117:感覚の違い。
煽った責任を取れとか、なんか面倒な事を言っているエアリスくんを無視して景色を眺めていると、エアリスくんが肩に頭を乗せて来た。
「どしたの?」
「ルコといると、凄く楽しいんです。こういうの、初めての感覚で。もっと、ずっと一緒にいたいなと思っています」
「うん」
「ルコは?」
――――うぅむ。
こういうときって、本音をぼろっと言っていいのか、忖度したほうがいいのか悩む。ケースバイケースではあるんだけど、『正解』が知りたい。
本人にどっちがいいか聞いてしまえば、『本音を』となるのは間違いなくて。そこには、希望やら願望やら自信やらが乗せられているだろうな、っていうのが手に取るように分かるし。
本音は、まぁ楽しいは楽しい。エアリスくんは話しやすいし、ただグイグイ感がすんごいから、押し倒されそう感がパない。
元の世界での貴族がでてくるような物語は、婚前交渉はなしのはずだけど、この世界は? って聞いて良いのか? いや、聞いたら詰む気がするぞ? なぜそこの思考回路になったのか、と。そこでまた本音か忖度かになるんでしょ? 何この恐ろしい連鎖。
「ルコ?」
「あっ、ごめん。考え込んじゃってた」
「えっと、何を?」
「んあ、婚前交渉につ――――」
ほぁぁぁぁぁぁっ! 口からポロリしたぞ! うおっやっべぇぇぇぇ!
脳内は大パニックだが、ここはいい大人として冷静なふりしてごまかし通さねば。もうこの時点でいい大人とは言えないが、そんなもんは知らん。年齢だけはいい大人のルコちゃんだ!
「私の世界は、同意があれば可能だけど、こっちの世界やエアリスくんみたいな貴族は? ゼファーさんたちの話を聞く限りは、結婚後っぽいけど」
「えっ……あのっ、えっ?」
「そういうのの感覚はさ、ちゃんと擦り合わせておいたほうが、悲しい事故は避けれるし」
どうだこの冷静な大人な意見感は!
「つまり、ルコはそういうコトを考える付き合いを知っているということで……ルコは…………経験済みということでしょうか?」
「うぐっ…………」
「ルコ?」
――――うぐぅぅぅぅ。
完全に墓穴ですがな。
つかその結論に達して、そう質問してくる真顔のエアリスくん怖いな。
そら二十八だぞ、酸いも甘いも噛み分けられてはないが、多少の経験値は積んだぞ。随分と前だが!
最近は仕事に追われて、家族や友達とさえ付き合いが悪くなっていたけども。
「正直に言いますと、はい、ですます……」
「…………」
無言のエアリスくんが怖い。
頭は肩に乗せられたままだったけど、エアリスくんの両手がぎちりと拳を作ったことで、何かを堪えているんだろうというのが分かってしまった。