの腕を掴んでいたのは、覆面をしたガタイのいい男で、馬車はどこの所属かわかるようなプレートは付いていなかったという。
馬車は、車体に紋章や所属組合などが描かれたプレートが付けられている。馬車を見ただけで、どこのものかわかるようにするためだ。法律ではないが、昔からある暗黙の了解で、ほぼ必ずプレートがついているものだ。ソレがないというのは、間違いなく犯罪の臭い。
「追いかけたが徒歩だったため、王都を出たところまでしか追えなかったと」
「っ! なぜ外壁から出られている!」
普通なら出られないはずだ。プレートがないものは怪しむはずだ。
「旅の道中でいつの間にか外れたのだと言って、昨日王都に入ってきていたから、許可証を出していたそうだ」
「っ! 確かに、そういう場合はあるが…………馬車の中は必ず確認するはずだろう!?」
「ああ。黒髪の女の子が、にこにこして座っていた、と」
にこにこ? なぜ――――!?